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#6-B 『創る』人たち

 鳳ユキ先生との通話は、ぶつ切りのような形で終わった。あのふらふらとお酒に酔ってそうな様子の女性は、鳳先生の……何だったんだろうか? お友達?


「……なんだろう」


 鳳先生、なんだか雰囲気が変わった、というか……テレビに出てた、お(しと)やかな感じの時しか知らなかったけれど、なんだか意外とフレンドリーな人だったな。


 まさか、憧れ(だったのかな……)の人と一対一で長電話できるなんて、推し活としてはかなり上位のイベントじゃないだろうか。アイドルの握手会とか、数秒で終わっちゃうって聞いたことあるし。


「ふぅ~」


 ベッドに横になる。満足感。このまま夢の世界へ行きたいくらいには、安らかな気持ち。あたし、本当に鳳ユキと知り合いになっちゃったんだ……。


 それにしても、元気そうだったな。引退して何をしてるんだろうとか少し思っていた。ああ、聞き忘れたな。緊張とパニックでそれどころではなかった。


『また今度話そう』


 去り際に先生はそう言って通話を切った。もしかしたら形だけの別れの挨拶かもしれないけれど、でも心にもないことが口から出るかな? 1パーセント未満の希望と思っておこう。





「ヒナ、なんか、誰かと喋ってた?」


 安堵(あんど)していたときに、開いていたドアの向こうから声がかかって、反射的に私の肩は跳ねた。


「っ、姉貴! 盗み聞きしてないよね!?」

「いや、もう()りたよ……」


 ならいい。あの有名作家と繋がってたとか知ったら、姉貴なんて言いだすか分からないし……。


「……ヒナ、なんかニヤけてるぞ?」

「うっさい」


 隠しきれてないみたいだ。隠さなくてもいいか。





 それからというものの、あの鳳先生の言った通り、私が執筆を進めるスピードは日ごとに増していった。20字が50字、そして100字から数百字と、先生には遠く及ばないにしても、日に日に増えていく文字数に、私は感動していた。


「……すげー、先生、もしかして教える才能とかあるんじゃないかな?」


 いや、あたしが鳳ユキから教わったことはかなり抽象的だった気がする。それでも、先生の言ってた通りだった。




 3学期が始まり、そろそろ進級も近づいてくる。そろそろ新年成し遂げたいことを考えることにした。ずばり。


「投稿しよう」




 ネット上には無数に小説投稿サイトが存在する。あたしの第一歩として、そこに投稿しちゃおう。もしかしたら、しょっぱなから書籍化とか? いやーないない。


 でも投稿のタイミングはいつにしたらいいんだろうか。全部書き上げてから? それとも、少しずつ、書き上がったタイミング? んー……。


「ま、もうちょっと計画を練るか」


 パソコンの画面には、今日も文字数を増やした私の作品が表示されている。随分、成長したな、私の作品。植物に水を与え続けて、今まさに成長期、って感じ。いや違うか。




 そろそろ二年生になる、ということはそろそろ進路も考えておいた方がいいな。……。パソコンを覗く。いやいや、あたしが作家として食っていくとか、万に一つもあり得ない。第一、センスなんかないし。


「あー……」


 いま答えの出せる問いばかりじゃない。あたしは学校に向かう準備を始める。






 教室には相変わらずの面子(めんつ)。入学時と比べて雰囲気の変わった子もちらほら。あたしみたいな帰宅部を満喫している人間、部活動を一年近くこなして明るくなった子もいる。


「白鳥さん、放課後暇?」

「あー、まあ」


 あたしをカフェに誘ういつもの面子。このメンバーで駄弁るのは、冬休み以前からもあったことだ。ちなみに全員帰宅部を名乗っている(どこかの幽霊部員も入っているようだけど)。



