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少女騎士と救国の盗賊  作者: 川霧莉帆
六話 太陽
20/22

20:真の祈り

 ラウニカの早朝は少し冷え込む。普段とは違う儀式用のローブを身に着けたイブは外に出た途端、身震いした。


「……さむっ」


 その姿にクルスはほとんど目くじらを立てた。


「おいじいさん、本当にこんな格好で山登りさせるのかよ」

「こんな、などと言うでない。いずれ訪れる聖剣解放の儀式のためにとご先祖様がご用意なさった神聖な衣装じゃぞ」

「……短いだろ!」


 クルスの指摘通り、ローブは上半身こそ袖口広めでフードもついているのだが、丈が膝上で途切れている。他に着るものはなく、足元は素足にサンダルだ。


「これでも男女兼用じゃ」

「男だったら下を履くだろうにな。イブ、着てこい」

「……独占欲かのぅ」

「は?」

「ズボン履いてくるね」


 イブは一度家に戻り、いつものパンツとロングブーツを身につけて表へ戻った。

 途端に儀式用のローブが雨具に見えるようになったがクルスは頷く。


「それでいい」

「一応サンダルは持っていくね」

「やれやれ。では行くかの」


 三人は儀式の岩山へ向かった。

 山道は勇者一行を先行させたお陰で魔物がいなかった。

 篝火に照らされた一本道をひたすら進む。階段や傾斜、時には山の内部に入って空洞に吊るされた橋を渡り、山を登っていく。


「もうじき儀式の間の手前にある休憩所じゃ。勇者殿たちにはそこで待っていてもらうよう言っておる……お、あそこじゃよ」


 数時間経った頃、山の側面を刻む階段の上に岩棚が見えてきた。そこで男女数人が焚き火を囲んでいる。

 かれらは三人に気づくと立ち上がって火の元へ迎えてくれた。


「お待ちしてました、ゼファさん」

「ご丁寧にありがとう、アルト殿。皆、どうぞお楽に」


 勇者アルトと五人の老若男女の仲間たちはゼファに促されて焚き火の周りに詰めて座った。魔法使いの老人が自分の小さな折りたたみ椅子をゼファへ譲った。


「おやこれはどうもどうも」

「あんたの方が年上に見えるからね」

「ほっほ。現役で魔物とやり合ってるお方には当然、敵いますまい」


 にやりとされたがゼファは機嫌よく笑った。


「へぇ。ヘルメスじいさんの皮肉をあしらうなんて。やっぱり只者じゃないでしょ?」


 茶化したのは弓を背負った爽やかな青年だ。それを甲冑を着た体格の良い戦士が戒めようとする。


「ラウニカの滅亡から十七年経ってもなお聖剣を守っておられたお方なのだから、只者でなくても当然だろう。詮索のようなことはするんじゃない」

「堅い堅い。これは話題作りだよ。ちょっとの間でも一緒に行動するんだから互いを知っておかないと。ね? メリッサ」

「なんで私に振るのよ? でもそう思うわ。どうでしょう、ゼファさん」


 篭手や肩当てを着けた武道家が言う。ゼファはにこやかに頷いた。


「美人に反論はできまいて」

「分かるなぁ! ボクはオーウェンです、よろしく。こちらの美人はメリッサ。鎧のゴツい人がシグムンド。じいさんはヘルメスね。そちらの女の子が聖女ステラ。そして我らが勇者アルト君」


