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少女騎士と救国の盗賊  作者: 川霧莉帆
五話 ガラス細工の狼
18/22

18:狼の子孫

 中庭は爆ぜて崩落した。開いた穴に回廊の円柱が何本も引きずり込まれる。

 地面の震えが止まると、後にはもうもうと立ち上る土煙だけが残される。

 イブとクルスは崩落を免れた回廊の縁で互いへ掴まりながら穴を見つめた。一人の人物が消えた事実を受け止めるため。あるいは、もしかしたら誰かが這い上がってくることを想像しながら。


「……あ、痛い」


 イブはボルトが突き刺さっている太ももの痛みを思い出して呟いた。

 我に返ったクルスがイブの体に両腕を回して抱きとめる。


「そうだったな。ここは危なそうだから離れよう。歩けるか?」

「分からない。緊張が終わったら一気に痛くなってきちゃって……」


 イブはクルスに支えられながら無事な片脚を頼ってなんとか動いた。


「アイツ、透明になりながら撃ちやがったな。両手がクロスボウで塞がってる時は短剣の魔法は使えないと思ったんだが」

「あの時は低い場所から撃たれたから、彼はしゃがんでいたのかも。膝でクロスボウを支えれば、あとは片手で引き金を引くだけだ。理屈ではね」

「なるほど。まんまと裏をかかれたな」


 宮殿と中庭を繋ぐ出入り口へ向かっていると、その扉が内側から開かれて宮殿の住民たちが顔を出した。

 イブとクルスに気づいた一人が尋ねる。


「あんたたち。ここで何があったんだ?」

「宝を巡って揉めただけだ。あんたらは無事だったか?」

「さっきの揺れでウチの可愛いワンころが怯えて机の下から出てこなくなった」


 不満を述べられたクルスは苦笑した。


「そりゃ悪かった。迷惑ついでに聞きたいんだが、ここらで武人王の盾とか宝玉を見なかったか? オレたちは盗まれたものを探しに来たんだ」

「宝玉は丸くて大きい宝石のことか?」


 それへはイブが頷いた。


「手のひらに乗るくらいの大きさです。色は分からないけど、青や金色ではないと思います」

「そういう赤い宝石なら王様の部屋で見たが」

「王様? タイヴァス王……ですか?」

「違う違う。あの坊主が自分をここの王だと呼んでいた」


 その住民は中庭だった穴を顎で示した。


「偉そうにされて色々とこき使われたが、ここから乱暴者たちを追い出してくれたことは称賛に値する」


 他の住民たちは賛同する。


「そう。あれからぐっと住みやすくなった」

「食い物の調達ルートも作ってくれた」

「狩りのやり方を教えてくれたこともあった」


 皆が口々にエドガーを褒めている様子が二人の心中を複雑にさせた。


「……オレが知らなかっただけで、本当は昔もこんなふうに慕われてたんだろうか」


 クルスの呟きを聞いたのはイブだけだった。


「まあ、あの坊主には裏があるとは思ってたよ。死んじまったのは残念だが仕方ない。盾を探してるならあんたたちはタイヴァス王のお使いだろう。王様の部屋に案内してやってもいいよ」

「頼む」


 イブはクルスの肩に回していた腕を外した。


「僕は休んでるよ。クルスさん行ってきて」

「分かった。すぐに戻る」


 クルスは案内の住民についていった。

 見送ったイブは近くの出っ張りに腰掛けた。浅くない刺し傷が額に脂汗を滲ませる。だが抜けば出血が起きるだけなので刺さったままの状態を耐えた。


「はぁ……」


 そこへ住民の中から杖を突く老婆がやってきて、布に包んだ氷を差し出してきた。


「痛い所を冷やしなされ」

「ああ、ここには冬じゃなくても氷があるんですね。ありがとうございます」


 イブは氷の塊を受け取って太ももに当てた。冷たさで徐々に痛みが紛れていく。

 少し落ち着いてきたイブは老婆に見覚えがあることに気づいた。


「城の前でお会いしませんでしたか?」


 昨日、タイヴァス城まで散歩した時に国の伝承を教えてくれた人物だった。


「覚えていてくれて光栄だねえ、剣士さん。実はエリスティアの騎士さんなんじゃろう?」

「物知りですね」

「ここの住人は地上の噂が大好きなのじゃよ。イケメンのカレシが捕まって大変じゃったのう」


 イブははにかんだ。


「クルスとはただの相棒です」

「ほほっ、熱々の信頼があるんじゃな。とまあ、年寄りの冷や水はここらにして。教えてくれんかのう? どうしてエドガー坊やと喧嘩することになったのか」


 イブは事の経緯をかいつまんで話した。

 自分たちの知人から宝玉を盗んだ犯人を追ってタイヴァスへ来たこと。その犯人が武人王の盾も盗んでいたこと。タイヴァス王からの信用を賭けて盾を取り戻さなくてはならず、そのためにこの地下遺跡へ来たこと。

