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少女騎士と救国の盗賊  作者: 川霧莉帆
四話 記憶を入れる壺
13/22

13:指輪が見せた姿

 夜更け、イブとクルスの影は占い屋の裏手にあった。村を照らす提灯の明かりもここには届かない。


「すぐそこに人がいるのに、大丈夫……?」


 広場の方を窺ったイブは不安げな声を出す。明日の祭りに先駆けて観光客が飾りつけを見に来ているのだ。

 クルスは暗闇から返答した。


「関係ねえよ。中に入っちまえばこっちのもんだ」

「中に誰か残ってたら? それこそカルメンさんが待ち構えてたりして」

「イブ」


 クルスの片手が正確にイブの肩へ乗る。


「母親のこと知りたいんだろ?」

「……そうだね」

「だったらやってみようぜ。後先の心配なんかしてても何も始まらねえよ!」

「うん、言うとおりだね」


 励ましの声にイブの決心はいよいよ固まってきたが、最後の弱音が出る。


「もし見つかったらどうする? 初犯なら情状酌量してくれるかな」

「おい、捕まったら逃げるんだよ。ほら行くぞ」


 イブとクルスは鍵をこじ開けた裏口から占い屋へ入った。

 クルスの発光石で足元だけを照らしながら室内をさまよう。昼間上った階段とは違う細い階段を見つけ、二階へ上がる。

 占い部屋はテント内のランプが消されておりいっそう真っ黒だった。クルスがテントの中を覗く。


「あった」


 手招きされてイブもテントの中へ入る。

 追憶の壺は他の占い道具とは違い、テーブルの真ん中に置かれていた。


「やっぱりカルメンさんは僕たちが来ることを分かっていたみたいだよ……」

「だとしたら、それでも壺を隠さなかったのは『どうぞ使ってください』って意味さ。協力的で助かると思おうぜ」


 クルスは蓋を取って壺を開けた。


「さあ、指輪を入れてみな。多分そうすれば母親に関係する記憶が見られるはずだ」

「うん……」


 カルメンが番号札を壺に入れることで記憶を読み取ったことを参考にしてクルスはこの方法を提案したのだった。

 イブは革紐に通している指輪を首から外して壺にそっと入れた。クルスが静かに蓋を戻す。


「次は取っ手を握るんだ」

「……クルスさんも一緒に見てくれないかな?」

「オレも?」

「僕たちを引き合わせたお母さんのこと、クルスさんにも知っててほしいんだ。どうかな」


 クルスは切ないような表情で少しためらった後、壺へ手を伸ばすことで答えとした。


「ありがとう。じゃあ、いくよ?」


 二人は壺の両脇についている取っ手をそれぞれ握った。



   *



 広いベッドの天蓋の下で、女神のような薄衣を纏った見知らぬ女性が赤子を抱いている。

 ベッドの脇の男性が赤子へ屈む。何よりも柔らかくて細い指に、小さな指輪をそっと嵌めた。

 その赤子が成長していく。牡鹿の角を模した紋章が掲げられている玉座の間で、少年は青年となる。

 いつしか隣に女性が現れ、父となり、子が生まれる。その子にやはり指輪を嵌める。

 その赤子が成長する。少女となり、女性となり、夫を得て……。

 営みは繰り返される。



 ある時、翠玉色の瞳をした赤子が生まれる。父が指輪を授けてやったその子は、成長するごとにイブの母に近づいていく。

 女性となったイブの母は、紅茶色の髪をした立派な男性と出会う。

 次の場面は盛大な結婚式。大勢の人々が二人の婚姻を祝い、街の大通りに花吹雪が舞った。

 そしてイブの母は子をもうけ、男性は伝統に則って子に指輪を嵌めた。歌うように話しかけながら。


『君の名前はレイナだよ。騎士であり王だった女性の美しい名が、君にはきっと似合うだろう』

『うふふ。この子を騎士にするの、ボニファス? あなたと私の子なら、剣は得意じゃないかもしれないわよ?』

『おっ、手厳しいね。僕はアレックスに敵わなかっただけさ。君の方は才能が目覚める前に修練をやめてしまっただけじゃないかい、ユリア?』

『お父様が過保護なんですもの。きっとこの子のことも溺愛するわ。だからこの子は騎士にはならないの』

『僕も多分、ヨーゼフ様と同じだろうな』


 イブの母――ユリアは、父ボニファスと幸せそうに笑い合う。



 その夜のことだった。

 魔物の軍勢が攻め込んできたとの報があり、眠っていたユリアは甲冑姿のボニファスに起こされて子を抱いた。


『地下倉庫に緊急時用の逃げ道がある。君たちはそこから城の外へ逃げるんだ』

『あなたはいつ来るの?』

『僕はアレックスと共に戦う。王が逃げた国に未来はない。君たちの未来も……』


 剣を抜いたボニファスは最後に振り返った。


『きっとまた会えるよ』


 二人の横顔の影がそっと重なる。

 そして二人は別々の方向へ走り出した。

 ユリアは城の奥深くへ向かい、わけもわからず泣きわめく赤子をあやしながら、隠し通路を見つけ出し、狭くて暗い通路を急ぐ。

 通路の先は城の裏手に繋がっていた。

 街から吹いてくる熱風が頬を濡らす涙を乱暴に乾かす。

 そこへ、誰かが草を踏む音が近づいてきた。振り返ったユリアは、激しい緊張を一旦ほどく。


『テオドル様? エリスティアからいらしたのですか!?』

『おぉユリア様、ここにおられましたか。お子共々ご無事で何よりです』


 エリスティア王テオドルが悠然と挨拶をする。のんきとも言える態度に拍子抜けをしたユリアだが、突如ハッと何かに気づく。


『そんなはずがありません……この子が生まれたことすら、まだ外国に知らせていないのだから。何よりこんなに早くエリスティアから海を渡って駆けつけて来れるはずがないわ』

