第五話 戦うか逃げるか
賊は本堂の付近まで攻め入っており、僧兵が応戦しているらしい。某は引くに引けなくなって外に出たのだが、
「ひえっ!」
本堂から出ると足元に矢が飛んできおった。
危ない危ない。
「何をなされてるのですか 危ないので隠れてください!」
血相を変えた僧兵が某に近づいて言うが黒衣を着た僧侶から貰った刀を見て瞠目する。
「そ、それは⁉」
「これを持って戦えと言われたのだが、まぁ某の出る幕はなそうだ……」
某は相手から目を逸らして説明する。
僧兵の背後はまさに交戦中で、鍔迫り合いをする者や剣戟を繰り広げている者がいる。耳には武器同士がぶつかり合うことによる金属音が届いていた。
ただ、地面には多くの賊が倒れており圧勝かのように思えた。
もう何もしなくていい! これは幸運!
「かぁー! 残念、某が参加していればもっと楽に勝てたであろうなぁ!」
そう言って、ここぞとばかりに苦虫を噛み潰したような顔を見せてやった。
「いえいえ、まだまだ賊はいます」
「ええっ!」
しまった……驕るべきではなかったか。
「ち、ちなみにどれくらい?」
「残りの賊の人数は把握してませんが、全体で一隊ほどかと」
一隊というと確か律令(法律)によると、ごご……五〇人⁉
もはや賊の規模など越しておる! いや、こんな大きな寺に攻め入るにはそれぐらいの人数は必要かもしれんが。
「大変ではないですか」
某は唖然としながらも言葉を発する。
「だからこそお力添えのほどをいただきたいのです」
「…………」
刀を貰った以上、本堂に戻るのは気が引ける、かといって賊と戦うのはもっと嫌。
ここで取るべき道は一つ。あれしかない。
「分かり申した!」
「おおっ!」
某は貰った刀を抜刀する。
刀の柄は黒い漆が塗っており、刀身が二尺(六〇センチ)という標準的なものである。
それを両の手で構え、
「様になっています」
「ふ……」
僧兵の言葉に口元を綻ばせたあと、
「うおおおおおおおお!」
雄叫びを上げながら刀を横に構え走る。
鍔迫り合いしている人達の横を通り過ぎ!
剣戟を繰り広げている人達の横も通り過ぎ!
「ど、どこに行くんですかぁぁぁぁぁぁぁ!」
某は逃げた。
背後から先程の僧侶の声が聞こえてきたが気のせいということにしよう。
さすがに刀をこのまま貰うのは気が引けるので、そのうちそっと返しておくことにしよう。
――本堂がある斜面を下りて寺の入り口である三門(小さい三つの門を連ねて一門にしたもの)へと向かう。
もちろん全力疾走だ。
すると前方に人影が見えて、
「ん……?」
その人は声を漏らして某の方を振り向いた。
「げえっ! 義平公⁉」
「…………」
無言の義平だった。
右手に刀を掴み、頬が血塗られているがおそらく返り血に違いない。
「来るぞ」
「へっ」
義平の一言に某は戸惑う。
「賊の数が僧兵から聞いた話と合わぬからな。おそらく、今から息を潜めていた賊の本隊が来るのであろう」
「な、なんですと」
そのあとすぐ、数多の足音が三門がある方向から聞こえてきたので某は震え上がった。