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少女騎士と救国の盗賊  作者: 川霧莉帆
三話 水晶柱
9/22

09:必要な正義

 イブは硬い椅子に縛り付けられて頭から麻袋を取り去られる。

 開けた視界は陰気な小屋の中にあった。


「ここはどこです?」

「伐採所だよ」


 壁には大きな斧やノコギリ、大型装置の鉄製のフックなどが飾られてある。

 巨漢三人組はそんな小屋をさらに狭くしていた。

 スキンヘッドの男が言う。


「お前の連れにここへ来るよう書き残しておいた。お前は囮だ。せいぜい大人しくしてな、騎士様」

「朝から人を攫うなんて、こんな横暴なことをして許されるはずがありません」

「それが許されるのさ。カドレはランバート様の町だからな」

「ランバート様?」

「この森の持ち主、木こりの王様だ」


 スキンヘッドは己の主を称えた。


「カドレで商売やってる奴は皆ランバート様から金を借りてんだ。だから誰もランバート様に歯向かえねえ。ご機嫌を損ねれば利子が増えるし、金を返せなかったら最悪、命を賭けたお仕事をしなきゃいけなくなるからな」

「命を賭けた仕事……?」

「あれだ」


 煤けた窓が指さされる。

 外には高くて真っ直ぐな木々が生え揃っている整然とした森が広がっている。

 その数本に人がしがみついていた。命綱やハシゴも無しに、両手両足と僅かな道具だけで。

 木々の根本では集団が腕を振り上げ、囃し立てているようだ。

 木の上の人々は恐怖と冷やかしに耐えながら、持ってきた鉈で細い枝を切り落とす。そして更に上を目指していった。


「木の剪定だ。あれをしねえといい木材が育たねえからな。しかし作業中に落っこちるマヌケの多いこと多いこと」

「あんなの、事故が起きて当たり前――」

「必要な仕事だから、誰かがしなきゃならねえ。でも誰もやりたがらない。なら、やらせるしかないよなぁ?」


 道徳を踏みにじるような残忍な笑い。

 どんな正論も通用しない、とイブは悟った。

 大きなため息をつき、ひとまず話を変える。


「それで、どうして僕の相棒を探してるんです? ……あ、何か盗んだんですね?」


 イブはやっと思い当たった。

 そういえば二日目の夜に『実行』すると言っていた。今朝の『アレ』もそのことだったのだろう。


「そう、ランバート様の大事なお宝、デカい水晶だ!」

「高そうですね」

「ランバート様はカンカンよ。だが運のいいことに、ヤツを捕まえれば賞金をたんまり出してくれる優しい誰かさんが世の中にはいるらしい。新しい水晶を買ってもおつりがくるほどの大金だってよぉ」

「……なるほど。クルスは有名人だったんだ」


 賞金首になるということは、裏を返せば盗みの華々しい実績があるということ。今考えると、ロベルトもその観点からクルスを雇ったのかもしれない。

 ……ロベルト。師を思うと自ずと騎士道が心を引き締める。

 加えて、クルスとの絆を思った。


「そういうことなら協力して差し上げましょうか?」

「あん?」


 イブは不敵に微笑む。


「僕、彼を捕まえて牢屋に入れたことがあるんです。教えてあげましょう、彼の弱みを」


 三人組は互いに顔を見合わせるが、そこにイブを疑う素振りは見当たらなかった。




 クルスは森の道なき道を急いでいた。

 草を刈って整えられてある森は走りやすく見通しがきく。まだ遠いが見えている小屋へ向かっていた。

 そこに、お手本のような女性の悲鳴が響く。

 咄嗟に木陰に隠れて周囲を窺ってみると、すぐ先で若い女性が男性に追いかけられていた。


「へへぇっ、待て待てぇ!」

「いやぁ! 誰か助けてーっ!」


 二人とも長袖長ズボンで作業員風だ。

 面倒くさそうな気配を察したクルスだったが、イブのことを思うと無視できなかった。


(あいつなら放っておかないんだろうな……)


