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#11-B(2/2) たった一人の読者からの言葉

 家に帰って自室で一休み。ベッドに倒れ込むと、脳みそが「おやすみ~」と言いかけてくるので慌てて起き上がる。


「……」


 こうなったら、あたしの「師匠」に直接相談するしかない。あたしは師匠に連絡をする。返事は来ない。時計を見る。3分、5分、10分と進んだ針とは対照的に、あたしのメッセージアプリは全く反応がない。


「……」


 気にし過ぎだろうか? 先生はそもそも社会人だ。帰宅部の学生と社会人の生活サイクルを比べちゃいけない。10分返事がないだけで相手を責めるのはダメだとあたしでもわかる。それでも、その10分は長く長く感じた。


 やがて部屋のドアがノックされた。このノックの強さと回数は姉貴だろう。


「なーに?」

「晩御飯だとさ」


 ドアを開けた姉貴の顔はとくに怒ってるわけでもない。かといって心配してそうでもない。至って普通の顔だ。


「今行く」




 夕食時、お父さんやお母さんがする話、そこに混ざる姉貴の返事、流れてるテレビ番組、全ての音があたしの脳をすり抜けていく。何一つ引っかかることなく。


「ヒナ、聞いてるか?」

「え、ああ……」


 テレビではクイズ番組をやっている。その問題文すら分からないまま、回答者の正解の音がなった。


「後で散歩でも行くか」

「え、いいけど」


 急な姉貴の提案。もちろんこんな提案をされたのは生まれて初めてだ。


「最近、灯とヒナ仲いいわね」

「おう、たった一人の妹だからな」


 姉貴、スラっと洒落た回答をしている。そういうの、もうちょっと溜めて言わない?





 夕飯を食べた後、あたしたちは暗くなった道を往く。暗いから不審者だけは気を付けるようにと両親に釘を刺されて家を出る。午後七時半。


「まだ寒いな」

「だって二月だよ?」


 二月はたぶん冬だと思う。そりゃ寒い。


「近くのコンビニまで行こうか」


 姉貴はパーカーのポケットに手を突っ込んだまま歩き出す。あたしもダウンジャケットのポケットに手を入れてついていく。


 間隔の離れた街灯が照らすだけの道は、正直一人で歩くのは怖いくらい。今全然怖くないのは目の前にいるスラっと背の高いお姉さんのおかげだ。




 近くのコンビニは通りに出たところにある。大学生と高校生の女の子二人だけという客は、今の時間の客層には似つかわしくない。店内には遅くまで頑張っているサラリーマンのお客さんがチラホラ、派手な髪色のヤンキーが数人たむろしている。


「デザート、ヒナはどうする?」

「そうねぇ」


 10円引きのシールが目に入った。それを取ると、白玉パフェだった。


「あたしこれで」

「うん」


 姉貴も同じ白玉パフェ(値引きシールはない)を取って、レジに持っていく。少しだけ店内のヤンキーが気になったけど、何事もなく支払いを終えてコンビニを出る。


「次は公園だ」

「公園?」

「家で食うか? 私は公園で食いたいが」

「姉貴が言うなら……」


 姉貴はきっと場所を選んでいる。あたしも少し、外の空気を吸いながら姉貴と喋ってみたくなった。寒いけど。





 平日夜の公園なんて誰もいない。いたとしたらそれこそ不審者だ。でも見た感じそんな不埒者(ふらちもの)はいない。


 公園は真ん中の街灯一つだけが照らしている。小さい公園だから遊具もブランコ2つと小さなジャングルジムくらいしかない。


 そのブランコにあたしたちは座って、きぃ、きぃ、とかすかに音を鳴らす。


「こんなところ、お父さんたちが知ったら怒りそうだね」

「そらそう」


 姉貴もあたしも白玉パフェの蓋を開けて、スプーンで頂く。ひんやりした白玉、過ぎたお正月を少しだけ思い出す。


「あったかいスイーツの方が良かったかな……」

「私もそうしたほうが良かったか」


 姉貴が食べるのを少しやめる。


「……ヒナ、何か話せることはあるか」


 今回の目的は相談だ。山下さんたちには少し相談できなかったようなことも、姉貴には言いやすい。知っていることも……いや、姉貴も鳳先生の復帰は知らない。……姉貴には言っていいような気もするけれど。


