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少女騎士と救国の盗賊  作者: 川霧莉帆
二話 金貨一枚
5/22

05:主と騎士

「ところでどこへ向かうの?」


 景色を十分に眺め終えてイブが尋ねる。

 クルスは半歩斜め前から答えた。


「カドレだ。そこで仕事をする」

「山手の町だね。歩いたら二泊三日くらいかな」

「町に着いたら宿に部屋を取るが――」


 はたと足を止める。


「金、持ってるか?」

「持ってきてないよ?」


 クルスは弱った顔で前髪をかきあげた。


「あるのに、持ち出さなかったのか?」

「城が大変な時だから、貯まってたお給金は大臣に預けてきたよ。だから着の身着のまま」

「あ、そ……。オレは預ける金もねーよ。今回の報酬がもらえてたら、いくらでも飲んで食って豪遊できたんだが。……なんて言ってても仕方ねえな。何か策はあるか?」

「お金の稼ぎ方? そうだなあ」


 イブは提げているレイピアに無意識で触れていた。


「あ、あるよ。エリスティア軍は外国で魔物の討伐をして謝礼をもらってたんだ。僕は討伐隊はまだ早いって言われてたけど、魔物を倒したことは何度もあるよ」


 魔物退治のために外国へ遠征できるのは精鋭部隊だけで、その筆頭がロベルト将軍の率いる直属部隊だった。

 ロベルト隊は世界で随一の討伐実績と戦闘経験を持っていた。イブも他の若い騎士たちと同じく、いつかは入隊をと憧れていたものだ。

 なんてことを思い出していたところ、クルスは難色を示す。


「魔物ハンターかよ。そんな仕事は命がいくつあっても足りないぜ?」

「でも、人のために何かする以外にできることある?」


 イブの問いに答えが出てこない。


「不法侵入の他にね?」

「何も言ってないだろ」


 ひとまず保留として街道を進む。



 昼下がり、二人は小さな農村を通りかかった。

 井戸のある広場に村人たちが集まって何やら話し合いをしているようだ。イブとクルスに気づくと、その中の数人が駆け寄ってきた。


「そこの旅人さん方! ちょっと話を聞いてくれませんか!」


 クルスは足を止めはしたが気乗りしない様子だった。

 代わりにイブが村人たちの相手をする。


「どうされましたか?」

「実は聞いて驚かないでほしいんですが、畑に魔物の大群が押し寄せていて困ってるんです」

「大群!?」


 村人たちは不安げにウンウン頷いた。


「前から畑を荒らしに来てはいたけど、二、三匹で大したことはなかったんだ。神像を置いたら滅多に来なくなったしね」

「それが昨日の夜からおかしいんですよ。どこにそんなにいたんだってくらいの大群なんです。神竜像に怯まないし、村人総出で威嚇してみても無視される始末で」

「見たところ、あなたは騎士様ですね? お願いします! なんとか畑を取り返してくれませんか!」


 手を組んで詰め寄られる。まるで神頼みだ。

 イブは後ずさって距離を取り、クルスへ顔を向ける。


「あなたが主だよ。どうする?」

「どうするったって……」


 クルスは村人たちへ素気なくひらりと手を振った。


「悪いが先を急いでるんだ。他を当たってくれ」

「クルスさん!」


 すかさずイブはクルスと向き合う。


「どうして助けないの!」


 囁くと、クルスも同じように声を落とす。


「儲けが見込めないからだ」

「もうけ? 困っている人を助けるのに理由も見返りも必要ないよ」

「それは騎士のやり方だろ。オレ達は旅人だ、しかも路銀に余裕がない」

「農民から何をもらおうっていうの?」

「そう。それが答えだ。ただの農民に報酬は払えない。これ以上のタダ働きはごめんだ」


 村人たちが見守る中、二人は目線をぶつけて意思の固さを探り合う。

 折れたのはイブだった。


「なら僕ひとりでやる」


 宣言して、村人たちの前へと進み出た。