 一度そう考えたら、いやらしい顔で女性を追いかけている男性の前に立ち塞がらずにはいられなかった。


「そういうことやめろよ」

「なっなんだお前は! どけぃ!」

「うるせぇな」


 拳を構えた隙だらけの男性を両手片脚で締め上げて地面に伏せさせた。


「いたたた! 参りました」


 男性があっさり降参すると女性がクルスの元へ駆け寄ってきた。


「ありがとうございます見知らぬ方! 本当にありがとうございます!」

「いいから。急いでるからこの辺、で……」


 ツン、と背中に鋭いものが突きつけられる感触。

 助けたばかりの女性の仕業だ。


「あ、あの、大人しくついてきてくれますか」

「……はぁ。罠かよ」

「すみませんすみません……!」


 先ほど締め上げてやった男性もよろよろと立ち上がると立場逆転、丸腰のクルスの腕を背中側でまとめる。

 クルスは二人に連れられて小屋のある広場へ向かう。

 そこには三人の巨漢が待ち構えていた。スキンヘッドが勝ち誇ったように笑う。


「だははは! 本当にまんまと引っかかった! あんたの言う通りだったなぁ、騎士様!」


 三人組の姿に埋もれ気味だが、彼らの隙間には未だ椅子に縛り付けられているイブが座らされていた。


「そうなんです。困っている女性を見過ごせない、優しくて親切な人なんですよ」

「今どきベタな紳士がいたもんだぜ! だが森に迷わずに済んでよかっただろ、泥棒さんよぉ? さあ取引の時間だ。持ってきた水晶をこっちへ……ん?」


 スキンヘッドはクルスの全身を睨んだ。


「水晶はどこだ?」

「ん?」

「お前が昨日ランバート様の屋敷から盗んだでっかい水晶だよ。地図に『返せ』って書いておいただろ!」

「何のことだ?」


 クルスのせせら笑いに三人組は衝撃を受ける。


「て、てめぇ、この俺達の命令を無視しやがったのか!?」

「兄貴、これじゃアイツが水晶を持って近づいてきた隙に捕まえるって作戦が台無しですぜ!」

「水晶も賞金首もナシじゃあランバート様にどれだけ怒られるか……!」

「まあまあ皆さん、元気出して。まだ策はありますよ」


 イブがにこやかに声をかける。


「彼の身柄と引き換えに僕を解放する、と交渉するんです。彼をおびき寄せるための囮である僕を今こそ有効活用するんですよ」

「……なるほど。頭の回る小娘だぜ、伊達に騎士じゃねえな」


 スキンヘッドは訳知り顔で頷くと、腰に下げた鉈を抜いてイブの首元へ刃を当てた。


「おいてめぇ! この小娘の命が惜しけりゃこっちへ来な!」

「ひっ……」


 クルスの後ろで女性が声を引きつらせた。クルスの腕を掴んでいる男性の手も震えている。

 かれらの弱い拘束から抜け出したクルスはスキンヘッドたちの元へ歩いた。

 イブと目が合う。さすがに緊張しているのか、表情が強張っている。

 その翠玉色の瞳へ、クルスはふっと口の端を上げて見せた。

 拘束するために近づいてきた鼻柱に傷のある男へ唐突に腕を振り上げる。


「――ぶっ!」


 顎を突き上げられた傷の男は仰け反った格好で倒れ込んだ。

 スキンヘッドとモヒカンは、クルスが握るトゲ付き棍棒にぎょっとして飛び退る。


「こいつ、いつの間に奪いやがった!?」

「なんて手の速さだ……」


 二人組になった巨漢たちはそれぞれの武器を構えた。鉈とトゲ付き棍棒だ。

 クルスはその隙に自分の短剣でイブの縄を断ち切った。


「怪我ないか?」

「大丈夫。ありがとう」

「オレがヘマしたんだ。巻き込んじまってすまねえ」


 クルスは伸びている傷の男から、ベルトに挟まれていたイブのレイピアを取り戻す。

 それを手渡された持ち主は小さく頭を横に振った。


「そうは思ってないけど、クルスさんがそう言うなら、また罠にかけたことでおあいこにしよう。結構スリルあったよ。クルスさんも仕事の時はこういう気分なのかな?」

「……はっ、言うじゃねーの。あんまり強がると本気にしちまうぞ?」


 イブとクルスは悪戯っ子のように歯を見せた。

 そんな二人の様子で、スキンヘッドの頭に青筋が浮く。


「お前ら、嵌めようっつっときながら嵌める気がなくて、嵌まったのも嵌まってなくて……つまり! 俺達を嵌めやがったなっ!?」