『多少は頭が回るようだが、絶望が強まるだけだぞ』


 声色と共にエリスティア王の姿が変化する。

 青ざめた肌。頭部に角が生えた若々しい体格。どす黒い魔力の奔流が服装をも禍々しい戦装束へと変貌させる。


『我は魔王なり。ラウニカの王妃よ、この姿を見たからには命は諦めることだ』

『魔王ですって……!? 勇者様の出身地とされるこの地でよくも伝説を名乗れたものですね!』

『それは王への態度ではない。改めよ』


 魔王が指を一振りした途端、ユリアは違和感が起こった喉を手で押さえた。

 口を動かすが、声が出てこない。自分の身に起こった出来事にユリアは目を見開いた。

 魔王は次にわんわんと泣く赤子へ視線を向けた。


『ふむ。妙案を思いついたぞ。その子どもを我に献上するなら貴様も生かしておいてやろう。我がエリスティアの城で育て、我に仕えさせるのだ』

『……!?』

『子の成長を見られずに若き命を落とすのは惜しかろう? さあ、我が元へ来い』


 ユリアは身を捩って激しく葛藤した。

 決断は断腸の思いだったことが目に見えた。

 腕の中の子どもを強く抱きしめたのを最後に、ユリアは子どもを魔王へ差し出した。

 魔王が手を振ると魔法の泡が出現し、赤子を取り込んでユリアから奪い取る。


『騎士の国で生まれた、賢き母と勇敢な父の子だ。きっと良き我が騎士になるであろうなぁ……』


 ユリアは絶望の涙を流しながら、魔王の次の魔法により意識を失い、魔法の泡に包まれた。

 そして魔王は闇色の霧に包まれると、未だ炎燃え盛るラウニカから姿を消したのだった。



  *



「――お母さん!」


 イブは自分の叫び声で夢から覚めたように我に返った。

 いつの間にか胸が苦しくなっている。壺から手を離し、荒くなった息を整えようとするが、感情に衝き動かされて何歩か辺りをうろついた。

 その強張った肩を何者かが掴む。

 当然クルスなのだが、意識が記憶の世界と混乱しかけていたせいで驚いた。


「落ち着け。今のは全部、過去のことだ」

「そうだけど……!」

「しっ。今はここに忍び込んでる最中だぞ、イブ。話の整理は後でしよう」


 イブはまだ何か口走りそうな唇を噛み合わせてぐっと押し黙る。

 だが、もう遅かったようだ。階下の表ドアが開けられて数人が入ってくる様子が聞こえた。


「まずい。逃げるぞ」


 イブは壺から指輪を回収すると、テントを出ていったクルスの後を急いで追った。

 クルスは部屋の全面に張られている黒い布の一面の縁を剥がしにかかった。布の下から窓が覗いたのを見て、イブもやっと意図を理解して手伝う。

 しかし窓を開けている間に、階段を上ってくる足音が早まった。物音で侵入者に気づいたようだ。


「そこにいるんだろうっ!」


 人々がドアを開けた時には既に部屋はもぬけの殻で、占い屋の裏手側に面する黒い布が夜風で少し揺れていた。

 その向こうでは、窓枠を乗り越えたイブとクルスが二階の高さから地面に着地したところだった。


「いてて……」


 イブは脚の痺れに耐えながら膝から土を払う。身軽なクルスは立ち上がって辺りを見回していた。


「一旦ここらから離れて、宿屋への道が安全になったら――」


 言葉を途切れさせたクルスの目線が硬直する。

 明かりを手に提げたカルメンが佇んでいたのだ。彼女は胸に空気を溜めると、顔を建物の方へ向けた。


「皆様、侵入者はここよ!」


 呼びかけで二階の窓から村人たちの顔が覗く。


「先回りするとは、さすがカルメン先生! 今そっちに行きますぞ!」


 村人たちは占い屋に一度引っ込んだ。

 クルスは残念そうにカルメンを睨む。だが先に口を開いたのはカルメンだった。


「確かに壺を置いておいたのはあなた達に使ってもらうためよ。でも協力したわけじゃないわ。あなた達の壺を盗む理由を潰すためよ。どう? 少なくとも彼女の方は、もう盗む必要がないと思ってるんじゃない?」

「…………」


 イブはぼんやりしており、カルメンの言葉に反応しなかった。


「どうやら今は壺どころではないようね」

「カルメンさんよ。なんで次はオレたちを邪魔するんだ?」

「予言の力を使うように頼まれたからよ。ささいなことでも協力して、正確な結果を出さないと、あたくしの信用に関わるでしょう。ここでの暮らしや仕事は気に入っているのよ」


