蚊のいない世界
【第86条:蚊は、存在しない】
法律を自由研究で調べたいという息子に、一覧を見せた。
「蚊って、なぁに?」
そんなことを言う息子が、衝撃だった。
◇ ◇ ◇
夏に外に出ると、黒と白の縞模様の脚をした虫が飛んでくる。
その虫に刺されると、どんな人でもたちまちのたうち回ることになる。
刺された部分が赤く膨れ上がり、掻かずにはいられない。
そして掻いた場所の皮が剥け、血が流れる。
……そんな凶悪な生き物、「蚊」。
だけど、今その存在は否定されている。
理由は、生類憐みの令でのトラウマから……みたいなことがまことしやかに囁かれているが、本当は違う。
本当の理由は、政府が「蚊という生き物の存在を認識しなければ刺されない」という陰謀論を信じているからだ。
もちろんそんなことはない。実際、知らなかった息子だって刺されている。
でも、かゆい原因が「蚊」だとわからないから、政府としては問題がないのだ。
そして、蚊が媒介する感染症に悩まされる政府は、どれだけ市民にバレずに蚊を退治するかに躍起になっている。
だからこそ、否定し続けなければいけないんだ。
……面倒な世の中だね。
そう思いながら私は椅子から立ち上がった。
私は今、そんな政府を率いる総理大臣なのだ。
まじで刺されたところがかゆい。
掻いたら血が出て痛い。
絆創膏貼ってる。