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少女騎士と救国の盗賊  作者: 川霧莉帆
四話 記憶を入れる壺
12/22

12:目的変更

 二人は満室の札を掲げている宿屋を何軒も通り過ぎて、やっと見つけた空室ありの札を頼りに民宿へ入った。気さくそうな女将が対応する。


「いらっしゃい、二名様? ちょうど一部屋空いてますよ」

「その部屋を頼む。何泊かは分からないんだが」

「占い屋さんに行くんでしょう。番号はいくつでした?」

「五十五番です」

「そんなら早くても明後日まで待つでしょうねえ。まあゆっくりして行ってくださいな」


 女将が算盤を提示し、クルスが懐から数枚の銀貨を探る。

 そこへ受付の後ろの階段から若い男女二人組が下りてきた。イブたちを見かけると目礼をする。


「あなたたちもおまじないを貰いに来たんですか?」

「おまじない? 何のですか?」

「そんなの決まってるじゃないですか。永遠の愛の誓いですよ!」


 女性が男性の腕にしがみつき、夫婦は暑苦しく寄り添う。

 イブはハッと気づいた。


「僕たちはそういう関係じゃなくて、ただの旅の者です」

「え! じゃあ何をしにこんな辺鄙な村に……?」

「壺を見に来たんです。そうだ、カルメンさんの占い屋に入ったことがありますか? そこに壺がありませんでしたか?」

「もちろん、占いのお陰で夫と出会ったんですもの、入ったことがありますよ。壺なら占い道具の一つとして使われていましたけど……」


 なんでそんな物を? と口には出さない疑問が夫婦の表情に表れている。

 そこへ、女将から部屋の鍵を受け取ったクルスが会話に加わった。


「学術的好奇心ってやつでね。オレたちは考古学的に価値のある物品を調べて回ってるんだ」

「学者さんなんですか? 若いのにすご~い!」

「それで占い屋に行って壺を見せてもらおうと思って来たんだが、時機がいいのか悪いのか、祭りの混雑のせいで最低でも二日は待つことになっちまった」

「あらら。それはじれったいですねぇ」


 すると夫が妻をつついた。


「なあハニー、俺たちは今日の夕方には呼ばれる番号だけど、急がないだろ? この人たちに順番を譲るのはどうかな?」

「まぁっダーリン! それはいい考え! ただでさえカルメン先生は百発百中の予言者だけど、学者さんが認めてくれたらいよいよ無敵だわ」

「そうそう。俺たちを引き合わせてくれたカルメン先生へのせめてもの恩返しになるはずさ。というわけで、これを受け取ってください」


 夫は自分たちの番号札を差し出してきた。

 イブがためらっている間にクルスがにこやかにそれを受け取る。『十一番』と書いてあった。


「これは有り難い。学問の発展を応援してくれることに感謝するよ。ほら、交換してあげようぜ」

「あ、うん」


 イブは五十五番の札を夫婦へ渡した。


「どうもありがとうございます」

「いえいえ。学問がんばって!」


 夫婦は仲良く手を振って宿を出ていった。

 イブとクルスは目配せをし合うと鍵をもらった部屋へ上がる。ドアを閉めると、クルスはこれ見よがしに番号札を手の中でもてあそんだ。


「親切な人もいたもんだな?」


 イブはまだ驚きが抜けていない。


「それらしいことを言い始めたから驚いたよ。事前に考えてたの?」

「おまえが真っ正直に壺の話をし始めた時にな。オレたちの目的に感づかれたらこの先がやりづらくなるだろ?」


 クルスは壺を盗む時のことを視野に入れているのだ。依頼を受けたのだから当然だ。イブとてそれ以外に壺をラウニカへ持ち帰る方法はないだろうと思っている。


「で、百発百中の予言者が占いの道具として壺を使ってるらしいな。いかにも魔法道具っぽいじゃねえか。オレたちは目的のブツに近づいてるかもしれないぜ」

「もし壺違いだったとしても、よく分からない女神様のお祭りは楽しもうね」

「ん? そうだな。せっかくだ」


 クルスは柔らかい返事をした。



 イブとクルスは夕方前に宿屋を出て占い屋へ向かった。受付前は閑散としており、今は二人のように番号を呼ばれるのを待っている者がちらほらいるくらいだ。


「十一番のお客様~!」

「お、呼ばれた。行こうぜイブ」


 クルスは番号札を持つイブを先頭にさせた。


「これって僕が話を切り出す係?」

「オレが後方支援に回った方がうまくいきそうだからな。ほら行った行った」


 イブは後ろから肩を押されて受付へ向かった。店番は番号札を確認して返すと二人へ店内の上り階段を示す。


「二階へどうぞ~」


 少し薄暗い階段を上った先には重厚かつ飾り立てられたドアがあった。

 ノックしようとした矢先、そのドアは勝手に内側へと開く。

 中は窓のない、天井、壁、床すべてが真っ黒な静かな部屋だった。その真ん中に黒い布のテントがあるようで、内側にある色とりどりの光が朧げにその輪郭を浮かび上がらせている。