 占い屋から駆けつけた村人たちがイブとクルスの背後を囲んだ。カルメンとの間に挟まれた形だ。

 村人たちは明かりで照らした二人の顔を確認して嘆息した。


「あーよかった。簡単に見つかって」

「宿屋から出ていった様子もないのに部屋にいない、って女将さんが大慌てしたんですわ。まさか村の外で迷子になってんじゃないかって話になったのよ」

「そしたらカルメン先生の店に忍び込んでるんだもの。大事な祭りの前の日に!」


 村人らの様子に怒気が交じる。


「あんたたちのようなバチ当たりは運命の女神様の加護をもらえないよ! かわいそっ!」

「悪いことをしたんなら仕方ない。檻の中に入ってもらわにゃならんね」

「今年のお祭りはおあずけだよ。また来年どうぞ」


 二人は村人たちに取り囲まれて、村の外れへと歩かされた。

 イブは無抵抗と言うにはあまりにも上の空だった。



 村の外れには古い小屋があり、その内側には真新しい木製の檻があった。村人たちは侵入者二人組をそこへ入れて檻のドアに鍵をかけた。


「この檻は、村の客が増えた頃に万が一に備えて作っておいたもんだ。あんたたちが収容者第一号だよ。こっちとしても残念なことだがね。そこで一晩反省してなさい」


 そう言い残して村人たちは出ていき、小屋にも鍵をかけていったようだ。

 クルスは天井から檻の中を煌々と照らす発光石のランタンに目を細める。


「ちっ。未来が見える予言者が相手にいるんじゃ逃げ出しようもねえじゃねえか。ズルだぜ」


 頭の下に両手を敷いて、筵に身を投げ出して寝そべる。

 その目線の高さから首だけ動かし、三角座りのイブを見た。


「イブ、大丈夫か?」


 ややあってイブは振り向いた。クルスは口元を上げる。


「よかった。『イブ』って名前がまだ使えて」

「……当たり前だよ。今までその名前で生きてきたんだから。誰がつけた名前かは分からないけど……」


 イブは細くため息をついて脚を伸ばした。


「お母さんは難民じゃなかった。さらわれたんだ。魔王のことや自分が誰なのかを誰にも知らせることができないように、声を奪われて……」


 クルスも苦い顔をする。


「でも……僕にはちゃんとお父さんがいたんだ。あの二人は幸せだった。だからお母さんを可哀想な人だとは思いたくない。二人を尊敬したいから」

「……そうさ。可哀想なんかじゃない。おまえの間近にいられて、きっと嬉しかったはずだ」


 イブの視線からクルスは顔をそらした。


「そうでなきゃ、最期だってのに、あんなふうに笑ったりしないだろ」


 声が僅かに震えている。

 今頃、彼の脳裏にはエリス湖に消える直前のイブの母――ユリアの様子が思い浮かんでいるのだろう。


「十分に幸せだったのさ。そして幸せに踏ん切りをつけたのさ。でなきゃオレみたいなどこの馬の骨とも分からないこそ泥なんかを簡単に信じられるわけがねえ。おまえに会うために、もっと死に物狂いで足掻いてたハズさ……」

