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18 魔女討伐軍との戦い(2)



「ちょっと休んだら追いかけるわ。ほら、はよ行き」

「でも……ラピスさまだって、こんなに血が」

「斬られたんやから血くらいでるやろ。こんなん俺は日常茶飯事や。それよ……り……」


 急に彼の呂律が回らなくなる。

「なんや、こ……」体から力が入らなくなったかのように彼は倒れかかってきた。あわてて受けとめる。


「ラピスさま!?」

「……ああくそ。毒か」

「え……」

「こいつらの刀やな。シドにさっさと留め刺さんかったんは……傷をつけた時点でこいつらの仕事は終わってたから、か……」


 私は地面に転がっている討伐軍の奇妙な剣を見る。これに毒が塗られていたということ?

 ひとを死に至らしめるほどの……?


「そんな……解毒剤は」

「……さあな。万一のこと考えて、自分たちも持っとる、やろうけど」


 ラピスさまの体からどんどん力が抜けていく。

「探す……時間が……」そう言ったきり、彼は動かなくなった。


「……ラピスさま? ラピスさま……!」


 彼の呼吸の音が止まる。

 カンテラの火がちらちらと揺れる洞窟の中で、私の悲鳴が反響した。


「起きて、起きてください……! ラピスさま……っ!」


 嘘だ。彼が死んでしまうなんて嘘。

「からかわないでください……」と私はつぶやく。


「私だって怒りますよ。ラピスさま、からかわないで起きてください。こんな……こんなの……」


 彼の体からすこしずつ体温が失われていく。

 嘘でも夢でもない。これは現実だと、彼はいままさに息を引きとろうとしているのだと理解して私は青褪める。


「うそ。嘘ですよね、ラピスさま……っ」


 ──こんなとき、


 私が聖女だったら。傷も病も癒すことができたなら。


【やめて】


 ラピスさまを奇跡の力で癒せたら。


【そんなこと考えちゃいけない】


 私に、聖女の力があれば……!


【大聖女になんてなりたくない。私はもうだれも癒さないって決めたの!】


「う……っ」


 頭がずきりと痛む。さっきから聞こえてくるこの声は、だれ?

 これは、私の声……?


 ラピスさまを抱きしめている私の体がうっすら光る。

 陽だまりのように優しくて──あたたかい光。

 その光はやがてラピスさまの背中の傷口にも移って。彼の傷を、毒に侵された体を、治癒しはじめた。


【あぁ……】


 頭の中の声が嘆く。

 そのときには私も"彼女"の正体がわかっていた。


【私はもう、自分の力を使わないって決めていたのに】


 ──私は。

 白い髪に赤い瞳を持つ大聖女、フロウリラだ。





「正確な年代は定かではない。だが、断頭台があることを考えるといまからざっと五百年近く前のことだろう」


 ──私たち三人はシドさんの家のリビングに移動していた。


 あのあと、ラピスさまは不思議そうな顔で目覚めた。『なんや、変な夢見たわ……』とつぶやきながら。


『真っ暗で冷たい海の底に沈んでいく、思ったら急に海面から光が射しこんできてな。そんで俺を呼ぶフローラの声がするんよ。その声を聞いたら全身に力がもどってきて、俺は全力で声がするほうに泳ぎはじめて──』


 光に届いた。そう思ったとき、目が覚めたという。


『ありがとな。フローラが俺を助けてくれたんやろ』


 私はぎこちなくうなずいた。でも、『解毒剤、やっぱあったんか』という問いには首を横に振らなければいけなかった。


『ならどうやって……』


 私は彼から静かに離れた。そして、倒れているシドさんの傍らにひざまずいて彼女の腕に触れた。


 彼女を助けたい。その想いを込めて祈る。


『なっ──』


 ラピスさまを治癒したときと同じように私の全身が光り、シドさんの傷口が光をまとう。みるみるうちに傷口はふさがっていって──光が消えてすこししてから彼女も目を覚ました。


 ──奇跡や。ラピスさまがつぶやいた言葉に、シドさんは不審そうな顔をしていたけれど。


「トロフィセ王国の前身、ゼグエン帝国には伝説の大聖女がいた。彼女がケガ人や病人に手をかざせばどんなひどいケガや病もたちまち癒え、枯れた大地は緑で満たされたという。

 彼女の名をフロウリラ。白い髪に赤い瞳の少女だった。ゼグエン帝国の皇帝は彼女を重用し、いずれ皇子に娶らせることを約束した」


 シドさんの前にあるのは一冊の本だ。研究室のデスクにあった、あのぼろぼろの古い本。

 タイトルは『ゼグエン帝国史』という。


「彼女の人生は順風満帆かに見えたが、彼女があるひとりのケガ人を治癒したことで風向きが変わってくる。その男は隣国の人間だったんだ。

 当時、ゼグエン帝国は隣国と戦争をしていた。皇帝は一度隣国のスパイに情報を盗まれたことでその方面にはとても過敏になっていた。

 どんなケガも病も治せる大聖女は帝国の秘密兵器だ。彼女の存在ひとつで戦況が変わると言っても過言ではない。皇帝はフロウリラが隣国に寝返ったと思いこみ、彼女の処刑を家臣に命じる」