 二人へ非難の指が向く。


「勝手にハマっただけじゃねーの? なあ」

「子犬みたいに素直で助かったよ」

「こっ……のガキどもぉぉっ!」


 スキンヘッドが鉈を振り上げて立ち向かってきた。

 二人は振り下ろされた刃物を左右へ飛び退いてかわす。

 クルスに息つく間もないモヒカンの追撃が迫る。咄嗟に棍棒で同じ得物の振り下ろしを受け止めるが、見た目通りの剛腕との力比べだとクルスは分が悪い。


「どうだ! ある意味捕まえたぜぇぇ!」


 防御態勢を上から押さえつけられて身動きが取れない。

 渾身の力も限界がある。しかし少しでも気を抜けば押し潰されてしまうだろう。

 逃げ道を探したクルスは、目の前の巨体がクルスに合わせて長身を屈めていることに気づいた。すなわち、両脚を広げて踏ん張っているのだ。


「付き合って……られるか!」


 怒声で勢いをつけ、クルスは靴で地面を滑ってモヒカンの股をくぐり抜けた。そのまま背後を取り、棍棒を振りかぶる。


「おらぁっ!」


 モヒカンはクルスを見失ったまま、派手な音とともに地面に沈んだ。

 一方、イブはスキンヘッドの振り回す鉈を初撃に続いて的確に見切っていた。

 力任せの攻撃など足さばきだけで十分かわせる。剣を抜いてすらいない。

 スキンヘッドはそんな目の前の小娘が憎たらしくて仕方ないようだ。


「ちょこまか動くなッ! 身軽自慢かッ!」


 大振りの横薙ぎを予備動作から看破して飛び退る。

 イブは確信したことがあった。


「素人ですよね」

「あぁ!? 馬鹿にしてるのか!」

「いいえ。もったいないと思って。その恵まれた体格で正しい戦い方を身につければ、ひとかどの戦士になれたでしょうに」


 無駄な動きを繰り返したせいでスキンヘッドは息切れしている。

 イブは肉薄した。剣を鞘ごと振り抜いて、相手の手から鉈を取り落とさせる。

 スキンヘッドは両腕の間合いに飛び込んできたイブを捕まえようとしたが、とうとう抜かれた剣に気圧されて動きを止めた。


「人を軽んじ、あまつさえ騎士に狼藉を働いたことは、僕の策に引っかかった可愛げで不問にしましょう。でもこの邪悪な腕は許せない」


 イブは鉈を握っていた太い右前腕を柄頭で狙う。


「あなたは二度と剣の類を握らないように」


 振り下ろした柄頭と、蹴り上げた膝で、強烈な挟み撃ちを食らわせた。


「ぐわぁぁぁッ!!」


 スキンヘッドは腕を庇って岩のように地面にうずくまった。

 動かなくなった相手を一瞥してイブは剣を鞘に収める。

 そこへクルスの声が飛んできた。


「イブ、後ろだ!」


 ノックアウトから復活した傷の男がイブの背後で起き上がり、怪しく腕を伸ばす。

 イブは振り返ることなく鞘の先で鳩尾を抉り、再び沈めた。

 これで本当に三人全員を倒したのだ。

 クルスはイブによる無情な仕打ちの数々を見渡す。


「派手にやったな」

「目に余る卑怯者たちだったからね」

「違いない。さて、これ以上の騒ぎになる前に町からずらかるとしよう」


 広場には仕事の手を止めた作業員たちの注目が集まっていた。三人組の敗北にぽかんと呆けている者もいる。

 皆の様子を見て、イブは立ち去りかけているクルスを引き止めた。


「待って。もう少しできることがありそう」

「……妙なことになりそうだな?」


 と言いつつも表情には興味の色が入り混じっている。

 イブは頷くと、広場の中央で皆に呼びかけた。


「皆さん! 今から少し仕事を休みましょう。一緒にランバートさんの元へ行くために!」


 作業員の一部は不審そうにしている。


「皆さんがランバートさんを恐れる気持ちは分かります。けど、ランバートさんが貴方がたの命を脅かしていい道理はありません! 皆さんには恐怖に従う義務はないんです!」


 しかし他の一部は、救いの手が差し伸べられたかのようにイブを見つめた。

 一人が道具を置くと、一人、また一人とイブの元へ集っていく。

 そんな中、ある男性はためらう。


「この仕事は実入りがいいんだ。少し我慢すれば、借金はすぐに返せる……」


 ある老人は手を眺める。


