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少女騎士と救国の盗賊  作者: 川霧莉帆
六話 太陽
19/22

19:聖剣の巫女

 イブとクルスは飛躍の針でラウニカに戻り、最後にゼファの火の玉を見た地下礼拝堂へ向かった。

 やはり青白い火の玉はそこに浮いていた。


「ゼファさん。宝玉を取り戻しましたよ」


 イブが声を掛けても反応らしいものはなかったが、クルスが袋から朱色の宝玉を取り出してみせると、ゆっくりと宝物庫へ向かい始めた。

 後に続き、クルスが鍵を開けて皆で中へ入る。

 イブは隠し戸から既に二つの宝玉が収まっているベルベット張りの台座を取り出した。

 一つだけ空いている丸い型に朱色の宝玉が収まる。

 三つが揃うと、火の玉はぱっと眩く光って輪郭を広げた。


「――よくやってくれた。おぬしたちを信じて良かったと、これほど思える日は他にないじゃろう」


 たっぷりと豊かな白いヒゲを蓄えた背の高い老人が、満面の笑みで現れた。

 イブもクルスも安堵の息を漏らす。


「ゼファさん! 元に戻ってよかった」

「というか、まだここにいて安心したぜ」

「ほっほ。しぶとい幽霊じゃろう? ……どうした? そんな顔をするでない」


 二人は悲しいような哀れむような複雑な表情を浮かべていた。

 ゼファはヒゲを撫でながら何かを思い出す素振りをする。


「ふむ……そういえば『太陽の宝玉』を取り戻すように頼んだ折、少々取り乱して見苦しい姿を見せたような。動揺させてすまなかったな。あの時はおぬしらと話せる時間が残り僅かだったので焦っていたのじゃ。宝玉を取り戻してくれて、ありがとうな」

「それはいいんだが……じいさんよ、あんたの正体は何なんだ? 今なら説明してくれるよな?」

「ワシは『三界の宝玉』に取り憑く非力な亡霊じゃよ。三つの宝玉の力を借りなければこの姿を保つことさえできない存在じゃ」


 完全に実体を取り戻したゼファは、イブから『三界の宝玉』を台座ごと引き取った。


「これは本当に大事なものでな……まあそれは追々話すとして、今は再会を祝し、家へ戻っていつもの茶でも飲もうではないか」


 すっかり以前の調子でゼファは片目をつむって見せた。



 地上のゼファの家で三人はテーブルを囲んだ。

 ハーブティーで皆が一息ついたところでゼファが話を振った。


「そういえば、宝玉の前に別件を依頼していたんじゃったな。『追憶の壺』はどうなった?」

「あれは……使いましたが、持ってくることはしませんでした」


 ゼファは無言で続きを促した。クルスが説明する。


「あんたの千里眼の通り、ロノンの東の渓谷で見つけたんだ。小さい村があって、縁結び占い師ってのがいて盛り上がってた。で、壺はその占い師が仕事道具として使ってたんだ。だから取り上げることはやめて、代わりにいつか返してもらうって約束を取り付けてきたよ」

