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悪役令嬢シリーズ

俺は悪役令嬢の婚約者、らしい

作者: 平樹美莉

久々の投稿です。よろしくお願いします!

「嫌ぁ!なんで私が悪役令嬢なのぉ!」


艶やかでまっすぐな美しい濃紺の髪に、宵闇の中に浮かぶ月のような金の瞳。

その瞳がまん丸に見開かれたかと思うと、テーブルをバァーンと叩き、立ち上がった。


可愛いらしいというよりは、将来、ものすごい美人になりそうな目の前の婚約者が、俺の名前を聞いた途端、突然に騒ぎ出した。


今日は、先日決まったばかりの婚約者との顔合わせのお茶会。

目の前には、前世でいう、アフタヌーンティーセットのような、美しい絵柄のお皿がタワー状に積み上げられ、そのお皿の上には色とりどりのケーキや焼き菓子、サンドウィッチなどの軽食が一口サイズに美味しそうに盛り付けられている。


そう、前世。

俺には4歳頃から前世に日本という国で、普通のサラリーマンだった頃の記憶がある。最初は戸惑うこともあったが、この世界では、たまに前世持ちの人も生まれるらしく、珍しい話ではないようだ。


そして、笑い話ではなく、俺はこの世界で第二王子である。

漆黒の髪に、透き通る湖面のような水色の瞳。自分で言うのもなんだが、顔は整っていて、前世でいうイケメン海外俳優のようだ。まだ子供だけど。


はっきり言って、嬉しくない。何が楽しくて、義務ばかりで自由も何もない王族なんかやりたいものか。不幸中の幸は兄上がいるので、王太子という重責は免れることができたということくらいか。


この世界は、文明的には中世ヨーロッパの世界に近い。テレビも携帯も何もない。ただ、魔法があるので、前世のように科学が発達していなくても、以前の生活と違わず便利なので、大して違和感は感じない。


