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#8-B(3/3) 沈んでいく彼女の太陽

 その後、皆でいろんな所を回った。ファッション、雑貨店、お昼ごはんは洋食のファミレス。楽しい一時を過ごした。そこに混じる、圧倒的な違和感。


「や、山下……お前んとこ、金持ちだったっけ?」


 山下さんの抱える買った品物達が、あまりに多い。両手に大きな袋を2つ3つと。買いすぎだ。チラッと会計の数字を見たけど、5桁の会計を2回は見た。


「山下さん、やけ買いなんてどうしたの? 今日の山下さんちょっと変だよ」

「えっ……」


 山城以外から指摘されたからなのか、山下さんはハッとしたような表情を浮かべた。その隙をあたしたちが見逃すわけもなく。


「どうしたんだ山下。なにか嫌なことでもあったのか?」

「そうだよ山下さん、我慢は体に毒だよ? あたしたちに言えることなら、言ったほうがいいよ」

「えっ、あっ……」


 山下さんは苦し紛れに唯一追及してこないかほちゃんに目を泳がせたけど、かほちゃんだって山下さんの散財っぷりに疑問を感じているようだ。そんなオーラを出している。


「……はぁ。……喫茶店、寄っていい?」


 あたしたちはモール内の喫茶店へと向かうことにした。





 喫茶店の席に着くなり、山下さんはさっきまで顔に浮かべていた(どこか無理した)陽気な表情はどこへやら、急にめそめそと泣き出したのだ。


「ど、どうしたの……?」

「うっ、うぅ……」


 周りのお客さんもちょこちょここっちを見てくる。そりゃ異様な光景にも見えるか。


「わ、私ぃ……イラストレーター無理かも」


 ええっ! ってあたしたち一同驚いてしまった。周りの目が痛く刺さって、とりあえず声のトーンを下げる。


「ど、どうしたの? あんなに『将来はイラストレーターだ』って言ってたし、あたしにも描いた絵見せてくれたじゃない」

「そ……それが……」


 あたしが訊いた途端、山下さんのめそめそが加速してしまった。可愛い表情がくしゃくしゃに崩れていく。


「うええ~ん……」


 ダメだ、まともに会話できる状態じゃない。周りの注目は痛いけど、それどころではない、あたしの友達が悲しみにくれてるんだ。どうにか慰めたい。


 とりあえずで頼んだクリームフラペチーノが来た途端、山下さんはそれのストローを無心にすすり始めた。泣いてる割に啜る音がちょっと豪快だから変な笑いが出そうになる。


 もうほとんど飲み干してしまうと、山下さんはフラペチーノを置いた。


「うぅ……おいしい……」

「それはよかったけど……」


 少しだけ、山下さんのめそめそが収まった気がする。


「で、何があったんだ? 山下らしくもない」

「……これ」


 山下さんはスマホの画面を見せてくる。そこに映っていたのは山下さんの使っているイラスト投稿サイト、そのコメント欄だ。


「ん……?」


 そこに書いてあるただ一つのコメントは『ガキっぽい絵』。


「……うわ」


 これがいわゆる批判という奴か。


「なんだァ、こいつぁ?」


 山城が一気にガラの悪いモードに入った。


「これ、知り合いじゃないよね?」

「うん、知らない人」

「こーんなクソったれがいるってのか」


 青筋を立てている山城に、今にも喫茶店のテーブルをひっくり返しそうな気迫を感じる。流石にそうならないとは信じているけれど……。


「コイツのページはないのか?」

「まだ、見てない」


 あたしもスマホでイラスト投稿サイトを確認する。そのコメント主のユーザー名は「匿名希望」。捨て垢かもしれない、そう感じつつ、まずは山下さんのイラストページに向かう。そして該当のコメントを見つけ、そのユーザー名をタップする。


 そこに広がっていたのは、「まだ投稿がありません」の注意書きだった。捨て垢だ。


「何様だってんだ!!」

「ちょ、山城!」


 山城が声を荒げた。居たたまれない気持ちになりながらも、あたしは周囲に頭を下げる。


「コイツ何なんだ……!」

「落ち着いて山城。こういう平気で人を叩くだけのアカウントって結構あるんだから。コイツにキレてもしょうがないよ」

「だってよ……こんなしょうもない奴にさ……」


 気持ちは痛いほどわかる。こんな奴がもし目の前にいたら、あたしだってビンタを30回は叩き込むだろう。


「あ、ありがとうね……なんか、こんな……私の代わりに、怒ってる、みたいで……」

「こんなロクでなしなんか、ブチのめす他ねーよ」

「……で、山下さんは、これがショックだった……と」

「うん……」


 あぁ、そう言えばなんか覚えのある話だ。あの先生も。


「心配するなよ山下、お前のイラストが上手いのは分かってるからさ」

「そうだよ! そんなただの捨て垢の少数意見なんか、無視だよ、無視無視!」

「……わかっては、いるんだけど……」


 そう言って、山下さんは視線を自分の右手に移した。


「……描けなく、なっちゃった……」

「……どういうことだ?」

「ペンを持つとね、……手が震えて、まともに線が引けないの」

「え……」


 イラストで上手く線が引けないというのは死活問題なのは分かる。漫画だって、カッコいいキャラクターの線はシュッとしていて無駄がないもん。


「上手く描かなきゃ、上手く描かなきゃって思えば思うほど、手が震えて、どうやったら真っすぐな線を引けるか、頭が分からなくなるの」

「それって……」

「何も考えずに線を引いても……全然、思い通りにならないの」


 ヤバい。聞いてるこっちも辛くなってきた。そんなの辛すぎる。


「だから私……イラストレーター、なれない……」


 山下さんは悲痛な、同い年の子がしてほしくない表情を浮かべた。




 それから山城が怒りのやり場を見失って、重い雰囲気に飲まれたあたし達の集まりは、そのまま終了となった。みんな山下さんを何とか慰めようといろいろ考えてみたけど、なにも上手くいかなかった。今二人で山下さんと歩いて帰っているのもそうだ。


「山下さん……」


 何か言葉をかけてあげたい、でもこういうときに100点の言葉なんて考えつかなかった。あーでもない、こうでもないと頭の中で辞書を開いて言葉を探すけど、あたしの辞書はポンコツ過ぎてなにも相応(ふさわ)しいのが載ってない。




「いいの! 今は、いいの。他のことをやってたら、気がまぎれるかもしれないから」


 今日いっぱい泣いたはずの山下さんの目じりに、また涙が浮かんでいた。


「山下さん……」


 何かここで最高のワードを! ……なんて、都合よく出るわけもなく。


「うん、そうだね。今はリフレッシュが一番だと思う」

「だよね」


 あたしは普通の言葉しか言えなかったのだ。

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