「農村の大事な畑に我が物顔で居座るなど不届き千万。この騎士イブが魔物を退かしてみせましょう」

「あぁっありがとうございます! 助かります!」


 拝み倒す勢いの村人たち。

 クルスは片足に重心を傾けて立ち、傍観を決め込む構えだった。



 畑は見渡すほど広い。その周りには木製の支柱にロープを網のように張り巡らせた柵が立ててある。魔物の侵入を阻もうと苦心したようだ。

 にも関わらず魔物は畑に溢れかえっていた。ウサギやリスに似た連中が列をなして畝を荒らして回っている。

 そう、行列を作って作物を掘り出しているのだ。掘り出した人参やじゃがいもを後続の者へ手渡し歯渡しして、柵に開いた穴から畑の外へ運んでいる。


「あー! 収穫されてる!」


 村人が目の前の惨状に叫ぶ。

 イブは想像以上の光景をまじまじと眺めてしまう。


「あれはツノうさぎとシロアりす。こんなに大勢で組織的な行動を取るなんて聞いたことがない」


 額に一本角がある大きなウサギ、ツノうさぎ。ウサギが進化した程度の見た目だが気難しい暴れん坊だ。

 そしてシロアりすは一生伸び続ける歯を削るために森の木や家の柱までも齧る厄介な魔物。駆除しようにも屈強な手足で素早く逃げ回る鬱陶しい奴だ。

 魔物が嫌う神竜像は畑の中央に置いてある。

 木彫りのお手製らしく粗雑だが、それでも少しは効力があり、魔物たちはその周囲には近づいていない。ただ効果範囲の際を見極めて略奪しているだけだ。


「このままじゃ大事に育てた野菜がなくなっちまうよ!」


 嘆く村人たちへイブは呼びかけた。


「皆さん、もう一度威嚇してみましょう。僕が先頭に立ちます」

「騎士様がおっしゃるなら……。でも効き目があるかどうか」

「やってみるまでは分かりませんよ。皆さんは大きな音が鳴る物を持ってきてください」


 村人たちは顔を見合わせたが、言われたとおりに家から物を持ってきた。鍋と調理道具の組み合わせがほとんどだ。


「言われたとおりに持ってきたけど、一度同じことをやったよ?」

「今回は少し違うことをしましょう。何をするかは自然と分かると思いますよ。では皆さん、畑を囲んでください」


 あまり信用していなさそうな村人たちに号令をかけて動かす。

 イブたちは魔物を逃がす隙間を開けながら柵の周囲を取り囲んだ。

 魔物は警戒こそするが確かに逃げる素振りがない。

 イブは軽く咳払いをし、息を吸い込んだ。


『闇がはびこり

 夜が明けぬ世なれども』


 素朴な歌声が響いた。

 神竜讃歌の一つ、それも最初の一節で気づくほど誰もが知っている有名な歌だ。


『祈り信ぜよ

 光の御子きたれり』


 拍子を取るような曲ではないが、村人たちは手に持つ道具を打ち鳴らして無理やりリズムを取る。さらに、その騒音に歌声がかき消されないように、合わせて歌った。


『天、海、大地を巡る

 けがれなき力をもて

 邪心を砕く

 我らを奮わせる御業よ

 神竜、これを讃えん』


 ガチャガチャとやかましいリズムと、僅かながら神聖力を紡ぐ讃歌。異様な組み合わせが流石に魔物たちを怯ませる。

 最後の伸びやかな一節を歌い終わる頃には、ほとんどの魔物が畑から逃げ出していた。


「おぉっ、魔物が引いた!」

「いえ、まだみたいです」


 大方は平原の向こうへ走り去ったが、退路の最後尾でイブへ激しく威嚇する魔物が五匹がいた。


「しんがり軍のつもりか。なら、仕方ない」


 退却する仲間の背後を守るために戦うのがしんがりの役目。危険を承知で立ち向かうのだ。

 覚悟に応えてレイピアを抜く。村人たちはイブから後ずさる。

 柵の出入り口から踏み荒らされた畑へ入り、ツノうさぎとシロアりすの混合部隊と対峙する。

 そこへ、イブに肩を並べる者がいた。


「仕方ねえな。イブ、のろまな方を相手しな」

「クルスさん!」


