#10-B(2/3) 私たちの推し活
二人糸を垂らしつつ、水面に向かう。
「びっくりしたー……あんな人が白鳥の姉だったんだ」
「そうだよ。似てないでしょ」
「似てねえな」
似てると思う点なんかひとつもない。
「それにしても山城があんな風にビビり散らかしてるの、面白かったなぁ~。山下さんやかほちゃんに教えちゃおうかな」
「やめろ」
冗談だって。山城のキャライメージだってあるだろうし。
「山城、ここへはよく来るの?」
「ん? まあ、月2、3くらい」
そこそこだな。二週に一回くらいってことか。
「釣り好きなんだ」
「親がよく連れてってくれてたからよ。生活圏内って感じ」
「へぇ……」
意外だ。山城、不良っぽいところがあるからちょっと普通の、キラキラした女子高生とは違う趣味してんのかなとは思ってたけれど、釣りのイメージは無かった。でもそれはそれで、なんかいいな。
「じゃあ家族で来てるの?」
「いいや、私一人。家族で来ることもたまーにあるけど」
「? じゃあ完全に山城個人の趣味ってこと?」
「そうだな」
すると山城の糸が引いている。それを引き上げると、小魚が一匹引っかかっていた。
「ちっせぇ」
キャッチ&リリースの精神で山城はその小魚を釣り堀に戻した。
「なんか、落ち着くんだ。一人で釣り糸だけに集中するの」
「あ、ごめん。あたし邪魔だった?」
「いや、たまには話し相手ほしいから」
すかさず山城はもう一度竿を振る。なんだか手慣れた感じと、学校で会うときより落ち着いた雰囲気が彼女から感じられて、ちょっとなんか、言いようのない変な緊張感がある。
「白鳥は? お姉さんが釣り好きなのか?」
「いや、姉貴も初めてらしい」
「初めて? それであんな爆釣りしてんのか」
不可解だ、と言わんばかりに山城は眉をひそめていた。
「すげーんだな、お前の姉さん」
「そうだ、ね。いろいろハイスペックなんだよ」
「例えば?」
「この街で一番の大学通ってたり」
エ!? と山城はカエルの叫びみたいな声を出した。
「頭もいいのかよ……つくづくお前とは似てないな」
「何その言い方」
イラっとする。そんな言い方を良しとしてこの一年付き合ってる友人なわけだけど。
「私も兄弟とか姉妹、欲しかったなぁ」
「一人っ子だったっけ」
「ああ。まあ私がどう言おうと弟妹増えたりしないけど」
どうしようもないことだ、それ。あたしは姉貴がいることに不満を覚えたことはないけれど、いなかったら山城と同じような気持ちだったかもしれない。
「ねえ山城。あんた推し活ってしたことある?」
「は? テレビとかで見る、バッグにじゃらじゃら缶バッジつけまくるようなアレか?」
「いや、あんなレベルじゃなくて……」
彼女の中の推し活像がだいぶ重度な奴に偏っている。
「なんか、『この人好きだ!』とか『このアーティストすごい!』とか、そう思う相手がいる? って聞きたかった」
「……んー……」
少し山城は唸って、黙って、また唸る。他愛ない質問に、どうやら真面目に答えてくれるらしい。
「いな……くはないかも」
「え!? 誰それ」
「食いつき良過ぎだろ……」
山城は引いている。だって気になるじゃん? こいつの推しっていうの。今までそういう話題をこいつはしてこなかったし。こう深く聞く機会もなかった。
「……今流行ってる深夜アニメの主題歌やってるロックバンド」
「えー! あのサッカーの奴!?」
「……のドラマー」
「ドラマー!?」
ど、ドラムの人!? いや待ってくれ、ピンと来てない。そのロックバンドは知っている。私もそのアニメ見たことがあるし、曲も何曲か(流行ったやつは)知っている。だけどピンポイントでドラマーって言われて思い浮かばなかった。男のメンバーしかいなかった気がするけれど……。
「どうして、ドラマーの人を?」
「この前たまたまテレビ出てて、『あ、カッケェ』って思ったんだ。スティック捌きもリズムの正確さもプロなだけ洗練されてたし、何より、すごく、……。」
「?」
「……パッション、っての感じたんだ」
パッション。情熱という意味。いつも学校で不良っぽい見た目と仕草が目立つ山城からは到底出てこないワードだと思った。
「パッション……」
「……何だよその目! ああっ、もう、この話やめようぜ!」
なんだか恥ずかしそうに、山城は首を小刻みに振って、手元の釣竿に向き直る。糸はちょっと前から引いている。
「へぇ……あんた、そういうの好きなんだ」
「なんだよ、冷やかす気か!?」
「ぜんっぜん。いいと思うよ。むしろ、あんたからそんな熱い気持ち聞けて、逆に好感度上がったわ」
「なんだよそれ、気持ち悪ィ!」
