16:古典的手法
クルスの宣言にイブは拳を握った。
「……反対すると分かってて決断するなんてずるいよ。何を言っても止められないってことでしょ?」
「悪い」
「悪いと思うなら僕を納得させてみなよ!」
一瞥もされずに返されたことが悔しくてイブは声を張る。
やっと振り向いたクルスの表情は年下を見やるものに違いなかった。
「まっとうに生きてきたおまえに理解してもらうことは何よりも難しい。だから頼むしかないよ、イブ。オレは人生のツケが回ってきたと思う以外にないんだ。いつもみたいに物分かりよく頷いてくれ」
「僕だってできたらそうしてるよ! でも処刑されるかもしれないって自分で言ってたじゃない!」
「もちろんそんな終わり方はしたくないが、大事なのはそこじゃないんだ」
「……クルスさんはずっとニーロと共に旅をしていたんじゃないの? 違うの?」
ニーロの形見を託されたと言っていたはず。まさか手放したわけがない。
聞きたいことに気づいたクルスは微笑んで頷いた。
「してるさ。ずっと一緒だ。でも、まだ遠い」
「……どういう意味……?」
恐れと怒りでイブの喉が低い声を出す。
対照のようにクルスはいっそう穏やかに答える。
「なあ。前、オレが何でこんな生き方をしてるのかって聞いたよな。正直、あの時は自分でも少しはっきりしなかった。でも今は分かる。ニーロがやったみたいに命を賭ける理由を探してたんだ。それが、王様を魔王から救い出したり、滅んだ国の宝物を集めて年寄りを喜ばせたりしても、どっかで物足りなさを感じてた理由だったんだ」
まるで悟ったような言い分。
イブの感情は洪水のように氾濫し、凪いだ。
「僕ご飯行ってくる。散歩してる時にいいお店見つけたんだ。じゃあね」
捨て台詞を床へ叩きつけて部屋を飛び出す。
残されたクルスは寂しそうに微笑んで、再び窓へ目を向けた。
イブは夜道で走った。軒先の明かりや店の看板が視界の端に滲む。
呼吸が荒くなり、喉が冷たい空気で痺れていく。
やがて波止場で行き詰まった。
「……ずるいよ……」
呟きが上擦る。
「どうしてあんなふうに言うんだ。僕はクルスさんの騎士で、相棒なのに……っ」
手の甲で濡れている頬を拭うが、後から後から新しい涙が溢れて甲斐がない。
イブの息遣いは岸壁を洗う波の音に紛れた。
ひとしきり感情を溢れさせると、空いている係柱に腰掛けて海を眺めた。
真っ黒な海面の小さな波が月光できらめいている。星空とは違い、底が見えない黒さが少し恐ろしい。
そこへ冷たい風が吹きつけた。
「うっ」
まだ遠いはずの冬の片鱗を感じて思わず身が竦む。
「……帰ろう」
イブは波止場を後にした。
飲食店なんて知らなかった。宿を飛び出す言い訳を口走っただけだ。
だから思い出すのは宿の食堂が宣伝していた温かそうな名物メニューだ。食べたこともないのに恋しい。
それにクルスと食事を別々にしたら何かが決定的になってしまう気がして怖かった。
イブはクルスを呼びに部屋へ戻った。
「クルスさん……」
ランプで照らされた部屋には、荷物は残っているが誰もいない。
カーテンを開けたままの窓辺に紙切れが置いてある。イブはそこに近づいて短い文章を急いで読んだ。
『イブ、ごめんな。余計な心配だといいんだが、これだけ言っておく。あいつに気をつけろ。オレにはあいつが何をするかもう分からない』
もう出かけてしまったのだ。
イブは脱力を感じて自分のベッドに寝転んだ。
「最後に見せる姿があんな子供みたいなところだなんて、嫌だな」
彼の文字は、無愛想に少し傾いていて彼自身のように格好がついていた。
*
タイヴァスの二人の王の昔話を知らない子供はいない。
武人王と謳われた海辺の王と、狼の王を名乗った雪山の王の伝承だ。
長らく争っていた二つの国が一つにまとまったのは、その二人の王のお陰だった。
しかし、王たちが争いをやめた理由は定かではない。
