奇襲成功
「……え? え?」
真っ先に素っ頓狂な声をあげたのは、審判を務める大臣だった。
「……あ、あれ? 終わった……?」
大臣は現在も、号令をかけていたときの姿勢――右手を高く掲げている――のままだ。
その姿勢のままきょろきょろ周囲を見渡しているのだから、相当に驚いているのかもしれないな。
「はい……終わりました」
俺は剣を鞘に収めると、ふうと息をつきながら言う。
「これがスキル《全力疾走》です。その名の通り、猛スピードで走ることができる。《剣聖》や《賢者》には及びませんが……俺にはこれしか勝つ方法がありませんからね」
そう。
俺も最低限の剣技くらいは使えるが、それでも現役の剣士には遠く及ばない。
特に王族の専属護衛ともなれば、王国でもトップクラスの実力を誇っているはずだからな。まともに戦っても絶対に勝てないのは、誰が考えてもわかることだ。
だから俺に残された勝ち筋はひとつ――
《全力疾走》を用いた不意打ちだ。
とんでもないスピードを出せるのはわかっているのだから、初手でそれをぶっ放すことで奇襲をしかける。クズーオもだいぶ油断していたので、容易に行うことができた。
つまりこれは……初見だから獲得できた勝利方法だな。
「す、すごい……!!」
近くの観客席から、メルが嬉しそうな声を響かせた。両拳を胸の前でぎゅっと握り、綺麗な笑顔を輝かせている。
「さすがはルシオ! 私を助けてくれたときも、すっごく速かったもんね!」
「…………」
その隣にいる国王は、あんぐりと口を開いたまま呆けている。
「あのクズーオを、一瞬で……。つ、強すぎではないか?」
聞くところによると、あのクズーオもかつての《護衛試験》で圧倒的な勝利を収めたらしい。士官学校でも優秀な成績を収めていたようなので、実力は折り紙つきなのだろう。
国王が驚くのも無理はない。
「メルティーナ……。やはりおまえの言葉は正しかったようだな」
「はい。あのときもすっごいスピードで敵を倒してくれたので、実力は本物だと思います」
「ふむ……」
二人でコソコソ話し合っているメルと国王。
舞台からだとよく聞き取れないが、悪い印象を抱かれてはいないようだな。特にメルからは、遠くからでも「ルシオすごい」「素敵」といった声が断続的に聞こえてくる。
――が。
「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!」
残ったもう一人の兵士――名をマヌーケというらしい――が大きな雄叫びをあげた。
「あれで勝利だと⁉ 認められるわけないだろうが! 不正だ、不正‼」
――まあ、こうなるよな。
クズーオの油断と、《全力疾走》の意外性。
この二つがうまい具合に噛み合ったからこそ、今回の奇襲が成功したわけだ。
毎回そんな都合よく勝てるわけがないし、これをもって合格となるかは……正直、微妙なところだよな。
「ちょ――っと速ェからって調子に乗りやがって! それが事前にわかっていれば、クズーオだって負けやしなかったはずだ! いまのは無効試合だっ!」
「…………だそうですが、どうでしょうか」
俺がそう問いかけると、さっきまでポカンと立ち尽くしていた大臣がはっと我に返ったように言った。
「こ、こほん。無効とは言いましてもね。見なさいマヌーケ殿。あそこにいる……クズーオ殿の姿を」
大臣の手差しする方向には、壁面にもたれかかったまま微動だにしないクズーオ。
もちろん死んでいるわけではないが……あの様子を見るに、気を失っているのは間違いあるまい。
「あの状態でもう一度戦うのは、さすがに酷というもの。どうだねマヌーケ殿、あなたが戦ってみては?」
「……えっ」
「あなたもクズーオ殿に引けを取らない実力者。しかもスキルの特性もわかっているから、油断のしようがない。あなたに勝てば、問題なくルシオ殿の合格となるのでは?」
「……ぐ、ぐぐぐ」
「どうして躊躇っているのです? 戦わないんですか?」
「た、戦いますとも! 私の手にかかれば、こんな奴‼」
「よろしい。それでは、マヌーケ殿に勝った時点で、ルシオ殿の合格と致しましょう。――ルシオ殿も、それでよろしいですか?」
「ええ……。もちろんです」
さて……ここからが正念場だ。
こちらの手の内を明かしてしまった以上、奇襲は不可能。真正面から戦う必要がある。
さすがに相手は精鋭中の精鋭だし、勝つことは不可能だと思うけれど。
それでもせっかくメルが作ってくれたこの機会、できるだけのことはしなくちゃな……!
そう思いつつ、俺は気を改めるのだった。




