外れスキルの意外な使い道
――専属護衛。
それはその名の通り、対象となる王女を付きっきりで守る剣士のことである。
要職の一つとして位置づけられていることから、誰にでもなれるものではなく――
ずば抜けた剣の実力や、「信頼性」や「人間性」までも問われることで知られている。
それだけに、報酬も抜群に高いんだよな。
王女を守るとなれば間違いなく重要な仕事だし、そういう意味でも、多くの者が憧れる職業と言える。というか、これこそ上位スキル所持者にしか就けない職業のはずじゃ……
そんな重職に、《全力疾走》というあからさまな外れスキル所持者が就けるわけがない。
……のだが。
「うんうん♪ 決まりね♪」
さも決定事項であるかのように、ひとり満足そうに頷くメル。
こういう強引なところも……マジで昔のまんまだな。
「待て。待て待て待て」
後頭部を掻きながら、俺はメルの目前に回り込む。
「勝手に話を進めるな。俺は外れスキル所持者だぞ? そんな大事な職業に就けるわけないじゃんか」
「そうかなー? だって、いま私の護衛より活躍してくれたじゃん」
「…………」
「しかも、あの強そうな男まで一撃で倒しちゃって……。実力的には充分じゃない?」
「いや、いやいやいや……」
話が飛躍しすぎである。
たしかに《全力疾走》は思ったより強いスキルだが、それは最初から期待していなかったからっていうだけ。世間一般で強いと言われている《剣聖》や《賢者》には遥かに及ばないはずだ。
そんなポンコツな俺が、そんな重要な職業に就いてしまったら……
「ね⁉ いいアイディアだと思うでしょ⁉」
だが、メルの胸中ではもう決まってしまったらしい。
瞳をキラキラ輝かせ、俺の手を握りながら上下にぶんぶん振ってくるその様子は……幼い頃の彼女と、ちっとも変わることがなくて。
「はぁ……。まあ、仕方ないか……」
とりあえず、要求だけは飲んでみるか。
専属護衛になるには厳しい試験があるっていうし、まず間違いなくそれで落選するだろう。その結果をもってすれば、さすがにメルも引き下がらざるをえないはずだ。
「これでこれからもずっと一緒だね♪ ルシオ!」
「わわっと……!!」
急に腕を絡ませてくるメルに、俺はまたしてもびっくりしてしまう。
……いや、まあたしかに昔はよくじゃれ合っていたけども。
お互いに大人になったいま、色々と意識してしまうのは不可抗力か。
それでなくともメルは抜群のスタイルを誇っているから、その……当たってしまっているんだよな。なにがとは言わないが。
俺はしばらくその不思議な柔らかさを味わわされたあと、「こほん!」と咳払いをして無理やり話題を切り替えることにした。
「そ、それにしても……メル。そろそろ帰ったほうがいいんじゃないのか?」
「え?」
「いまのところ変な気配は感じないけどさ。またこいつの仲間が来ないとも限らないし、早く王都に戻ったほうがいいと思うんだが」
「そ……それもそうね」
俺の指摘でやっと現実に立ち返ったんだろう。
表情を引き締め、やや名残惜しそうな表情でメルが俺から離れる。
いつもは《毅然とした王女様》なのに、俺の前でだけこうやって態度を崩すんだよな。それもまた、幼馴染であるがゆえの接しやすさなのだろう。
もちろん、オークの素材を剥ぎ取っておくことも忘れない。下級の魔物といえど、牙はなかなかに頑丈で、それなりに高値で売れると聞いたことがある。一文無しになってしまったいま、できるだけの金を稼がないとな。
その際、すこしだけ牙が剥ぎ取りづらかったんだが、もしかすれば「強化個体」であることとなにかしら関係があるかもしれない。それも売却する際に判明することだろう。
……さて。
無事にオークの素材を回収し終わって、やっと帰ろうというとき、メルがきょとんと俺の裾を掴んで言った。
「そういえば、ルシオ……。この男はどうしよっか……?」
「ん?」
メルが手差しする先には、先ほどの戦いで気絶させた黒ずくめの男。
「どうしようって……王国軍に引き渡せばいいんじゃないか? さすがに放ってはおけないだろ」
この男には聞きたいことが山ほどあるからな。
どうしてメルを狙ったのか、どうやって魔物を発生させたのか……
もちろんそれを聞くのは俺の役目ではないが、軍に引き渡すくらいは最低限の義務だろう。
「た、たしかにそれはそうなんだけど……。背負っていける? すっごい巨漢だよ?」
ああ……そういうことか。
たしかにメルの言う通り、この男はかなり体格がいい。身長も180センチくらいはありそうだし、さらには筋骨隆々な体型をしているからな。よほどの力自慢じゃなければ、この男を背負っていくのは困難だろう。
「そうだな……一回、試してみるか」
俺にはある考えがあった。
メルで試すわけにはいかないので、この男を借りることとしよう。
「え? ルシオ、どうしたの?」
目を瞬かせるメルを尻目に、俺は男の腕を握る。そして――
「スキル発動――《全力疾走》!」
ドォォォォォォォォォオオン!! と。
先ほどと同じく、景色がすさまじい勢いで後方に流れていき。
そして一回瞬きを終えた頃には、見覚えのある景色に様変わりしていた。
そう――王都の南門。
さっきメルの悲鳴を聞いた場所である。
「なるほど……人を連れてスキルを使えるのか……」
俺の右手には、さっきの黒ずくめの男がしっかり握られている。変わらず穏やかに(?)気絶しているので、スキル使用による負担をかけてしまうこともなさそうだ。
「このスキル……ますます有用かもしれないな。相変わらず戦闘の使い道はなさそうだけど」
俺はそう呟くと、いったん男を地面に横たえる。
早めにメルをこの場所に連れてこないと……危ないかもしれないからな。
「スキル発動……《全力疾走!》」