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27 トロフィセ王国の現状(1)



(なぜ……なぜこんなことに……)


 トロフィセ王国の王と王妃の葬儀は悲しみと混乱のうちに終わった。


 王太子としてすべてを見届けたアルフレッドは城の裏手にある丘で立ちつくしていた。目の前には真新しい石碑があり、そこには王と王妃の名が刻まれている。


 混乱の理由。それは、ふたりが《《病死》》したということだった。

 トロフィセ王国民の平均寿命は他国より突出して長い。それはひとえに聖女の力によるもので、病死という単語は長くこの国では使われていなかった。


 それなのに。


(まさか)


 ──まさか、この国を統べる国王とその妃が病で斃れるなんて。


 葬儀に参列した人々はだれもが腑に落ちないという顔をしていた。

 礼拝堂に集まった王家の者たちも。道の端にならんで出棺を見送った国民たちも。涙に暮れつつも、かれらがこう思っていることは明らかだった──


『なぜ聖女さまはおふたりを救えなかったのだろう?』


 その聖女、カリアは王と王妃が亡くなった日から屋敷に閉じこもっている。

 アルフレッドが使いをやって様子を見にいかせると『ずっと寝込んでいるそうです』との返事。彼女は手紙をよこしただけで葬儀にも列席しなかった。


 彼女の不調はほんとうなのか。

 国王と王妃を治せなかったのはその不調のせいなのか。


 赤い夕陽に照らされながらアルフレッドは唇を噛む。──なぜだ。なぜ父上と母上は病気などで死ななければならなかった……!


 その晩は一睡もできず、夜が明けるなりアルフレッドは馬車をカリアの屋敷へと向かわせた。自分が直接行けば彼女も顔を見せるしかないと思ってのことだ。


 だが応対に出たメイドは「カリアさまはだれも通すなと……」と言うばかりで埒が明かなかったので、「邪魔だ!」とアルフレッドは彼女を突き飛ばして屋敷へと踏み入った。

「あ、アルフレッド殿下」とカリアの母親が泡を食った様子で部屋からでてくる。


「このたびは娘が大変ご迷惑をおかけいたしました。ですがカリアは病気なのです。殿下にもなにかあってはいけません、ここはどうか……」

「うるさい。俺の邪魔をするな!」


 母親を振りはらい、アルフレッドはカリアの部屋のドアをノックする。「おまえ、だいじょうぶか」とカリアの父親が母親に駆け寄るのが横目に見えた。すこし見ない間にカリアの両親は老けこんだようだ。


「──カリア。聞こえていないのか!」


 ドアの向こうから返事がないことに苛立ち、アルフレッドはドアを乱暴に開ける。

「ひっ──」カリアはベッドの上に座りこんでいた。ずかずかと入ってきたアルフレッドを見て顔を引きつらせる。


「お、お許しください殿下。体調が……ずっと優れず……」

「その割には随分血色がいいな」


 ベッドの横に立つとアルフレッドはカリアを見下ろす。

 心労で老けた両親に比べるとカリアは健康そのものだった。ずっと部屋に籠っていたせいか肉付きがよくなったようにさえ見える。


「今朝ようやくよくなったのです。それまでは食事も喉を通りませんでしたわ」

「そうか。なら、治癒活動を再開できるな?」

「それは……。も、もうしばらくお待ちいただければと──」

「黙れ。おまえは聖女だ。病人もケガ人も治せないおまえに価値などない!」


 怒鳴りつけられ、カリアはびくりと体を震わせた。

 アルフレッドは彼女の肩に手を置き、顔を近づけると「治せ。まだこの国にいたいならな」と低くささやいた。


 カリアは唾を飲みこむ。


 彼女が恐怖を顔に貼りつけていることに気づいて、アルフレッドは肩から手を離して優しく微笑んだ。


「──ああ、すまない。怖がらせたな。だが私も父上と母上を亡くして傷ついているんだ、それはわかってくれ」

「え……ええ」

「おまえもふたりを癒せなくてさぞ辛かっただろう。私たちは同じ気持ちだ、そうだな?」


 アルフレッドはベッドに腰かけるとカリアの手を取る。カリアは黙ってうなずいた。


「愛しているよ、カリア。落ちついたらまた今後のことをゆっくり話しあおう。だいじょうぶだ、なにも心配はいらない。カリアは真の聖女で、私はこの国の未来を背負う男なのだから」

「…………」

「またすぐに元通りになる。……いいな?」


 手をなでながらかけられた言葉に、彼女は再び黙ってうなずいた……。





 聖女カリアは屋敷で治癒活動を再開した。だがだれを診るかの判断基準は寄付金ではなく、ケガや病の程度が軽いか否かになっていた。


 理由は『聖女の体調がすぐれないから』。


 国王と王妃の病死。聖女の体調不良。国民たちの混乱は不安へと変わっていくが、擦り傷や軽い風邪を癒しただけのカリアはほっと息を吐きだす。


(やっぱり聖女の力は使える。私は間違っていない……!)