 大雑把な紹介が慣れているのか、各人短く挨拶をした。


「どうもありがとう。ワシのことはご存知の通りとして、こちらがクルス。そしてこちらが聖剣の巫女イブじゃ」


 イブは特に注目を浴びたので目礼を返した。

 聖女と紹介された少女ステラが三人を労る。


「わたしたちは一晩休めていますが、皆様はいかがですか? お茶を淹れてもうひと休憩いたします?」

「お心遣いをありがとう。こう見えてワシは疲れ知らずでの。二人はどうじゃ?」

「行けるぜ」

「同じく」


 皆の意を汲んでアルトが頷いた。


「出発しよう」


 勇者一行と聖剣の巫女たち、計九人は山登りを再開した。



 儀式の間へは今までに比べたら僅かな距離だという。

 その道のりの上に立ちはだかる魔物は一体のみ。巨体に翼を生やした強力な巨鳥で、まるで岩山の主を気取っていた。

 とはいえ魔王討伐を目前にした勇者たちの力は凄まじく、狭い山道という難しい戦場でありながら、見事な連携で羽をもぎ取りとどめを刺してしまう。

 伝説に語られた存在とその仲間たちの戦いぶりを目の当たりにしたイブとクルスは開いた口が塞がらなかった。


「すごい……象をも掴み上げるというロークを相手取ってかすり傷で済むなんて……」

「逆を言えば、こんな連中が必要なほど世界は危険な状態ってことか。今までそんな実感なかったな」


 ロークという巨鳥が闇色の魔力の灰となって霧散するのを見届けると、勇者一行は各々の武器を軽く手入れしたり怪我の状態を確認したりと、かれらの決まり切った行動をしてから歩みを再開した。

 狭い道なので自然とニ列くらいになって進んだ。先頭を固めるのは戦士のシグムンドと勇者アルト。その後ろに身軽そうなメリッサが控え、聖女ステラと魔法使いヘルメスを援護する。イブとゼファはこの位置に加わっている。背後への警戒を必要とする後衛はオーウェンとクルスが務めている。

