#12-B(1/2) 完結宣言
姉貴の励ましもあり、ついにあたしは小説を書き上げた。小説を書いたあと「推敲」っていう見直し? みたいなことをやる必要があるみたいだけど、いちおう書き上げてすぐはやらない。とにかく――。
「あーーーーー、おわったーーー」
まずあたしの胸に沸き上がった、不思議な満足感。どこで味わったこともない、もちろん小説を読み終わった読後感とも違う、独特な感覚。ちょっと癖になりそう。
「うーん……」
ただただぼんやり、なんだか変な脳内物質が頭を満たしてる。お酒に酔ったらこんな感じなんだろうか。
「うーん……」
ふわふわしている。なんていうんだろう、やり遂げてエンディングを迎えたような……いや、そんなのはいい。
この書き上がった小説。まずどうしよう。ネット上に公開するのは最後だろう。姉貴に読ませるか、それとも鳳先生に報告をするか。その二択を浮かべたとき、弟子としてやるべきことを選んだ。
「あ、お疲れさまです先生」
ビデオ通話の向こうに映る鳳ユキ先生、あたしの師匠。先生がいなかったら、あたしが書き上げる物語はこの世に生まれなかっただろう。
「お疲れ様。どうしたの?」
「先生、ついにあたし書き上げました」
そう伝えると、先生はぱあっ、と笑顔になった。
「おめでとうヒナちゃん。まずは書き上げたことを喜ばなきゃ」
「そんな大げさですよ先生」
「いやいや、小説を完結まで書けない人はいっぱいいるんだから。ヒナちゃんはそれを脱することのできた、選ばれた人間なんだよ」
「選ばれた……!」
おお、なんだかワクワクする褒め言葉だ。中二病って言葉があるけれど、それに近い物を感じてしまった。
「いろいろありましたけどね。この前とか、スランプになっちゃったし」
「スランプ?」
「はい。一度先生に相談しようとして、結局やめた連絡がそのことです」
「あらら。全然相談してよかったのに」
「姉貴に励まされたんです。そしたらなんか、どうにか頑張れちゃったんですよ」
「私を頼ってよかったよ? 作家の悩みだったら、私だって答えること出来たかもしれないし」
……今回の悩みはよく考えたら先生に聞くのは相応しいものじゃなかったような気もする。後付けに聞こえるかもだけど。
「それで、これからどうするの?」
「小説って推敲って作業があるんですよね」
「そうだね。必ずしないといけないと思う。結構誤字まみれだったりするし」
「それが終わったら……姉貴に読ませようと思います」
「お姉さんかぁ。私じゃなくて?」
「はい。姉貴、あたしの話を前に途中まで読んだことがあって。スランプの相談をした時に読ませるって約束したんです」
そうか、と納得したように鳳先生は頷いて、手元のコーヒーカップを口に運ぶ。
「最初の読者さんだね。なんて言われるかな」
「あたしもドキドキです」
姉貴のことだもの、加減したコメントはしないだろう。だからこそ、正直な意見として真っすぐ受け止められる。
「私にも読ませてほしい。お姉さんと私じゃきっと、視点も違うでしょう?」
「そうですね。その後は……ネットに、公開してみようかと」
おお、と鳳先生は声をあげた。
「勝負に行くんだ」
「はい。今からでも公開したいなとは思ってたんですけど、やっぱり見直しは必要そうですし」
「それはお約束だよ」
やっぱり。展開とかもあれでよかったのかな、って少し思ってたし。
「先生は推敲作業、どんな感じでしたか?」
「誤字と表現の選定をやったり……あとは編集さんとも話し合って色々展開を調整したりとか」
そっか……あたしには担当編集はいない。それはプロ作家の先生だからこその特権か。
「あー、そうそう」
急に先生は声音を高くした。
「推敲の作業は、少し期間を空けてからしたほうがいいよ」
「?」
「今ヒナちゃん、書き上げてすごく満足してるでしょ」
「そりゃあ」
「その状態だと、フラットに自分の作品が読めないんだ」
ほう。なるほど。今の脳内麻薬ドバドバの状態で読んだらあらゆるミスを許してしまう、ということか。
「ヒナちゃんが次の小説を書いてみたいって思ってたら、ネタ探しとかしてみるといいよ。他の本を読んでみるのもアリ。他にやりたい趣味があったらそれをやってもいい。そしてしばらく経ったら、推敲を始める。きっと大変だよ」
「ええ?」
大変なんだ。あたし、なんかすごいやらかしてそうだな……。
「まあ、がんばります」
ともかく、今はあたしの書いた小説に出来ることはない、ということか。もどかしいな……。
「最近どう? 学校とか」
不意に先生はあたしに問う。
「うーん、それなりです。勉強に躓いてるわけじゃないし、友達と過ごすのは楽しいし」
「そっか」
「でもあたし体育はちょい苦手で。最近授業でバスケやってるんですけど、よくパスがすっぽ抜けるんですよ」
「そうなんだ。私も体育はそこまでだったかな。苦手っていうより突出して得意な教科がなかったって感じ」
なんでも出来るのかなこの人。顔もいいし、天は二物を与えずっていうのは真っ赤な嘘――というのが最近のあたしの仮説だ。
「そろそろ進級の時期かな」
「はい。クラス替え、ちょっとドキドキしてます。新しい友達作れるかな~とか」
「一大イベントだね」
「先生は、最近どうですか? 復帰に向けてなにか動き出しました?」
あたしばっかり聞かれてるのはずるいと思い、先生に問いかける。先生は少し恥ずかしそうに答えた。
「そうだね。ネタ探しをしてるよ。でも、ちょっと書きたいって思う題材が見つからなくって、難儀してるよ」
「そうなんですね……。先生だったら、パッと選んで書けるんじゃないかって思いますけど」
「そのパッと選びたいのがないんだ」
そうか、先生も大変だ。
「先生、ファンタジーとか書いてみたら?」
「あー……」
少し間を空けた後、先生は続けた。
「ネタ帳にはあった。だけど、ファンタジーって難しいと思うんだ。設定とか、世界観とか一から考えるのはなかなかエネルギーが必要かなって」
「考えたことあるんですか?」
「考えられない。ファンタジーなんてゲームを二本くらいやったときの知識しかないし」
それもそうか。あたしだってファンタジーってイコール、ゲームのイメージしかない。それもそんなにやったことないし。
「それに『書きたい』って気持ちの時になにかハードルを設けてしまうのって、勢いを削いでしまうような気がするんだ。……まあ、本気の時はそういうのも軽々飛び越えそうだけど」
先生は本気になるとそれができるタイプ、と。うらやましい。
「ともかく、今はしっかり題材探しをするターンだと私は思ってる。あんまり時間がかかってたら、きっと担当編集の人が急かしてくれると思う」
「いいご関係なんですね」
「うん。その人がいなかったら、復帰にはまだまだ時間がかかってたと思う」
編集か。あたしもそういうお手伝いというか、管理をしてくれる人がいたらもう少し頑張れるのだろうか? あれ、それってもしかして今の姉貴みたいなポジションってこと……?
「あ、もう昼だね」
カメラの向こうではなにかキッチンタイマーのような音が聞こえる。
「何か作ってるんですか?」
「カップ麺」
「先生、もしかして自炊とかしないタイプですか?」
「たまにやってるよ。今日はたまたまカップ麺を食べたかったんだ」
「本当ですか?」
「嘘だったら、私の鼻が伸びてるよ」
急なジョークに驚きつつも、きっと嘘は言ってないんだろうと思った。




