#7-B(1/3) はじめての姉妹デート
あたしの前で鳳先生が倒れて二日。幸い「命に別状はなかった」とメッセージアプリの通知で飛んで来た。あたしはそれを開くこともなく、スマホを置く。
あの時、あたしは不用意に人のトラウマを刺激してしまったのだろう。相手から拒絶されても立ち直る用意はあったけれど、あたしから相手に危害を加える気はなかった。それが不用意だったからか、もうあの人に気軽に連絡なんか取ってはいけないと思っていた。あたしは人を傷つけてしまった。しかも、尊敬していた大先生を。
「はぁ……」
馬鹿だあたしは。なんであんなこと聞こうって思ったんだろう。どう考えたって、触れられたくない事柄だったでしょ? 怒って突き放してくれるならまだしも――先生は、優しい人だった。
「……」
距離感を見誤った。というより、どれだけ近くてもアンタッチャブルな事柄だったと思う。それをあたしはズケズケと……大馬鹿野郎のあたし、最低だ。
「……」
あの事件以降、あたしは小説を書けなくなっていた。分かりやすいと言うかなんというか。
あたしみたいな馬鹿が汚していい趣味じゃない。先生を傷つけた手前もう憧れの人とか言えない。そもそもあたしにセンスなんか無かった。
「……」
そう言い訳を考えることは出来るけれど、どこかモヤモヤしているあたしだっている。『書きたい』『書かなきゃ』という気持ちがどこかくすぶっていたんだ。
「……ダメだろ」
書きたい……でも、あたしに書く資格なんかない。我慢しなくちゃ、いけないんだ……! あたしのことだ、すぐに飽きるはずだ、飽きろ、飽きなきゃいけないんだ……!
そう言い聞かせていると、部屋のドアをノックする音が聞こえる。おそらく姉貴だ。
「……どうぞ」
ドアが開くと、やっぱり姉貴だった。
「どうした? なんか冴えない顔してるけど」
「えぇ? んなことないでしょ」
くそ、見抜かれている。
「ヒナ、ちょっと買い物に付き合ってくれない?」
「え?」
なんだなんだ? どういう風の吹き回しだ? こういうお誘いなんて、今まで一度だってなかったぞ?
「その……生地を買いに、な」
……。
「……あたしの視点が必要、と」
「そういうこった」
姉貴の視線が泳いで、あたしのと合わない。ちょうど暇だったし受けることにしよう。気がまぎれそうだし。
「いいよ」
「じゃあ、準備できたらすぐ行こう」
そうしてあたしたち二人は姉貴の車でドライブすることになった。あたしの両親もそういう光景は珍しかったらしく、だいぶ戸惑っていた。それくらい、あたしたちの仲ってドライなものだったのだ、以前は。
車で行くのは近くのショッピングモール。ここに手芸や生地を専門的に売っている店舗が入っている。ちらっと運転席の姉貴を見ると、どこか嬉しそうに見えた。
「なんだ? 私の顔に何かついてるか?」
「べつにぃ」
なんか漫画でしか見ないようなやりとりをしてて、自分で驚いた。あたし、こんな風に姉貴と接することができたんだ……!
ショッピングモールに着いて店内に入る。日頃インドアなあたしは月一くらいしか行かない場所。そもそも車で行く距離なのでどうにも通う気にはなれない。友達と遊ぶのはここじゃなくてもできるし。
「じゃ、行こう」
足早に目的の手芸屋に向かう。ここまで迷いがないのは、実はひっそり通っていたという仮説をあたしは立てた。
手芸屋の中は少しだけがらんとしている。手芸・生地という趣味アイテムだけの売り場なのだ。不思議ではないけれど……。
「ここ姉貴の行きつけ?」
「行きつけってほどじゃない。まだ何回か来ただけだ」
「ふーん」
それはどうも嘘じゃなさそうだ。姉貴はキョロキョロ特定のコーナーを探すような素振りを見せていたからだ。
「あ、これこれ」
そういうと姉貴は花柄の生地を手に取った。
「これも何かのコスプレ用?」
「……まあそんな感じ」
姉貴、なんか嬉しそうに答えてる。いつも勉強勉強とうるさかった時の姉貴からは想像できない表情だった。
「花柄の服のキャラって?」
「あー、これ」
姉貴はスマホの画面をこちらに見せた。流行りのゲームの人気キャラ「ミーシャ」だ。でも……。
「なんか違くない? このキャラの花柄とは」
キャラの着ている服の柄はヒマワリのような黄色い花の花柄。それに対して姉貴が選んでいるのはカーネーションみたいなピンク色の花柄だったのだ。そういうとこ拘ったりしないの?
「そこをちょっと視点を変えてな。このキャラクターが毎日同じ花の柄の服を選ぶか? という発想でな」
「!」
な、なんだよ……姉貴、結構オタクみたいな物の見方するんだ……。ビックリしてしまったよ?
「日によってヒマワリだったりカーネーションだったり、ときには紫陽花になったりするんじゃないかってね。……ヒナ?」
「姉貴、随分そのキャラのこと好きなんだね」
「最近よくやってるアプリゲームでさ。うちの主力なんだ。ゲーム内では下から数えたほうが早いって感じの強さらしいんだけどさ」
「あーなんかわかるよ。愛着湧く奴だ」
「そうそう」
なんか、思ってたより姉貴って、普通だったわ。……ん? もしや、この妹にしてこの姉あり……ってこと? 同じ親の血を引いて、同じ家庭に育てば似てるところも出てくるってことなのか。納得いくような、行かないような……。
姉貴はカーネーションの花柄生地が気に入ったようで、迷うことなく購入した。
「あとは……そうだな……」
「服があるなら、あとは髪?」
「だが、ここらへんでウィッグなんて売ってるところ、あるか?」
「……あるには、あるかも」
あたしも一度しか行ったことのない、『濃い目』のお店だ。
「本当か? ヒナ、案内できるか?」
「うん、わかったよ」
とりあえず姉貴の車という足はある。そこで困ることはない。