「だが家には帰れないし、怪我も多い」


 ある若い女性は頭を抱える。


「お金を返せない自分のせいなのは分かってる。でも危ないことはやりたくないよ!」


 皆は何かが変わることを期待して集団に加わった。

 かれらを虐げて木に登らせていた者たちは叫ぶ。


「一体何をしようってんだ! 奇跡なんて起きないぞ!」

「もちろん奇跡は起こせません」


 イブは真っ直ぐな目をして答える。


「正しいと思うことをするんです」


 その言葉に、集った人々も心を決めたようだ。


「さあ行きましょう!」

「おぉっ!」


 イブと人々、そしてクルスはカドレを目指した。



 町はにわかにざわめいた。ランバートの屋敷に突如として伐採所の作業員が詰めかけたからだ。

 この事態に主のランバートは誰よりもうろたえていた。


「なぜ奴らはここにいるんだ! あの筋肉三人衆はどこ行った! ワタシの水晶は!?」

「えぇっと、分かりません。表の連中はすぐに追いやりますので……」

「当たり前だッ!」


 一言吠えて、お茶のカップをぐいと呷る。が、顔をしかめた。


「何だこれは、ぬるいぞ! ドジっ子メイドも大概にしろ!」

「きゃっ」


 部屋の隅に控えていた給仕服の若いメイドにカップの中身をぶちまけた。真っ白なエプロンに大きな紅茶色のシミが広がる。

 そこへ、集団が階段をドカドカと上がってくる足音が、そのまま執務部屋になだれこんできた。


「ごめんください!」


 ランバートは飛び上がった。


「なんだお前たちは!?」

「従業員の待遇について相談しに来ました。一部の者が職場で過酷な扱いを受けている件を認識し、改善してください」


 先頭でイブが答えた数拍の後、顔を歪める。


「はあ? 一部の者とは貸借契約違反者のことか? ワタシの金を借りパクしたクズが、伐採所で? なんだって?」


 ランバートが耳に手を当てると、集団は大声で訴え始めた。


「俺達はハシゴも命綱も無しに木に登らされてるんだ!」

「あなたの部下に日常的に脅されてるんです!」

「日が沈んだ後に刃物の手入れを命令されました!」

「怪我の手当金まで返済金で持っていくことないだろー!」


 中には明らかな文句もあったが、ランバートは全てに対して耳をふさいだ。

 負けじと集団は直談判を試みる。

 これでは我慢比べだ。イブは場を仕切り直そうとした。が、それより前にクルスの声が聞こえた。


「あーあ、随分と利子が高いねぇ。これじゃ皆、借金を返しきれないわけだ」

「……あ! 何見てるんだ!」


 ランバートがクルスを見咎める。彼はいつの間にか戸棚の前で帳簿を手にしていた。

 部屋の隅に追いやられていた警備兵が帳簿を取り戻すため動き出すが、集団が厚い壁となってクルスに近づけない。


「しかも本業の木材屋は大国エリスティアのご贔屓ときた。田舎町の社長さん如きがあの水晶を競り落とせた理由が分かったぜ」

「……お前……!」


 何かに気づいた素振りを咳払いでごまかし、ランバートは集団へ注意を戻した。


「自分勝手な要求ばかりしおって。筋を通すことを覚えたらどうだ? ん? 借りた金を耳を揃えて返してから物を言えって言ってんの!」


 ぐうの音も出ない人々へ顎をしゃくる。


「できないの? じゃあなんでここへ来たの。おい小娘、あんたがおだててここまで連れてきたんなら代わりに返してやりなさいよ!」


 先頭に立つイブは横暴な男へ首を横に振った。


「それはできません。僕はあなたの、弱みを利用して人を従属させる卑劣さが許せなくてここへ来たのです」

「卑劣ぅ……?」


 するとランバートは大笑いした。


「許せないだとぉ! はっはっは! ワタシの金はこの町の法だ! 言うなればワタシは法を作る者! 皆で法を守って生きて何が悪いっ!」

「人の言葉が通じないか」


 イブは剣を抜いた。剣呑な雰囲気に皆が後ずさる。

 するとランバートは壁際にいたメイドの首根っこを掴んで盾にした。


「おっと待ちたまえ。こちらは親の借金のカタとしてこの屋敷で働いているメイドだ。勘違いするなよ、運が良いんだぞ? 若くて不憫な娘の行き着く先なんて大抵酷いものなんだから」


