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#12-A(1/2) 「心惹かれるもの」を求めて

 私の元にヒナちゃんからの連絡は「解決しました」の一言で締められた。なにか相談事がある、という流れだったのだけれど。私に相談するということは、きっと創作関係の悩みだったと推測をしていた。


 私は相も変わらずコンビニバイトだ。いつもの同僚吉乃さんとともに、平日の客を捌いていく。もう慣れて大したことはない。大したことがあるのは――。


「鵺野さん、また本屋に行かない? 今日は流石にイベントなんてやってないよね……?」

「たぶんね」


 この子との付き合い方だ。





 どうにもこの子は大学の同世代よりも、バイト先の年上と付き合いたがる。悪いとは言わないけれど、どこか心配になる。


 バイトを終えて、約束通り吉乃さんと本屋に行く。平日の昼間となると流石にそんな客は多くない。少し閑散とした、馴染みのある雰囲気の本屋がそこにあった。


「鵺野さんはどういう本が好み?」

「小説かな」


 これは趣味半分、仕事半分のところだ。作家になってから、本を読むというのは他の作家の技術や語彙などを調べる行為にもなっている。それが苦とは私は思わない。


「やっぱり勉強のため?」

「それも少しある」


 とはいえ、私はちょっと前まで読書という行為はやめていたのだ。――前述の、作家の仕事を思い出してしまうからだ。だけど今はそんな抵抗はない。


「ふーん……私は、漫画も好きだし、雑誌も好き」

「月にどれくらい本を買うの? 雑誌も含めて」

「うーん、一万円行かないくらいかな」


 ……結構使ってるような気がする数字だ。どういう本なんだろう。


「結構使ってるね。どんな感じで?」

「漫画の月刊誌、ファッション誌、面白そうな小説でも、漫画でも、気が付いたら八千円くらい無くなってたり?」


 随分気前のいい使い方だ。本当に大学生?


「……大学の周りの人達は交際費に使ってるお金、それが私の月の本代みたい……」

「なるほど」


 まさかの自虐に走るとは思ってなかった。これはツッコまない方がいいか。




 小説のコーナーに行く。私の好みを尊重して吉乃さんが提案したのだ。


「あ、これこれ~」


 吉乃さんが新刊コーナーの一冊を手に取る。最近売上ランキング上位にいるベテラン作家の本だ。


「これ、面白かったよ」

「へー推理小説か」

「トリックが何重にもあって、怪しい人物が二転三転するの」

「そういうタイプか」

「? タイプって?」

「目まぐるしく状況が変わっていく、飽きさせないタイプなんだなって」

「そうなの!」


 ……私には書けそうもない。




 私は新刊コーナーのうち、売上第一位と高々掲げられた本を手に取る。最近よくテレビやネットのメディアに露出している若い作家の本だ。……その姿はかつての誰かさんによく似ているような気がする。


「あーこの本」

「これも読んだの?」

「……私には、合わなかったな、って」


 意外だ。まさか流行りの本は一通り読んでいるんじゃないだろうか、というくらいの感想。もしかして吉乃さん、隠れた読書家なのではないだろうか?


「グロテスクだし、ちょっと、私に向けられた本じゃなかったなって」


 この作家の本は猟奇的な描写が多いと話題になっていた。人を選ぶとは思う。そもそもグロがNGなら合わないのは分かる。


「時々思うんだ~……世の中で流行っているものが、自分に合わなかった時って辛いなぁって」

「……そうだね」


 人って、自分の意思という部分はかなりちっぽけだと思う。自分の意思と思っているのは、よく根元を辿ってみるとそれが世間的な流行りや意見に繋がっているというのはよくあるらしい。きっと私もそうだろう。


「私の周りでなにが流行ってると思います?」

「どうしたの急に」

「ヒントはゲームですよ」


 ゲーム、大学生が今一番やりたいゲーム……。


「……格闘ゲームとか?」

「じゃないんですよ。カードゲームですよ」

「あー……」


 随分ズレた、世代差を感じるような言葉を言ってしまった。そういえばカードゲームのCMって最近よく見る気がする。大人気のゲームキャラクターを題材としたカードゲーム。どこでも売り切れてるって話を聞いたことがある。


「私、なんかあのカードゲーム苦手で……」

「難しいの?」

「……難しいし、なんかルールとか、カードの効果とか、全然把握できなくって……やってて相手が、だんだん苛々して来るのが分かってきちゃうんです」

「あー……」


 なんか、想像できてしまった。申し訳ないけれど、カードゲームのプレイヤーってそういう人が一定数いるイメージがある。


「カードに書いてるイラストは可愛いのに、『どうしてこう動かさないんだ』『プレミ』とか言われすぎて、だんだん嫌いになっちゃって」

「可哀想に」


 私の身の回りでそういう趣味は流行っていない(というか流行る友人もいない)けれど、昔々、学生時代のことを思い出したら似たような経験があった気もした。幸い私はなんとかついていけてた側だったから良かったけど。


