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01 奇跡の聖女



 トロフィセ王国。『生命の樹』と呼ばれる大樹を中心に発展したこの国には奇跡の聖女と崇められるひとりの少女がいた。


 名を、フローラ・スノウベル。

 白い髪に赤い瞳を持つ彼女はその特異な容姿から"異端者"と呼ばれ、かつては蔑まれていたが、聖女だけが持つ癒しの能力が桁違いに強いことと献身的なその性格からいつしかこの国にいなくてはならない存在となっていた。


 やがて、だれもがフローラがこの国にいることは当然だと考えるようになり。


 彼女がいなくなったときのことなど。

 だれも、想像すらしないようになっていた。



+++



 トロフィセ王国の大聖堂は今日も朝から人々でいっぱいだ。

 縦長の窓を通して射しこむ陽光が私を照らしだす。白い清潔なローブに身を包んだ、"異端"の聖女を。


 聖女は生まれつき治癒の力を持つ。


 そしてその力を引きだすには、聖女が生まれてきたとき手ににぎりしめているという『コア』と呼ばれる宝石に似た石が必要だ。

 色はみんな赤色をしており、聖女の力の濃さにあわせて濃度が濃くなる。私のコアは目が覚めるように深い紅だ。


「聖女さま、ほんとうにほんとうにありがとうございます……!」


 老女、サラネさんが涙を流しながら私の手をにぎりしめてきた。

 さっきまで歩けなかったその足は──ここまでは息子に背負われてやってきた──いまはしっかりと大地を踏みしめている。


 私は心からの笑みを返した。


「いいえ、すべては大樹の思し召しです。私はそのお力をみなさまにお分けしているだけ。今日は無理せずおうちで安静になさってくださいね」

「ああ! フローラさまはなんて素晴らしい方なんでしょう……!」

「ほんとうにありがとうございます! おふくろがまた歩けるようになるなんて──俺は、俺は……っ!」


 サラネさんとその息子のケトさんは泣きながら私に頭を下げる。

 周りのひとたちも「なんて素晴らしい……」「さすが次期王妃だ」ともらい泣きしながら私を称える。さすがに気恥ずかしかった。


「フローラさま、アルフレッド殿下とはいつ結婚するの?」

「こ、こら!」


 膝に擦り傷を負った子供が無邪気に私に問いかけてくる。目の前でくりかえされる奇跡を見ているうちに痛みを忘れたらしい。

 付き添いの母親があわてて叱り、「すみません」と私に頭を下げた。いいんですよと私は返す。


 この国では女性は十八歳から結婚できる。

 つまりあと半年。そうしたら盛大な結婚式をやろう──と、アルフレッド王太子殿下からは言われていた。


 ちなみに婚約披露宴はすでにおこなわれている。

 国を一周する盛大なパレードに、お城でおこなわれた二日間に渡るパーティ。この国の人々だけでなく友好国からもたくさんの来賓がきて、平民あがりの私は殿下に恥をかかせないようにするだけで精一杯だった。


 ──初めの頃は、めずらしい白い髪と赤い瞳のせいで偏見にさらされていたけれど。


 どんな難しい怪我や病気も逃げずに治癒してきたおかげだろう。

 いまではこの国のだれもが私がここにいることを赦してくれている。そして聖女としての功を認められて侯爵家の養女となり、いずれこの国を統べるひとと婚約までできた。


 私はただ聖女としての役目を果たしていただけ。

 貴族令嬢になることも、ましてや王太子妃になることなんて考えもしていなかった。


 だから嬉しさよりも恐れおおい気持ちのほうが強いけれど──でも、アルフレッド殿下はいい方だしこの国のひとたちはみんな優しい。

 これからもこのひとたちのために生きていこう、と私は人々の顔を見回して決意する。


 陰で育っていた悪意になんてなにも気づかずに。



+++



 豊かな茜色の髪を持つ侯爵令嬢、カリア・レイクエスト。彼女は大聖堂の窓からフローラが老女の足を治す一部始終を見つめていた。


 彼女もコアを所持する聖女だがいまではもうだれもそんなことを覚えていない。

 彼女の聖女としての力は弱く、せいぜい小さな切り傷を癒す程度で、フローラのように萎えた足を治すことなど到底不可能だった。


 それは生まれついての差というよりも、彼女が聖女としての役目を果たすことを面倒くさがって修行を怠ってきたところによるものが大きい。毎朝と毎夕の大樹への祈りなど簡単に手を合わせるだけだし、そのときの祈りの言葉など半分も暗記していない。

 治癒行為とはべつにおこなわれる、困窮した人々への奉仕活動もバカらしくてすべて都合をつけて断っていた。聖女としての心得を学ぶ勉強会もくだらない。時間の無駄だと考えていた。


