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#11-B(1/2) ヒナのスランプ、向き合う現実

 先生が復帰すると聞いてから、あたしは戸惑いが拭えなかった。あれ? なんだろう? そんな気持ちが渦巻いている。


 具体的に言えば「モチベが欠けた」のだ。


「あれ……?」


 いくらパソコンに向かっても手が重い。鞭打って手を動かそうとも、なんだか空回りしたような文ばかりが並ぶ、そして書いた分とほぼ同じだけ、文を削除する。


「……」


 どうしてだ、あたし。もう佳境で、そろそろエンディングも見えてきた。それなのにどうしてあたしはここでエンストしちゃったんだ? なんでなんだ?




 その理由はわかっていた。でも、直視したくはない。





 それが一週間続いた。学校の様子は相変わらずだけど、3学期も終わりに近づいて少しずつ(せわ)しいというか、騒がしいというか、落ち着きのない空気も少しあった。


「おい白鳥、当てられてるぞ」

「え」


 ハッとして見渡すとクラスのみんな、先生もあたしをじっと見ている。


「あっはい! えーと……」


教科書のページが明らかに間違っている。授業を聞いていなかったのはバレバレだ。


「な、なんだっけ……」

「ここだよ」


 前の席の山城は語気以外は丁寧に教えてくれる。答えると先生は一つため息をついた。





「白鳥最近どうしたんだよ。さっきみたいなのもう5回は見たぞ」

「うん、白鳥さん最近ボーッとしてる……」

「……」


 かほちゃんもうなずいている。昼休み、お茶を飲みつつあたしも頭を悩ます。


「なんだろね……」


 ここであたしの創作趣味を知っているのは山城だけだ。だから、ここでは少し言いづらい理由だ。


「なんか悩みでもあんのか」

「……」

「白鳥さん、私たちに頼っていいんだよ?」

「……」

「……」

「……」


 山城は事情を知っている、山下さんは折れそうになったときに必死に励ましたことがある、かほちゃんは心優しい。……はぁ、言うか。


「実はね……スランプなんだ」


 スランプ!? とあたしの友人3人は驚いた。


「す、スランプって、白鳥さん、なにかうまく行かないことがあるの?」

「うん……」

「白鳥、言うのか?」

「山城さん、知ってるの?」


 意を決する。


「あたし、実は、……小説を書いてるんだ」

「!」


 分かりやすく山下さんは驚愕している。かほちゃんも口を開けているあたりびっくりしたんだろう。


「それが、もうすぐ書き上がりそうなところで……ふっとモチベが消えちゃったんだ」

「え……?」

「マジか……」

「あ、山下さんの時みたいな、誹謗中傷じゃなくってね、全然別の要因というか」

「それは……ちゃんと理由があって消えた、ってことだよな?」


 あたしは頷く。執筆するエネルギー不足って訳じゃない。エネルギーはある、それを回すエンジンがどうにも動いてくれないんだ。


「それって、どういう?」


 ここで鳳ユキの名前を出すのはやめた方がいい。それはそれとして鳳先生の名前を伏せたまま理由はそのまま伝えたら、山城にはバレてしまう。山城、あんたはヒミツとか守れる?


「なんか、……書く理由がなくなっちゃった、ような」





 鳳ユキが復活する。そう聞いたとき、あたしは何か壊れるような感覚がした。もちろん嬉しかったと思う。あたしにとてつもない衝撃をくれた、鳳ユキ先生の次回作が生まれる可能性が出てきたことは、非常に喜ばしいと思う。先生が日に日に明るくなっていく様子が分かって、嬉しかった。




 だけど……あたし、きっと(よこしま)な理由を含んで、小説を書いていたんだと思う。『鳳ユキの跡を継ぐ』――大げさな言い方をすればそうだ。鳳ユキ先生の書いたあの世界に近い作品、二次創作でないにしろ、どこか繋げてしまっていたんだ。二度と戻らないあの世界を、あたしの手の中で少しでも生きてくれたら……そんな、身勝手な理由を含んで書いていたんだ。


 だけど、鳳ユキが復活する。鳳ユキの描いた世界は、彼女の元にまた戻ったわけだ。盗人みたいなことをやっているあたしが一番悪いのは分かっている。でもそう思った時――もう、あたしがあの世界を描き続ける理由がないような気がしたのだ。あたしがつなげる必要もない。あたしがつけ入る隙もない。それ以上に、あたしがあの作品に向き合う勇気が、なくなった。




「ねえ山下さん、山下さんは、終わっちゃった漫画の続きとか、空想したことある?」

「え?」


 山下さんは唐突な質問に少し考え込んだ。


「……うん、ある。バッドエンドをハッピーエンドにしたいって考えてみたことある」

「じゃあ、そのバッドエンドに、いきなり作者から続きを用意されたら? その空想してたハッピーエンドは、絶対なくなっちゃうじゃん?」

「え、……うん」

「白鳥、言ってることがよくわかんねーぞ」


 遠回しな言い方っていうのは分かっている、だけど、事情があるんだ、山城。申し訳ないけど、こういう言い方しかできない。


「なんか、ね……」

「白鳥……」

「白鳥さん……」


 かほちゃんが持ってきたノート、そこには「いろいろあるんだね」って書いてあった。そうなの、かほちゃん。


「……」

「どうするよ白鳥。なんか景気づけにうまいスイーツでも食べに行くか?」

「白鳥さん、私でよければ、ちゃんと話聞かせてくれるかな?」

「……」


 かほちゃんも何か言いたげな様子だけど、ノートになにか書くわけではなかった。




 どうしよう。これは時間が経てば解決するのだろうか。あたしが書いたあの作品のことを忘れる、吹っ切れて書く気が起きる、そういう進展が生まれるのだろうか? いや……違う気がする。山下さんはさっきの話を理解してくれたのだろうか?


