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17 魔女討伐軍との戦い(1)



 すぐにキルケの森に向かう、とラピスさまは言った。「フローラはここで……」


「いえ、私も行かせてください。お願いします」

「……危険だ。シドの事情を鑑みると隊を動かすことはできないから、このまま私ひとりで行く。相手の戦力がわからない以上、私だけでフローラを守りきれるかどうか……」


 シドは自国で死刑になったはずの魔女だ。

 彼女を騎士団長として助けにいけば国同士の問題に繋がりかねないということだろう。だから彼は単独で動かなければならず、戦えない私は足手まといにしかならない。


 頭では承知していた。でも──なぜか私は自分のシドさんのもとへ行かなければならないという衝動に突きうごかされていた。

 邪魔はしません、と私はラピスさまに言う。


「あぶないと思ったらすぐにどこかに隠れます。一緒に行かせてください」

「だが……」

「お願いします」


 私が退かないと思ったのだろう、ラピスさまは「わかった」と苦々しそうにうなずく。


「だがスカートでは行くな。スキーニに頼んで男装をしてくれ。それだけでも狙われにくくなるはずだ」



 二十分後、私はラピスさまの愛馬に彼と共に乗って草原を駆けていた。


 ここからキルケの森までは半日。ヤンさんが言うには、魔女討伐隊が彼の店舗兼家を出ていってからすぐラピスさまのもとへやってきたらしいけれど……。


「途中で追いつくのが一番いいが……」


 星明かりで草原はぼんやりと明るい。けれどそれらしき影は見当たらなかった。


 魔女討伐隊は何人くらいで動いているのだろう。シドさんに会ったらどうするのだろうか。

 国に連れて帰る? それとも──


 ……まさかその場で殺すわけがない。私はそう考えようとしたけれど、黒い疑念は移動中ずっと振りはらえなくて。


 私たちの真上に登った太陽に見下ろされながらキルケの森につき、ようやく慣れてきたけもの道を急ぐ。

 だれかが踏みいった──乱暴に踏みいったことは切りおとされたツタや根っこを見れば明らかだった。


「五人、だな……」


 ぬかるみに残された足跡を見てラピスさまがつぶやく。

 ……五人。その意味を考える前に魔女の家に私たちは到着して、


「シルバ……!」


 家の前で伏せっている狼を見つけた。

 シドさんの相棒、銀色の毛並みを持つ彼の背中には血がにじんでいる。


 私は彼の傍らにひざまずいた。息があってほっとするが、狼の彼でこれなら人間のシドさんは、と思わずにはいられない。


 シドさんの家の扉は開いていた。ラピスさまは中を覗きこみ、「先にざっと見てくる。フローラはここにいてくれ」と私に言いのこして入っていった。


 私はシャツの裾を裂いて包帯がわりにした。シルバはうっすら目を開けたけれど、またすぐに閉じてしまう。


 ──いったいなにがあったの? シドさんは……?


 空からは惜しみなく光がそそぎこんでくるのに私の二の腕には鳥肌が立っていた。ラピスさまがもどってくるまでの時間がおそろしく長く感じられる。


 やがて家の中から「フローラ、きてくれ」とラピスさまの声がした。私はシルバに「ここにいてね」と言って、彼の声がしたほうへ向かう。


 ラピスさまは奥の研究室にいた。向かいの壁に添って置かれた本棚のひとつが横にずれ、外の景色が見えている。


「シドはここから逃げたようだ。まだ血は渇いていないからそんなに前のことじゃない」


 血、と言われて私は床に血だまりができていることに気がつく。シドさんは血を垂らしながら逃げたらしく、血の跡が転々と外につづいていた。


「いまから追えば間に合うかもしれない。フローラは討伐隊が引きかえしてきたときのことを考えてどこかに隠れていてくれ。いいな」

「……はい」


 ふたりで行くよりも彼がひとりで行ったほうが速い。私はうなずき、秘密の裏口から外へ出る彼の背中を見送る。


 討伐隊が暴れたのか研究室はひどいありさまだった。ビーカーは床に落ちて粉々に割れ、壁には剣で斬りつけたような痕がある。デスクに開いた状態で載せられた本も真っ二つに切られていた。ただでさえ持っただけでぼろぼろになりそうな古い本なのに。