「――こちらへいらっしゃい」


 テントの中から女性の艶のある声が呼びかけてきた。

 二人は帳をくぐり、モザイクガラスのランプの光の中へ紛れ込んだ。

 クロスを掛けた広いテーブルの向こうに、レースをあしらった黒いローブで目元まで隠している女性が待ち構えていた。


「ようこそ旅人さんたち。あたくしはカルメン。えにしを司りし運命の女神の信徒にして、予言者よ。あなたたちが来ることは分かっていたわ、イブとクルスさん」


 二人は驚かざるをえなかった。

 カルメンは薔薇のように赤い唇をゆるい弧にする。


「さ、座って。上辺のことよりあなた達の内面が知りたいわ。めおとではないあなた達が何を求めてここへ来たの?」

「予言者なら分かるんじゃないのか?」

「人の本心と言葉は往々にして食い違うもの。でもそれが人の良いところなのだから、強大な力で本音を暴き立てるのは無粋だわ」


 クルスは挑戦的に、一方イブは慎重に、番号札を置きながらテーブルの前の椅子に座る。クルスに目配せされてイブが口を開いた。


「追憶の壺という魔法道具を探しに来ました。記憶を見られるという力があるそうです」

「壺? 探して、どうするの?」

「あるべき場所に戻します」

「……あるべき場所、ね」


 カルメンは体をひねると、自分の後ろにある低い棚から黒い布を掛けた大きな物をテーブルへと持ち上げた。

 布を取り去られて現れたのは緑色の壺だ。蓋と側面の取っ手があり、全体が星空のように粒が煌めいている。モザイクガラスを通した色とりどりの光に照らされると、いっそう美しかった。


「これが追憶の壺?」

「特徴は同じだが……」

「ならば次はあなた方のおっしゃるような記憶を見る力があるかどうか、試して差し上げましょうか」


 そう言うとイブの前に置いてあった十一番の番号札を素早く取り上げて壺の中に入れ、蓋をした。

 側面にある二本の黄色い取っ手を両手でそれぞれ掴み、間もなく語る。


「ふぅん。この番号札は元々あなた達のものじゃなかったのね。彼が口八丁で手に入れたものだったんだわ」

「……!」


 イブは冷や汗をかき、クルスは眉を寄せる。


「そしてあなた達には感づかれては困る『目的』がある。でも彼女は彼とは違って物事には誠実でいたいみたい。いいコンビね」

「待った」


 クルスが止めた。カルメンは壺から手を離す。


「この村の中で起きたことを言われても信じ切ることはできねえ。これだけ村人総出であんたを持ち上げて商売してるんだから、小細工があってもおかしくないだろ」

「……僕達のようなお客を村の皆で監視して、この人に報告してるってこと?」

「そういう占い師や自称予言者もいるって聞くぜ。だが問題はペテン師かどうかってことじゃない。その壺が本物の『追憶の壺』なのかだ。オレたちがそれを知りたい理由はもう分かってるだろう?」


 挑発されたカルメンだが、むしろ冷静な表情でまずは一つ小さく息をつく。


「この壺は確かに本物、そしてあたくしの予言の力も本物。だから今まで大勢の人が愛を見つけ出すお手伝いができたのよ。まさか皆の愛まで疑うつもりはないでしょう?」

「なら、壺はどうやって手に入れたんだ?」

「……拾ったのよ」


 カルメンは僅かなためらいを挟んで答えた。


「あれは数年前、予言者としての力を高めるべく修行の旅をしていた頃だったわ。寂しい雑木林で、眠るように事切れている人のそばに転がっていたのを見つけたの。壺の中には人の骨の欠片が入っていて……あたくしは、その人と同じ絶望を見たわ」


 壺の蓋を開けて番号札を取り出し、テーブルへ戻す。その表情は誰かを悼んでいる。


「その時は恐ろしい魔法道具だと思った。でも、だからこそもっと良い使い方を見つけたくて、壺の力を研究したの。そして編み出したのが、あたくしの予言の力と組み合わせた縁結び占いよ」


 カルメンは空の壺を腕で包んだ。


「この壺は生まれ変わったの。もう絶望を見せることはない。あたくしの仕事の相棒にそんなことはさせないもの。そして、これからも愛を探す人たちのお手伝いを一緒にするのよ」


 そう毅然と言い放つ。誰にも壺は渡さないという宣言でもある。

 崩しどころを見つけられなくなったクルスは押し黙る。

 イブは諦めて口を開いた。


「僕たちの目的を分かっているからこその言葉なら、全て本当なんでしょう。もう言えることはありません。帰ろうクルスさん」

「……ああ」


 二人は席を立ちテントを出る。イブは去り際に目礼をした。

 カルメンはひとり、頬を寄せるように壺を抱えた。



 渓谷の村に素早く訪れた夜を、明日の祭りに備えて飾り付けられた無数の提灯が彩り、賑わわせる。

 しかしイブとクルスは宿屋の食堂で夕食をつついていた。他の宿泊客は出かけているため長テーブルが広い。


「――クルスさん。追憶の壺を盗むのはやめない?」


 イブがフォークを置いて切り出した。

 真剣な表情に訴えかけられ、クルスは目を伏せる。


「村や占い師からあの壺を取り上げたくないんだな?」

「うん……」

「ま、そうだな。ゼファのじいさんも事情を話したら分かってくれるだろ。ただそうなると、おまえが壺を使う機会がなくなっちまうが……」


 テーブルに肘をついて少し考える。

 その視線がイブの首元に辿り着いた時、クルスは何かをひらめいた様子で口を開いた。


「あの占い師はオレたちが今夜何をするか分かってたかもな」

「え? 何かするの?」

「忍び込むんだよ。壺を使いに」


 クルスはフォークの先で自分とイブを示す。

 その意に気づいたイブは目を瞠るのだった。

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