せめてものお礼
「う……嘘でしょ……⁉」
数秒後。
無事に王都の南門へと移動できたメルは、周囲を見渡しながら、どでかい声をあげた。
「ル、ルシオ……! あなたのスキル……もう、転移魔法の領域じゃないの⁉」
「はは……。それに近い、かもな」
凄腕の魔術師しか使えないと言われている、上級なる魔法――転移魔法。
行ったことのある場所なら自由に行ったり来たりできるため、文字通り、最強魔法のひとつだ。
他の魔法は使えなくても、「とりあえず転移魔法が使えるから」という理由で要職に就けたという前列さえある。
そして……
メルの言う通り、この《全力疾走》は転移魔法に近い性質を持っているからな。
だから意外と有用性は高いのかもしれないが……俺は今日、初めてまともにこのスキルと向き合ったばかり。
もう夜も遅いし、明日からスキルの可能性を模索していきたい。
と。
「メルティーナ王女殿下……⁉」
「ご無事でしたか……⁉」
ふいに男の声が聞こえ、俺は肩を竦ませた。
その方向に目を向けると、そこには銀色の甲冑を身に着けた兵士が二人。
先ほどまでメルの護衛をしていた兵士たちだと思われた。
「よかった……。いきなり姿を消されて、どうしたのかと思っていたのですが……」
「おや……? そちらにいるのは、ルシオ様」
兵士の声があからさまにトーンダウンしたことに、俺は思わず苦笑を浮かべる。
一応は侯爵家の息子なので、敬語を使ってくれてはいるが……
兵士のその冷たい視線からは、俺を軽蔑していることが一瞬で伝わってきた。
「どうされたのですかな、ルシオ様。こんな夜分に……王女殿下とお二人で」
「いや……。俺もさっき偶然会ったんだけどな」
「ほう……。偶然」
「ああ。王女殿下はこの男に拘束されていた。おまえたちも護衛を務めているんだったら……自分の職務はしっかり果たしてくれよ」
言いながら、俺は黒ずくめの男を兵士たちに手差しする。
「…………」
だが兵士たちは、数秒間だけ沈黙すると。
あろうことか、疑り深い目で俺を睨んできた。
「失敬ですが……ルシオ様。あなたのスキルは《全力疾走》だったと聞いていますが」
「うん? そうだが」
「ただ全力で走れるだけっていうスキルで、我々を出し抜いたという男を倒したと……?」
「…………」
ああ、そうか。
兵士たちは疑っているんだ。
実は俺がメルをさらった張本人で……この男に責任をなすりつけているんじゃないかと。
特にスウォード王国では、スキルの強さは「絶対」だからな。
昨日まで偉そうにしていた人間が、外れスキルを授かったばかりに事件を起こすのもよくあること。《外れスキル所持者》は、それだけで人間として扱われないから。
特に俺はつい最近まで、侯爵家として不自由のない生活を送っていたからな。
この兵士たちも、俺がなにかしらの事件を起こす可能性があると疑っているんだろう。
「ちょっと、あんたたちなに言ってるのよ!」
ついに堪忍袋の緒が切れたのか、メルが一歩前に進み出て言った。
「ルシオは本当に私を守ってくれたのよ! 本当に一撃でこの男を倒して……それはもう、すごかったんだから‼」
「ほう……そうですか」
しかしその訴えすら、兵士たちには届かなかったようだ。
「お気をつけください、メルティーナ王女殿下。最近は幻影魔法も流行っているようですから」
「……ぐ」
なんだ。さすがに腹立つな。
幻影魔法というのは、その名の通り、対象者に幻影を見せるための魔法。
おおかた、俺が外部から魔術師でも雇って、よからぬことを企んでいるとでも思われているのだろう。侯爵家の人間だったということもあって、金だけは持っている(と思われているだろう)からな。
――だが、ここは我慢だ。
ここで事を荒立てても、なにもならない。
それこそ事件を起こした犯人扱いされてしまう。
「メルティーナ王女殿下。今日はここまでのようです。またいつか、お会いしましょう」
俺はぐっと怒りをこらえ、身を翻す。
黒ずくめの男を王国軍に引き渡す予定だったが、結果的に兵士たちが来てくれたからな。あとはあいつらに任せておけば大丈夫だろう。
「ル、ルシオ‼」
去り際、メルが泣きそうな表情で俺の裾を掴んできた。
「ごめん……。本当に」
「……はは。おかしな奴だな。なんでメルが謝るんだよ」
「だって、せっかく助けてくれたのに、これじゃあまりに申し訳なくて……」
メルはそう言いながら、俺の右手になにかを押し込んできた。
これは……金か……?
「おい、なにを……」
「いいから受け取って。そこの宿なら、この時間でも空いてると思うから」
「そこの宿……?」
言われて、俺は左方向の建物を見やる。
――スウォード旅館。
たしかにまだ明かりはついているし、入れば泊めてくれそうではあるが……
「おい、もらえるかよ。気遣わなくて大丈夫だぞ」
「大丈夫。私を助けてくれた、せめてものお礼」
それだけ言い残すと、メルはそそくさと兵士たちの元に戻っていく。
最後の最後まで……俺に名残惜しそうな表情を向けながら。