 そして、クルスとエドガーは昔からの確執のために敵対した、と説明した。


「エドガー坊やが何かよからぬ考えに取り憑かれていることには気づいておった……だがそれを後になって言うても仕方ないことじゃな。私らも騒ぎの片棒を担いでしまったからのう」

「どういうことですか?」

「行方知れずとなった武人王の盾じゃ。あれを隠したのは私らなんじゃよ」


 老婆は申し訳無さそうにそう答えると、続きはイブに耳打ちした。


「……え!」

「このことは騎士さんたちが気づいたってことにして、私らのことは見逃してくれないかのう」

「え、ええ。構いませんよ。でもエドガーさんはなぜまたそんなことを……」


 そこへクルスが戻ってきた。


「お待たせ。これが宝玉で間違いないだろ」


 見せたのは朝焼けのような朱色の球体状の宝石だ。


「きっとそうだね。他の二つと似てるもの」

「けど盾はなかった。王サマになんて言い訳するかな」

「そのことだけど、心配いらないみたいだよ」

「ん?」


 イブは困惑の笑みを浮かべた。



 二人は地下遺跡から地上へ戻った。

 イブは怪我の応急処置をし、今は地下の住民にもらった松葉杖代わりの長い枝を突いている。

 夕方のタイヴァスの街は今朝と同じくらい噂話に花が咲いていたようで、往来に人が多い。かれらは顔に傷をつけたクルスと太ももに厚く包帯を巻いているイブに気づくと、指をさしたりひそひそ話で盛り上がったりした。


「あれ、噂の旅人じゃない……?」

「あっちの男の人が例の泥棒?」

「すごい怪我してる……」


 今朝の出来事が噂となって街中に広まっているようだ。

 しかしお陰で二人は邪魔されることなく城へ向かうことができた。

 城門に差し掛かると門番たちが目礼をする。


「王様がお待ちです。お通りください」


 二人は城へ入り、真っ直ぐに謁見の間へ向かった。

 王は今朝と同じように宰相と共に待っていた。宰相の方はそわそわと身動ぎして落ち着かない様子だ。


「早かったな。首尾のほどはどうだ?」

「宰相様の助言を受けて地下遺跡を調べました。そこで攻撃をしかけてきたエドガーと衝突し、彼は助かりませんでした。盾もそこにはありませんでした」

「犯人を捕らえられなかったのは残念だ。だがなぜ盾を取り戻せずに戻ってきたのだ?」

「盾はこの城にあるからです。偽物だと思われていた盾こそ本物です」

「は?」


 間の抜けた声を上げたのは宰相だ。

 王も少なからず驚いた様子だ。


「説明してもらおうか」

「エドガーは本物の武人王の盾を盗んだ後、それに塗料を塗って偽物に仕立て上げ、この城へ持ち込みました。塗料は食用油で取れるそうです」

「……では早速、部屋から偽物を持ってきて今の話を試すとしよう」


 王は玉座を立ち上がり、近衛兵を連れて一旦謁見の間を出ていった。

 ややあって戻って来ると真っ黒な盾を抱えていた。

 その盾を近衛兵に持たせると、戻り道で連れて来られたらしいメイドが食用油を染み込ませた布で盾を拭く。

 すると、黒い塗料が剥がれ、下から螺鈿細工が見えてきた。


「おおっ、本当に武人王の盾だ……!」


 近衛兵たちがざわついた。

 王も安堵した様子で頷き、目を細める。そのまま鋭い眼光を、宰相へ向けた。


「この偽物の盾を用意し、私の部屋に置くように申したのはそなただったな、宰相」


 宰相はもはや顔色を取り繕うこともできずにいた。


「そ、それは、その際に申しました通り、国宝が盗まれたことが世間に知られる可能性を減らすためでありまして……」

「その言い分もそもそも妙であったな。我が国の評価を守るのは大事なことだが、国民から人気の武人王の盾が行方知れずになったことを皆に知らせないことは不義理なことだ。それに、そなたは当時こう言ったな。『万が一、他にも王の部屋に侵入する不届き者が現れて、盾がないことに気づかれたら』……と」


