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15 私の正体は……



『おかあさん……おとうさん……。うそ……』


 私はひとりで家で留守番していた。突然『大変だ!』とだれかがドアを叩いたかと思うと、木でできた担架がふたつ運びこまれてきた。


 担架の上には私がよく知っている姿。


『馬車の事故だったんだ。見てたひとによると、馬が土砂崩れに驚いて暴走したらしい』

『ああ、だからあんな大雨のあとにでかけなきゃよかったのに』

『なんでも今日じゃなきゃいけなかったとか……』


 おとうさんとおかあさんは寝室のベッドに移された。ふたりとも全身にひどい傷を負っていて、私が呼びかけてもぴくりとも動かない。

『だいじょうぶか、フローラ』と中年の男性が私の肩に手を置く。


『フローラ! なにがあったの?』


 騒ぎを聞きつけたらしい子供たちも家に入ってきて、なにが起きたのかを悟ると私を慰めはじめた。しばらくうちに来たらいいわ、と言う子もいた。


『おかあさん……おとうさん……』


 私はふたりが眠るベッドに近づき、母の血で汚れた手をにぎる。

 もう無理だ、と大人のだれかが言った。


『ふたりとももう息をしてない。たとえフローラでも、死人を生きかえらせることはできないよ』

『……っ』


 私のせいだ、と思った。

 今日はふたりの結婚記念日だった。だから大人のひとたちに協力してもらって街で評判の舞台のチケットを取ってもらった。


 ふたりで行ってきて、と言って私が渡したそれを無駄にしないために──ふたりは、雨で地盤がゆるんだ中をでかけていったのだ。


『ごめんなさい……っ』


 私は母の手をにぎり、もう片方の手で首から下げているなにかをにぎりしめる。

『治って! 治って……!』涙まじりに叫びながら。


『おかあさん、おとうさん! 私をおいてかないで……!』


 …………





 ふたつめの傷を消してもらうかわりによみがえったのは両親を亡くした記憶だった。


『禁忌の魔女』の家のリビング(なにか探していたのか、あちこちに本が散らばっていて足の踏み場はないけど)で私はラピスさまとシドさんに見たものを伝える。


「フローラの実の親は亡くなっていたのか……」と思案げにラピスさまがつぶやく。「もしかして、それで修道院に?」


 孤児となった私をそこが引きとった、というのはありそうだ。

 シドさんにもラピスさまに拾われて以降のことを話しておいたので、「そして貴族の養女となった。シスター服を着ていたのは養女となってからも奉仕活動はつづけていたからだろうな。これならつじつまがあう」と彼女も納得したようにうなずいた。


「でも……気になることがあるのです。前回の記憶では、私は子供たちに悪魔と呼ばれていました。それから三、四年くらいでしょうか……。もうみんなそんなことなかったかのように私に接していました。なにかあったのでしょうか」

「フローラの魅力に気づいたんだろう」

「我慢の限界がきたおまえが何人かシメたんじゃないか?」

「…………」


 申しわけないけど、この意見はあんまり参考にならない……。


「あと……おそらく近所のひとだと思いますが、『たとえフローラでも死人を生きかえらせることはできない』と言っているひとがいました。この言葉、すこし不思議じゃないですか?」


「そうだな」とラピスさまが後を引きとる。「その言い方だと──《《死んでいなければどうにかできる》》みたいだ」


 それを聞いて楽しそうにシドさんが両手を広げた。


「ようこそ、魔女の世界へ」

「あなたは死んでるひとをどうにかしようとしたんでしょう……?」

「フローラが首から下げていたものというのも気になるな。なにかははっきり見えなかったか?」

「そう、ですね。普段は服の下に隠しているんだと思います。親指くらいのサイズで、手触りは石みたいな感じでした」

「前回のときもそれはつけていたのだろうか」


 石を投げられたショックでそこまで気が回らなかった。

 私は目を閉じて記憶を探り、「たぶんしていたと思います」と答える。


「小さなときからしていたなら……その国に伝わる魔よけの石とか」

「そうだな。母親から娘にジュエリーを贈った可能性もあるが、前回のフローラはいじめられていた。いじめっ子に没収される可能性もあるのに高価なものをつけて学校に行くとは考えにくい」


