#5-B(2/2) 暴かれた趣味 あたしの姉貴の秘密
姉貴の部屋。最後に入ったのはもうあたしが小学校入る前だった気がする。それからは姉貴が部屋を開けっ放しにすることもなく、そこにあたしも用が無かったから、自然と入ることはなくなっていた。
中に入るとなかなか雑多に物が置いてある。あたしの部屋の散らかり具合と大差がない。あたしも自分の部屋の汚さは自覚しているつもりだけれど、なんでかそこは姉妹と感じる。
「なんか、思ったより物が多いかも」
「ん? 私の部屋なんかこんなもんだぞ」
「姉貴、頭いい大学通ってんだから、もっと整頓されてる部屋だとばかり」
「部屋の外に漏れないようにはしているよ」
なるほど、今の一言から姉貴の部屋の物の量を察した。なかなかヤバそうだ。
「んー、私の趣味か……」
そういうと姉貴はなにかのパッケージを取り出した。
「DVD?」
「映画。映画を見ることかな」
なーんだ。思ったより面白くは無いかも。
「ふーん。なんか、拍子抜けしたわ」
「なにぃ? 映画鑑賞趣味が面白くないって?」
「あたしの創作趣味を晒した対価にしては、ちょっと物足りないっていうこと」
「はぁ……人の趣味にケチつけるなよ」
「つけてないよ。いいんじゃない、映画見るの。あ、それとも……姉貴、あたしに何か隠してる?」
「隠してねえよ」
「かっこつけてない? 姉貴。人の趣味を暴いたんだから、暴かれても文句は言えないよねぇ?」
「……お前」
そこからあたしの行動は早かった。散らかった部屋の物たちをくまなく調べていく。この時のあたしの頭脳は恐らく、いつもの200パーセント増しくらいは回っていた。部屋のアイテムを調べ、それがどういう属性なのか、他のアイテムとの関連性はないか。そういうときばかり、回りたい脳みそなのだ。
クローゼットに押し込まれた大きな箱が目に入り、取り出す。
「お、お前……」
「いいでしょ? 姉貴、自分のしたことの重さ、分かって」
「好きにしろ……」
姉貴は頭を抱えて、もう諦めるという様子だ。じゃあもうあたしはきちんと暴くのみ。
箱を開くと、ひらっひらのカワイイお洋服が出てきた。ただ、その洋服はどう見ても通常使いには着にくいようなものだ。でも一張羅とも違う。なんて言うか……。
「コスプレ?」
「ギクッ」
あ。マジ?
「へー……。姉貴、こ~んなカワイイお洋服をお召しになるんだ」
「……」
赤くなってる。あたしと視線を合わせないあたり、相当ダメージが入ったみたいだ。
「姉貴がこんなお洋服を……お、こっちはメイド服もある」
「や、やめてくれ……顔から火が出るから」
「やだよ。姉貴がやったように、あたしもレビューしたいもん」
「れ、レビュー……?」
「お洋服ってのは着るものでしょ」
「くっ、やめてくれ! もう私は恥ずかしいんだ! 勘弁してくれ!」
「え~、それじゃあ、姉貴のこのお衣装がどんなクオリティなのか、客観的な意見は取り入れないんだぁ」
苦虫を噛み潰したような顔で、姉貴は唸る。正直、気分がいい。あれだけ日頃あたしに煩く「勉強しろ」とか言ってくる姉貴の弱みを握れるのだから。
「……」
「姉貴は自分のコスプレのレベル、上げたくない?」
「……」
ものすごく葛藤しているのが伝わってくる。わかるよ、その気持ち、あたしも似たようなの、さっき味わったから。
「……」
しばらく、姉貴の表情がもにょもにょしたのち、
「……着ます」
蚊の鳴くような声で、姉貴は承諾した。
部屋を追い出され(同性なのに?)、姉貴の合図を待つ。暖房の効いていない廊下で待つのはちょっと堪える。
「姉貴、まーだ?」
「待て、まだだ」
姉貴の奴、まさかこのままあたしを放置するつもりじゃないだろうな? コスプレを見せるというのをうやむやにして逃げるつもりじゃないだろうな? そうはさせない、あたしは1分毎に姉貴に問い続けてやるからな。
「姉貴、寒いんだけど。凍えちゃう」
「待ってくれ、この服、着るのに時間がかかるんだ」
確かにそんな装飾とかヒモがついていたような……気がする。なら仕方がない。あたしはちゃんと着れてないコスプレをレビューするような悪いレビュアーではない。