 王はさらに追い詰めた。


「エドガーという人物と、此度の侵入者について、そなたは以前から何か関わりがあったのではないか?」


 近衛兵たちの視線が宰相に集まる。

 不利な状況に追い込まれた宰相は逆に皆へ非難の目を向けた。


「王よ。まさか以前からこの私めにあらぬ疑いをかけていたのではありませんか!? 長年忠実にあなたを支えてきましたのに!」

「まさに機転の利くその賢しさを買っていたのだが、そなたにとっては諸刃の剣だったやもしれぬ」


 王の合図で近衛兵たちが宰相を取り囲み、謁見の間を出るよう促した。

 どんな罪を犯したかはこれからの取り調べで分かることだろう。

 宰相は態度こそ悪いが、抵抗することなく近衛兵たちに連れて行かれた。


「……あの盾はエドガーが仕掛けた最後の罠だ。自分が破滅する時は仲間も道連れ、ってことさ」


 クルスが言った。

 塗料を丁寧に拭い取られた武人王の盾は、風を模した紋章が螺鈿細工で表されていた。油のお陰でつややかになったこともあって美しい。

 本物の盾を返却されると、王はイブとクルスへ向き直った。


「騎士イブ、そしてクルス。約束通り、盾を取り戻してくれたな。よくやった」

「当然のことをしたまでです」


 イブとクルスは会釈した。


「結果として、そなたたちは我が恩人となった。ついてはその傷を労わねばな。誰ぞ、この騎士に回復術師を付けて休ませよ」


 イブは近衛騎士の案内を受けることになった。クルスに軽く手を上げて謁見の間を出た。

 残されたクルスは王に声をかけられる。


「時にクルス、そなたには聞きたいことがあったのだ。その銀色の髪から察するに、この国の生まれではないか?」

「生まれは分からないが、気づいたらこの国にいて、ここで育った」


 王は何かを納得したように小さく頷いた。


「知っているだろうが、この国には時々そなたのように雪の色をした髪の者が生まれる。狼の王と同じ髪だ。かの王と我が先祖である武人王は、戦いの中で友情を交わしたので争いをやめたと云われている。二人の王国の民が入り混じって久しいが、銀色の髪の者を我が王家ではこう言うのだ……『友情の子孫』とな」