 ラピスさまとシドさんの考えを聞いた上で、私はふたつの記憶について考えてみる。

 魔よけ石はありそうだけど、


「ほかの子はそういったものを身につけていなかったと思います。私の家独自のものだったのでしょうか」

「ふむ……」


 ラピスさまは顎に手をあて、


「ひょっとしたら、それはフローラの力を引きだすために必要なものだったのかもしれないな」

「え?」

「フローラの行動はこうだな? ペンダントをにぎりしめて、もう片方の手で母上の手をにぎっていた。『治って』と叫びながら。

 まるでそのペンダントに傷を癒す力があるみたいじゃないか」

「────」


 私はぽかんとする。

 傷を癒す、なんて。そんな魔法みたいな……


「いや、待て」とそのときシドさんが言った。「聞いたことがある。レトレ大陸にあるトロフィセという国の伝説だ。《《そこには》》、《《どんな病もケガも治す聖女がいるという》》」


 聖女。その響きに息を呑んだ。


 聞きおぼえがある。いえ、それだけじゃない。


 私は、かつて聖女そのものだった──。


「まさか」


 私の顔色が変わったのを見てラピスさまが言う。「まさか、フローラがいた国というのは……」


「ここだ」シドさんは壁に貼りつけてあった地図を剥がし、テーブルの上に置いた。「トロフィセ王国。間違いない。大樹の加護を受けたという神秘の国だ」


「そんな……」


 ラピスさまは愕然としたようだった。目を見開いて地図を見ている。

 トロフィセ王国は海を挟んだ大陸の中心部にあった。ラピスさまが私を拾ったという地点からは遠く離れている。


「こんなところから流されてきたの……?」と私がつぶやくと「べつにそうとは限らん」とシドさんが言った。


「旅行中に船から落ちたのかもしれない。だがもし、この国からおまえが流されてきて生命を取りとめたというのなら、それこそが聖女という奇跡の存在であることの証明になるだろう」


 私は思わず自分の胸元に手をやった。でもそこにペンダントはない。

 聖女の癒しの力を使うために必要なら、絶対に肌身離さず持っていなければならないもののはずだ。なのになぜ? 海に流されたときになくしてしまったの?

 それとも……。


「ここからだと一週間以上はかかるか。だが行けない距離ではないな。どうする?」

「…………」

「フローラの正体──見極めに行くか?」


 シドさんに問いかけに、私もラピスさまも答えることができなかった──。





「……意気地がないと思われるかもしれへんけど」


 前回のように帰りは村長の家に泊まった。

 ベッドに横になった私に、イスに座ったラピスさまが小声で話しかけてくる。


「フローラの国に行くの、すこし待ってくれへんやろか」

「……なぜですか?」

「来月な、海辺の町のほうで豊漁祭があんねん。船の上からあがる花火がそらもう見事で、国中の人々が集まるんや。フローラが国に帰るなら、それを見てから帰ってほしいと思ってな。もっとも顔の傷のことがある。なにがあったか調査してからでないと送りだせへんけど……」


 ……やっぱり。その国に行ったら、私はもうラピスさまと会えなくなるのだろうか。


 ルシラード王国からトロフィセ王国までは一週間以上かかるとシドさんは言っていた。気軽に行き来できる距離じゃない。

 なによりも……


「フローラの婚約者にもよろしく言っといてな」

「まだいると決まったわけじゃ……」

「いやいや、聖女さまで貴族のご令嬢やろ。おらんほうが不思議やわ。きっと、今頃血眼になって探しとると思うで」


 なによりも──記憶をなくす前の私の立場がそうさせないかもしれない。


 私が聖女だなんてにわかには信じられないけど。もしそうだったら、私は……絶対に帰らなくてはいけないだろう。

 聖女という存在がそう何人もいるとは思えない。国の人々はケガや病気を治してもらえなくて困っているはずだ。


『帰らなくてはいけませんか?』


 なのにそんな言葉が喉元まで出かかって驚く。


 どうして。私の故郷のはずなのに。

 国に帰れば、もうラピスさまに迷惑をかけずに済むのに。


「……そんな顔すんなや。これでめでたしやろ?」

「…………」

「国に帰れば聖女の力ももどるかもしれへんで。そや、国のひとたちもフローラが消えて困っとるわ。はよ帰ってやらなあかんな、これは」

「ラピスさま──」

「頼むから喜んでくれや、フローラ。せやないと」


 一瞬だけ彼は声を詰まらせる。「フローラのこと、俺がさらってしまうわ」


 私はなにも言えなくなる。


 彼の私への想いは同情でしかないのに。

 どうして、そんなに辛そうに言うのだろう──。

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