 クルスは短剣を逆手で構え、シロアりすを睨めつけていた。


「よそ見するな!」


 三匹のツノうさぎがイブへ跳躍してくる。角をかわし、いなして、返す刃で一匹を切り裂いて灰にした。

 魔物の決死の攻撃は続く。一匹がイブの翻ったコートめがけて角を突き立てようと突進し、胴体でイブの脚に衝突する。


「くっ……」


 体だけでも膝までの高さがあるツノうさぎにぶつかられた衝撃は大きい。しかも柔らかい畑の土に足を取られ、よろけてしまう。

 勝機とばかりにもう一匹が真正面から突撃してくる。

 その様子がイブの目には実際より遅く見え、レイピアを地面と平行に構えることができた。

 己の脚の強さが災いしてそのツノうさぎは串刺しとなり、消滅。


「あと一匹」


 周囲を見回してみると、柵の支柱にツノが刺さっているのを見つけた。

 先ほど突進した勢いでぶつかってしまったのだろう。

 そいつは背後から大きな影が落ちてくると、後ろ足をバタつかせて土をかけてきた。が、ささいな抵抗だ。

 イブは剣を収めると、そのツノうさぎの首根っこを両手で掴んで持ち上げた。


「ぴぎゅっ!?」

「そぉ……れっ!」


 その場で一回転して遠心力で投げ飛ばす。

 ややあって、平原にドサッと落下した勢いで灰が飛び散った。

 これでイブの相手は済んだ。


「クルスさん――」


 旅の連れを振り向き、思わず息を呑んだ。

 クルスの動きは激しい舞や格闘家の戦い方に似ていた。素早く器用な足さばきで敵の攻撃を避けながら、思いがけない大胆さで短剣を閃かせ、斬撃を当てる。

 二匹のシロアりすのうち一匹は既に斃れた。残る一匹が果敢にクルスの体を駆け上がり頭部を狙おうとする。

 するとクルスはほとんど予備動作なく宙返りをした。体からシロアりすを振り落としながら、その勢いのまま、空中で魔物の腹に短剣を突き立てる。

 片膝を突いて着地し、息をついた。

 その少し乱れた銀髪がはらりと額や目元に落ちた姿に、村の主に女性たちがため息をこぼす。

 イブも別の意味で感動していた。


「クルスさん……やっぱりかなり戦えるんだね」


 声をかけられたクルスは少し頬を上げた。立ち上がりながら短剣を鞘に入れる。


「あんたも見かけによらずチカラあるじゃねえか」


 周りの様子を見る余裕まで持ち合わせていたということだ。その力量たるや。

 それはそうと、二人は畑を眺めた。


「で……これでいいのか?」


 畑の作物はほとんど引っこ抜かれてしまった。おまけに逃げた魔物たちが大方持ち逃げしている。

 イブは魔物たちが逃げた平原の向こうを指した。


「巣があるのかも。行ってみよう」

「待て。いくら雑魚でも大群が相手じゃ危険だ」

「どうするの?」

「オレたちにできるのはここまでってことだ」


 もっともな意見だった。

 クルスはさらに村人たちへ言う。


「ケチなことせずに、ちゃんとした神竜像を置けばいいのさ。大事な物を守り抜くならそれなりに手間がかかるもんだ」


 村人たちはおどおどした。歯に衣着せぬ物言いに気圧されたのだろうかとイブは心配した。


「で、ですが、あれだけ脅かしたんですから、奴らもしばらくは来ないでしょう。上手くいって何よりです」

「ええ。ですが畑は大分取られてしまいましたね」

「作物はまた実ります。ともかく追い払ってくれて本当にありがとうございました」


 頭を深々と下げた丁寧な礼が報酬だった。

 二人は村を後にするつもりで畑を出た。クルスが軽く伸びをする。


「まったく、主って呼ぶ割には人の言う事聞きやしねえんだから。オレがいなかったら今頃リス公の前歯でズタボロだったぜ?」


 ぼやかれたイブだがクスッと笑う。


「クルスさんも結局、困ってる人を放っておけないみたいだね」

「いや、オレは……」


 クルスはどこか不機嫌そうに曲げた唇で続けようとした。


「お二人共、どうかお待ち下さい!」