以前の俺は、都市開発の企業で働いていた。将来、王太子の補佐として、前世の知識を活かして、国民をより豊かにできたらとは思っている。


さて、話は飛んでしまったが、今の俺は13歳。目の前の宰相の娘も俺と同じ13歳。

兄上が隣国の王女と婚約したので、俺は国内の貴族勢力の基盤を固めるため、彼女と結婚することになった訳で……


今日は少しでも親睦を深められるようにと、母親達に気を遣われ、子供同士2人きりのお茶会となった。


「はじめまして。私、サラディアン公爵家長女、リリアンヌと申します。婚約者として、以後よろしくお願いいたします」


令嬢らしい、優雅な挨拶。ここまでは普通だった。


「ルイ・アドルフ・エンダルシアンだ。こちらこそよろしく頼む」


恥ずかしかったのか、微妙に落ちていた彼女の視線が、名前を聞いた途端、俺の顔を凝視する。


「ルイ……、アドルフ、エン……ダルシアン」

「?」

「ルイ……、エンダルシアン王国……、第二王子……。なんでこんな重要なことを忘れていたのよ……」


目の前で小声でブツブツと、何やら呪文のように呟いている。

そして、はっと我に返り……、冒頭に戻る。


それまで完璧だった、彼女の淑女マナーがボロボロと崩れ落ちる。


「り、リリアンヌ嬢、大丈夫ですか?」


バァーンとテーブルを叩き立ち上がった、その迫力に押されて、俺は思わず少し後ろにのけぞる。


「あ、悪役令嬢とは、何のことですか?」


口元が引きつるのを我慢して、とりあえず、冷静にと自分に言い聞かせる。

悪役令嬢、それは前世の世界で聞いたことのあるワードである。


「貴方は、エンダルシン王国の第二王子、ルイ・アドルフ・エンダルシアン様ですよね?そして、私はその婚約者で、公爵令嬢、リリアンヌ・サラディアン」


確かめるように聞いてくる。

俺が頷くと、テーブルで頭を抱えこんでしまった。


「どうして?どうして、リリアンヌなの?異世界転生モノの小説は読んだことあるけど、そんなに詳しくなしいし、どうしていいか分かんない……」


目の前の彼女は急にボロボロと泣き始めた。

俺はどうしていいか分からず、オロオロするばかり。

だが、あるキーワードに引っかかった。


「……異世界?今、異世界と言いましたか?」

「……」

「もしかして、リリアンヌ嬢はここではない世界の、前世の記憶があるのですか?」


リリアンヌがゆっくり顔を上げる。


「はい。殿下の顔を見て、今、思い出しましたが、この世界が前世で読んだ本の舞台にそっくりなのです。信じていただけないと思いますが、私は前の世では、この世界ではなく、日本という国の24歳の春川莉里華という女性で……」


話しかけて、リリアンヌは頭を振った。頭が変な女性と思われると思ったのであろう。

しかし、俺はその名前に反応する。


(春川莉里華、彼女は確かにそう言った)


「春川……さん?」


今度は俺が彼女を凝視する番である。


「も、申し訳ございません。頭が混乱してしまっているようです。気分が優れないので、今日は退出させていただいても、よろしいでしょうか」

「待て。君は春川莉里華さんなのか?」

「?」

「私は吉沢類の記憶がある」

「え?吉沢くん?」


2人はパチクリとお互いを見つめ合う。

前世、二人は純日本人で、もちろん、面影などは一切ない。しかし、その名前は確かに胸を震わすものであった。

遠い昔の前世の記憶が、急激に甦る。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



吉沢類としての最期の日、それはいつもと何も変わらない日常だった。


「おい、吉沢。まだ帰らないのか?」


帰り支度をした上司に声をかけられ、顔を上げ時間を確認すると、20時を回ったところである。

今は特に大きな案件も抱えておらず、デスクの山に残っているのは、ほんの数名。


「明日の会議の企画書、もうすぐ仕上がりそうなんで、これを済ませたら帰ります。課長、お疲れ様でした」

「あんまり無理すんなよ。お疲れさん」


大学卒業後、念願の都市開発の企業に就職して早3年。任される仕事も増え、その頃の俺は仕事に夢中だった。

恋愛?就職活動を始めた頃、お互いの忙しさを理由に別れてしまった彼女がいたが、それ以来は一人身。

仕事の忙しさにかまけて、合コンなんかには出席せず……というのは表向きの理由で、実はずっと気になる(ひと)がいる。


同じ部署の同期入社の春川莉里華さん。たまに仕事終わりが一緒になった時などは、一緒に食事に行く関係。

普段から仕事の愚痴やお互いの恋愛観を語り合える、友達以上恋人未満の関係。

本当は告白して、彼氏彼女の関係に昇格したいが、同じ職場だし、心地よい関係が壊れるのが怖くて、なかなか一歩を踏み出せない。


「吉沢くん、もう終わり?」


パソコンを閉じながら、ちょうど彼女のことを考えていると背後から声を掛けられ、ドキッとする。


「あ、ああ。春川も終わり?飯でも食べに行くか?」

「うん」


嬉しそうにはにかむ彼女はマジ可愛い。

もうすぐクリスマス。今日こそ勇気を出して、告白しようか。いや、まずは彼女が行きたがっていた代官山のスイーツのカフェに誘って……。そんなことを考えつつ、鞄に荷物を詰め込む。


ほんのちょっとの勇気がなくて、進まない関係でありつつも、お互いを気にしてドキドキする時間。

生まれ変わった今思えば、いい雰囲気で一番楽しい時期だったのかもしれない。いわゆる幸せへの登り道の途中だった。


まさかあんな終わりが来るとも思わず……


会社を出て、二人で駅方面へ向かう途中の交差点。一台の暴走車が俺達に突っ込んでくるなんて、誰が予想できただろう。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「俺達、あの時の事故で……」

「死んだ瞬間は覚えてないけど、きっとおそらく……」


俺は固く目を閉じる。

前の世界で春川莉里華に告白できなかったことが未練で、この世界に転生してきたのか?