もう山城の顔が真っ赤だ。照れ隠しが全然上手くいっていない。あたしもきっと悪い顔をしていたし、山城は半泣きで声を荒げていた。
「ちょっと飲み物買ってくるわ。ほら山城、深呼吸だよ深呼吸」
「うっせェ!」
周りに人がいなかったのが唯一の救いってくらい、山城の声は大きかった。
さすがにいじり過ぎたか、とあたしも少し反省してミネラルウォーターを二本買って、山城のところに戻ると、彼女の釣った魚がバケツに二匹増えていた。
「白鳥、私をあんな恥ずかしい目に遭わせた報いは受けてもらうからな」
「え?」
「お前の番だぞ。お前の推し活、教えろ」
「げっ」
あー、やってしまった。いじる奴はいじられる覚悟もないといけない。ここであたしだけ拒否するなんてワガママは許されない。山城が許さないだろうし、あたし自身もそんな不公平な関係は、気分が悪いのだ。
「はぁ……しゃーないね」
「適当なこと言うなよ?」
「言わないって。あんたにあれだけ言わせたんだから、あたしだってちゃんと答える」
ひと呼吸置いて、あたしは自分の答えを用意する。
「あたしは、小説家のひと」
「は? 小説家?」
それだけいうと、これまでの鬱憤を晴らすかのようにゲラゲラ山城は笑い出した。
「あっはっはっは!! お前が小説家を推すって、なんかこれまでの白鳥像壊れるわ!」
「なんだよ! あんたの推し聞いても、あたしは笑わなかったろ!?」
「悪い悪い」
そうは言っても、やっぱり可笑しかったみたい。こいつ笑いをこらえきれていない、やっぱ悪い奴……。
「一昨年から去年くらいにテレビで『鳳ユキ』って作家さんがよく話題になってたでしょ? あの人」
「おおとり、おおとり……ああ、あの美人さん? 最近見ねぇな」
「山城、あんまりニュース見ない人?」
「見ねぇかも」
SNSやネットの普及で、あたしたち高校生くらいの子はニュースをあんまり見ないって子も結構いる。山城もその一人みたいだ。
「あの人の本を読んでさ、衝撃を受けちゃったんだ。すっごい、あたしそんな本を読まないのに」
「へー。で、その鳳ユキはどうしたんだ? 次回作制作中?」
「えっと」
違う、と言おうとしてその事実が最近覆ったことを思い出した。だけどここは前の事実を話したほうがいいだろう。
「引退したんだ、その先生」
「引退? どうして」
「……誹謗中傷って聞いたことあるでしょ?」
「あー……」
「あれで心を病んだらしいの」
「……マジかよ」
さっきの楽しそうな顔から一転、山城は眉をひそめた。最近も山下さんに似たようなことがあったのも影響してそう。
「……それで、その引退した先生の推し活って、何するんだ?」
「……」
しまった、と思った。これじゃあたしの創作趣味を明かす流れになるじゃないか。……推し活を深掘りされればこうなるのは、分かっていたはずなのに。いや、あたしは嘘はつかない。山城に笑われようと、あたしの創作は、鳳先生だって褒めてくれたんだ。
「……あたし、この前創作活動はしないって言ったじゃん? あれ、嘘」
「?」
「その先生に影響されちゃって、小説みたいなん書いてる」
「は……はぁーっ?」
マヌケな声で目の前の不良は驚く。こんなん、姉貴と鳳先生以外には初めて明かすんだ。驚かれるのも無理はない。
「なんだよそれ……今まで見ていた白鳥ヒナは、マジで偽りでできた人間だったのかよぉーっ!?」
「それは言いすぎでしょ」
「な、何も分かってなかった……今目の前にいる、友達として付き合ってきた女の中身が全然分かってなかった……!」
大げさに驚く山城は面白い。あたしが大人ならこれを見ながらビールを一缶開けているだろう。
「……マジか。もしかして私が見ていた白鳥は、完全に仮の姿だったのか」
「そこまで偽ってないと思うけど」
創作趣味以外は素だと思っているけれど……。
「にしても随分飛躍してねぇ? その先生の作品買い集めるとか、そういうのが推し活じゃねえか? 普通」
「あー、その先生、一作しか出してない」
「? その一作がブッ刺さったって事か?」
「まあ、そう」
改めて言われるとだいぶ変だ。ただ一本しか作品を出してない作家の、その一本が深々と刺さって、あたしの色んな事が狂っているのだ。
「はー……。なんかすげえな」
「そうかも」
「なんか、私と似てるな」
あ、確かに。コイツもさっき、テレビで見たドラマーに衝撃を受けたって言ってたもんな。同じような体験かもしれない。
「へぇ~、私と白鳥は水と油くらい違うと思ってたが……液体ってところは似てるな?」
「上手く言ったつもり?」
「へへ」
でもあたしもどこか安心しているような所がある。こんな不良みたいなやつと、どこか似ている所があって――通じ合えそうなところがまた一つ見つかって。