大人たちは『争いの残酷さに気づいたから』という説を好む。
だが子供たちは『友情を結んだから』と絵本を読み聞かせられて育つ。
クルスは、どちらの説も聞いたことがない。
タイヴァス城は平和な世に作られた優雅な城だが、兵士はどの国よりも屈強だと言われている。
とはいえ相対すれば強敵となる兵士であっても、監視の目を掻い潜ってやり過ごしてしまえば置物と同じ。北国の建物の構造について知識もあるクルスにとっては、城に忍び込むことは不可能なことではなかった。
それに『武人王の盾』のありかもかつて聞いたことがあった。タイヴァスの建国に繋がるその国宝は、王の部屋に置いてあるらしい。
クルスはいくつかの廊下や窓、壁、そして屋根を忍び歩いて、王の部屋の絨毯に音もなく降りた。
部屋の一方の壁際に幕を下ろした天蓋付きベッドがあり、大きめのいびきが漏れ聞こえている。
武人王の盾は、ベッドの真正面の壁に飾られていた。
その色は黒。それ自身の影に塗り込まれた岩山のように厳格な色で塗りつぶされている。
クルスは驚きで口を開いた。
「偽物だ」
足がその場へ縫い付けられたように動かない。
いつの間にかいびきが途絶えていたが、背後に複数本の槍の切っ先を突きつけられて声をかけられるまで身動ぎすらしなかった。
「罪は分かっているな?」
「…………」
「お前は恐れ多くも王の部屋に侵入し、盗みを働こうとした。そのまま大人しくついてこい」
後手に縄をかけられながら、そっとため息をついた。
城の上階、壁一面の窓ガラスに夜空が広がっている展望室で暖炉が燃えている。
タイヴァス王は窓辺に佇んで何かを待っていた。
そこへ高い足音が近づいて来て、背後の戸口に平たい帽子の男性が現れる。
「ご報告します。今しがた王の部屋に侵入した例の盗人を捕らえましてございます」
「そうか。よくやってくれたな、宰相よ。ではそなたの申した通り、此度の盗人が『盾』の犯人だったのか?」
「取り調べはこれからですが違いありません。でなければ初見で城に侵入できたことになります。我らがタイヴァスの鍛え上げられた兵士が無計画な不審者に気づかないわけがないでしょう」
「だが、此度の盗人が盾を盗んだ犯人ならば、初見で私の部屋に入り込めたことになるが」
王はようやく体ごと振り向く。指摘された宰相は目尻にシワを寄せた。
「それでは侵入方法について本人に詳しく聞いてまいります。まさかとは思いますが城の間取りや兵士の動きが知られていては事ですから、そこも含めて調査をしましょう」
「それがよい」
「では失礼いたします」
宰相は王へ一礼し、廊下を早歩きした。
その足で同階の暗いバルコニーへ出る。男の人影が待っていた。
「泥棒は来たかい?」
「ええ、来ましたよ。偽物の武人王の盾を探しにノコノコとね」
「お見事だねぇ、宰相様。人の口に戸は立てられないって言うけど、一週間も本物の盾が行方不明なのを隠し通せたあんたの手腕があれば、タイヴァスの玉座だって狙えるんじゃないの?」
宰相はニヤニヤと笑みが溢れた口元を誤魔化すべく咳払いをした。
「書記官に過ぎなかった外国人である私めが宰相の地位に就けただけでも幸運なことです。これもひとえに助言者たる君のお陰というもの……」
「おお、宰相の助言者か。名誉な称号だねぇ。じゃ、囚人の扱い方についても一言いいかな?」
「いよいよ黄金の首を落とす話ですか。いい斧を準備してありますよ」
「いや。あんたがやる必要はない。あんたは単に奴と引き換えに賞金をもらうだけだ」
「そうですか。不届き者に処罰を下せないのは残念ですが、賞金さえあれば十分ですね。ですが牢で処刑しないとなると、どうやって彼を移動させるんです?」
「奴自身に歩かせればいい。死に場所は俺が教える」
「……まさか逃がすんですか!?」
宰相は暗くて容貌の分からない男へ、信じられないといった目を向けた。
