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#10-B(3/3) 猫被りの悪友

 もうお昼時になったので、あたしたちは一旦切り上げることにした。あたしは姉貴のところに戻ろうとする。山城は帰るのかな? と思っていたけれど。


「私……ちょっと、お前のお姉さんと話してみていいか?」

「え、なんで?」

「なんか、ちょっと話したくなったんだよ。お姉さんから、白鳥の事とか聞いてみたいし」

「やだよ恥ずかしい」

「お姉さん、お前の創作について知ってんのかなぁ?」


 残念だったな、バラしてもノーダメージだぞ。

 そんな話をしつつ、姉貴のところに来た。姉貴が釣り上げまくった魚たちは……あれ?


「姉貴? 釣った魚はどうしたの?」

「おーヒナ、と……ご友人。釣りすぎて困ったから9割くらい返した」

「9割?」


 バケツの中に入っている6匹の魚。10をかければ60になる。


「釣り過ぎでしょ」

「そう思ったんだよ」

「あ、白鳥……のお姉さん、こんにちわ」

「こんにちわ……? 私に何か用か?」

「え、えーっと……」


 山城、テンパってるな。そういえばこいつ人と喋るの得意だったっけ? とくに知らない人と。


「い、いいお天気ですね……」

「ヒナ、彼女大丈夫か?」

「なんか姉貴と話してみたかったんだって。変わった人だね」

「確かに」

「っ……」

「もうお昼だし、近くのレストランで昼食べない?」

「ああ、そのつもりだった。……えっと、山城さんだっけ。君はどうする?」

「わ、私もお供させてください!」


 変な奴。だいぶ猫被ってて可笑しくなってくる。





 山城はどうやら歩いてきたようで、姉貴の車で一緒にファミレスに向かった。


「私はチーズハンバーグ定食。ヒナは?」

「ミックスフライ定食、ドリンクバーつき」

「ドリンクバー、ははっ」


 山城が笑ってきてちょっとムカついた。


「山城さんは?」

「わ、私もミックスフライ定食で!」


 すぐさま注文をしたのち、あたしは山城の行動を注視することにした。いったいどんな話を山城はするのだろうか?


「白鳥……のお姉さん」

「なんだ? 私に話なんて。初対面だよな」

「そ、そうですけど……」


 いったいなぜ、山城が会話したいなどと言い出したのか、本当に謎だ。


「白鳥……ヒナちゃんって、家でどんな子ですか?」

「……おとなしいよ」


 間違ってはいない。間違ってはないけど、姉貴がそう答えた意味をあたしは勘ぐってしまう。


「そ、そうなんですね……」

「私からも一つ聞いていいか?」

「っ!? は、はいっ!」

「君はどうやってヒナと仲良くなった? 見た感じ、ヒナとはなんだかタイプが違うような雰囲気があるが」

「え、えーっと……」


 ふむ。普通に考えたら、地味眼鏡のあたしと、ギラギラ茶髪不良娘の山城が仲良くなれる共通項なんてなかなか見いだせないんじゃないだろうか。不良は不良のグループというのがある気がするけれど。


「それは……グループ活動が一緒になって、それから、少しずつ絡む様になったというか……」



 あー、そうだったかも。もう大分前のことに感じられるけれど、なんかの授業でグループを組むことがあった。まだ友達作りも出来ていない時期だったから、みんなイマイチ踏み込めない状態でグループの人と接していたっけ。


 そこであたしと山城が同じ班になった。あたしは正直嫌だった。入学して間もなくで一緒に行動するメンバーに、分かりやすい不良がいたのが。


「君、意外と慎重なのか?」

「そ、そうかもしれないです……」


 そんなことはない、断じて。ほぼ話したことのないあたしたちに、山城はかなりラフなコミュニケーションを取ってきた。例えば「おい」だとか「おまえ」だとか、初対面に絶対言われたくない言葉を普通に使ってきた。班にいた他の人達はかなり怯えていた気がするけど……。


「そしたらヒナちゃんがフレンドリーに声をかけてきて……」


 嘘に嘘を重ねるな山城。分かりやすく腹立つ奴が来たから、あたしもプッツンしながらコイツと接していたんだ。そしたら……なんか、コイツが打ち解けてきたんだ。


「なんか、波長が合っちゃんたんですよね」


 ……その文言だけは否定ができない。


「ふーん、そうか。案外ヒナもそういうところあるからな」


 テキトーな相槌のようで的を射てる姉貴の一言に、打ちのめされるしかなかった。


「ワルい事以外はじゃんじゃん誘っていいから、ヒナは」

「! い、いいんですか?」

「仲良さそうだし、色んな友達がいたほうが、楽しいんじゃないか」


 ……くそっ、あたしが反対するポイントがない!




