ニコラ・ルイスの幸福な終わりについて
ニコラ・ルイスの生涯は喜びに満ちていた。
人類最後の生き残りたち。
滅びの淵にあるこの国においてもなお。
同じ年頃の子たちと違い、飢えることもなく、奪われることもなく、棄てられることもなかった。
ゆえに。
死が。
100万の獣が。空を埋め尽くす竜が。
がらんどうの骸が。異形なる闇が。
今まさに全てをすり潰さんと迫り来るその最中でさえ。
「ああ、幸せなのさ。僕のジョン・ドゥ」
彼の胸中には喜びがあった。
「学舎での勉強は楽しかったし、父と母も優しかった。魔術はあまり得意ではなかったけれど、農学と経済は得意でね。荒れ果てたこの国だって、食べるには困らないようにする自信もある。だから」
すぅ、と。息ひとつ、はいて。
「僕の未来は、魂は。奴らを灼き尽くすには充分だろう。これ以上の幸せなんて贅沢ってものだよ」
自己犠牲呪文。
本来は高位の僧侶のみが使える御業であって、命と引き換えに破壊をもたらす禁呪のひとつ。
そして。
その威力は使用者の魂に刻まれた可能性に比例する。
故に。こどもが。
それを使うためだけに誂らえられたこどもたちが。
僅かに残る社会リソースのほぼ全てをつぎ込まれたこどもたちが。
平野に百人。
大きく間隔をあけながら散らばっている。
そしてそれらすべてで最期の別れが告げられているのだ。
「僕の後ろには、どんな理由があったにせよ優しかった人達がいる。それに」
ぽんぽん、と。まるで子をあやすようにニコラはジョンの頭を撫でた。
「隣には君がいる。ただ一人、僕の為に泣いてくれた僕のジョン・ドゥ」
それで。
ジョン・ドゥは自分たちが、なぜここにいるのか、思い知った。
理由だ。
喜びとともに命を砕かせるために与えられた優しいもののひとつ。
泣いて拒んでみても、堪えて背中を押したとしても。
何をしても彼の決断を変えられないのに、何をしても爆発の最後の一押しになるのだ、と。
自らの手で得たはずのささやかな友情すら、彼を殺すために用意されたものだと。
ジョン・ドゥは理解した。
けれど。その痛み。その悼みこそ。
「ああ、幸せなのさ。僕のジョン・ドゥ」
深く。深く。傷になって。
そうしてくれるならきっときみは。
僕を想って生きてくれる。
僕ができたはずのこと全てを果たしてくれるとも。
そう、心の中でニコラ・ルイスは呟いて。
幸せのうちに力ある言葉を口にした。