「ワシの千里眼を阻んだ魔力の持ち主が、その占い師だったのかの?」

「そうらしい。以前はロノンの神官だったと言ってたぜ」

「なるほど、なるほど……良からぬ人物ではなさそうじゃな。ならば、壺は向こうからやってくるのを待つとしよう。だが壺を使うことはできたんじゃな?」


 確認されたイブは小さく頷くと、首にかけている革紐を服の下から引っ張り出して外し、それに通している小さな指輪をテーブルに置いた。


「それは……」

「これを使って母の記憶を見ました。母がラウニカの王妃だった頃の記憶を……」

「……やはり、そうであったか」


 ゼファは目を閉じた。真実を知った安堵や、失われた人への悲しみ……複雑で静かな感情を抱いているようだ。

 やがて開かれた翠玉色の両眼がイブを見つめた。


「初めて会うた時、おぬしがユリアに似ているものだから驚いたよ。もちろんボニファスにもな」

「……ゼファさん、あなたは……」

「ワシの真の名はヨーゼフという。ボニファスに王位を継がせた元王じゃ」

「ってことは……イブの母親の父だから、イブの本物のじいさん?」

「そういうことになるのう」

「…………」


 ゼファがイブへ向ける眼差しは今まで以上に柔らかい。

 母と同じ目をする目の前の老人を、イブは不思議な気持ちで見つめ返した。

 二人の間でクルスが困惑した様子で前髪をかきあげる。


「また別名か。じいさんのことはまだ『ゼファ』って呼んでもいいのか? それとも王様?」

「王だったのも今は昔じゃ、好きにせい。しかし、また、とはどういったわけじゃ?」

「ほら、イブも親からつけてもらった名前が別にあるだろ? それのこと」


 ゼファは目を丸くした。


「なんと! あの二人はもう決めておったのか。ワシはてっきり魔物どものせいでそんな暇など……さあ、教えておくれ」

「レイナ、です」


 イブの答えをゼファは噛み締めた。


「良い名をつけたものだ。王国歴がまだ二桁の時代、国で初めての女性騎士となり、女王となった人の名じゃ。偉大だが皆に慕われた人物だと云われておる」

「今の僕には立派過ぎます。誰が付けたかは分からないけど、僕は今の自分の名前を気に入っていますから」

「もちろん今のおぬしに敬意を払おう、騎士イブ殿。国無くして王は無し。悲しいが、ラウニカ王家はもはや過去のものじゃ。だが生き残りがここにいて、今はエリスティアの騎士として一廉の人物に成っておる。ワシはそれが嬉しいよ」

「ありがとうございます。僕も自分の家族を知れてよかった」

「ワシも同じ気持ちじゃよ。惜しむらくはワシが幽霊であることじゃが、ま、今こうして奇跡的に話せているのだから些細な問題じゃな」

「きっとそうですね」


 イブはゼファとともに笑った。

 真実を知ってもイブにとってゼファはあくまでゼファだったが、温かな気持ちを抱けた。


「しかし、ラウニカ王家の最後の生き残りがここへ戻ったことには、やはり運命を感じるのう。それとも神竜の大いなる意思によるものか……」

「どういうことだ?」


 いつになく真剣なのでクルスが尋ねる。

 ゼファは頷いて話し始めた。


「三界の宝玉はとある重要な儀式に必要な祭具でな。聖剣の封印を解くための儀式じゃ」

「聖剣?」

「伝説を教えよう。――数百年前、魔王が最初に世界を脅かした時、ラウニカから後に勇者と呼ばれるようになる人物が現れて、世界を守るため戦った。だが、魔王の闇を完全に打ち払うためにはひときわ神聖な力が必要となった。そこで作られたのが、聖剣という特別な武器じゃ。そして先代勇者は聖剣でもって魔王を討つと、故郷であるこのラウニカへ戻って、聖剣を守るために封印した。いずれ再び強大な闇の力を持つ存在が現れた時のための備えとしてな」

「そんなことがあったんですか」


 ゼファは続ける。


「封印を施したのは当時のラウニカ王だった。勇者なき後の世を考えて、ラウニカ王家がその遺志を継いで聖剣を守ってゆく任を負ったのじゃ。だから逆を言うと、ラウニカ王家の者なら聖剣の封印を解ける、というわけじゃよ」

「じゃあ、今はイブしか聖剣の封印を解けないってことだな」

「うむ。魔王がこの国を滅ぼしたのは騎士の国としての軍事力を恐れただけでなく、聖剣を失わせるためだったのやもしれぬ。危ないところじゃったな」


 話を聞きながらイブは思い出したことがあった。


「そういえば、宝玉を盗んだ人物は魔王と関係していたのですが、彼は僕を始末するように魔王から命じられていたそうです。魔王は『巫女』と呼んでいました」

「聖剣の封印を解ける女人、聖剣の巫女というわけじゃな。魔王はラウニカが無人の廃墟だと思っていたのだろうが、盗人を通じてワシを発見した。つまり聖剣の伝承を消しきれなかったと知ったのだな。するとラウニカ王家出身であり聖剣を取り戻す鍵となるおぬしが邪魔になり……というわけじゃろう。なんとも身勝手な話じゃ」

