#1-B 「あんた」に狂わされたんだ
鳳ユキ。あたしが今こうしてPCに向かう呪いをかけた小説家。型落ちのノートPC、画面には少しの文章と、半分以上を占める空白が見える。
「くっそ~!」
やっぱりダメだ。あたしに創作の才能なんてなかった。分かってた。生まれてこのかた創作なんてやってみようだなんて思わなかった。十六歳には厳しい趣味なんじゃないか? そんな思いばかり頭によぎってしょうがない。少し文章を足しても、何か違う気がして削る量のほうが多くなる。そうして毎日30分は無に帰っている。
「鳳ユキ! あんたはなんであんなお話が書けたんだよぅ!」
考えれば考えるほど分からない。あの天才作家様は、どうして色んなコンテンツが溢れるこの世の中に、雷光のような一閃の小説を出せたんだ!?
「……はぁ」
気持ちを吐いて、少し落ち着いた。椅子に座り直してまたPCの画面を見る。序盤は何とか書いた。だけれど話を広げようとすると、あまりにダレていく自分の文章が呪わしくなってくる。
ちら、と本棚のほうを見る。目立つように置かれているあたしのこの一年を狂わせた呪いの本。
今だって……今だってその本は変わらぬ輝きを放っている。この片付いているとは言えない部屋で、あの本の周囲だけがどうにもすっきりしている。片付けたのはあたししかいないけれど、どうも無意識でもあの本を大事にしているみたいだ。
「……なんで、あんたは」
鳳ユキは一年前に引退宣言なるものを出した。SNSでそれは大きな話題になり、テレビでも大々的に報道された。一番勢いのあった売れっ子作家の突然の引退となれば、そこそこ話題にもなるだろう。
SNSではそれに関する反響だっていっぱい流れてきた。大半は「やめないでほしい」「次回作楽しみにしてた」「いつまでも待ってる」って声が多かった。……批判的なものもチラホラあったけれど。
あたしは正直苛ついたのである。鳳ユキはメディアにも姿を現していた。本が爆発的に売れて、マスコミが煽った結果、彼女はその素顔をテレビで出したこともあった。思っていたより美人さんで更に苛ついた。神は不公平だ。
そこまでしておいて、引退だとか。
「……あー、集中切れた」
気付けば決めていた30分は過ぎてしまっていた。今日の進捗17文字。100書いて、110削って、27追加のプラス17字。はっきり言って虚無感が漂う。
自分でもバカバカしいと思う時ばっかりだ。あの本がすごかったからって、真似事から始めて。そもそも真似出来ているかすらわからない。鳳ユキはこんな苦悩しながら小説を書き上げたのだろうか? あたしには全く想像もつかない。テレビで見た鳳ユキは、あまりにもクールに見えたから。
「……」
デスクライトだけが照らす暗闇の部屋。闇のなかに意識をやって、気持ちを整える。
……そろそろ、やめようか。
そう思った。いや、何度も思っている。思っているけれど、イマイチ踏ん切りがつかずにダラダラPCに駄文を打ち込んでいる毎日だ。
正直一時的なものだろうと思った。あまり何かに没頭するという経験がなかったから、どうせ三日坊主でこの熱は冷めると思っていた。……ただ、ほんのわずかな微熱は下がらなかった。
PCを閉じて、ベッドに横になる。午後11時58分。夜ふかし気味。メガネをはずすと、暗闇の中にあるものはもう何も識別できない。
目を閉じる。荒れた気持ちを静めようと息を吸う。だるいけどあまり眠くない。
どうしたらこの気持ちにケリをつけられる?
何かケリをつけたい。いま書いている話を書き上げることが出来たならそれも叶うかもしれない。だけれどあたしはもうそこまでうまく行く希望が持てない。SNSに厄介ファンみたいな独り言を乗せたことがある。無論スッキリしなかった。
じゃあ――直接、鳳ユキにメッセージを送るのは?
どうやって? それはもうスマホなんかが生まれる以前から存在する古風な手――ファンレター。
もちろんあたしが誰かにファンレターを出したことなんて一度もない。誰かにガチ恋みたいな、推しとか、そんな状態に陥ったことなんかないからだ。
便箋を探すととてもシンプルな、白紙に罫線のみが書かれた物が出てきた。こんなのでいいのだろうか? 一応ファンレターという形なんだ、もう少し可愛げのある物はないのだろうか? あたしの部屋から出てきたものだけど……。
机に便箋を広げ、ペンを持つ。もう寝なくちゃいけない時間だけど、こういうめんどくさそうなのはさっさと終わらせたい気持ちが勝った。
驚くことに手紙はすらすら書けた。さっきまで自分の書いているお話でウーンウーンと唸っていたとは思えないほどに、ペンは止まることを知らなかった。でも。
「……1時過ぎてる」
やらかした。没頭しすぎて時間も止まることを知らなかった。こんな集中力がお話を書くときに発揮できればいいのに。そう思いつつ急いで寝ることにした。