 魔物の気配が感じられなくなると、自然と近くの者同士で会話が始まった。

 オーウェンがクルスに詰め寄る。


「君、何者なの? モテるよね?」

「あ?」


 眉を寄せるがオーウェンは引かなかった。


「聖剣の巫女と聖剣の守り人の付き人って感じ?」

「今日はそんなところだ。まあ、あんたらがいればオレの出番はないだろうが。普段はゼファのじいさんの頼みでラウニカの宝を探し回ってる」

「トレジャーハンターってことかい?」

「そう考えたことはなかったな……」


 伝説を元に失われた秘宝を探し求めるロマンチストたちのことだ。

 クルスはその呼称と自分の可能性について考えてみるのだった。

 一方、イブはメリッサとステラに囲まれてあれこれ尋ねられていた。ゼファの『イブとクルスは二人きりで旅をしている』という一言のせいである。


「彼と、おっ、お付き合いされてるんですかっ?」

「い、いや。クルスとはそういうのじゃないよ」

「ずっと一緒にいるのに何も起きないの? それってすごい信頼関係よ、羨ましいわ。彼とはどうやって出会ったの?」

「エリスティア城で彼が盗みをしたから、僕が捕まえたんだ。盗んだのは――」


 イブは魔王の魔法道具だった鏡にまつわる話をした。

 すると聞き耳を立てていたヘルメスも驚いて話に加わる。


「あの『ジャガルの鏡』を魔王から盗んだのがあの坊主だったのか? やるじゃねぇの!」

「エリスティアの王様を救ったお方と言えますね」

「盗賊が国を救うなんておとぎ話みたいだわ。でも、そんな彼を捕まえたあなたは何者なの?」

「僕はエリスティアの騎士だよ。クルスの行動に感銘を受けて、騎士道に従って彼の共をしているんだ」


 それを聞いたステラは目を輝かせ、メリッサはため息をついた。


「かっこいいですわ」

「世の男達が皆あなたたちのように殊勝であればいいのに」

「はぁ。いつの世も女の要求は天井知らずだ……」


 ヘルメスが女子たちの後ろでぼやき、ゼファはこっそり笑っていた。

 そこへ先頭のシグムンドが振り返る。


「見ろ、扉があるぞ」


 岩山の頂上が見上げられる場所の岩肌に両開きの重たそうな扉が嵌め込まれていた。鳥のような紋章が彫刻されている以外は取っ手も鍵穴もない。


「この扉は先代勇者によって施された魔法が掛かっており、勇者のみが開けられる。さあ、アルト殿」


 ゼファに促されたアルトが進み出て、よく分からないといった様子のまま扉へ手を伸ばした。すると、紋章の輪郭が淡く明滅し、扉はひとりでに外側へ開いた。

 その光景に皆の中でも特にステラが感動している。


「先代勇者様の時代から封じられていた扉が開いたのですね。この中には古の空気が詰まってるのですわ……」

「……聖剣にカビが生えてないといいけど」

「お、おい! 滅多なことを言うなアルト!」


 ぼそっと呟いたアルトをシグムンドが年嵩らしく注意をする。これがいつものやり取りなのだろう、メリッサがくすくす笑っている。


「中に入ってくれよー、後ろがつっかえてるよ」


 オーウェンの呼びかけで一行はぞろぞろと儀式の間に入った。

 中は光源もないのに不思議と隈なく明るい。

 空間は山の内部をくり抜いて作られており広かった。

 真ん中には三本の太い柱が立っていて、それに囲まれている丸い台座に魔法陣が描かれてある。


「どうやら壁自体が光ってるみたいだな。発光石が混じってんのかね」


 ヘルメスが近くの壁を眺めている。他の者も興味深げにあちこちを見て回っている。


「この三本の柱にはそれぞれ違う彫刻がされているな。大地、海、そして太陽を表す精霊のようだ」

「聖剣誕生の伝説ね。太陽から降ってきた鉱物を、溶岩で溶かして鍛え、最も危険な海の激流で研いだ」

「この魔法陣、三つのくぼみがあります。なんでしょう?」


 台座を眺めるステラが言う。そこへゼファが向かい、背負っていた箱を下ろして宝玉を出して見せた。


「それは?」

「三界の宝玉というラウニカの秘宝じゃ。それぞれが太陽、大地、海を表しておる。魔法陣の完成にはこの力ある宝玉が必要不可欠なのじゃよ」

「聖剣を手に入れるための鍵と言ったところかな? んで、必要なものは揃ってるのかい?」

「儀式はいつでも始められるぞい。巫女よ、準備を整えなされ」


 イブはぎこちなく頷いた。

 皆が魔法陣から離れた場所へ移動する中、ゼファがイブを皆の反対側へ連れて行って耳打ちする。


「よいか、イブ殿。聖剣の封印を解くこの儀式が成功するかどうかは、解除者の心にかかっていると言われておる。詳しいことが分からぬのは申し訳ないが、まあ何があっても封印を施したのはワシらのご先祖様じゃから悪いようにはされぬじゃろう」

「失敗……なんてことがありえるでしょうか?」

「あまり心配しない方がうまくいくかもしれぬぞ。とにかく肩の力を抜いて、しかし心を強く持って臨むがよい」

「分かりました。そんな感じで行きます」


 ゼファが立ち去るとイブは柱の陰でパンツとロングブーツをサンダルへ履き替えた。


「……やっぱり山の上は空気が冷たいな……」


 すうっと空気が脚の間を通り抜ける感覚に頼りなさを感じながら、魔法陣へ向かう。

 そこに勇者アルトが待っていた。


「あなたとは会ったことがありますね」

「ええ。魔王が復活した時に……」


 アルトはあの時の人物が聖剣の巫女であることを奇遇がっているようだった。


「あの時は止めてくれてありがとうございました。お陰で……色んなよいことがありました」

「そう言ってくれるとぼくは気が楽です。あなたとお母さんのことが気になっていたので」


 一息ついてアルトは続ける。


「聖剣の封印を解けるのはラウニカ王家の人だけで、そしてあなたはラウニカの王女として生まれた人だと聞きました。実はぼくもラウニカで生まれたんです。母は、ぼくは王女様が生まれる数日前に生まれたんだと言っていました」

「あなたもラウニカの生き残りだったのですね……!」

「父は騎士団長のアレックスという人だそうです」


 母ユリアの記憶の中で聞いた名だった。


「多分、僕の父のボニファス王とは友人だったと思います。最後は父とともにラウニカのため、魔物と戦われたことでしょう」

「母はいつも言っていました。父は最高の騎士で、最強でもあったと」


 それが重荷だったのか、アルトの表情に苦しさが交じる。勇者と呼ばれる少年にも人間的な部分があると分かりイブはなんだか安心した。


「……僕たちはあの日様々なものを失いましたが、あの方々のお陰で今があるのでしょう。ならば僕はあなたに聖剣を授けなければ」


 アルトは頷いて、魔法陣への道を開けた。

 儀式の手順は昨日ゼファから聞いている。イブは魔法陣の真ん中に立ち、ゼファたちが手分けして三つの宝玉、つまり青色の海の宝玉、金色の大地の宝玉、そして朱色の太陽の宝玉をくぼみにはめ込むのを待った。