「宝玉を盗んだ奴はただ利用されてただけだったんだな」


 呟いたクルスへ、イブは労るように視線を送った。

 その時、家の外から人の足音などの気配がした。三人は思わず表の方を見やる。


「どうやらお客人のようじゃな。ちょいと失礼するぞい。よっこらせ」


 ゼファは掛け声とともに椅子を立ち、玄関を出た。やがて少し遠くから複数人の話し声が曖昧に聞こえてきた。

 残された二人は少し冷めたお茶に口をつける。


「母親については、あれだけでいいのか?」


 イブは頷いた。


「自分の子に何が起きたかは聞きたくないんじゃないかと思って」

「なら、オレももし聞かれても何も話さないことにする」

「うん。ありがとう」

「しかし……おまえがじいさんの孫だったなんてな」


 クルスにはゼファと約五年の付き合いがある。その今までを思い返しているのかテーブルの上の遠くを見た。


「オレは……うぬぼれかもしれないが、エリスティアでおまえと出会ったことが運命みたいに思える。オレはじいさんの宝をなんでも取り戻してやったけど、おまえもその一つで、しかも一番大事なものの一つなのかもしれない。そう思うと、盗人家業も悪いもんじゃねえな」

「クルス……」


 ふっと口の端を上げたクルスへイブは安堵の笑みを返した。


「なんだよ? あぁ、呼び捨てられるの慣れねえな」

「ううん。あなたが自分を認めるようになったことが嬉しいんだ。今まではちょっと後ろめたそうだったから」

「そりゃ当たり前さ、世間様には馴染めねえ生活してるんだから。でも、荒っぽい連中に目をつけられたり、檻に閉じ込められそうになっても、おまえのことを考えるとなんとかなるかもなって思える。最悪、数年牢屋暮らしすることになっても、おまえなら待っててくれるだろう、ってさ」


 イブはクルスが檻の中に、自分が外にいる光景を想像してみて、母との生活を思い出した。毎日のようにお菓子や果物を持って会いに行っては、色々な話をしたあの日々を。


「その時は差し入れに期待してて」

「太っちまうかもな。ははっ」


 二人はくすくすと笑い合った。

 そこへ玄関ドアが開いてゼファが戻ってきた。表情には真剣なものがある。


「イブ殿、さっそく聖剣の巫女として仕事をしてもらうことになりそうじゃよ。勇者殿が聖剣を求めてやってこられたのだ――」


 ――魔王の復活から一か月。勇者の決戦の時が近い。



 勇者は先んじて儀式の場に向かったが、イブとクルスはゼファとともに一晩かけて出発の準備を整えることになった。


「儀式の場はあの山の中にある」


 日が落ちる前に二人はゼファから儀式の概要を聞いた。家の前からゼファが指さしたのは崩れたラウニカ城の背後にある岩山だ。


「ラウニカが滅びると儀式の場へ続く山道を管理する者がいなくなったので、魔物がはびこってしもうた。じゃから、勇者殿たちには道の安全を確保してもらうついでに先に向かってもらうことにしたのじゃ。まぁ、迷う道でもなし、平気じゃろ。それにこの1か月間、魔王の影響で力を増した魔物どもを討伐するために世界中を駆け回っていたそうじゃから、腕っぷしは信用できようて」

「じゃなかったら困るぜ。もし勇者が道半ばで倒れてたら、居合わせたオレたちが魔王をどうにかしろって言われかねねぇ」

「うわぁ、不吉だよクルス」


 そばの瓦礫に腰掛けているクルスは肩をすくめる。

 そんな二人にゼファは興味津々な視線を注ぎ、人知れず微笑んだ。


「さて。明日は早いからさっさと夕食にしよう。先に入っておるからの」

「はい」


 ゼファは家に入ってドアを閉めた。

 今日の最後の陽光が亡国の影を伸ばしていく。


「クルスは勇者様を見たことはある?」

「いや。まだガキだって噂は聞いたことあるが」

「少年だよ。僕と同じくらいなんだ。エリスティア城でニ回、見かけたことがあるんだ。一度目はまだ旅に出たばかりで一人だった。二度目は魔王が復活した時に……。また関わり合いになるとは思わなかったな」

「ふーん。でもおまえならおかしくないと思うぜ。騎士で、王女様で、聖剣の巫女なんだから。すごいもんだ」


 そう言って微笑みながら立ち上がる。


「オレは何者でもないが、それなりに世界中を旅して、危険をかわしてきた経験はある。明日もし何かあっても守ってやるよ。傷、まだ全快とは言えないだろ?」

「あ……うん」

「心配すんな。おまえなら儀式もこなせるさ」


 クルスはドアを開けると振り返ってイブを待つ。

 イブは、しかし、小さいがはっきりした溝に気持ちが躓いて動けない。


「ん?」

「……ううん」


 結局、距離を埋める言葉を見つけられないまま、翌日を迎えた。

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