ep.4 フォース、迷走する
「…………ん……ここが……異世界?」
木漏れ日が薄暗い森の中を照らしている。今では中々お目にかかれない幻想的な景色だ。
まずは状況を整理しよう。エクスからの最後の言葉を聞いて、それから私は眠るように意識を失った。夢の中で眠るなんてわけのわからない話だが。
おそらく、もうゲームは始まっているのだろう。チュートリアルのようなものをさせてくれるつもりはないらしい。
「誰かを相手に実験してみたいけど……気が引けるなぁ……かと言ってレベル1の状態でもなぁ……」
そう言えば、自分のステータスとかってどうやって見るんだろう。とりあえず、『幻術師』に何ができるのかは把握しておきたい。
「エクス、ステータスってどうやって見るの?」
『ステータス表示、とでも言ってもらえれば良いです』
「わかった。ステータス表示」
プレイヤー名:フォース
登録本名:御津月衛二(絶対秘匿情報)
性別:女
実質レベル:1
成長レベル:Ⅰ
職業:『幻術師』
――――――
物理攻撃力:75
物理防御力:70
瞬発力:100
持久力:75
MP:150/150
HP:100/100
――――――
状態:正常
使用可能スキル:『幻Ⅰ』
称号:なし
『数値に関しましては、100が丁度人間の平均と思ってもらえればよろしいです』
「え、私って平均以下だったの?」
『もともと平均以下だったのが、女性の身体になってさらに落ちた形ですね』
まじか、確かに運動不足なのは知っていたけど、そこまでとは思っていなかった。今のところ平均に達しているのが瞬発力だけとは……これは割と危ういんじゃ無かろうか。
『大丈夫です。MPも平均以上ですよ。まあ、『魔導士』とかはもっと多いですが』
最後の一言余計だよ。前だけならただのフォローと受け取ったのに。
「……そう言えば、ユニークスキル云々はどうなっているの?」
『職業の能力を元に、自分で編み出した技のようなものです。デフォルトでいくつかのスキルがあり、そこから派生させていってください。
例えば『射撃手』であれば、デフォルトで『エナジーアロー』や『エナジーバレット』とかがあり、そこから派生形として『千本の光の矢を降らせるスキル』とか『刺さった矢の場所にテレポートするスキル』とかですかね。要するに解釈次第です』
「最初からあるわけじゃないの……」
『そうですね。頑張って強い技編み出してください。英文法の動詞なんか、例えとして分かりやすいんじゃないですか?走る、という意味のrunに、それとは別に、水が流れるとか、機械が動くとかの意味があるようなものですよ』
つまり、この職業に最初から備わっているのは、参考書などで言う基礎、応用、発展のうち、基礎しか備わっていない。
そこから、発想力を用いて無限大に近い数の応用と発展を重ねることができるが、逆に言えば、それをしなけりゃ基礎のまま停滞することになる。基礎問題だけ解いて共テ受かれなんて無理な話だろう?それと同じだ。ひねった問題に直撃したとき、対応出来ずにそのまま落ちるのがオチだ。オチだけに。
まあ、基礎を固めまくるというのも手だが、そんな悠長なことしている暇があったらどんどんスキルを増やしたほうがいいだろう。
(うん、方針は決まった。まずは能力の把握とスキル開発だね)
デフォルトで備わっていた『幻Ⅰ』というスキル、おそらくこれを元に派生スキルを作っていくのだ。
だけど、それより先にやらなければならないことがある。
「……まずは森を抜けないことにはどうにもならないね……ゆっくり研究できる場所が必要だし」
私は、木の根が張り巡らされ、木漏れ日に照らされた森の中を、特にあてもなく歩いていく。ザクザクと、土を踏む音が聞こえて、歩いてきた場所には俺の足跡が付いていた。
それにしても、このスカートというものは、やっぱりまだ慣れない。
歩くたびにどことなく寂しさを覚えるし、太ももとか股のあたりがスースーするし、入るならまずは形からとか思っていたけど、普通にズボン選んでいても良かったと思う。
(……まあ、いつかは慣れるかなぁ……というか、こっちに慣れたら現実世界に影響が出ない?大丈夫?)
よく考えてみたら、現実では男で、こちらの世界では女なのだから、今はまだいいが、この生活に慣れてから、少しでも切り替えに戸惑うと、うっかり口調を間違えたりして違和感が出る。
多分そこを含めて、みんな自分と同じ性別を選んでいたのだろう。俺はキャラを切り替えて演じるのは得意なので、あまり気には留めていない。
◇◇◇
土を踏む音がずっと森の中に木霊する。水たまりに足を突っ込んで、ピシャピシャと水音も交じる。
「……どこ……ここ……」
迷った。完璧に迷いました。さっきから嫌な予感がすると思ったら……
こんな歩いても歩いても木と草しか見えないこんな森を、地図もGPSも無く抜けろなんて無茶な話だったのだ。
せめて一際高い木でもあればいいのに。そうすればその上に登って、森を一望すればなんとなく道がわかっただろうに。
「あ、いいこと思いついた」
せっかくスキルがあるのだ。これを使ってこの迷走状態から抜け出すすべはないだろうか?
幻……これをどうやって利用すべきか……
……そうだ、方向を示すような羅針盤のようなもの、森の外に出るなら一番楽な方法だろう。少なくとも迷ってぐるぐるなんてことにはならない。
それか、もう街の位置を示す道標を幻で作ればいい。実体は伴わないが、そもそも目印は見るものだ、実体はなくても別にいい。
「『幻影灯』」
私の正面から、青白い炎のような光がポツポツと現れて、私に道を示してくれる。初めてだったが上手くいった。これは私だけにしか見えない幻なので、存在がバレるリスクも少ない。
これを辿れば町に着く、そう考えた私は意気揚々と歩いて、その灯火を辿った。
だが、それもだんだんと雲行きが怪しくなっていき、気がつけば木漏れ日すら入らない森の奥地にやって来ていた。
初めてとはいえ、こんな大胆に間違えるなんて……難易度5は伊達では無いらしいね。
灯火が途切れることはなかった。もしかしたら別の何かを私に示しているのかもしれない。私が怪しげな感じになってからもこれを辿ってきたのは、もはやただの興味本位だ。
あれ……これは、洞窟?
灯火は洞窟の奥地へと、繋がっていた。