「い、いやいや。あの囚人に逃げられたら私の経歴に汚点が残ってしまうではありませんか!」
「奴は金貨百枚級の賞金首なんだ、牢獄破りをされたって仕方ない」
「そのつり上がった賞金こそが我々の並々ならぬ努力の結晶ではないですか! ようやく捕まえた標的を逃したとなったら、出資者たちにそっぽを向かれてしまいかねません!」
影のような男は立てた指を振った。
「宰相様。面白い物語には何があると思う?」
「へ? 何ですか急に……」
「正解は、引きと山場。登場人物が目標にもうすぐ手が届きそう、って時に小さな失敗をする。聞き手はちょっと焦れるが、すぐに忍耐が報われるような大成功が起こる。これで聞き手の心に心地よい解放感が生まれるわけだ」
「……その筋書きを君なら実現できるんですか?」
「するとも」
影の歯列が濡れるように光る。
「何年も何年も何年も、奴にふさわしい末路を考えてきたんだ。俺が失敗するわけがない……!」
男は無謀にも月に挑むかのように両腕を広げる。宰相の目は冷静に細められた。
*
夜明けが窓を照らす。
イブは浅い眠り、あるいは夢うつつの思案から目覚め、枕の上で首を回した。
隣のベッドは空のままだ。
夜明けとともに広場の掲示板に城の兵士が張り紙を出した。
その旨は、国宝『武人王の盾』が盗まれたことや、盗んだ犯人を捕らえたこと。そして盾はまだ行方不明であることだ。
この速報は朝の間に街中を駆け巡った。
さらに新聞社が出した朝刊により、盾は一週間前から既に行方不明だったことや、城の者に箝口令が敷かれていたことが判明した。
「――つまりこの捕まった犯人は城に二度も侵入成功したってことだな」
宿の食堂にて、離れた席の会話が聞こえてくる。
彼らは新聞をテーブルに広げていた。
「まあ二度目はこの記事にある通り、わざと侵入させたんだろう。『国宝を守れないザル警備の城』だと思い込んだ犯人がまた宝を漁りに来ると踏んで罠をしかけたわけだ。でも、一度目の侵入を止められなかったのは変じゃないか?」
「城の警備が本当にザルだって?」
「そこまで言わないさ。ただ、武人王の盾はこの国を代表する代物じゃないか。それを盗られるなんて、なんかおかしい気がするんだよ」
「ま、盾はきっとすぐに見つかるさ。捜索は一週間前に始まってるんだから」
イブは朝食を半分ほどしたためると席を立った。
皿を下げに来た店員が残り物に気づく。
「もうよろしいので?」
「ごめんなさい。心配事があって食べきれませんでした」
「昨晩もお食べにならなかったでしょう。良いことがありますように」
イブは力ない微笑みを返すと宿を出た。
朝のひんやりしている空気が頬を撫でる。
「よし……」
気を引き締めて、城へ向かおうとした。
その出鼻をくじくような声がかかる。
「こんな早くからどこ行くの?」
「……エドガーさん」
エドガーは寄りかかっていた宿の壁から背中を離して立ちはだかった。
「すみませんが急いでいるんです。相手をしている暇はありません」
「クルスの命乞いをしに城に行くの? 悪いけど、俺は君にも用事があるんだよ。ちょっと話を聞いてくれない?」
「構いませんが、あなたの話は信用しません。一週間前に武人王の盾を盗んだのは、あなたですね?」
好青年風の顔が悪夢のように徐々に歪んだ。
「美人なのに頭が回るんだ。嫌いだなぁ」
「今のは聞かなかったことにして差し上げましょう。さあ、用件をどうぞ」
イブは体の左側に下げているレイピアの柄頭に左手を置いた。
武器を示されたエドガーは再び相好を崩してへらへらと緊張感なく笑う。
「まあまあ、そうカッカしないで。いい話だよ? ラウニカの宝玉を返してあげる、って話だ」
「……それで?」
「交換条件ね。宝玉のありかまで、君に一緒に来てもらいたいんだ。後でクルスも来てくれるよ」
「エドガーさん……」
わざとらしくため息をつく。
「人はそれを罠と呼ぶのです」