「とりあえず座って?せっかくだし、これ、食べようか。前世では甘いもの、好きだっただろ?いつか代官山のあのカフェに行きたいって言ってたよな。名前はなんだったか思い出せないけど……。本当はあの事故の日の週末の休日に、誘おうと思っていたんだ。……王宮のシェフが作るケーキは、代官山のあの店に負けず劣らず旨いぞ」


前世の吉沢類の記憶に引きずられ、すっかり王子の仮面は取れてしまう。

彼女も少し呆然としつつ、ストンと椅子に座り直した。

俺は彼女にハンカチを差し出した。


「あ、ありがとうございます」


涙をハンカチで押さえつつ、頭をペコペコ下げる。

その姿はどう見ても、日本人である。


「誰も見ていないし、敬語でなくていいから。俺が王子だなんて、笑えるよな。全然王子様なんてキャラじゃなかったのに。でも、王子様って、思っているほど楽じゃないんだぞ。王族は民の生活を守るという大きな責任もあるし、今は王となる兄上を立派に支えられるよう、頑張って勉強しているんだ」


少し照れ臭くなって、誤魔化すように、目の前の紅茶に口をつける。

ほら食べろ、と言わんばかりに俺は取り皿に美味しそうなケーキを何個か乗せて、彼女に差し出す。


「で、悪役令嬢って何?俺、あんまりそういった小説、読んだことなくて……」

「私も詳しいわけではないんだけど、前世の妹がそういうジャンルが好きで、小説を借りたことがあったの。確か人気の乙女ゲームのストーリーが元になっていたと思うんだけど、その小説はアニメ化もされたこともあるみたい。リリアンヌはその小説で悪役として登場するのよ」


「ああ、一部の間では異世界ものって流行ってたもんな。悪役って、何しでかすの?」


魔法はあるものの、中世のヨーロッパに近い世界という認識はあったけど、この世界がまさか物語の世界とは……

それから、リリアンヌはかいつまんで、あらすじを教えてくれた。


「……貧しい下級貴族出身の一人の健気でかわいいヒロインが、いろいろな苦難を乗り越え、魔法学園で爽やか王太子と正反対のクールな第二王子に出会い、同時に2人から惚れられて、2人の間で揺れ動くというベタな話だったはずなんだけど、そこに出てくる当て馬役の悪役令嬢がこの私、リリアンヌ公爵令嬢。第2王子の婚約者でありながら、王太子のことが好きで狙っていて、王太子や第二王子に近づく主人公が許せなくて、取り巻き令嬢を使って嫌がらせをして、最終的には王太子と第二王子から断罪されて、婚約破棄されるのよ」


うーん、前世、仕事とサッカー一筋で過ごしてきた俺には聞いたこともない小説のようだが、いわゆる乙女ゲームというのは聞いたことがある。ここはその世界ということか?


「えっ、リリアンヌ嬢は兄上が好きなの?」


リリアンヌは首を横にぶんぶん振る。


「お会いしたことあるけど、前世の記憶があるから、微妙に好みが変わっているのか、別に何とも思わなかったわ。キラキラとした美少年で、かわいいと思っても、完全恋愛対象外ね。ジャニーズJr.を鑑賞する感じかしら。なんせ精神年齢が24歳+αだもの。子供相手に惚れたりしないわ」


そりゃそうか。ま、そんな俺もまだピチピチの13歳だけど。


「陛下の方が断然好みね」


えっ!そりゃ困る。

……確かに父上はまだ30代前半のイケメンだけど。


「……その第二王子って、俺のことなんだろ?なら、別に春川であるリリアンヌ嬢が嫌がらせなんてしないと知ってるし、断罪なんて起こらないだろ?兄上にも言ってやるよ」


春川とは、飲みの席で過去の恋愛話などいろいろ聞いたが、そんな嫉妬して嫌がらせするタイプではない。どちらかというと、相手の気持ちを察して、身を引くタイプである。


「あ、俺、婚約したら浮気するつもりないし、聞いてる限り、そんな女、好みじゃないし」


自慢でないが、春川へ片想いしていた3年間、どんなに他の女に言い寄られようと興味なかったし、せっかく婚約者としての立場をゲットしたなら、今度こそ想いを添い遂げたい。