「あ?」


 何やら話し合っていたはずの村人数人にまた呼び止められる。緊張した面持ちを見る限り報酬の話ではない。


「これほど強いあなたたちなら領主様の困り事も解決できるかもしれません。ぜひ領主様にお会いしてください」

「……主さん?」


 仰がれたクルスは顔をしかめた。


「よせよ。……なあ、これは勘だが、厄介ごとのにおいがする。深入り不要だぜ」

「でも困ってるらしいよ」


 二人でまたコソコソ話し合う。


「領主様は旅人をおもてなしする用意がおありだと思いますよ」


 村人は二人の気を引こうとした。


「……だそうだよ」

「もう行くつもりでいるだろ」

「報酬を払える相手だよ。とりあえず話を聞いてみない?」


 イブはクルスの気を引こうとした。

 どちらかというとクルスが髪を掻いた理由はイブの翠玉色の瞳に見つめられすぎたからだ。


「分かったよ。ちょうど退屈してたところだしな」

「先立つものがなくちゃね。でしょ?」


 満足そうな微笑みもクルスの目には眩しかった。



 領主の館はなだらかな丘の上にあった。気持ちの良い場所だ。

 村の代表者に紹介された二人はさっそく応接間に案内され、領主である中年男性の歓迎を受けた。


「いやはやエリスティアの騎士殿がいらっしゃるとは思いもよりませんでした。村が世話になりまして、さぞお疲れでしょう。ささ、どうぞどうぞ」


 初老の執事が三人のテーブルに木の実を焼き込んだパウンドケーキと紅茶を配膳した。


「わぁ、おいしそう。いただきます」


 イブはフォークで一欠片を口に入れた。一夜寝かせてあるのだろう、しっとりしていて滑らかな口溶けだ。

 隣ではクルスが早くも三口目を飲み込もうとしていた。


「それで、困り事があると聞いて来たのですが」


 イブはクルスを引っ張ってきた手前、自分で話を振った。


「ええそうなんです。ここだけの話なんですが、実は襲われているのは村の畑だけではありません。最近、村の食料を入れている貯蔵庫が何者かに荒らされているのですよ」

「貯蔵庫?」

「はい。他所から買い付けた小麦や村で作った保存食を収めています。それが夜な夜な侵入者に盗み出されるわ齧られるわの大惨事でして」

「それは悔しいですね」

「そう! そこであなた方には貯蔵庫に張り込んで、いっちょ犯人をとっ捕まえてほしいのですよ!」


 領主は得られた共感をバネにして身を乗り出してきた。


「は、話は分かりました。では犯人の特徴は?」

「何も分かりませんが動物か魔物でしょうな。イブ殿、どうか力なき我らをお助けくださいませぬか!」


 クルスを窺うと、小さく顎をしゃくられた。任せる、ということだろうか。

 イブは意を決して述べた。


「お助けしたい気は山々なのです。ですが……」

「ですが?」


 領主は目をぱちくり瞬く。


「その……当方は旅をしている身ですので……」

「ですので?」


 続きの言葉が出てこない。

 変な汗が滲むのを感じていると、肩にぽんと手が置かれる。クルスがとうとう沈黙を破るのだ。


「いくら払える?」


 この乱入者の単刀直入な質問に、上品ぶっている領主は大して驚きもしなかった。


「おぉそうですね。謝礼ですね。もちろんご用意しましょう。おい!」


 領主が手を叩くと執事が小さな盆をテーブルに置く。

 そこには親指ほどの大きさの輝く小金貨が一枚載っていた。庶民の五か月分の食費に相当する価値がある。二人は目を瞠った。


「へえ、気前がいいねぇ」

「こんなものを、いいのですか」

「危険を承知で事に当たってくださるのですから、これくらいは」


 と領主は無理な笑顔で揉み手する。

 クルスが肩をすくめるので、イブは頷くほかなかった。


「分かりました。承りましょう」

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