 なにより、他人の怪我を治すときのあの感覚が気持ち悪いのだ。

 自分の体の中を無数の小さな蛇が通って外へと逃げだすような、あのなんとも言えない感覚。そして──一瞬ではあるものの──聖女は対象が負った傷と同等の痛みを体に受けなければならない。


 そんなことやってられない、がカリアの本音だった。

 私はコアをにぎりしめて生まれてきた。それだけで特別扱いされるには充分でしょう? と。


 彼女がペンダントとしてぶらさげているコアはほぼ白に近い赤。

 なので、彼女がいま大聖堂にいないのは当然の結果とも言えるが──


(……不吉な白髪に赤い瞳。みんな、最初はあの子を悪魔の子だと言ってきらっていたのに。石を投げてた子だっていた。なのに、いつのまにか手のひらを返して……!)


 カリアは歯ぎしりした。


 フローラがいなければ自分はこの国で唯一の聖女となる。

 そうなれば王太子妃になるのは自分だった。あそこにいて、人々から感謝されるのは自分だったのに……!


(あの女さえいなくなれば)

(──いいえ、ちがう。ただいなくなるだけじゃ物足りない)


(それよりももっと酷い目に合わせてあげる)


(私から聖女の座を奪ったあの女を絶望させてあげる……)


 カリアはその美しい顔に不吉な笑みを浮かべた。



+++



 その日の務めを終え、私は石畳の広場へと向かった。


『生命の樹』と呼ばれる大樹が中心にある円形の広場はこの国の心臓と言ってもいい。子供たちが歓声をあげながら走りまわり、屋台からは活気のある声が聞こえてくる。

 いつものように大樹に祈りを捧げながら、私は微笑まずにはいられなかった。今日もこの国は平和だ。


「フローラさま、これどうぞ!」

「あら、いいの?」

「うん! いつもありがとう!」


 母親に連れられた小さな女の子が私に白い花の冠を渡してくれる。

 私がお礼を言って頭に載せると、「フローラさま、天使みたい」と女の子ははしゃいだ。


「聖女さま、よかったら持っていきな!」

「この前のお礼です。妻がほんとうにお世話になりました」

「フローラさま、よかったら握手してください!」


 歩いているだけであちこちから声をかけられる。

 広場を通りぬける頃には私の両手はフルーツやパンが入った紙袋でいっぱいになっていた。


 私の両親は私が物心つく前に馬車の事故で亡くなってしまった。それから侯爵家の養女となるまで国の修道院で育ったため、私に家族というものの記憶はほとんどない。


 だからこんなふうに人々が私を愛してくれることが嬉しかった。

 私を養女にしてくれたスノウベル家からは馬車を使うように言われているけれど、大聖堂から屋敷までは歩いていける距離だし、こうやって歩きながらみんなの顔を見るのが毎日の楽しみでもある。


 もし家族はいるのかと聞かれたら私は迷わずこう答えるだろう。

 この国の人々みんなが家族です、と。


「あっ……」


 広場を抜けて細い通りに入ったところでリンゴが袋から転がりおちた。ゆるやかな傾斜にしたがってころころ転がっていくそれを追い、私は路地に入る。

 そこでだれかがリンゴを拾いあげた。


「──どうぞ」

「あっ、ありがとうございます!」


 黒っぽい服を着た青年だった。彼は私が持つ袋にリンゴを載せ、「失礼ですが、フローラさまですか?」と聞いてくる。


 この国の人々はみんな私の顔を知っている。わざわざ尋ねてくるということは旅行客なのだろうと思いながら「ええ、そうです」と答える。


 彼はぱっと笑顔になった。


「ああ、よかった! 実は母親が心臓をわずらっていまして。奇跡の聖女さまに治していただくために村のみんなで旅費をだしてここまでやってきたはいいのですが、聖女さまにお会いするにはどうすればいいのかがわからなくて……。お疲れのところ大変申しわけないのですが、宿まできて母を治癒していただくことは可能でしょうか?」

「ええ、もちろん」

「ああ……! 噂通り、フローラさまはお優しいお方だ」


 感極まったように言い、青年は「こちらです」と路地を先に進む。

 ……どうして裏通りから? 疑問に思ってためらうと、「こっちのほうが近道なんですよ。宿の主人に聞きました」と私の心を読んだように青年は言った。


「ああ、そうなのですね」


 疑問が晴れて私は青年のあとについていく。

 正直に言えば、百人を超える人々を治癒したあとで体はふらつきそうだったけれど、私の噂を聞いて他国からやってきたひとを放っておけない。


 もうすこしだけがんばろう。私がそう思ったとき、


「──バカ聖女め」


 いままで話していたのと同一人物とは思えない声で青年が言って。

 突然、ポケットから折りたたみナイフをだすと私に切りかかってきた。

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