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#7-B(3/3) 過ちを正して

 姉貴の車は元気よく発進すると、家とは逆の方向へ進みだす。まあ、そこは姉貴に任せよう。


「ヒナ、最近元気ないな」

「え?」


 ……は? いきなり何を言い出すかと思えば。


「先週のアンタからは覇気みたいなもんが出てた気がするんだけどさ。今朝部屋でのアンタ見て確信したよ」

「な、何言ってんの姉貴?」

「小説、書いてないだろ?」

「……はぁ?」


 これはキレてる訳じゃなくて、あまりにも図星ど真ん中の言葉に思わず出た悲鳴のようなものだ。


「アンタが水を失った魚みたく目が死んで、動きにキレがなくなって歩行速度も3パーセント落ちているのは分かっている」

「随分気持ち悪い言い方……!」

「おまけになんか声の張り方も、以前はなんか『あたし、青春してます!』って(きら)めいてたのに今は枯れ木のように伸びがない」


 独特な表現にツッコミが追いつかない。なんだこの語彙(ごい)は!


「なんかあった? もっと文章が上手い奴に会ったとか?」

「……」


 姉貴の観察眼はメチャクチャ鋭い。ここで誤魔化したって、今度は誤魔化しを看破されてツッコまれるのは目に見えている。ここは大人しく白旗を揚げよう。……もっとも、別に隠す気もなかったけど。


「実は……あたし、鳳ユキとメッセージアプリでやりとりしてたんだ」


 ガクン、と車が急停止する。危ないじゃないか!!


「姉貴!? 何してんの!?」

「いやお前何言ってんだよ!? 鳳ユキってお前!!」


 とりあえず周囲を見ると、幸い後続車はいない。よかった、事故らないで。


「鳳ユキっておととしテレビ出てた作家さんじゃんか! あんな有名人とどこで繋がったんだ!? 言わなければこのドライブは明日まで続くぞ」

「何その脅し!? いや言うよ!」


 事の経緯を話す。まずはファンレターを出したこと。そこからなぜか鳳ユキ先生がコンタクトを取ってきたこと。それからメッセージアプリで通話したこと、そして……。


「あたし、鳳先生の一番触れちゃいけない話題に触れちゃった」

「……。」

「姉貴?」

「いや、あまりにも濃い情報量に頭が追いついてないだけだ、しばらく待ってくれ」


 パソコンみたいな反応だ。待つか。姉貴は急停止した車を少し動かして路肩に停めた。


「……えっと。白鳥ヒナ、君はまず一般人だよね? 芸能人じゃなく」

「そうだけど」


 姉貴はよほど混乱していると見える。そんな「前提」みたいな所から確認していくなんて。


「で、君は鳳ユキ先生に憧れて、小説の執筆活動を始めた。合ってるな?」

「うん」

「そして自身の中にある鳳先生への情熱を抑えることができず、ファンレターを書いた。内容としてはどんな感じだ?」

「えーと、本の感想、先生への思い、影響されて創作を始めたこと、とか」


 棘のある感想を送ったと言ったら姉貴はめんどくさい反応しそうだし、そこはぼかしておこう。


「ふむ。それで……それを送った結果?」

「向こうからコンタクトを取ってきた」


 「はあ!?」と姉貴がまた驚く。狭い車内でそんな大声出さないでほしい。


「耳痛いからやめて」

「なんだそれ。それじゃまるで鳳ユキがファンレターからファンを特定する良くない輩みたいじゃないか」

「言い方悪いけど、実際そうだったし」


 よく考えたらこのご時世、ファンレターから個人を特定なんてあまり褒められた行為じゃないよね?


「嘘は……言ってなさそうだな。そういう目をしている」

「分かればよろしい」


 嘘を看破できるということは、真実を看破できると言う事でもある。


「ふむ……それにしてもそんな宝くじが当たるような確率の事が、我が妹に起きてしまうとはな……」

「姉貴はそういう経験ないの? 大学で有名人が来たとか」


 姉貴の大学の出身者に確か芸能人がいた気がする。今もテレビで大活躍している芸人とか。


「来ることは来るが、個人的に連絡取る間柄の奴なんていない。そもそもそういうイベントもあんまり頻繁にあるもんじゃない」


 姉貴は少し冷静さを取り戻したのか、車を動かし始めた。車は何事もなかったかのように車線を走りだした。


「……で、ここからがヒナが落ち込む理由になった本題か。『鳳先生の触れちゃいけない話題』って? 地雷踏んだのか」

「うん。姉貴も鳳先生が引退するときのニュース見てたよね」

「そりゃあ、テレビに引っ張りだこの売れっ子作家様が電撃引退ってどこのニュースでも言ってたからな。あれだっけ、『誹謗中傷』とかそんな理由だったよな」


 その通りだ。


「あたし……不用意にそのことについて聞こうとしちゃった」

「はぁ……」


 姉貴は分かりやすいため息をついた。


「ヒナ。あんたそこまでアホじゃないと思ってたが」

「いや……あたしも今考えたら愚行中の愚行だったなって思うんだけどね! ただ、そういう嫌な話題振ったら、向こうが怒ったりして、この関係が破綻して終わりかな……とか思ってたんだよ。それが……」


 今だって先生の苦しみ始める瞬間がフラッシュバックしてしまう。


「鳳先生、怒るどころか、悲しむような……過呼吸になっちゃったりしてさ」

「……ヒナ。他人の感情を(もてあそ)ぶな。ましてやトラウマに触れよう、触れたら怒って『くれる』だろうとか、随分偉そうなコミュニケーションだぞ」


 返す言葉もない。あたしは馬鹿なことをやった。


「で、アンタはそれ以降小説を書けなくなった。むこうは?」

「……もう連絡取ってない。謝罪のメッセージは飛ばしたんだけど」

「ますます呆れる」


 姉貴の説教は刀のように鋭い。


「あんな文字の羅列で誠意が伝わるか。アンタは鳳先生に危害を加えたんだ。その気がなかったとしても。相手の状態を最後まで気遣うのが誠意ってもんじゃないのか」

「……鳳先生、あたしの顔見たくないんじゃないかな」

「だから!」


 一段、姉貴の声が大きくなった。


「お前のコミュニケーション、どうにも独りよがりだぞ。その様子だと、鳳先生と親友ってレベルでもなさそうだし。そんなアンタが、相手の気持ちを分かったつもりであれこれ決めるな」


 ……きっつい。なにぶん何一つ反論できることがないから全部受け止めるしかない。


「カメラ通話してたんだっけ? だったら、またカメラ通話で顔見せて謝ってこい。ボロックソに言われるかもしれないが、それは覚悟してたんだよな」

「それは……うん」

「ふん。まあ、向こうも大人だ。対してこちらは16歳。きちんと謝れば許してくれるかもしれないし、そもそも今回悪意あってやったことじゃないって割り切ってるかもしれないぞ」

「……」


 気乗りはしない。だけれど、姉貴の言っていることが正しいとも感じる。しょうがない。きちんと謝って、きちんと鳳先生から怒られよう。このまま自然消滅するのが一番モヤモヤしそうだし。




 それ以降、ドライブは重い雰囲気のまま家まで続いた。家に付く頃には日はもう向こうまで傾いていた。

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