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少女騎士と救国の盗賊  作者: 川霧莉帆
六話 太陽
21/22

21:盗賊の夢

 ラウニカを出発する勇者たちがゼファに最後の助言をもらっている。


「――今やおぬしは雲を飛び越える力と聖剣を持っておる。あとは鍛えてきた己を信じ、仲間を信じよ。力は心から湧いてくるものじゃ」

「はい。皆さん、お世話になりました」


 勇者とその仲間たちは引き締まった表情で別れを告げて山を去った。


「さて……」


 一行を見送ったゼファは魔法陣へ振り返る。イブとクルスが待っていた。


「やれやれ。大仕事が終わってホッとしたわい。イブ殿もご苦労さまじゃった」

「無事に済んでよかったですね」

「うむ。これですっかり未練は無くなったわい……」


 驚いた二人の目の前でゼファの姿が薄くなっていった。


「じいさん、また……?」

「今度は正真正銘の昇天じゃよ。忘れておるやもしれぬが、ワシは十七年前に死んでおる。古い死者が今まで口を利けていたことこそ不自然なことなのじゃ。だから、これは自然な世の理へ戻るだけのことよ」

「でも……。もういいんですか?」


 イブの急いだ問いかけへ、ゼファは諦念の表情で頷いた。


「ラウニカから失われた宝がいくつも戻ってきたことは本当に嬉しかった。クルスには感謝してもしきれぬほどのことをしてもらったよ。だが、どんな宝を取り戻しても、あの日に失ったそれまでの日々は少しも戻らなかった。当たり前の悲しみを、何度も確認することになってしまった」


 それでも守るべき物ややるべきことがあったから現世に留まっていたのだ。

 心中を察した二人は切なく苦しげに、どんどん景色に溶け込んでゆくゼファを見守る。

 すると当人は、ふと顔を上げると豊かなヒゲの下でにっこり笑顔を作った。


「クルスよ。そしてイブよ。ワシは愛する家族とラウニカの民の元へゆく。だがおぬしたちのことも家族だと思っておるよ」

「……ゼファさん! 会えてよかったです」


 イブは綿のようなふわふわとした感触のゼファの手を掴み、クルスを振り返った。親族である自分よりも長い付き合いをしてきた者に挨拶をさせるために。


「こんな急な別れ方になるとは思わなかったぜ」


 クルスは後頭部を掻いて切り出した。


「ワシの生き物っぷりにすっかり騙されておったものな?」

「飯食ったり、いびきかいて寝る奴が幽霊だなんて思わないだろ」

「ほっほ! ワシはおぬしが腕利きの男前に育って感無量だぞい。我が友、オコジョ坊主よ」

「最後までそれかよ」


 ゼファはいよいよ感触すらなくなってきた。手を掴んでいたイブの指が空気に埋まっていく。

 するとゼファはイブの手をやんわりと自分から外し、二人の顔を見た。


「また会おうぞ」


 そして淡い笑顔を残し、僅かな光の粒子を撒いて完全に消えてしまったのだった。

 イブとクルスはしばし無言で、魔法陣の台座にそっと腰掛けた。


「……ってことは、食い扶持を稼ぐあても消えちまったのか」


 クルスの口調は言葉以上に寂しげだ。

 また下りた沈黙を、次はイブが破った。


「僕、エリスティアに戻ろうと思う」


 クルスは一瞬息を詰めたが、すぐに理解した。


「ああ、そうだよな。魔王の城はエリスティアの真上にあるんだもんな。勇者が魔王と戦ったら何が起きるか分からねえ」

「うん……そう思ったんだ。それにもし何かがあっても、今の僕なら役に立てるかもしれない。少しは自信を持ってもいいくらいの経験は積めたと思うんだ」

「おまえはずっと頼れる騎士サマだったよ」


 いつもどおりかのようなクルスの笑みがイブの心を突き刺す。

 顔を歪ませたイブにクルスは慌てた。


「お、おい泣くなよ? オレはてっきり、ここでサヨナラだって話になると思ってたんだが、違うのか?」

「違わない……と思うけど、違うかも。ごめん、うまく言えないんだけど……」

「うん」


 クルスは台座に片膝を乗せて体ごとイブへ向く。

 今までになく近いクルスを気恥ずかしさから直視できないイブは、自分のむき出しのままの膝を見つめた。


「さっきの儀式の時にご先祖様に尋ねられたんだ。『救いとは何か』って。僕はそれに『クルスが太陽だ』と答えた。この旅の始まりから今までを思い出して、自然とそう思えたから」


 紅潮が止まらないが、ローブの裾をいじる手を止めてクルスを振り向いた。


「太陽って、空に昇らないと困るんだ。昼になったら必ず世界を照らして、夜は月を明るくしてくれないと。日食なんかで隠れてほしくない。魔王が出てきちゃうからね」


 半分ごまかすように笑ったが、クルスは対照的な表情でイブを見つめていた。

 やがて静かに息をつく。


「まず変なことを言わせてくれ。実はずっと、おまえのいるべき場所はオレのそばじゃないって思ってた。本物の王様が戻ったエリスティアでそれまでどおり騎士をやっている方がいいし、国の連中もそれを望んでいるはずだ、って。でも、おまえがオレに着いてくるって言った時、どうしても強く追い返せなかった。……期待したから」


 イブが疑問を差し挟む余地もなく早口に続ける。


「母親の形見のことで慕ってくれる美人が着いて来たいって言い出すから、オレの人生もいよいよ始まったのかなって思ったんだ。まあ実際そうだったけどな、予想とは違う方向にだけど。おまえと一緒の旅は楽しくて、充実してて……かけがえない時間だったよ」


 クルスはイブの両手を取った。素肌やグローブ越しの温もりが指先をあたためる。


「でもな……。もう少し、おまえに相応しい男になりたいんだ」

「え……?」

「自分を嫌いなわけじゃねえよ。むしろ今は色々と受け入れてる。だから夢ができた」

「夢?」


 頷いたクルスの群青色の瞳に光が宿っていた。


「ひとつ、デカい伝説を狙おうと思う。まだ誰も見つけたことがない代物だ。それを手に入れて、生まれも育ちも関係ない自分の誇りにしたいんだ。おまえがいつも剣一本でやってるみたいにさ」

「……!」

「だから……なあ、今のオレにはこんなこと言うのが精一杯なんだが。必ずおまえのところに戻ってくるから、待っててくれるか……?」


 目の前の人物が紡ぐ言葉の数々に心を揺さぶられたイブは、いつの間にか溢れていた涙で頬を濡らし、そして――。

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