「……クルスさん……」


 イブはクルスの涙声に胸を衝かれ、頭だけ寄り添わせるように斜めに寝転んだ。


「どうして泣くの」

「知らねえ。おまえが泣けよ」


 つっけんどんな返事に微笑み、イブは閉じたまぶたの縁に涙を滲ませた。




 パンパンと竹が爆ぜる大きな音が二人を起こす。

 夜中くまなく明るかった檻の硬い床の上では仮眠するのが精一杯だった。寝ぼけ眼を軽く擦りながらイブは身を起こす。


「おはよう」

「はよ……」


 クルスは不明瞭な声を上げて筵の上で伸びをした。


「あれ。クルスさんが先に起きてないのって珍しいね」

「ん……あんま寝られなかった。明るくて」

「そうなの? あのランタン、下ろせばよかったね」


 調子を取り戻したイブと対照的に、起き上がったクルスは前髪をくしゃっとかき上げてため息をつく。


(無防備なんだよなぁ……オレのこと何だと思ってるんだよ?)


 嘘をついた裏で思い起こすのは昨夜、間近でイブが寝息を立てる姿だった。たまらず寝返りを打って背を向けたが、そんな自分が情けないこともあって薄く紅潮する。

 当のイブは立ち上がって軽く服装を整えていた。


「さっきの爆竹、お祭りの始まりの合図かな?」

「窓がなくて何も分からねえな。いつ出られるんだろうな、オレたち」


 小屋の窓は隙間なく板を打ち付けられているため機能していない。太陽が見えない状況にクルスはうんざりといった様子だ。

 すると、外から小屋のドアの鍵が操作される音がした。ドアを開いて朝の日光と共に入ってきたのはカルメンだった。


「おはよう、お二人共。ご機嫌いかが?」

「カルメンさん。僕たちを出してくれるんですか?」

「そのつもりよ。村の人達はあたくしに判断を委ね、あたくしはあなた達にさっさと村から出ていってもらうことにしたわ」


 そう言うと檻の鍵を解錠してドアを開いた。

 二人は檻から出て、小屋のドアへ向かおうとする。


「その前に言っておきたいことがあるの」


 するとカルメンが頭を下げたので、イブとクルスは思わず背筋が伸びた。


「あたくしから壺を取り上げないでくれて、ありがとう。あの壺はいつか必ずあなた達の望む場所へ返すわ。どこへ返せばいいかは分かってるから、いつか……あたくしがまた力の限界を悟った時にでも、ね」

「気が長い話でしょう」

「そうでもないかも。この村に来たのはほんの二、三年前だもの、まだ未熟者だわ。こう見えて、前はロノンで神官をしていたのよ」

「ロノンの神官? エリートではないですか」


 聖都ロノンの神官は魔術師の中でも特に魔力が高く、回復魔法が得意かつ頭脳明晰な者だけが就ける役職だ。

 しかしカルメンはローブの下で首をゆるく横に振る。


「あたくしは異端だったと思うわ。今と同じように恋愛の予言が得意で、必中を自負してた。でも、ばかだったのよ。自分の軽率な予言が愛を生み出す一方で、憎しみをも生むことになると想像できていなかった」