 そう口を動かしながらデスクから取ったペーパーナイフの先端をメイドの頬へ突きつける。


「剣を捨てろ小娘。この幸運な女子の将来を傷つけたくなければな」

「なんて卑劣漢だ……!」


 人々はどよめく。

 だがランバートの目が本気である限り、イブは言う通りにせざるを得なかった。剣を床に置き、小さな歩幅で二人へ近づく。


「おい。誰がこっちに来いと言った」

「…………」


 無言、無表情でイブは歩み寄る。

 相手が何を考えているか分からなくなったランバートは焦り始めた。


「おい……止まれ! 下がれ! こら!」


 苦し紛れか、ペーパーナイフを握りしめる。

 その腕が別の角度から伸びてきた男の手によって捻り上げられた。メイドで見えなかった死角から近づいたクルスだ。


「いったたた! 痛いッ!」


 その隙にメイドは人々の方へ逃げた。

 ランバートは悶えてペーパーナイフを取り落とす。イブはそれを空中で拾い、丸い刃を持ち主の口ひげへひたりと当てた。


「斬られる覚悟はありますか」


 一度問うだけでは涙目にまだ傲慢さが残る。

 刃でを動かし、ひげを剃れないか試してみると、首が小刻みに横へ振られた。


「では皆さんと話し合ってください」

「はい……」


 渋い顔だがランバートは返事をする。

 人々の真ん中では前後左右から睨まれた警備兵が両手をあげて降参していた。




 話し合いの場は当人たちに任せ、イブは宿屋に戻った。

 部屋に残していた二人分の荷物をまとめるとロビーへ下りる。


「よし、これで全部。クルスさんの荷物軽いなぁ」


 とはいえ寝袋もあるのでそれなりの重さだが。

 そこへクルスが外から戻ってきた。


「待たせたな。ああ、オレの分まで悪ぃな」

「ううん、平気」


 イブはクルスが持って帰った布袋へ視線を向ける。

 気づいたクルスは意味ありげに袋をポンと叩いた。宿屋の主人がにこやかにやってきたところだったので、適切な返事だっただろう。


「聞きましたよ~お二人がランバートさんとムキムキ三人組をやっつけてくださったそうですね! いやぁ溜飲が下がりましたよ! 助けてもくれたことですし、お礼にもう一泊いかがですか? もちろん無料です!」

「気持ちだけもらっとくよ。世話になったな」

「ではせめてこれを。朝食を食べていかなかったでしょう?」


 食堂からやってきた料理人より、二人は温かな軽食の包みをもらった。


「どうもありがとうございます」

「またどうぞ!」


 宿屋一同の丁寧な見送りを受けて宿屋を出た。

 活気づいたようにざわつくカドレの町を後にする。


「にしても賞金首か。意外じゃないが、案外そういう情報は本人の耳には入らねえもんなんだな」


 屋敷から宿へ戻りながら話したことだった。


「心当たりはあるんだ?」

「まぁな。それにエリスティアでの話が広まってるんだろう。……なあ、イブ」


 クルスにつられてイブも足を止めた。


「これからもこういうことがあるかもしれない。オレは覚悟してたことだ。だが、なんていうか……。イブも危険な目に遭うとなると……」


 難しく、もどかしそうな顔で言葉を探している。全てを聞かずとも、イブはそこに不安を見た。


「大丈夫。僕はあなたの騎士で相棒、でしょ? また守るよ。できるだけね」


 クルスは目を瞠ると、破顔した。多少呆れてもいた。


「よく平気でそんなこと言えるなあ。でもおまえがその気なら、オレも、その言葉そのまま返すよ」

「ん、どれ?」

「おまえを守る。できるだけ。相棒。……守ってくれる騎士様にいなくなられちゃ困るからな」


 荷物を持っていない方の手で後頭部の髪をかき混ぜる。

 逸らされた目を追ってみてイブは気づいた。


「照れてる?」

「言うな! 人とこんなこっ恥ずかしい話したことねーんだよ。誰かと旅をするのだって初めてだってのに」

「僕もそうだよ。お揃いだね~」


 どこか嬉しそうに笑うイブをクルスはまじまじと見た。


(オレをからかってるのか……?)


 当の本人は疑われているとも知らず話を進めた。


「ところでこれからどうするの?」

「あ、ああ。そのことだが、コイツをオレの依頼人に渡しに行く。で、行き方は……」


 クルスは肩紐で体に吊っている布袋を示す。それから荷物を入れている袋から一つの物体を取り出した。

 手のひらに収まる大きさのそれは羅針盤のようでいて、複数本の針をまとめて穿っている中央部分に宝玉が嵌め込まれており謎めいている。


「それ、魔法道具?」

「『飛躍の針』だ。印がある場所になら一瞬で移動できる」

「へぇぇ、便利だね。それで、どこに行けるの?」

「ラウニカだ。そこに依頼人がいる」


 イブの喉から短い驚きの声が漏れた。


「お母さんの故郷に……?」


 クルスは顔を上げる。



 かつて世界最高と謳われた騎士たちがいたラウニカ王国。

 今では花と蔦が住まう美しい廃墟しかなかった。

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