 王は感慨深くクルスを見つめる。


「クルスよ。信じた通り、武人王の盾を持ってここへ戻ってきてくれたな」

「……そういうことは相棒に言ってくれ。オレはあいつがいなけりゃ何もできなかったんだから」


 クルスが居心地悪そうにそう答えると。王は二人の友情に微笑んだ。



 二人はその日、城に部屋を用意された。イブもクルスも怪我に手厚い処置を受け、痕は残らないだろうと回復術師のお墨付きを得た。

 ご馳走によるもてなしを楽しみ、あとは寝るだけとなった夜更け、イブは客間のベランダに出た。

 寝衣だと少し寒いが、ベランダからは生け垣が幾何学模様を描く庭園が眺められた。地面に埋め込まれている発光石のお陰で夜でも美しさが冴えている。


「まだ起きてたのか」


 隣の部屋のベランダからクルスの声がした。晩餐に続いてゴブレットを手に持っている。借り着の襟のついたシャツを着ていると、若い貴族のような絵面だ。


「そっちこそまだ飲んでたの」

「こんな時くらい息抜きしないとな。他にやることもねえし」

「昨日今日と色々あったけど、結局お城で寛いでるのはなんか不思議だな。特にクルスさんがそうしてるのは」


 イブはふと思い出したことがあって笑った。


「ゼファさんが願ったとおりになってる」

「何の話だ?」

「クルスさんのことを聞いた時に言ってたんだ。『古今東西の物語にある誇り高い盗賊のようになれること』を願ってるって」

「……ロマンチストすぎるぜ。どいつもこいつも」


 声色に笑みを混じらせつつ、クルスはゴブレットの中身を呷った。


「でも、エリスティアだけじゃなくてここの王様も助けたんだよ。そろそろただの盗賊じゃいられなくなってきたんじゃない?」

「さあな。もう寝るぜ。今夜の寝床は一生に一度ありつけるかどうかのふかふかベッドだから、時間の限り堪能しておかねえと。おやすみ」

「おやすみー」


 イブはくすくす笑いながら見送った。

 隣の部屋の窓が静かに閉まると夜の静寂が戻ってくる。

 今夜の月はごく細い。すなわちエリスティアを出発してから一か月経ったことを意味している。


「僕は、何になれるんだろう」


 自問を残し、やがてイブも部屋へ戻った。




 翌朝、十分に休んだ二人は、傷みを修復してもらった服と、貰った新しい髪留めで身支度を整えると、謁見の間でタイヴァス王へ出発の挨拶をした。


「近くへ来た時は是非またこの国へ寄るといい。タイヴァスはいつでもそなたたちを歓迎しよう」

「ありがとうございます。お世話になりました。それでは」


 門番に敬礼されながら城を出た。

 昨夜の出来事は既に噂になっているらしく、城の前の広場で立ち話をしていた人々は、イブとクルスに気づくと興味津々な目を向けたり、手を振ったりしてきた。


「僕たちすっかり『泥棒宰相から王を救った旅人』だね」

「落ち着かねえよ。なあ、ラウニカへ戻る前に寄りたいところがあるんだ。いいか?」

「うん? いいよ」

「じゃあ、一緒に来てくれ」


 クルスはわざわざそう言って、街のにぎわいから遠く離れた区画へイブを連れて行った。

 そこには教会があった。礼拝堂を通り抜けて外へ続くドアをくぐると、墓地に出た。

 規則正しく並んでいる墓石はどれも小さくて簡素で、刻まれている文字は短いか、あるいは何も無い。無縁墓なのだ。

 クルスはその一つの前で立ち止まった。『リンド通りのヤモリ』と刻まれている。


「林檎園に入れられる前、オレはリンド通りっていう場所にいたんだ。その頃に一緒にいてくれたのが、このじいさんだ」

「このお墓の人? ……ヤモリって名前だったの?」

「通り名だ。名前は誰も知らなかった。ヤモリのじいさんはスリ師だったんだ」


 いかに大事な人物かは声色から察せられた。


「ヤモリは誰よりも神サマを信じてて、メシが食える日は必ず長いお祈りをしてた。よく言ってたよ、『神の物は絶対に盗んではいけない』って。……だからオレにクルスって名前をつけてくれた。そうやって、守ってくれたのさ」

「……神竜の牙で付けられた聖痕……『クルス』」

「御大層な名前だよな」


 クルスはふっと笑った。

 この墓の人物はもしかしたら彼の親と呼べるのかもしれないとイブは思い、手を組み合わせて祈った。


「……何を祈った?」


 手を解いたところへクルスが尋ねる。


「クルスさんを守ってくれてありがとうございます、って。僕のお母さんのことを感謝してるから、クルスさんの大事な人のために、せめて感謝するんだ」

「……ありがとな」


 クルスはもう一度墓を見下ろして少し瞑目した後、そこを離れた。

 やがて別の墓の前で声を上げる。


「あった。なあ、来てくれ」


 向かったイブは目を瞠った。その墓石には『ニーロ』と彫られてある。


「昨日、城で林檎園のことを知っている奴に会えたんだ。その時に、墓の場所を聞けた」

「……見つかって良かったね」

「ああ。お陰でオッペルを返してやれる」


 クルスは荷物からガラス細工の狼を取り出して、三本の脚で墓石の前に立たせてやった。

 ガラスの狼――オッペルは、風をしのげる墓石の陰が落ち着くようだった。


「昔から脚が欠けてるんだよな、コイツ。エドガーがどこでコイツを見つけたかは知らないが、これならニーロに返したようなもんだな」

「きっと良いことだね」

「そう思う。……それで、終わろう。過去は変えられないが、まだ自分がいる」


 二人はニーロのために祈りを捧げた。



 教会を出るといよいよタイヴァスでの用事はなくなった。


「クルスさん、忘れ物はない?」

「……なあ、いい加減にその呼び方やめねえ?」


 少々遠慮がちな申し出の意味をイブは一拍遅れて気づく。


「あ、そうだね。クルス」

「機転が利くなぁ……」

「王様に話をした時に、口に馴染んだんだよね。言われる側はどう?」

「そうだな、なんていうか……酒みたいだ」

「酒……」


 ピンとこない様子のイブをクルスは面白がる。


「おまえはまだ飲めないもんな。今十七だっけ? あと一年も意味が分からないままか」

「分かるように説明してくれてもいいんだけど?」

「しない。……そうしたら一緒に飲む理由がなくなっちまう」


 クルスはきょとんとしたイブの視線から逃れるように数歩離れると、半身振り返った。


「さて、ラウニカに戻ろうか――王女様」

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