第八話 己の良心に従って
再び賊から走って逃げていると義平が木を背にして座っているのが見えた。彼の周囲には苦痛に歪んだ表情をし、動かなくなった野党がニ〇人近く倒れている。
流石は義平だ。一騎当千とはこのことだろう。
「ひっ、ひっ、ふぅ……義平公!」
某は息を切らしながら義平に近づいて立ち止まる。
「少々、無様なところを見せるな」
と、言う彼は右肩を左手で押さえていた。
見るからに肩の辺りに切り傷があり、鮮明な血が流れているのが分かる。
「ところでそちがいた方角から賊が一人現れたがどいうことだ?」
義平は顎で倒れている賊の一人をさす。
そこには某を腐れ外道と罵った者がいた。
「よくぞ聞いてくれました! 某は賊と死闘を繰り広げたものの不覚にも一人の敵を取り逃してしまったのです」
「そういうのはいいから、真面目に答えよ」
義平にうんざりした顔をされた。
「実は山頂に繋がる反対側の道から新手の賊が現れたのです。そこで某が応戦し、取り逃してしまったというわけです」
と、事情を説明すると某を追っていた賊が来たらしく、背後から足音が聞こえる。
「! なんだこれは⁉」
某と義平が現れた賊を見ると、彼は目の前の光景に驚愕していた。
「おい起きろ! 高松! 延平!」
賊は倒れている仲間の名前を叫び、体を揺さぶって起こそうとするが誰一人応答することはない。
「俺達が何をしたというんだ!」
激昂するただ一人の賊。
「そち達が先に殺しにかかってきただろ」
座り込んでいる義平は冷静に言った。
正論である。
「と、とりあえず某は義平公に活躍の場を譲るとしよう、ま、まぁ余裕だと思いますが検討を祈っております」
某はその場から去ることにした。
賊と戦って命を落とすわけにはいかない。
それに義平なら余裕で勝てるだろう。
「ん、ああ」
義平は某を気にすることもなく立ち上がろうとする。
右手に持った刀を杖代わりにして。
どこか痛むのか彼は顔を顰めていた。
「ど、どうしたのですか⁉」
「弓矢を持っている奴がいてな……上腿に矢を食らってしまった。たがこの程度で倒れる我ではない」
と、言われて視線を下方にやると、確かに彼の太腿から血が流れていた。刺さってた矢は抜いたのだろうか?
いくら悪源太と呼ばれてる者でも防具もなしにこの人数の敵を相手にすればタダでは済まなかったのだ。
「そりゃ、いいことを聞いた……お前の首貰うぞ! 義平ァ!」
賊は嬉しそうに太刀を構える。
対する義平は足を引きずりながら敵と対峙する。
某はこのまま逃げる。本心からそう思っているのだが……くぅ! おのれ! 忌まわしい考えが止まらん!
足の負傷が原因で義平が討たれたとなれば某が見捨てたも同然。そもそもこの賊は某を追ってここにいる。しかし、わざわざ賊と戦って死ぬのもごめん。
相反する二つの考えが足をこの場に踏み止まらせた。
「いくぞ!」
「っ、くっ!」
足を踏み込む両者だが、義平は地に足をつけると痛みで顔を歪めていた。
それを見た敵はニヤッとしながら太刀を振おうとするが。
「どうりゃぁ!」
「なっ⁉」
某は対峙している二人の横手から斬り込んで賊の太刀とかち合う。
すると賊と向き合う形になってしまった。
「何を⁉」
目を見開く義平。
「このまま義平公が討たれたら目覚めが悪いのだ。本当は嫌だがここは代わってやろう……ただ、やられそうになったら逃げるからな!」
その言葉に悪源太は鼻でフッと笑った。