 学校の近くには学生客を見込んで建てたであろう喫茶店がある。そこがあたしたちがよく放課後に寄り道するところ。


 他愛もない話、そしてあたし同様、近づいてくる将来像を語るのもいる。


「白鳥さんは将来何になるの?」

「んー? 真っ当にOLとか」

「夢なーい」


 建前である。正直決まっていない。その回答が、周囲の輝いた夢と比較して地味な色だっていうのは分かっている。


「わたしはイラストレーターかな~」


 あたしの左に座る、ポニテが目印の山下さんが言い出した。


「へぇ。そういや絵上手かったね」

「うん! 神絵師目指して、頑張ってます!」


 美術の時間に見た彼女の絵は確かに上手かった。絵が好きなんだろう。


「すっげーよな、山下。そういう特技みたいなんないわ」


 向かいにいる山城(ヤンキー女)が言った言葉に皆頷いていた、無論あたしも。


「皆も何か創作とかしてみなよ! 面白いからさ」

「やだよ恥ずかしい……」

「え? 創作が?」

「いや貶めてるんじゃなくって……自分の作品を公開するとかさ」


 ……なんだ、今日はどうにもあたしを天から見ていたかのような話題選びだ。いや、不自然なところはない。将来や進路の話からここに繋がったんだ。自然と言っていい。


「白鳥さんは? そういう趣味どう?」

「んー……あたしもないかな」

「へー」


 ここで山下さんの眼光が鋭くあたしを貫いた。やべ、なにか見透かされてる?


「なんで~? ここに四人いるんだから、一人くらいそういうタイプの人いると思ったのに!」


 ここにいるけれど一切口を開かない、かほちゃんもどうやら創作趣味はないらしい。


「むぅ」


 そうして山下さんは不機嫌そうに口を(とが)らせた。あー、なんかヤな雰囲気だ。でもあたしにそれを好転させようっていう莫大なエネルギーは出せなかった。


 結局終始山下さんが不機嫌で、その日の駄弁りは終わってしまった。一人が弾まないと皆勢いを失って、どうにも後味が悪い回となっちゃった。




「じゃあ、また明日」


 かほちゃん、山城と別れてあたしは山下さんと同じ道を歩く。……気まずい、気まずすぎる。


 あれから時間が経ったからか、山下さんは流石に不機嫌さは落ち着いてきたけれど、それでもなんだか話しにくく感じてしまった。


「……白鳥さん」

「なに?」

「やっぱり、自分の描いた絵を誰かに見せるのって、恥ずかしい?」


 すっごい気にしてた! しかもこの一対一の状況で聞かれたら、返答もちょっと重くなるだろ!? なんであたしを選んだ!? 帰り道が一緒だからか!?


「え、えっと……」


 喫茶店で駄弁る仲ではあるけれど、個人的な悩みをぶつけあえるほどの距離でもない(と私は思っている)。


「あ、あたしは~、えっと……絵に自信がないから、さ? 山下さんみたいな画力があれば、ワンチャン世界に公開してた……かも」


 苦しい発言をしている。内容も、言い方も。


「あ……そうっか。自信がないから、か」

「うんうん、あたしも山下さんみたいなすっごい画力あったら、『世界にあたしを見せつけてやるぞ!』って思ってたかも……なんて」


 我ながら随分無理してテンションを上げている。長くは持たないな。


「そ、そうだよね! わたし、間違ってなんかないよね……!」

「ちなみに公開してる絵とかあるの?」

「あ、それはね~……」


 山下さんはスマホで何かサイトを開いている。イラスト投稿サイトだ。


「こんなのとか! まだいいね数は少ないけどさ!」


 見せてもらうと、あたしと同じ十六歳にしては随分レベルの高いイラストが表示されていた。何かのアニメのファンアートだろう、最近見たことあるキャラクターだった。


「へー、すっごい……」

「楽しいよ!」





 家に帰って、自室のパソコンを開く。あたしが最近育てている文章たちが並ぶ。


「投稿……」


 投稿か。まだまだ先にはなりそうだけれど、やがて来るゴールライン。スタートかもしれない。一体どういう感覚なんだろう。自分の創ったものが世に出て、他人の目に晒される。それはもしかしたら、批判まみれになるのかもしれない。


「……あ」


 そこまで考えて気付いた。あの憧れの大先生のこと。あの人が引退したのって批判されたからだっけ? なんか誹謗中傷が一部で湧いたとか、ネットのニュースで見たような気がする。


「……」


 スマホのメッセージアプリを開く。そこには「鳳ユキ」と書かれた相手の名前がある。……聞ける。聞けるけど……あたしが聞いてどうする? なにか解決できるの?


 流石に一回通話しただけの一ファンが、そんな踏み込んだ悩みなんか聞いたところで、どうにもできないって。


「……」


 ――それはそうと、モヤモヤする。友達ではないし、これから長く付き合う恋人でもない。なら、とことん勝手なやりとりをしたところで、あたしと鳳ユキとの関係が絶たれるだけだ。そうなっても、あたしはきっと鳳ユキを意識し続けるだろうけれど。


 時計を見る。午後七時、木曜日、平日。夕食時だろうか? メッセージアプリは文でのやりとりだって出来る。あたしはまず文で鳳ユキに連絡を取った。




『お疲れ様です先生。この後、通話できますか?』

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