「ええっ、そうなの? 知らなかったなぁ!」
「もう結構。退いてください」
しかしエドガーは動かない。
イブは目を鋭くした。
「退かないなら……」
「この国では届け出のない決闘は犯罪だよ。決まった場所以外で剣を抜くことも罪なんだ」
「……ならあなたも手を下ろしたらどうです?」
エドガーの指は腰のベルトに下げている短剣の柄を撫でていた。
「俺はいいんだよ?」
不敵に笑ったと思いきや姿が消えた。
まるで突然、空気に溶け込んでしまったかのように路上の影もない。
「魔法? 詠唱もしてなかったのに――」
その時、イブは背後にぞっとしたものを感じて飛び退いた。
勢い余って石畳の上で前転し、そのまま片膝を突いた格好に体勢を整える。
背中に軽いものが広がった感触がする。ゴム紐がちぎれてほどけた髪だった。
「あれ、しくじったかぁ」
今までイブがいた場所にエドガーが現れた。その手が湾曲した刃の短剣を握っている。
一瞬でも回避行動が遅れていたら、と考えてイブは冷たい汗を感じる。
「生き物としての気配までは消せないみたいですね」
「殺気だだ漏れってこと? なら次はりんごを切る気持ちでやってみるよ。ウサギの形にしてみようかなぁ?」
またしても何の予備動作もなくエドガーの姿が透明になる。
「やってられない……!」
イブはその場から全速力で逃げた。
市場の方面へ向かい、朝からお喋りと買い物に忙しい人々の間を縫うように走る。
背後から幾人もの短い悲鳴や怒号が追ってくる。人々が透明な何かに押しのけられて驚いているのだ。その足は速い。
その時、視界の縁に鮮やかな赤いものが飛び込んでくる。
策を閃いたイブは過ぎ去りざまにその赤いものを満杯の袋からひとつかみ握って取ると、背後に迫った透明な気配へ向けて投げつけた。
「――っぐあぁぁ!!」
「お大事に」
顔面に香辛料の粉末をまぶされたエドガーは急停止した。魔法どころではなくなったらしく悶え苦しむ姿が現れる。
その隙にイブは城へ走った。
城門の前で減速すると同時に門番たちに阻まれる。
「今、城は客人を受け付けていない。引き返せ」
「私はエリスティアの騎士、イブと申します。昨夜捕まった友人のことで温情を請いたく参りました」
「友人だと? あの国宝の盗人の?」
頷いたイブの全身を門番たちはざっと見回す。コートの若葉色やレイピアの護拳の形が身分を証明していた。
「確かにエリスティアの騎士のようですね。失礼しました。ですがなぜ囚人に慈悲をお求めになるのです?」
「彼は武人王の盾を盗んでいないからです。私は真の犯人を知っています。せめてそのことだけでもタイヴァス王にお伝え下さい」
門番たちは顔を見合わせると、一人が城内へ走った。
戻ってくるとイブへ敬礼する。
「王がお会いになります。中へどうぞ」
イブは目礼をして門をくぐった。
扉から真っ直ぐに進み、荘厳な謁見の間に入る。
何人かの近衛兵に守られながら、タイヴァス王は脇に控える宰相とともに待っていた。
「そなたが昨夜の侵入者の潔白を訴えていると聞いた。詳しく申してみよ」
「はい。私の友人、クルスは、タイヴァスの国宝を盗んではおりません。武人王の盾は一週間前に別の者が持ち去ったのです」
「そなたはその真犯人を知っているそうだな?」
「エドガーという危険な人物です。彼はクルスに掛かっている賞金を狙っています」
「賞金?」
タイヴァス王の切れ長の目に疑念の色が浮かぶ。
そこへ宰相が慌てたように口を挟んだ。
「調べてみましたが指名手配犯ではないようです。不確かな情報です」
「私人が懸けている可能性もあろう。そちらは調べたか?」
「えー、お時間をいただければすぐにでも……」
「……であれば、早々に囚人へ判決を下すのがよいだろう。くだんの侵入者をここへ連れて参れ」
命を受けた近衛兵が走っていった。
しばらくして、クルスが何人もの兵士に囲まれながら連れてこられた。
