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09 朝食パーティでの一件



「フローラさま。少々よろしいでしょうか」

「……はい?」


 ヘルミーネさまのことがあった数日後。

 この国の王子さまに呼びだされたと言って朝早くからでかけるラピスさまを見送ったあと、メイド長のスキーニさんが私に声をかけてきた。


「本日の朝食ですが、よろしければ朝食室でお召しあがりくださいませ。ほかのゲストの方々がフローラさまと食事を共にしたいとおっしゃっていますので」

「え、でも私は……」


 ご飯を食べるにはベールを外さなければいけない。そのため、だれにも見られないよう食事はいままで客室でひとりでとっていた。


 この顔の傷をだれかに見られたくない。遠慮しようとしたとき、スキーニさんの鋭いまなざしが私に突き刺さった。


「ゲストは高名な貴族の方々です。その方々のお誘いを断るとは、主人であるラピスさまに恥をかかせるおつもりですか?」

「そ、そんなつもりは……」

「でしたら、はやく着替えて食堂へいらしてください。遅れたら承知いたしませんよ」

「──はい……」


 ラピスさまの名前をだされたら断れなかった。

 自室にもどり、メイドのアンに着替えを手伝ってもらいながら私は重い溜め息をつく。「だいじょうぶ?」とアンは心配そうな顔を見せた。


「あのババア、古株だからっていつもえらそうなのよね」

「でも、私と一緒に食事がしたいって言ったのはゲストのひとたちなんでしょう?」

「スキーニが唆したに決まってるわ。あいつ、貴族さまの前であんたに恥をかかせようって腹積もりよ」

「え……?」


 どうしてそんなことを。理由がわからず、私は眉根を寄せる。


「ラピスさま、あんたをダシにしてヘルミーネさまとの婚約を解消したでしょう。スキーニはそれが気に入らないの。権威に弱い女だからね。あんたみたいにどこ出身かもわからない子が主人の恋人になって、相当むかついてるはずよ」

「恋人って。あれはただの演技だったのに」

「演技でもいやなんでしょ。──ねえ、やっぱりお腹が痛くなったとか言って断らない? ひどいわよ。記憶のないあんたに、貴族さまの前で食事させて恥をかかせようなんて……」

「…………」


 ベールの下で私は唇を噛んだ。

 突然現れて恋人を名乗る、記憶喪失の謎の女。長年ラピスさまに仕えているというスキーニさんがいい感情を持たないのも仕方ない。


 断って逃げる。アンの言うとおりにしてしまおうか。でも……。


 スキーニさんが言った、『ラピスさまに恥をかかせる』という言葉が気になった。私が行かないことでラピスさまが悪く言われるようなことがあったら。


 ……それだけはいやだ。


 私はベールを外す。頭からかぶるタイプのものと、耳にかけて口元を覆うタイプのもの。両方とも。


「フローラ……!?」


 私は覆いをかけたドレッサーの前に座った。お願い、とアンに言う。


「こんな傷だらけの顔だけれど。……あなたのできる中で、一番きれいな顔にして」

「フローラ……ほんとうにいいの?」

「ラピスさまに迷惑かけたくないの」


 アンはうなずくと、泣きそうな顔で私に化粧をはじめた──。





 朝食室は紅茶と軽食を味わいながら交流を楽しむための部屋、だそうだ。アンが言うには先代の王妃が紅茶好きだったことで生まれた習慣だと言うので、ほかの国ではないのかもしれない。