 ──ラピスさまは隠れていろって言ったけれど……


 物音がしてから隠れても間に合うはずだ。そう思い、私はシルバのもとへもどる。

 ラピスさまがはやくシドさんを連れてもどってきてくれますようにと願いながら、彼が帰ってくるのを待ちつづけた。


 でも──


 ふたりはなかなか帰ってこない。それどころかなんの物音もしない。


 彼が出ていってから何分経ったのだろう。私はシドさんの家を意味もなくうろつき、研究室の裏口から外を見据える。血は茶色くなりはじめていた。


 ──ここで隠れているよう言われたけれど。


 もしかしたらラピスさまは足をケガして動けないのかもしれない。それならはやく助けにいかなきゃ。

 私は周囲を見回し、デスクの足元に短剣が落ちているのを見つける。気安めでもないよりはましだ。


 短剣をにぎりしめ、私は血の跡を追った。





 血の跡は洞窟につづいていた。私は入口に立って耳を澄ます。

 中からはなにも聞こえてこない。でも、ラピスさまも魔女討伐軍もシドさんを追ってこの奥へ行ったはずだ。


 私は胸の前で短剣をにぎりしめ、洞窟に足を踏みいれる。

 蝋燭を探してくるんだったと思いながらせまい道を通りぬけ、手探りで岩場を登る。ズボンを穿いてきたのがこんなところで役立つなんて。


 やがてかすかに金属のなにかがぶつかる音が聞こえてきた。


 ──剣で打ち合っている……?


 私は息を殺し、音を立てないようにして奥へと進む。

 細い道の先にぽっかりと開いたスペースがあった。地面に置かれたカンテラのおかげでそこにいるひとたちの顔が見えるほど明るい。


 私は壁から突きだした岩の陰に隠れ、様子を窺った。


 奥に倒れているのは……シドさん。左腕から血を流している。


 その前には五人の男たちが立ちふさがっていた。みんな変わった刺繍の入った服を着ている。彼らが魔女討伐軍で間違いないだろう。


 入口に背中を向けて彼らと対峙しているのはラピスさまだ。剣を抜いて斬りかかる隙を窺っているけれど、相手の数が多いためなかなか攻撃できないようだ。討伐軍に押されているように見える。


 ──あのラピスさまが……。


 討伐軍はみんな反りかえった剣を持っている。三日月のようなそれもラピスさまが斬りこめない一因のようだった。間合いが測りにくいのだろう。


 彼の邪魔にならないよう隠れていることしかできないのが歯がゆい。それとも、岩から急に出ていって討伐軍の注意を引いてみる? 上手くいけばいいけれど、もしそれでラピスさまが気を取られたら逆に絶好のチャンスを与えてしまうことになる。


 ……ダメだ。私は動けない。


「U-L■XIY・G■Y■N!」


 討伐軍の真ん中に立っている男がなにか叫ぶ。

 上手く聞きとれなかったけれど、それはどうやら仲間たちへの号令だったらしい。四人は呼吸を合わせると同時にラピスさまへ斬りかかる。


「……っ!」


 私は口元を両手で押さえた。相手は四人、逃げ道はない。

 絶体絶命の状況にラピスさまは──


「……あぁ、やっと連携してきよったか」


 不敵に笑うと。

 たった一太刀で、四人全員をなぎはらった。


「G……NN■……」


 腹を切りつけられた男たちはぽかんとしたあと、膝からその場に崩れ落ちる。

「だれかひとり斬ろうとすればだれかが俺に斬りかかってくるし、参ったわ。全員攻めてくるときやないと動けへんかった」と言いながらラピスさまは剣を振ってそこについた血を振りおとした。


「さ。あんたもおとなしくシバかれとこか」

「…………」


 残ったリーダーの男は無言で後ずさる。「どこに逃げる気や」とラピスさまに言われて剣をにぎりなおした。

 そしてラピスさまに斬りかかったけれど彼のほうが速かった。男は左肩から右胴体まで斬りつけられる。

 なのに、


「…………」


 男は不気味に笑って。


「ラピスさまっ!」

「……あ?」


 次の瞬間──ラピスさまは背中を斬られていた。

 気配すらなく起きあがった四人のうちのひとりの男に。


「……くそっ、」


 ラピスさまは力を振りしぼってその男の腹を刺す。男は倒れたけれど、その顔は本懐を遂げたかのように笑っていた。


 ひとりだけじゃない。

 ラピスさまに斬られ、地面に倒れたはずの男は、全員──。


「ラピスさま……っ!」

「フローラ……すまん、油断してもうたわ」


 彼は地面に片膝をつく。

 出血がひどい。すぐに手当てをしなければ。


「私が肩を貸して……ああ、でも、シドさんが……」

「……せやな。先にシドを家まで連れていったり。魔女の家なんやからとっておきの薬があるやろ」


 私はうなずく。「でも、ラピスさまは……」私が言うとラピスさまは力なく笑った。

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