王女の専属護衛
「それにしてもさ……ルシオ、すごかったよね」
黒ずくめの男を見下ろしながら、ふいにメルが口を開いた。
「この男……たぶん、相当の実力者なんじゃないかな? 私の護衛出し抜いたくらいだし」
「ああ……そうかもな」
謎のスキル、《全力疾走》。
あまりにしょうもないスキルだったゆえ、この一週間はずっと使わないままに過ごしてきた。字面からして意味がわかってしまうし、こんな無様なスキルを使ってしまうと、まず間違いなく召使いたちに白い目で見られるから。
だが――
このぶんだと、思ったよりも使い道はあるかもしれないな。
少なくとも移動面では重宝するだろう。
それでもまあ……言ってしまえば、このスキルは《速く動ける》だけ。パッとしないのは事実だし、《剣聖》と比べれば見劣りするのは間違いない。《外れスキル》は《外れスキル》、それに変わりはあるまい。
「そうだ……」
そこでふと、俺は大事なことを思い出す。
「メル。すでに聞いてるかもしれないけれど……改めて、伝えておきたい」
「え……?」
「俺のスキルは……外れスキルだった。《全力疾走》って言ってね。早く歩けるようになるのが特徴の……見ての通り、外れスキルさ」
自分で言ってて悲しくなってしまうが、これが事実だからな。
剣士としての道はおろか、魔法としての才能すら与えられず。
華々しい活躍が正義とされている貴族界において、こんな地味なスキルを授かったのが運の尽き。俺は文字通り、お先真っ暗な日々を送ることになるはずだ。
「だから……ごめん。昔の約束を果たすことは……無理そうだよ」
「へ……? 昔の……?」
「ああ。約束しただろ? ……忘れられてたかな」
――大きくなったら結婚しようね――
小さい頃特有の、思い切った発言である。俺も当時は、そこまで深い意味で言った言葉ではなかった。
それでも……俺は侯爵家で、彼女は王族で。
たとえ政略的な意味合いが強かろうが、まわりが「将来の婚約者」と言ってくる以上、俺は本気だった。本当に彼女と結婚するものと思っていた。
だけど、現実はこんなにも残酷なもの。
アルボレオ家から追放されてしまった以上、俺に王女と結婚できる理由はどこにもない。だから――
「メル。王都まで付き添ったら、今日でお別れ……」
「ぐずん」
「え?」
おい、おいおいおい。
なんで泣いてるんだよ。
「ちょ……どうしたんだよ、いったい」
懐からハンカチを取り出すと、俺は慌てて彼女の涙を拭う。
俺のほうが悲しいはずなのに、なぜだか立場が逆転してしまってる気がするんだが。
「だって……ルシオが結婚のことを覚えててくれてて……嬉しいに決まってるじゃないの」
「そ、そりゃ覚えてるさ。忘れるわけないだろうに」
「ほんと?」
「あ、ああ……」
これは後からわかったことだが、歳をとるにつれて、俺に「避けられている感触」があったらしい。メルは幼いときのように俺と遊びたいのに、なぜだか嫌がられている気がする……と。
もちろん、本当に俺が嫌っていたわけではない。
思春期になって、男女の違いを意識するようになって、そのままなんとなく話しにくくなって……というだけのこと。嫌いになったわけではなかったが、そこで彼女を不安にさせてしまっていたとのことだった。
「うん、わかってるよ……聞いてる」
そしてメルは、静かに言葉の続きを紡いだ。
「ほんと……変だよね。スキルの強さだけで地位が決まるなんて。しかも家から追い出されちゃうなんて」
「え……?」
「よし、決めた‼」
そこでメルは大声を発するや、大きな胸を張った。
「ルシオ! 私の専属護衛になってよ!」
「…………」
あまりに衝撃的な発言に、俺は数秒間、思考停止に陥り。
「はぁ⁉」
と、どでかい声を出してしまった。