「でも、この先、貴方の気持ちがどうなるか、分からないわ。ヒロイン、癒し系美少女で、本当に魅力的なのよ。胸もボンキュッボン……でスタイル抜群。吉沢くん、そういうのが好みだったでしょう?このリリアンヌの体も、莉里華よりは出るとこ出る予定だけど、ややきつめの美女という感じだし。そもそも前世の時から男と張り合うような女らしくない私よ。今もいくら淑女教育を受けても変わらないわ。そんな私なんかが婚約者じゃ……、いいお友達になれても、また恋愛対象には見てもらえないでしょう?」


悲しそうに目を伏せる。

確かに彼女は、前世で仕事において男と肩を並べ、ライバルをバンバン打ち負かすほどの有能な女性だった。だけど、女らしくないなんて思ったことない。いつも壊れそうな心に無理をして頑張って、人知れず傷ついてきた彼女を知っている。そんな彼女を守ってやりたいと思ったものだ。


……ん?ちょっと待て。誰がボンキュッボンな女性が好みだなんて言った?確かに前世の春川は、どちらかというとスレンダーな体系だったけど、十分俺の好みだったぞ。


「……胸がボンキュッボンが好みって、どこからそんな好みが出てきた?俺、そんなこと、春川に話した記憶ない、というか、前世の俺は別に胸にこだわりはない」

「飲み会で他の同期の男子が言ってたよ……」

「そっ、それは他の野郎どもに話を合わせていただけだよっ」


そうか。前世では、きちんと気持ちを伝えられなかったから。


「あの日、俺は春川に告白するつもりだったんだ。心地いい関係が壊れてしまうのが怖くてなかなか言えなかったけど、俺は春川と結婚を前提にお付き合いして欲しいと思っていた。内定式で会った時から、ずっと好きだったんだ」


真剣な俺の言葉に、リリアンヌが顔をぱっとあげた。


「私も吉沢くんのこと、好きだった」


大きく見開いた瞳に涙が溜まる。


「世界が違うけど、俺はまだ13歳の子供だけど……」


俺は立ち上がり、座ったままのリリアンヌの前に跪いて、そっと手を取り、前世でできなかった愛の告白をする。


「今度こそ、俺と結婚を前提にお付き合いしてください。……というか、一生君を守らせてください」

「はい」


少し照れ臭そうな笑みを浮かべたリリアンヌが、俺の手をぎゅっと握り締めた。





その後、俺達はいろいろ語り合った。前世での俺達の知識はきっと今世で役に立つ。

はっきり言って、今の貴族社会は腐っている。二人で理想の世界を築こうと、二人目標を新たにする。


彼女いわく、その腐った貴族社会を立て直すのは、主人公の役目だったらしいが……。


「……でも、物語補正がかかってしまうかもしれないし、やっぱり怖いわ。断罪されれば、私は国外追放になって、その道中で暗殺者に殺されてしまうのよ」

「随分極端な話だなぁ。物語は物語だよ。でも、君は宰相の娘だし、快く思わない勢力が排除しようと、君を罠にかけてくる可能性は、正直ないとはいえないな……。でも、大丈夫だ。俺が必ずお前を守るよ。二人で協力して立ち向かって行こう!」



そして、この1年後、いよいよ俺達2人はヒロインの待つ魔法学園入学の日を迎えるのだ。

読んでくださり、ありがとうございました!


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― 新着の感想 ―
[一言] このまま連載になってもいいのでは? 続きが猛烈に気になります!
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