姉貴はその後、あたしに20回ほど「まだ?」と聞かれたのちについにOKを出した。
部屋に入ると、そこにはいつもの姉貴からは一切想像できない、ひらっひらで可愛らしいメイドがいた。
「……よ、ようこそ」
「姉貴……ずいぶん、印象が変わるな」
驚いてしまった。姉貴はカワイイ系じゃなくて、どっちかって言うとカッコいい系の服が似合うと思っていたし、よく着ていた。だけど、今あたしの目の前にいる姉貴、カワイイ系の姉貴は……。
「似合ってるよ」
「うっ……。どういう意図の発言だっ!」
ここまで人のイメージを覆す効果があるとは。コスプレ恐るべし。
「ほら、メイドさん。お約束の台詞があるんじゃない?」
「~~~! 覚えてろよ……!」
それは心外だ、元はと言えば、姉貴がちょっかいをかけてきたのが悪いんだからさ。
ふぅ、と姉貴はひとつ深呼吸をしたのち、台詞を言った。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
――圧倒されちゃった。あたしの目の前にいるこのメイド。それがあまりにも愛らしい笑顔と声音であたしに例の台詞を言ったのだ。その表情、初めて見たぞ? 姉貴の写真アルバムを見たことがあるけれど、ここまでキュートさ全開の物なんかなかった。姉貴の笑顔はもっと、ギラっと知性が見えるような笑い方だった気がするからだ。その笑顔が姉貴が隠し持っていたものなのか、はたまたコスプレが引き出した幻なのかは、判断がつかなかった。
「お……おぉ……」
「……なんか言えよ!」
その完璧な一瞬の後、メイドは見る見るうちにいつもの姉貴に戻る。もう恥ずかしさで沸騰しそうな程、姉貴の顔が赤かった。
「な、なんか……すごいね。うん」
「はぁ!? なんだよそのテキトーな感想!! ちゃんと感想文、原稿用紙10枚書かせるからな!!」
「嘘でしょ!? なにその罰ゲーム!」
聞いてない! 知らないぞ!?
そうして、あたしは罰ゲームを受けさせられるはめになった。くそ、やっぱり姉貴には最後の最後で負けてしまった。
罰ゲームはあたしが頭を下げて期限が伸びた。その期日は余裕で3学期が始まっている日付だ。はあ、とため息をついたけど、不思議と悪い気分じゃなかった。罰ゲームの重みより、姉貴の事でひとつ面白いことが増えた満足感だろう。
(あれ、……なんか、一番冬休みで面白かったことかもしれない)
あたしの冬休み。友達ともぼちぼち遊んだし、課題に追われることもなかった。だけれど、一番楽しかったのが今日だった。
「ふふ、なんだよ」
少し――ほんの少しだけ、姉貴ともっといろいろ話したくなった。
「あ」
その瞬間、なにかが繋がった。それは……小説の展開だ。
「……まじか。まさかこんなことでヒントが見いだせるなんて」
早速PCを開く。今まで積み上げてきた文章に、続きを紡ぐ。するとそれは、すらすらとまるで蛇口を捻り切った水のように出てくる。あたし自身ビックリしている。今の今まで、こんな絶好調を通り越したようなフィーバーに突入したことなんか無かったからだ。
「おうおうおう……あたし、こんなに書いて大丈夫かぁ?」
いつも二十字程度しか追加出来なかったあたしの文章が、気が付けば千、二千と文字を増やしていく。今までぎちぎちと凝り固まった要素は、洪水のように流れていく。
気付けばそれは完全に章を成していた。あたしは自分の手を見た。あたしが……ここまで……?
「……まじ?」
何か導かれるように書いたのに、それでいて文章はあたしの考えていたものそのものだった。どこか恐ろしさすら感じる。
「……」
充足感。今まで感じたこともないそれが心地よかった。
「……」
姉貴と戯れたことがどうしてトリガーになったのかは分からないけれど、ともかく、すごく捗ってしまった。まだ、この小説を捨てなくていい理由ができた。
ぶるる、とスマホが震えた。震え方からして、SNSの通知だ。何かつぶやいたっけ? そう思い画面を見ると、そこにはあの「鳳ユキの匿名アカウント」からの通知が表示されていた。
「!」
充足感で満ちていた脳内が一瞬凍り付く。その温度は、中身の文章を見て、さらに下がった。
『白鳥ヒナさん、話せませんか?』