「白鳥さん、あなたから勇気づけられた恩を返す時だと思う」

「……」


 ……甘えてもいいのかな。これは、彼女に話して、解決するのかな。


「なあ白鳥、私には理解が難しい話なのかもしれないけど……たぶん話したらスッとするだろうよ」

「そうよ白鳥さん」


 ……そうだな。こういう時、相談に乗ってくれる友達は、きっとステキな奴らだ。


「わかった」


 うん、とりあえず皆の力を借りよう。クリエイターである山下さんをはじめ、山城やかほちゃんにだって、話したら楽になれるかもしれない。






 放課後、あたしたちは空き教室に向かった。正確に言えば、かほちゃんが部長をやってる「英国茶道部」の部室だ。なんだその部活は? 初めて聞いたぞ。


「……なあカホ、英国茶道ってなんなんだよ?」

「……」


 かほちゃんは前もって用意しておいたっぽいノートのページを見せてくれた。そこにあったのは、


「英国茶道部は、主に紅茶にまつわる茶道を学ぶ部! 部員1名」


と元気な書体で書いてあった。丁寧にトゲトゲした枠で囲まれているし。


「山ヶ崎さん、独特な部活やってたのね……」


 かほちゃんの口角が上がった。その手元には、あたしたちのために用意してくれた、いい香りの紅茶をのせたティーセットがある。


 かほちゃんがくれた紅茶を一口含むと、飲んだことのない上品な香り、そしてフルーティーさ、……すごく美味しい。


「美味しいよかほちゃん」

「カホ、これ高いんじゃねーか?!」


 山城の問いにかほちゃんはただただ笑みを浮かべるだけだ。いったいいくらなんだろう……。


 するとかほちゃんは椅子に座り、コトッ、とソーサーの上にカップを置いて、あたしの方をみる。彼女の目は長い前髪で隠れて見えないけど、視線を感じる。そうだ、これはあたしの悩みを打ち明けるお茶会だ。


「そうだな。白鳥、頃合いじゃないか」

「うん」


 綺麗な夕日が差し込む、この不思議な空間の魔力なのか、あたしがさっきまでためらっていたはずの相談は、すぐにでも出来そうだ。


「皆、鳳ユキって小説家、知ってる?」

「鳳……ああ! 一昨年くらいにすごく話題になった作家さんよね?」


 やはり知っている人は多いはず。山下さんは反応した。かほちゃんも頷いている。


「皆知ってんのかよ!?」

「あれだけニュースやバラエティに出てたんだもの、知ってるに決まってるじゃない!」

「うっ……そうなのか」


 山城のテレビ視聴の習慣の無さが窺える。


「それで、鳳先生がどうしたの?」

「実はあたし、その人に影響されて小説を書き始めたんだ」

「えーっ」


 コロコロ山下さんの表情が二転三転している。見ている側からしたら退屈しない。それが彼女の取り柄でもある。


「影響されちゃったからか、どっか、あの人の小説と似たような話を……」

「うーん……二次創作?」

「一応、オリジナル。舞台は似ているけれど、オリジナルのキャラと設定は考えて、さ」


 おお、と山下さんは驚いたような声を漏らす。山城は頷いて、かほちゃんはポカンと口をあけている。


「えっとね……」


 とここまで喋っておいて気付く。これ文脈的に鳳先生の復活の話をしなくちゃいけないじゃん!? 待て待て、それはまだ秘密だ! あたしの口から出ていい事柄じゃない!


「あー、なんていうか……やっぱり、あの人の書いた話とは、やっぱり似て非なるものだったな~とか気付いちゃってさ」


 ごまかし……のようでちょっとだけ本当に感じていたことでもある。そろそろ幕切れとなるあたしの小説は、鳳ユキが書いた小説よりも粗ばかり目立つ。主人公たちの辿ったストーリーも、どこか、物足りない。


「えっと……それで、クオリティの差に、打ちのめされた、というか……」

「わかる……わかるよ! 白鳥さん!」


 山下さんがあたしの手をがっちり取る。彼女の目はすごくキラキラしていた。


「やっぱりプロのクリエイターって、とんっでもないよね! 私も全然、イラストのレベルは届かないって思っちゃうもん!!」

「あ、あはは……」

「山下……、まあいいか」

「……?」


 もうなんかものすごく共感してくる山下さんは変なスイッチが入ったのか、あたしに滅茶苦茶語り掛けてくる。あたしも少しだけ本当の事を言っているから、その語り掛けに効くワードも少しだけあった。



 山下さんの熱の入りすぎた励ましを受けた後、気を鎮めるためのティータイムが入る。おいしい。英国茶道部……入部するのも面白いかもしれない。


「白鳥さん、頑張ろうね! 私も頑張るからさ!」

「そ、そうだね」


 そのあとの事はあんまり覚えていない。山下さんの言葉の奔流に圧倒されてしまったから。一つ言えるのは、相談事を偽ったあたしが悪いのだけど、悩みの解決には至らなかったことだ。

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