 アンを伴い、私は一階の東にあるその部屋へと向かう。

 おお、とそこにいた人々の視線が私に集まった。


「あなたがラピス殿の新しい恋人ですか。どうぞよろしく」

「海で拾ったと聞いたけど、労働者の娘なのかしら?」


 如才なく手を差しだしてくる紳士に、小馬鹿にした笑みを浮かべながらささやいてくるご令嬢。

「わかりません。記憶をなくしてしまったもので」と答えるとなにがおかしいのかかれらはくすくす笑いだした。


「これは傑作ね。貴族どころか、どこのだれともわからない人間がラピスさまの恋人ですって!」

「ねえ、もっとこっちに来なさいよ。朝陽が射しこんできれいよ?」


 窓際にあるソファに座っていた令嬢が私に向けて言う。

 言われたとおり私が窓辺に行くと、「──ああ、汚い」と朝陽に照らされた私の顔を見て彼女は吐きすてた。


「化粧でも隠しきれないのね、その傷。聞いていたよりずっとひどいわ。それでラピスさまの恋人だなんておこがましい」

「ふふ、ほんと。怪奇小説にでてくる化け物みたいね」

「ラピス殿は風変わりなご趣味をお持ちと見える」

「…………」


 私は歯を食いしばった。

 自分のことはいい。でもラピスさままで悪く言われるのは……。


「──アン。そこで突っ立っていないで給仕を手伝いなさい」


 スキーニさんの声が聞こえて振りかえると、厳めしいメイド長が紅茶のポットとカップが乗ったトレイを持って部屋に入ってきたところだった。

「申しわけありません……」と悔しそうに言ってアンは部屋をでていく。私のことを気にかけて部屋にいてくれたのだろう。


「本日はカンラリスのゴールデンチップスをご用意いたしました。主人が不在にて恐縮ですが、どうぞお楽しみくださいませ」


 執事長がゲストたちに向けて挨拶をする。

 なぜこんなひとたちとラピスさまが付き合っているのだろう、と私は考えずにはいられなかった。社交上仕方がないのだろうか。


「フローラさま、どうぞ」

「……ええ」


 貴族たちにカップを配ったあと、最後に私のところにスキーニさんがやってくる。

 貴族たちはだれも紅茶に口をつけようとせず、私の動きのすべてをじろじろ見ていた。さあはやくみっともない飲み方をしろ、私たちを楽しませろと言うように。


 私はカップを受けとった。

 持ち手が左側にあったので、カップを回して右手側へ持ってくる。それから、持ち手をつまむようにして口に運んだ。


 朝食室が水を打ったように静まりかえる。

 私がカップをソーサーに置くかすかな音がやけに大きく聞こえた。


「フローラ、すごい……」


 パンが載ったトレイを持ったアンがつぶやく。

「なっ……あなた、記憶を失ってるはずじゃ……」と窓辺の令嬢が呆然と言うけれど、自分でも不思議だった。


 どうしてこんなに完璧な所作をこなせたのだろう?

 まるで以前はどこかの令嬢だったかのように……。


「わ、わたくしテノーヒ・ラッカエシ子爵令嬢と申します。今後ともお引き立ていただきますようラピスさまにお伝えくださいまし」

「あなた、ずるいわよ! 一緒にこの女を馬鹿にしてやろうって決めたじゃない!」

「そんなこと知りませんわ! わたくしを巻きこまないでくださいませ!」


 令嬢たちが勝手にもめだす。私が記憶を取りもどしたときのことを考えてあわてたのだろう。もし私がどこかの令嬢だったら大変なことになるから。

 呆れればいいのか怒ればいいのかわからなくなっていると、「──素晴らしい所作でございます」とスキーニさんが私に向けて言った。


「試すような真似をしたことをお許しください。フローラさまこそ我が主人にふさわしい女性であると確信いたしました」

「あ……でもそれは……」


 ただの同情であって、本気じゃない。でも私がそう言おうとする前にスキーニさんはにこっと微笑む。


「あなたさまの記憶がはやくもどりますように。

 ──今回のことは主人にも伝えておきます。そして、だれとの付き合いを継続してだれとの付き合いをあらためるかよく考えていただきましょう」


 スキーニさんのその言葉にその場にいた貴族たちがはっとする。

 そのあとのみっともない《《とりなし》》を見て、私は今回のことはスキーニさんではなくてかれらがたくらんだことだったのだと気づいたのだった。

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