 やがて、彼女も自らの仮病は真実だったと記憶を書きかえる。私はほんとうに体調が悪かった。だから国王陛下と妃殿下を治せなかったのは仕方がない、と。


(私はこの国の聖女よ。だれにも文句なんて言わせないわ)


 けれど、回復から数日経っても彼女が『もっと症状の重いひとを診るわ』と言いだすことはなく──


 ある日、青年が「助けてください!」とカリアの屋敷に飛びこんできてから、彼女の運命の歯車は一気に狂いだす。


「──なんの騒ぎ?」


 彼は頭から血を流している同い年くらいの友人を背負っていた。「階段から落ちてしまったんです。こんなに血が出てて……! お願いします、助けてください!」


 カリアがなにも言わないうちから青年は友人をソファに横たえる。友人は意識があるようで、「いてぇ……」と顔を引きつらせてうめいた。


「だいじょうぶだ、もう聖女さまの屋敷に来たからな。聖女さまが治してくれる」

「──無礼だぞ、突然やってきて治癒を請うなどと!」


 側近の男が青年を怒鳴りつけるが、「お願いします!」と彼は絨毯にひたいをこすりつけた。


「連絡もなしに失礼なのはわかってます。でもお願いします。こいつを見てやってください!」

「帰れ。聖女さまは今日もお忙しいんだ」

「お願いします……! 金なら払いますから!」


 部屋の奥のイスに腰かけたカリアは舌打ちしたいのを堪えた。


(もっと上手く追いかえしなさいよ。ここで断ったら私が悪者じゃない)


「お願いします、お願いします!」と青年は泣きながら叫ぶ。側近の男は面倒くさそうに青年の腕をつかんで立たせて追いだそうとした。


 仕方なくカリアは言う。


「かまいません。それくらいのケガなら治癒いたしますわ」


 青年は感激したようにカリアを見た。


「あ、ありがとうございます! カリアさま、ありがとうございます……!」


 側近の男は「聖女さまに感謝しろよ!」と言って青年を突きとばす。

 カリアは絨毯に膝をつき、右の側頭部から血を流している青年の友人の手にふれた。


(出血は多いけど傷は浅そうね。これくらいなら──)


 カリアはコアをにぎりしめる。

 十秒経って。一分経って。五分過ぎてもなにも起きず、青年は「あの……?」とおそるおそる声をかけた。


「聖女さま、だいじょうぶですか?」

「黙れ! 聖女さまの気が散る!」

「す、すみませんっ」


 目を閉じて集中するふりをしながらカリアは内心焦りはじめていた。

 ……どうして。どうして治せないの……?


(あ)


 そうか。


 カリアはケガ人から手を離し、すっと立ちあがった。そして不安そうにしている青年に言う。


「やはり体調が万全ではないようです。すこしずつ回復していると思ったのですがやはり無理はできませんね。この方はどこかの田舎へ連れていって医者に診せたほうがいいのではないですか?」

「え、で、でも聖女さまはさっき治せるって」

「私は無理をしているのですよ。なぜそれくらいわからないのですか?──ああ、あなたたちのせいでもっと具合が悪くなりました。今日の治癒はもうすべて終わりです。帰りなさい」

「え……そ、そんな……」


「このグズが!」と側近の男が青年を蹴る。「す、すみません……!」と青年は再び絨毯にへばりついて頭を下げた。


 カリアは彼に一瞥もくれず部屋をでていく。


(……ああ、バカらしい。あの男たちが来なければ私の力はちゃんと回復したのに)





 青年は言われたとおり王都を離れ、田舎でひっそり開業している医者に友人を見せた。

 医者は言った。「ただのかすり傷だ。こんなのすぐに治る」


 カリアと側近の男に自分と友人を冷淡に扱われた青年は王都にもどってからこの話を家族や知人に伝えた。やがて。


『聖女の体調不良など嘘だろう』

『聖女は力をなくしつつある』

『聖女は嘘つきだ』

『あの女はほんとうは偽聖女なのではないか?』


 ──そんな噂が王都を中心に広まるようになる。

 さらに──


「あら……?」


 広場の掃除をしていたシスターが、やけに落ち葉が多いことに首をかしげて『生命の樹』を見上げた。


『生命の樹』は。


 空に向かって伸ばしていた枝を力なく垂らし、すこしずつ衰えはじめていた。

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