「……流行りって、思ったより全然(すた)れないですよね」

「……そうかも」


 嫌な時間っていうのは長いよ。




 雑誌コーナーに行くと、吉乃さんはファッション誌を手に取った。表紙には売れっ子の女優がかっこよく映っている。


 それを読んでいる時の吉乃さんは、さっきの苦い話をしている時より、すごく楽しそうに見えた。


「あ! 鵺野さん、ごめんなさい、まじまじとこれ読んじゃって」

「いいよいいよ。ファッション好きなんだ」

「はい。……田舎から出てきて、やっぱり都会の人の出で立ちはカッコいいって思いましたから」

「どこ出身?」

「九州です」


 そうだったんだ。全然知らなかった。

 そして吉乃さんはその本を少し読んで、戻して。そんな流れを何回かやった。




 本屋を出ると、夕暮れが私たちを迎える。

「わっ、こんなに長居しちゃった……!」

「楽しかった? 本屋」

「はい。やっぱり本屋は落ちつきますから」


 そこは私も同意見だ。


 吉乃さんは明日もバイト、私は出版社で打ち合わせがあるからバイトは休み。別れの挨拶をして、それぞれ帰路に就く。




 家に帰り、椅子にくつろぐと疲れが息とともに漏れた。明日。明日露子さんと共に、私の作家としての活動が再び動き出す。私は今のところ、書きたいジャンルはイマイチまだ探せていない。書きたいのに、書く題材が見つけられない。心惹かれる題材が……。


 やはり恋愛ものだろうか? いや、あれで私の中で恋愛ものという題材は消化しきってしまった気がする。同じジャンルで書けと言われても、引き出しが無さ過ぎて似たり寄ったりの物が出来てしまいそうな予感がする。


 ……まずはそこも露子さんと相談したい。


 露子さんというのは編集の中でもかなり優しい方だと思っている。こういうジャンル、方向がいいんじゃないかというのを強く押し付けてこない。その上で添削や表現の矛盾はキッチリ指摘してくれるのだ。私にとっては神様のようにありがたい存在だ。





 翌日、電車に乗って出版社まで向かう。前に来た時よりも、なんだか晴れやかな気分なのが自分でもわかる。


 第三会議室。ここも以前来た場所。以前と比べると、置いてある机が新調されている。向かいには既に露子さんが待っていた。


「あれ、露子さん一人ですか?」

「そうね。あとで上ともちゃんと話すけれど、その前の打ち合わせをと思ってね」


 それもそうか。その方がスムーズに話は出来るだろう。




 そこで話したのは今後の段取りがメインだ。復帰の意思、作家活動をするにあたっての現在の健康状態の確認、次回作のネタなど作品を書く準備ができているか、などの回答の用意だ。

 



 そして本番。編集長と久々に顔を合わせ、喜ばれ、打ち合わせ通りのことを聞かれた。そこまでは良かった。


「鳳先生、なにか復帰に至るきっかけがあったのか?」

「! 先生」


 一応聞かれるとは思っていた。打ち合わせになかったけれど、私は正直に答える。


「友人に励まされました」

「そうか。大切にしろよ」


 編集長は私より大分年上だ。きっとその人の人生観から出た言葉だったのだろう。





 無事に会議を終えた後、今度はこれからの具体的な活動を相棒と話し合う。


「露子さん、私まだ次の題材を見つけられていないんです」

「あらあら。……先生、前回は『書きたいものを書いた』……のよね?」

「はい」


 私は書きたかったのだ。恋愛における二人のやりとりとか、そういうのが。あの時の私は息を吸うように物語のことしか考えていなかった。


「つまり、先生本来のつくりをするなら、『惹かれたもの』が必要なわけね」

「……そうかもしれません。復帰すると決めてから、街に出たり、色んな店に行ってみたり……本屋に行ってみて、あまり触れたことのないジャンルの本とか読んでみたり。だけど、いまいちピンとこないんです。引退前のネタ帳を見たけれど、何一つ書きたい題材は無かったんです」

「……重傷ね」


 そうかもしれない。もしかしたら私はメンタルは持ち直してきたように錯覚しているだけで、本当は作家としての能力はまるで衰えたままなのかもしれない、と少し恐ろしくもなった。


「先生、『努力・友情・勝利』って三つのワード、知ってますか?」

「知ってます。少年漫画の王道テーマですよね」

「そうです。でもこれは突き詰めていけば『エンタメ』なんです。……って、こんなステレオタイプな作品を先生に求めているわけじゃないんですけどね」

「? 私、そういうの合いませんか?」

「そんなことは言ってません。先生の書くエンタメというのも、きっと素晴らしい物になるような気がします。前の作品だって、先生流のエンタメに満ちていましたから」


 あー、そうなのか。私、エンタメを意識して書いていたわけじゃない。だけど編集の視点から見てそういう評価なら、きっとそうなのだろう。


「先生がいかなる題材を選ぼうとも、先生の書き方は失われてはいけないと、私は思っています」

「……ありがとうございます」


 なんだか照れくさくなる。私の書き方を尊重してくれるということは、きっと出版社的にも間違っていないという露子さんや編集部の判断なんだろう。


「先生、寝る前に少年漫画みたいな妄想をしたことがありますか?」

「? なんですか?」

「寝る前というのはもう仕事とも趣味とも関係のない、いわば何にも囚われない時間。そこで頭の中に巡ってくる妄想というのは、自分が求めている世界を作ることができる……」

「あるような、ないような……」

「――つまり、題材を探そうとして探すよりも、リラックスしてる中での出会いが一番大事だと思うんです。だから」

「だから?」

「今から遊びに行きません?」

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