「憎しみ?」

「ある時、ある人が、予言通りに運命の人と出会えて交際を始めたわ。でもそれは一組の恋人たちが引き裂かれることで始まった関係だったのよ」


 今でも新鮮な後悔があるのだろう、カルメンは赤い唇を軽く噛む。


「一人幸せにすることは、一人不幸にすることかもしれない。人は必ず被りナシの二人組が作れる生き物ではないのよね」

「…………」

「それであたくしは神官を辞して修行に出たの。もう二度と、あたくしの予言のせいで誰かを不幸にさせてはいけないから」

「だから壺を使って記憶を見るのですね」

「そうよ。その人の人間関係を見て『被り』を避けるの。だから本当は縁結び占いなんてものじゃないわ。幸せを求める人が安全な二人組を作れるように誘導しているだけなのよね」


 ふう、と小さくため息をついた。


「長話をしてごめんなさい。時々懺悔したくなることもあるのよ」


 今までとは打って変わった控えめな態度にクルスはどこか居心地悪そうにする。


「あんたの気持ちは分かったよ。壺のことやこっちのことは気にするな」

「ありがとう。二人揃って優しいのね。ねえ、そんなあなた達に、心苦しいのだけど……」


 目深に被ったフードのせいでよく分からないが、カルメンは渋面を作ったようだ。


「なんだ?」

「辛いけど、もうお別れだし老婆心で予言するわ。聞いてくれる?」

「縁結びなら結構だが」

「そうじゃないわ。運命の予言よ。番号札から記憶を読み取った時に見えたのよ」

「良くない予言なんですか……?」


 硬い表情がそう思わせたのだ。

 カルメンは頷くと、クルスへ目を向けた。


「あなた、最も苦しいものと再会することになるわ。それに辛い目に遭うのはあなただけではない」


 クルスは一旦固まっていた顔を、片方の口の端を歪ませることで変えた。


「予言っていう割にぼんやりしてるんだな?」

「あなたのことをよく知らないからこれ以上のことが分からないの。でもこれは言える。顔見知りには気をつけなさい」

「どうも。頭の片隅に置いとくよ」

「……あたくしの予言を話半分に聞く人はあなたが初めてね。稀な体験だわ」


 カルメンは少し不満らしい。


「でもまあなんとかなるでしょう。彼女がいればね」


 と、次はイブへ向く。


「大事な人なんでしょう?」


 イブは頷いた。


「はい。相棒です」

「……そう、相棒ね」


 カルメンの微笑みにクルスは人知れずうろたえた。


「じゃあ、お気を付けて」

「さようなら」


 二人はカルメンを残して小屋を出た。



 宿へ荷物を取りに行き、泊まらなかった一泊分の料金を返してもらうと、二人は祭りで賑わうテアギルを出た。

 来た時のラウニカ側の道ではなく、ロノン側の道へ出てみると、小高い場所から村を一望できる地点があった。

 見ると、村の広場に人が殺到していて、カルメンが皆の前でいかにも魔術師らしく腕を振っている。するとその周囲に光が溢れて村中の花が一度花びらを散らせ、再び咲いた。

 折よく風が吹いて花吹雪が村を包み込み、大歓声が渦を巻く。

 奇跡の光景に二人の目は奪われた。


「……ゼファさんの千里眼を阻んだ大きな魔力の持ち主は、カルメンさんだったんだね」

「違いねえ。お、見ろよ」


 クルスが近くの木の梢に手を伸ばし、実っている小さな桃をもいだ。


「さっきまでなかったはずだ。ここまで力が影響したらしいな」


 それをイブへ寄越し、もう一つもごうと手を伸ばす。

 実は完熟しており傷一つ無い。


「結局、奇跡みたいなすごい力があっても、運命を見出すのは難しいんだね」

「未来が見える力なんて、たまったもんじゃねえよ」


 クルスは甘酸っぱい桃にかぶりついた。

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