幼馴染の第一王女
「な……ば、馬鹿な……‼」
黒ずくめの男が動揺の声をあげる。メルティーナを抑えている両腕が、明らかに震えているのが見て取れた。
「あのオークを……まさか、ものの数秒で……?」
「は? なにを言ってるんだ」
思わず呆れてしまう俺。
オークなど、しょせん危険度Eに指定されている下級魔物でしかない。腕力は高いので、集団戦になると手痛い一撃を喰らうことになるが――それでもまあ、結局は下級の魔物だしな。
その程度の魔物を三体倒しただけで驚かれるとは……やはり、それだけ舐められているということだろうな。
侯爵家のスキル開花日は、それなりに注目度を集めるものだし。あの日から一週間たったいま、多くの人が俺の失態を知っていてもおかしくない。
「あのオークは……我々がふんだんに改良した強化個体のはずだ……。なのになぜ……」
「は……? 強化個体……?」
なんだ。聞き慣れない言葉だな。よくわからないが。
と――
「仕方ない、かくなる上は……!」
黒ずくめの男が、再び口笛を鳴らそうとした。
「させるか……‼」
今回はオークだったからよかったが、次はどんな強敵を呼ばれるかわからない。
また口笛を鳴らされる前に、なんとかあいつを倒さなければ――!
「スキル発動――全力疾走!」
俺は大声でそう唱え。
男と瞬く間に距離を詰め、脇腹に渾身の殴打を見舞う。俺の腕力はそこまで高くないが、《全力疾走》の超スピードによって威力が上乗せされれば、その限りではなく。
「か、はっ……!!」
黒ずくめの男は、やはりたった一撃で白目を剝き――気を失うのだった。
★
さて……これで一件落着だろうか。
念のため周囲の気配を探ってみるが、一応、怪しい気配は感じられない。……まあ、俺の索敵能力なんてたかが知れてるんだけどな。
俺は剣を鞘に収めると、地面にへたり込んでいるメルティーナに話しかける。
「ほら。立てるか?」
「あ……」
メルティーナは恥ずかしそうに頬を赤く染めると、俺の差し出した手をゆっくり受け取った。
「あ、ありがと……助けてくれて……」
「気にするなって。間に合ってよかったよ……本当に」
仮にも一国の王女に対して軽すぎる口調だが、これで問題ない。
俺だって、曲がりなりにも侯爵家の生まれだからな。
王族と会う頻度は非常に多く、父も「将来の花嫁候補かもわからんぞ」と言って、何度もメルティーナと会う機会を設けてきたものだ。
王女は彼女以外にもいるが、俺とメルティーナは同い年。
お互い話しやすいというのもあって、俺たちは自然と仲良くなった。
「それにしても……メル。どうしてこんなところに?」
――二人きりのときであれば、こうしてニックネームで呼び合うほどに。
「それが、わからないの……。仕事が終わって、王城に戻ろうと思ったら……急に抱え込まれて……」
「急に……? 護衛の兵士もいたんじゃないのか?」
「いたわ。だけど、本当に一瞬の出来事で……兵士さんたちも間に合わなかったみたい」
「マジか……」
王国軍の兵士といえば、熟練度の高い実力者の集まりとして知られている。
しかも王女の護衛を務めるくらいだから、練度は相当に高いはずなんだけどな。
その兵士たちの目をかいくぐり、メルだけを誘拐するとは……なんだか色々ときな臭いな。さっきはオークを出現させてたり、「強化個体」とかいう謎の言葉を使っていたし……
「おまえ……もしかしなくても、相当ヤバい連中に狙われてるんじゃないのか?」
「うん。そうだと思う。あはは」
「あははって……」
後頭部に手をあて、いつものように陽気な笑みを浮かべるメル。
彼女らしいと言えばそうなんだけどな。
さすがに心配になってしまう。
「とにかく、王城までは俺が付き添うよ。そのあとは陛下にでも報告して、もっと護衛を増やすしかないな」
幸い、さっきの黒ずくめの男はまだ息がある。
こいつも一緒に王国軍に引き渡してしまえば、もしかしたら有益な情報を吐いてくれるかもしれないからな。
「うん。ルシオも……ありがとう」
そしていきなり、俺の手を握りだすではないか。
「ルシオが来てくれなかったら……私、あのまま死んでたと思う。ありがとね、本当に」
「あ、ああ……」
その様子に、俺は思わずドギマギしてしまう。
父の期待に応えるべく、いままで「剣の修行」だけに時間を費やしてきたからな。女の子への免疫は全然ない。必然、こういうシチュエーションにはめっぽう弱い。
そしてメル自身も……王国でも屈指の美人として知られている。
さらりと透き通った銀髪に、見るからに抜群のスタイル。男性はもちろんのこと、女性にとっても憧れの人だと聞いたことがある。
これまでも何度か縁談を持ちかけられたらしいが、すべて断っているらしく。一方で俺に対してはこんな態度を取ってくるものだから、やっぱりドギマギするしかなかった。
「気にするなって。これでも一応は、幼馴染の仲なんだしな」
「幼馴染だから……それだけ?」
「ん? それだけって……?」
「…………」
そしてメルはなにを思ったか、ジト目で俺を見つめるや。
「えいっ!」
「いてっ」
急に足を踏んづけてきたのであった。
「脈略なさすぎだろ⁉ 意味わからんのだが‼」
「……はぁ。昔から鈍感なところだけは変わらないんだから……」
鈍感?
いったいどういうことかわからないが、この手の話題をいつまでも引きずっていてはいけない。いままでも、こうやって何度も足を踏まれることが多かったからな。