第二話 謀反に参加した意味なし
某は川の横で義平と相対する。
「聞こえなかったか? そちは今なんと言った? さぁ申せ!」
ひぇぇ! 恐怖で膝が震えてきた!
目の前の人物は年下ではあるが、齢一五のときに自身の叔父を討ち果たした若武者。その強さから鎌倉悪源太と呼ばれている。
下手なことを言えば即、斬首されるに違いない。某は膝を地につけて手で顔を覆い、
「おぉ……生きてて良かったです……ずっと義平公の事が心配でした」
義平を泣き落としてみた。
「は……? そちと我はほぼ初対面であろう」
怪訝な顔をされてしまった。
すると、義平は少しふらついていた。
「まずい」
と、義平が小さく呟いて体を横に傾けて――、
倒れた。
「!」
某はあわてて駆け寄る。
恐怖心故に目の前のことがみえておらんかったが、義平の頬は痩けており、武具を一切身に纏っていないどころか徒歩裸足の惨めな姿だった。
「すまぬがあそこまで連れていってくれ」
義平は倒れたまま川の向こう側を指差す。
指の先には石山寺がある。庶民から貴族まで様々な身分の人達が参籠する有名な霊地だ。
さすがの某も見捨てることはできなかったので肩を貸して義平と共に石山寺へと向かうことにした。
各地の寺にいる僧侶は某のように戦で負けて寺に駆け込んだ者が多く、彼らは駆け込んだ先で命を救ってもらい自らも僧侶となるのだ。つまり、落武者の行き場としては常套である。
――山の斜面にある石山寺の本堂に近づくと黒色の法衣を着ている僧侶と出会い、快く本堂へと入れてくれた。
某と義平は本堂の正堂(仏像を安置する場所)と礼堂(礼拝のための場所)の間にある相の間に案内されて、隣接してある小部屋に通された。
「では、申の刻(午後四時)にお食事を持ってきますのでお待ち下さい」
そう言って黒衣の僧侶は踵を返して部屋から退出した。また、義平は敷かれた布団に身を委ねている。
見るからに義平は弱っているように見える。
とりあえず、怖いので正座待機。
「そういえば、そちは乱を起こすときに突然、我の部隊に組み込まれていたがどこの武家の者だ?」
「武家の出身ではなく、農民の出の者です」
「は……?」
義平は顔を顰めながら上体を起こす。
「そんなわけあるか」
「いや、本当のことですよ。源氏の家人と名乗る者が家へやってきて某を誘ったのです」
「父上はそんなことは命じてない」
「へっ……⁉」
そんなはずはない。
では家人と名乗る人物は一体何者だったのだろうか?
義平は逡巡したあと、口を開いた。
「そういえば後白河上皇を幽閉したあと源氏と縁もゆかりもない庶民が兵を勝手に徴収する悪戯をしたと聞いたが」
「な、なんですとおおおおお‼」
某は思わず立ち上がってしまった。
誑かせられたというのか⁉
奮起した意味もなく。戦った意味もなく。敗れた意味もなく。今、流浪しているということなる……………某は膝から崩れ落ちた。
「結局、そちは戦いに参加した。自業自得だ」
それはそうであるが! そんなこと言わなくてもいいわ! 義平ぁ!
「だって! 官位くれるって! 宮仕えの女性と仲良くなれるって聞いたのだ! それはもう従うしかなかろう!」
思いの丈をぶつけてしまった。
「阿呆か。武家でもない上に姓を持たない人間に官位が与えられるはずがない。農民から一気に貴族となった人間を聞いたことないだろう」
「っ!」
相手の言葉で心に突き刺さるような痛みを感じた。
言われてみればそうだ。
「くわえて宮仕えの女性が狙っているのは公卿(官位が三位以上の者)や殿上人(四位以下で天皇がいる殿上に昇れる者)だ。そちの入る余地は無い」
「そ、そんな! 勝っても負けても意味ないということか! うわああああああああ!」
「やかましい!」
某が絶望しながら背中から倒れると義平は一喝した。