ep.5 異常体
私は洞窟をまっすぐ降っていく。岩がゴツゴツしているから、足場には困らないが、若干湿っているのもあり、かなりつるつるしていて滑りやすそうだ。
下に降りれば今度は水たまり、雨水なのか地下水なのか、どちらにしろビシャビシャになるのは避けたかったのに……
だけど、幻影はまだ洞窟の奥まで続いていた。もうここまで来たら行かないわけにはいかない。
青白い炎は、私が作った幻影だが、その奥にあるのは赤く光る何か。光はかなり強く、わりと目立つような位置にある。何で今の今まで気づかれなかったのだろう。
「……これ……明らかに人工物だよね……」
幻影が途切れ、そこにあったのは赤く光る立方体。
自然物とは思えない。NPCが置いたものか、それとも他のプレイヤーか、触ったらすぐにそいつが駆けつけてくるなんて事態にならなければいいけど。
「……少しだけ……少しだけね」
私は立方体に触れる。それはまるで実体など無いかのような感覚だった。触れても感触はほとんど感じない、強力な幻影だと思える。
幻影……か、エクスは今までにいた『幻術師』は、片手の指で数えられる程度しかいないと言っていた。
その内3人が既にゲームオーバー、その内、ということは、少なく見積もっても私を含めて5人、含めなければ4人は居たということになる。
私が触れるてしばらくすると、その立方体がスゥッ、と、霧のように消えていく。
その時、私は触れた左腕に違和感を感じた。
「……なんか変な感じ……おかしな術でも受けたかな」
それならステータス欄に状態を指し示す欄があったはずだ。それを確かめればいい。
プレイヤー名:フォース
登録本名:御津月衛二(絶対秘匿情報)
性別:女
実質レベル:1
成長レベル:Ⅰ
職業:『幻術師』
――――――
物理攻撃力:75
物理防御力:70
瞬発力:100
持久力:75
MP:145/150
HP:100/100
――――――
状態:正常
使用可能スキル:『幻Ⅰ』『(ERROR)』
ユニークスキル:『幻影灯』
称号:なし
「……状態は正常……だけどこれは……!」
明らかにやばい。どうやらあの立方体はとんでもないものだったらしい。
『(ERROR)』だなんて、堂々と書いてくれて助かるっちゃ助かるが、それとこれは全く話が別だ。おそらくこの空間の理からも外れた何物かなのは間違いない。
「エクス!これ何!?このスキル!」
『?それはあなたが編み出したスキルでしょう?』
「それは『幻影灯』でしょ!もう1つの方!『幻Ⅰ』とも違うこれ!」
『?……何を言っているのか分かりませんが……』
血の気が引いていく感じがした。まさか、ゲームマスターたるエクスすらも知らない!?何でそんなスキルが……
もしかして私……とんでもない陰謀に巻き込まれるのでは無かろうか。
そうならば、左腕はしばらく封印だ。まだ違和感は消えないし、暴発したとき何が起こるか未知数だ。
「洞窟から出るかな……はあ、ひどいことになったよぉー」
とにかく、このことはバレたらマズイ。最悪世界全体でお尋ね者なんてことにも成りかねない。
洞窟をなんとか地上まで這い上がり、本格的にこれからどうするかを考えた。こんな爆弾かかえた以上、下手な動きは自分の首を締めるようなものだ。
「……プレイヤーであることすら隠蔽すればいいかな」
そう……NPCの女の子として偽装して、プレイヤーであることすらバレないように。いっそのこと嘘をつきまくって、どれが素性なのかも分からなくする。
「そうと決まれば早速実行しようか。幻を利用すれば……」
どんなシュチュエーションが良いだろうか。
ひたすら新たな大地を目指す冒険者……いや、それは普通に疑われるだろう。戦えばジョブもバレる。
行商の女の子……そもそも商品がない、幻影を渡してもすぐバレる。
今の私の幻は、今はまだ視覚と軽い感触しか誤魔化せない。幻炎に本物だと見紛うほどの熱は持たせられない、ほんのり暖かいかな?くらいだ。
人が私の服を触ったのを、タイツを着ているくらいにするのはできる。それでも素肌を触ったのだと思っているため、明らかな違和感がある。
「……服を脱ぐ……」
全裸。いや、それはちょっと倫理的に色々マズイ。
でも……誤魔化せるならそのぐらい……今は夏っぽいし。
危ない考え方だが、不可能じゃない。既に全身ボロボロで助けを求めている女の子を幻を使って偽装すれば……服を買ってもらって、すぐにでも全裸生活からはおさらばできる。
まあ、そうなるかは神の気分次第……変態共に捕まったら一巻の終わりだ。
「……よし!覚悟を決めるのよフォース!」
私は草陰に隠れて、下着を除いて全ての服を脱ぐ。プレイヤーにはアイテムボックスなるものがあるらしく、そこにものをしまうことが出来るらしい。
そしてすぐさま、私は幻で姿を偽装する。
設定としては、命からがら逃げてきた奴隷の女の子、という建前にした。貫頭衣や首輪などの装備品は幻で感触を再現する。全身の傷や汚れも同様にだ。
これならある程度誤魔化しが効くだろう。私自身の感触としては、下着以外何も着ていないため、首輪や貫頭衣の感触がほのかにするくらいで、ほぼ風を直に浴びているような感じだ。
これもあくまで感触、長時間このままだとMPも削るし体力もやばい。
「う、割と寒い……まだ使わなくても良かったかな……」
あとは『幻影灯』を使って、最短でたどり着ける人物のところまで幻影を作り出す。
「よし、走れっ」
この先にいい人がいると信じて、私は走った。
◇◇◇
何やら奥から声が聞こえてくる。巨大ダンジョンの攻略をある程度まで終えて、帰っているところだったが、こんな森の中に誰がいるのだろうか?
グレーターフォレストは広い。あてもなく歩けば最短で行っても横断に数日はかかる。もしかして遭難者だろうか?
「はっ……はっ……人……!」
そうして現れたのは、ボロボロになりながら泣いてこちらに走ってくる金髪の女の子の姿だった。
首には金属製の首輪のようなものが着けられていて、おそらくどこかで奴隷としてこき使われていたところを、必死で逃げてきたところなのだろう。
「だ、大丈夫か!」
思わず声を掛けてしまった。だって放って置けるわけ無いだろう、こんなボロボロの状態で泣きながら迫ってきたら。
「ひぐっ……た、助けてください……もうあそこには戻りたくないんです……!」
「わかったわかった……ほら、付いてこい。森の外まで案内してやるから」
はあ、面倒なことになった。一度匿った以上はおいそれと捨てるわけにもいかないし、どうするべきなんだろう……