「……小説書くモチベがなくなった」

「よっぽどだな」


 姉貴は事の重要さを悟ったのか、真っすぐあたしに向き直った。


「三日坊主のお前が、数か月は熱中出来た趣味だっていうのに」


 言い過ぎ。メンタルオーバーキルだよ。


「お前は分かりやすいからな。数日前からだろ」

「うん」

「あのとき釣りに行った後くらいからだろう」

「そのとおり」

「あのときお前は鳳先生になにかあった……みたいなことを言っていたような気がするけど。それと関係があるのか?」

「……うん」


 姉貴には言おう。あたしは姉貴を信じている。山下さんたちを疑っているわけじゃないけど、やっぱり姉貴が周りに言いふらすとか、そういう不義理なことをするとは思えなかったからだ。


「鳳先生になにか、悪い事でもあったのか?」

「……ううん、その逆」

「? どういうことだ?」


 意外とばかりに、姉貴は目を見開く。少し息を吸って、吐いて、あたしは呼吸を整えて、一息で言おうとする。


「鳳先生、復活するらしいんだ」

「……?」


 姉貴はあたしの言った言葉の意味を、少し考えているみたいだった。驚いたんだろう。


「復、活……?」

「うん。引退した理由が誹謗中傷で。その傷が癒えたんだと思う」

「……」


 姉貴は一度横を向いて視線を逸らす。手をあごの辺りに持ってきて、少し考えこんでいる。


「だけどね。あたし……あたしの書いてる小説って、鳳先生に影響されたような話なんだ。二次創作じゃないけど……ちょっと、繋げちゃってた。先生が書かないのなら、あたしが続きっぽいの書いちゃおう、とかどう考えても身勝手な書き方で。それが創造主の鳳ユキが復活となれば、それは全て偽りになる。そうなるとさ、あたしの書いたものって全部ガラクタじゃない? ってなっちゃって」

「…………」


 姉貴はまだ考え込んでいる。


「もちろん、あたしが書いた題材が間違ってたのはそうだけど。これはオリジナルだ、って思ってても、なんか繋がっちゃってて。やっちゃったな、って」

「ヒナ」


 こっちを見た姉貴の声音は真剣だ。


「自分を責めちゃ駄目だ」

「……え?」

「お前が心血注いで作った物たちを、否定するな」

「……どうして? あたしの作品作り、根っこから間違ってたんだよ?」

「私、お前の書いた話、途中まで読んだことあるだろ」


 そういえばそうだ。姉貴があたしの創作趣味を知っているのは、あたしの小説を無断で読んだからだ。


「あれの後、例の鳳先生の本を読んだんだ」


 そうなんだ。それは初耳だ。


「……似ている。影響を受けて、きっと世界観も少し似てしまったんだろうと思った。だけど」

「?」

「お前に鳳先生の筆は取れない。お前がいくら意識したって、鳳先生の話の続きなんて物は書けない」

「……そうだろうね」


 改めて突きつけられると、辛い言葉だ。


「魔法使いって、ルーツはどこから来ていると思う?」

「え? なにいきなり」

「わかるか?」


 突然姉貴は問いかけをしてきた。そんなもの、あたしは知らない。


「分からない。ロールプレイングゲームかなにか?」

「私も分からない。アーサー王伝説なのか、神話なのか」

「知らないんだ」

「だが今の世の中で、魔法使いを描いた作品は無数にあるだろう?」


 確かにそうだけど。


「それが果たして、全部似たり寄ったりなものか?」

「……そうではないかも」


 みんながみんな、杖を持ってローブを着ている訳じゃないな。


「お前の物語は、お前の物さ」

「……ほめてる?」

「当たり前だろ」

「……」


 たった一人の、あたしの読者からの声。これを……無下には出来ない。だけど、本当にそうかな、って疑問は未だに心の中に残っていた。


「あれはオリジナルと胸を張っていいだろう? 例え同じ題材で、世界観も似ていても」

「……」

「また読ませてくれないか。どれくらいなんだ、あと」

「もう佳境」

「そうか。楽しみに待ってるぞ」


 それだけ言って、姉貴は立ち上がって、伸びをする。


「帰るぞ。風邪ひく」

「うん」


 あたしも同じく立ち上がる。それから家に帰って、お風呂に入って、ベッドに入るまで、姉貴の言葉が何度も何度も頭の中に響いた。




 あたしの師匠からのメッセージが来ているか、確認をしてなかったことに眠くなって気付いたけど、あたし自身の気持ちを整理するために、あえてそれをせず寝た。

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