 頼んだ料理が届いて、それぞれフォークとナイフを手にする。

 鉄板の上に乗った様々なフライのボリュームに、あたしの食欲が拍手をしている。


「でけぇな!」

「あんたも頼んだでしょ?」

「お前のほうがアジフライがデケえ!」

「山城のは海老フライがデカいじゃん!」


 互いのフライを羨ましがったあと、手を合わせて、頂くことにする。


「……ほう」

「? どうしたの姉貴?」

「いや、山城ちゃん、ヒナと話す時の口調そんなんなんだ、って思っただけ」

「っ!?」


 山城は両手で口を抑える。やはり猫を被るのはそう持たなかった。ぎこちないな、とは思っていたけど。


「いい友達を持ったな、ヒナ」

「こいつ不良だけど」

「それでもだ」


 山城のほうに向き直ると、なんだか訳の分からない表情をしている。恥ずかしそうに頬を染めているようで、目は泳いで泣きそうになってるし。


「……あ、ありがとう、ございます……」

「照れてんの?」

「照れてねえし!!!」


 レストランに響いた怒号のような声は、彼女の気持ちを現していたと思う。




 そんな山城とも別れて、家に帰り着いて、自室に籠る。あたしはそういう生き物だ。


「ふぃー」


 思わず漏れた息は、今日の疲れとか、色々あったなという気持ちとか色んなものが混じっている。


 何から考えよう。




 山城、可愛かったな……。とか? 確かに可愛かったよ。いつも不良らしくカッとなりやすく目付きも悪い彼女が、姉貴の前では猫被って顔赤らめて、まるで乙女みたいな一面を見せていた。これはどこかで山下さんあたりにリークしちゃう手札にしておこうかな。山城にあんな面があったなんて。それにしてもどうして姉貴と話したくなったのかはよくわからなかった。




 次に、今日釣った魚について。あたしが釣った魚、姉貴が釣った魚。今夜は魚パーティになりそうだ。あの魚おいしいのかな。釣れるようにしてるってことは、それなりに美味しいと考えておきたい。


 ところで姉貴は満足したのだろうか? どうして姉貴が釣りをしたかったのかも分からない。でもあたしだって、らしくなく遠出したいとか考えたことあるし、そういうもんか。


 ……と前置きに相応しい話題たちは脳内で消化できた。最後だ。




 鳳ユキ復活、という情報だ。あたしはこれをどう受け止めたらいい? 今日謎の釣りイベ、休日に友人と会うというイベントを迎えた後でもなお、この情報はあたしの脳内でギラギラ光っている。


 あたしのなかで過去のものになりつつあった鳳ユキ。あたしは今彼女の作品に影響されて小説みたいなものを書いているけれど、あの人は一体、次回どういう物を書くのだろうか? きっと天才なのだ、とんでもないものをお出ししてくるんじゃないんだろうか?


 どうして昨日の今日でああも心変わりが起きるのだろうか? 何か彼女の中で実は葛藤があった……とか? そう見えなかったけれど。もしかして編集さんから何か元気を貰った、とか? 考えても答えなんか出てこない。


 じゃあ、とスマホを取り出す。こういう時の行動は簡単。本人に確認を取るのだ。幸い今日は土曜日。さっき連絡があった、ということは鳳先生も休みだと思う。


 一応「今から電話いいですか?」と送って、返事を待たずにメッセージアプリで電話をかける。1、2、3、4、5コールしたけど出る気配はない。こういう時にタイミングが合わない。


「うぅむ」


 一旦電話をやめることにした。なんだかいろいろあったものだから眠くなってきたのだ。あたしはベッドに横になる。するとまるで夜のようにストンと意識はすぐに落ちた。

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