 聖剣の封印を解けるかどうかは解除者、つまりイブ次第だと言われて重責を感じないわけではない。だがアルトと話したことで心が軽くなっていた。同郷のよしみか、似たような境遇への共感か。はたまた心をなだめることも光の御子とも称される勇者の力なのか。

 三界の宝玉がはめ込まれた魔法陣が光り始めた。

 イブは手を組み合わせて目を閉じ、神竜を思って祈った。


「……神聖な気配を感じます。誰かが巫女様に近づいていますわ……」


 ステラの言葉が聞こえたのを最後に、世界が変わった。



 気づくとイブは虹色の空に立っていた。

 空中に見えない地面があるかのようだ。

 そこへ前方から淡い光の球体が近づいてきて、どこからともなく男性の声が聞こえた。


「救いとは、何か?」


 イブは困惑した。唐突で短い質問ほど難解なものはない。


「救い、とは……苦難から解放されること、でしょうか」

「であれば、救われるにはまず苦難が必要なのか?」

「ええと……それは変ですね。満ち足りるにはまず全てを捨てなくてはいけないと言っているみたいです」

「救いとは、満ち足りることなのか?」


 底なし沼のように先の見えない問答にイブは不安を募らせ、何も答えられなくなった。


「我が元へ来られたからには答えを持っているものと思っていたが……」

「ぼ、僕はこの試練を達成できなかったということですか?」


 慌てて尋ねると、しかし、声は高らかに笑った。


「はっはっは! これは試練ではないのだ、ラウニカの娘よ。全てはお前の思いが引き起こすこと」

「思い?」

「お前がここへ辿り着いたのは運命や必然ではない。世界へ聖剣を取り戻す理由があるからだ」


 イブは必死に考え、答えの端を掴んだ気がした。


「改めて問う。救いとは何か?」

「……僕が聖剣を取り戻したいのは、この世界を守ろうとした色んな人の遺志を大切にしたいからです。でも、一番は――」


 頭に浮かんだのはクルスのことだ。


「僕がここに来たのは、エリスティアから旅立ったから。世界を旅するきっかけはクルスがくれた。クルスがいなかったら、僕は……救われていなかった。迷って、生き方も分からなくなっていたかもしれない」


 確信を得たイブは顔を上げた。


「彼は道を照らす太陽です。僕は彼を失いたくない」


 すると光の球体は形を変えて人影のようになると、拍手をするように手を打ち合わせた。


「我が子孫が素晴らしい心の持ち主だと分かって良かった。さあ、戻りなさい。お前の愛する世界と人々の元へ」


 そう言って重ねた手を上下へ開くと人影に細い穴が開く。剣の形をしており、背後の空が覗いている。

 その穴がイブの眼前に急速に迫り、体が通り抜けた――。



 再び、気づくと儀式の間にいた。

 皆の感嘆の声で我に返って自分を見下ろしてみると、いつの間にか広げた両手に一振りの剣を載せていた。

 古代の文字が刻まれた白銀の刀身。金色と青色で装飾された柄。そこに朱色の宝石がはめ込まれている。


「これが聖剣……!」

「神竜様の気配にそっくりな神聖力です。強力な力が込められていますわ。さあ、アルト様」


 一行から進み出たアルトへ、イブも歩み寄って聖剣を手渡した。

 聖剣は勇者の手に収まるとますます冴え渡ったように見えた。

 彼の仲間たちは勇者を取り囲む。


「どう? 先代勇者の力も合わさって最強になったりしそう?」

「……少し使いこなす練習が必要みたい」

「まるで会話ができるみたいな言い方ね」

「うん。なんとなく意思がある気がする」

「先代勇者の怨念でも籠もってるんじゃあねぇの」


 魔王に対抗する力を得て安心したのか勇者一行は笑い合っている。

 イブもホッとしながら魔法陣を下りた。そこへクルスがやってきて寄り添う。


「お疲れさん。上手くいったな」

「うん、本当によかった……」


 イブは思わずクルスをしげしげと見つめる。


「え、何かついてるか?」

「ううん? いつもどおりだよ」


 柔らかな笑みとともに返答する。

 わけが分からないクルスは目を瞬いた。

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