兵士の間から目が合ったイブは、少し首を傾げる曖昧な反応を返した。昨日の最後に言い合って別れたことを思い出して、どうすればいいか分からなかったのだった。
「これより王がご沙汰を下される。心して聞くように!」
クルスは兵士に肩を押されて跪かされた。
その銀色の頭を玉座より王が見つめる。
「この囚人の窃盗の嫌疑を取り下げ、無断侵入の罪を不問とし、身柄を釈放する。代わりに武人王の盾を取り戻すよう命ずる」
驚いた宰相が口を空回りさせた。
「お、お待ち下さい! 盾を盗んだ真犯人が存在する証拠はありません。この者たちは信じるに値しないかと!」
「今はそなたの言うとおりだろうな、宰相。だが私は令を覆すつもりはない。まだ反対を続けるか?」
宰相は己へ向いた王の何かを確信しているような眼差しに肩を震わせ、大人しくなった。
王はイブとクルスへ向き直る。
「クルスといったか。面を上げよ。それにエリスティアの騎士イブよ。そなたたちが知る真実があるならば、明日の夜明けまでにそれを証明するのだ。よいな?」
「はい。必ず」
イブは拳を胸に当て、クルスは頷いた。
二人を見つめる王の目は力強い。
一方、宰相は人知れず歯噛みしていた。
釈放されたクルスとイブは城の正面扉の前で再会した。
「……よっ。その髪型も似合ってるぜ」
「……ありがとう」
なんとなく気まずさが漂う。
イブは改めてクルスを窺った。
最後に話してから一晩経つが顔色に変化はない。安堵した反面、なんだか気に入らず、腕を組んで体ごとそっぽを向いた。
「やっぱり正々堂々の勝負じゃなかったね。罠にはまってこのざまだ。僕は止めたのにな。でも一晩牢屋にいた割に元気そうだけど、食事付きのふかふかのベッドで眠れたの?」
「おい、そう意地悪言うなよ。ちゃんと檻の中にいたぜ?」
「言うよ、僕は疲れてるから。それに心配であまり食べられなかったし、よく眠れなかった」
クルスは眉尻を下げた。
「なら一度休みに戻るか? それとも王様を無視してトンズラしちまうか?」
「まさか。倒れるとしたら盾と宝玉を取り戻した後だよ」
先ほどまでの子供っぽい態度から打って変わる。
凛々しい姿へクルスは目を細め、感嘆に似た細いため息をついた。
「……おまえみたいな強くて賢い美人が相棒になるなんて、オレの人生も捨てたもんじゃないよな」
イブは動揺した。端整なクルスのかんばせが際立って魅力的になるような笑みを向けられて。
「助けに来てくれてありがとう、イブ。おまえがいてよかった」
「う、うん……」
落ち着かない気持ちになり無意識に体の前で指を絡めた。
そこへ正面扉が開くとともに咳払いが聞こえて雰囲気が霧散する。やってきたのは宰相だった。
「王の命により、これから宝探しに向かう君たちに助言をしに参りました。我がタイヴァス軍が懸命に捜索している一方で部外者に助力するのは遺憾ですがね」
「それは助かるな。手がかりが一つもなかったところだ」
「でしょうな。ではよく聞いて下さい。オホン……街を山の方面へ出ると地下遺跡があります。昔の街の遺構ですが、噂では今はならず者が住み着いているとか。街の隅々を探しても見つからないならば、我々の捜索もまだ及んでいないその場所にこそ探し物があるかもしれません」
「その遺跡なら聞いたことがある。よし、そこから始めよう」
イブとクルスは頷いて、早速城門へ駆けていった。
二人を見送ることなく宰相は城へ踵を返そうとする。その足元のタイルにクロスボウのボルトが突き刺さった。
「ひゃっ!」
驚きつつもボルトの角度から推測して射手を見上げる。
城の屋根からエドガーが見下ろしていた。遠目でも分かるほど全身から怒気が放たれている。
裏切りの様子を見ていたのだ。
エドガーは、慌てて城の中へ逃げ込んだ宰相をつまらさそうに見逃すと、苛立たしい足取りで立ち去った。目の奥に冷徹さを潜ませながら。