専属護衛
――これにて勝負あった。
いまだ無傷で舞台に立つ俺に対して、壁面で気を失っているクズーオとマヌーケ。
一戦目はともかくとして、二戦目は奇襲も何もない、正当なスキル使用による戦い方だ。事ここに至って、いちゃもんをつけてくる人間はいないだろう。
「…………」
「……メ、メルティーナ。ルシオの動き、見えたかの?」
「い、いいえ……全然」
「そ、そうじゃろう? よかった、余の老眼が原因ではなかったか……」
国王とメルも、いまの試験に対して異議を唱えるつもりはなさそうだな。
メルに至っては、めちゃくちゃ嬉しそうな表情で両手をぶんぶん振ってきている。対人関係に乏しい俺としては、こういうとき、どういう反応をすればいいのかわからない。
「え……と」
審判役を務める大臣は、相も変わらず戸惑ったように周囲を見渡していたが――
「ルシオ・アルボレオ殿――見事、合格! あなたはこれより、メルティーナ王女殿下の《専属護衛》となります!」
「あ……」
その宣言に、俺は思わず力が抜けてしまった。
――無我夢中で戦ってみたけれど。
――なんだかんだで、試験、合格してしまった。
――俺は本当に、これからメルの《専属護衛》になるのだろうか……?
――誰もが憧れる《専属護衛》に……?
「ルシオ。はい」
その場に座り込んだ俺に向けて、メルが薄い黄色のハンカチを差し出してきた。
表面にはルシオ&メルの刺繍――幼い頃、召使いに頼んで作ってもらったものだ。
「はは……。こんな昔の物を……よく持ってたな……」
「なに言ってるの。当たり前じゃない」
言いつつ、俺と同じく地面にしゃがみこむメル。
「ルシオは絶対……無能なんかじゃない。いままでずっとひたむきに頑張ってきたルシオを……絶対、馬鹿になんてさせないんだから」
「メル……」
「世間はまだまだ《外れスキル》に対する偏見が強いけれど……でも、《専属護衛》になればそれも少しは薄まると思う。どう……私と一緒に、生きていかない?」
「…………」
そうか……
メルはそこまで考えて、一見突拍子もない提案をしてくれていたのか。
たしかに、《外れスキル所持者》に対する風当たりはめちゃくちゃ強い。
つい最近まで侯爵家だったはずの俺が、一瞬で転落してしまったことからも……この風潮がいかに根強いか、嫌でもわかるというものだろう。
――そう。
メルの言う通り、仮に《専属護衛》になったとしても、馬鹿にしてくる者は絶対に現れる。
特に俺は侯爵家として有名だったから、「ルシオ・アルボレオ」の名を聞いただけで、すぐにピンとくる者も多いだろう。
でも。
それでも――
身分も食い扶持も失った俺にとっては、《専属護衛》はこの上ない好待遇だ。
メルがこんなに気にかけてくれている以上、断るわけにもいかないだろう。
「ああ……わかった」
差し出されたハンカチを受け取りつつ、俺は真っすぐメルの目を見据えて言った。
「不肖ルシオ・アルボレオ……。メルティーナ王女殿下の《専属護衛》の任に就かせていただきたく思います」
「…………ぁ」
そのときメルが浮かべた天使級の笑顔を、俺は一生忘れないだろう。
「やった――‼」
「うおおおおっ!」
座ったまま急に抱き着かれ、俺は思わずしどろもどろしてしまうのであった。
と。
「いてぇぇえ! 痛ぇよぉ! こんちくしょおおお!!」
その瞬間、クズーオの醜い叫び声が響き渡った。