 私は膝の上で自分の手をにぎりしめた。

 あの悪夢。殺気だった男たちから逃げる夢。あれは──フロウリラの記憶だったのだ。


「フロウリラは断頭台で処刑された。だが、皇帝は正気を取りもどすどころかさらに狂っていく。あの女が復讐に来る、なんとしても防がなくてはならない、と怯えはじめたのだ。そしてフロウリラの遺骨を広場に埋め、遺灰で鏡を作った。彼女を帝国の守り神として崇めるために」

「死者の祟りを防ぐため、神として祀りあげてしまった……というわけか」


 ラピスさまの言葉に魔女はうなずく。


「そうだな。しかしそのすべてを見ていた皇子は父を暗殺。父の首を土産に隣国との戦争を終結させた。そして皇帝制度を廃止。自分が一代目の王となり、新たな国の名をトロフィセ王国と改めた。これはゼグエン帝国の言葉で『生命の樹』という」


 私の頭がずきりと痛んだ。その単語は聞きおぼえがある。フロウリラでなく……私自身が。


「王がそう名付けた理由はフロウリラの遺骨を埋めた場所に一本の芽が生えていたからだ。これはいずれ大樹となって国を護ってくれるだろうというわけだ。


 その予感はあたった。『生命の樹』が芽吹いた翌年、ある夫婦の間に生まれた赤子が紅い石──まるでフロウリラの目だな──のようなものを持って生まれてきたのだ。この子の守り石になってくれると思い、夫婦はその石をペンダントにして子供にずっと持たせておくことにした。

 そして子供が四歳になったとき、治癒の力が目覚める。子供は国中の噂になって、王は彼女を城まで呼びよせた。そこで不思議なことが起こった──製作してからずっと曇ったままだった鏡が子供が近づいた途端に澄みわたったのだ。


 彼女はフロウリラの生まれ変わりなのか? 王は慎重に考え、様々な実験をした。そしてわかったが、子供が治癒の力を使うにはコアを身につけていなければならない。これはフロウリラにはない特徴だった。王は子供はフロウリラの生まれ変わりではなく、フロウリラの命を糧にして芽吹いた『生命の樹』の祝福を受けたのだと考えた。


 王は彼女を聖女と呼び、いつかのフロウリラのように重用することに決める。ゼグエン帝国の歴史は闇に葬ることにして。伝説の大聖女など最初からいなかったことにして……。

 だが罪悪感があったのだろう。手記を書き、ほんの数十冊だけ刷らせて信頼のおける家臣にのみ渡した。それがこいつというわけだ」


 これで終わりだ、とシドさんは言った。

 ラピスさまは私をちらりと見る。私はうなずき、「すべて思いだせたわけではありませんが、ところどころ思いあたる個所があります」と答えた。


「フローラはただの聖女ではなく、伝説の大聖女の生まれ変わりだったのか……」


 ラピスさまは驚嘆したように私を見る。

 にわかには信じがたい話だろうけれど、実際に私の力で一命を取りとめた彼はこの事実を受けいれてくれたみたいだった。おそらくシドさんも。


「五百年という節目にこの世にもどってきたんだな」

「……でも、フロウリラは言っていました。『大聖女になんてなりたくない。私はもうだれも癒さないって決めたの』と」

「ケガ人を癒しただけなのにスパイと疑われて処刑されたんだ。逃げたくなるのも当然だろう」


 私の片割れ──とでも呼ぶべきなのだろうか。大聖女の力は目覚めたけれど、私の自覚は『フローラ』から変わりそうにない──フロウリラはほんとうは何事もなく人生を終えるつもりだったのだろう。かつての自分よりずっと力が弱い、ただの聖女として。


 でもなんの因果か私は記憶を失い、トロフィセ王国を離れ。

 魔女に忌まわしい記憶を呼びもどされて、それがフロウリラとしての記憶を思いだす刺激となって。

 大切なひとを助けたいという気持ちがきっかけで……力が完全に目覚めることとなった。


 ──これは、フロウリラにとってよかったのだろうか?


 わからない。彼女にとっては、あのまま眠っていたほうが幸せだったのかもしれない。


 でも私ははっきりと思う。大聖女としての力を取りもどすことができてよかったと。

 助けたいひとを助けることができてほんとうによかった、と。


「思いがけずフローラに借りができてしまったな」

「そんな。借りだなんて思わないでください」

「いや、まったくだ」とシドさんは丁寧に本を閉じて言う。「こういうのを返さないのは魔女としての流儀に反する」


「べつにいいのに……」


 けれどふたりはこそこそとなにか相談しあう。

 ほんとうに気にしなくていいのにと思っていても、お礼になにかおいしいものでもご馳走してくれるのかもしれないと考えるとわくわくした。


 ……そう考えた私は、ラピスさまとシドさんを見くびっていたのだとあとで思い知らされるけれど。

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