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空色の双翼  作者: 黒影翼
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第4話・違えた道の先で





第4話・違えた道の先で





「くそっ、邪魔!!」

「ぐっ…が…」


町の出口を目指しながら、ヴァルナートが連れてきていた騎士の一人をマスティが魔法で牽制しシアナが矢を穿つことで昏倒させる。


「ぼ、僕も…」

「その出血で馬鹿言ってんな!普段弱気なくせにでしゃばるから!」

「マスティさんも心配しているんです、任せてください。」


とりあえず布を巻いた上で傷口を押さえているフォルトを後方に戦う二人。

マスティは先頭を進みながら、小さく舌打ちした。


「アンタも大人しくしてたら?あの化物の剣止めて無理したんじゃないの?」

「聞いてました?けど大丈夫です。逆に言えば彼の一撃を止める程でなければ無茶でない位の力はありますから。」

「…そう、じゃあとりあえず町を抜けるまでは気張って貰うわ。」


駆け足で町の出口へと向かう三人。だが、フォルトは動くのすら厳しい中での逃走劇。

戦力の殲滅はヴァルナートが一人で行う予定だったらしいが、それでも警邏や町民への説明などの人員として連れてきていた部下に同時にこられれば、マスティにはどうしようもない。

ヴァルナートが異常だった故に目立たないが、正規騎士と賊でもまた差があるのだ。


「あ、あの!」

「っ!ってプレフィア?」


唐突に声をかけられて魔法を撃ちかけたマスティは、その人影がプレフィアであることに気づいてその手を止める。

静かに手招きされ、三人はプレフィアに続く。



路地裏のような場所に入ると、プレフィアはフォルトの傷に気づく。


「布をどけて、少しじっとしていてください。」

「え、あ、は、はい…」


言われたとおりに巻いていた布を外すフォルト。

プレフィアが血を流す傷口に両手を翳すと、その傷がゆっくりと癒えていった。


「神術の一つです。魔法に応用が利くかは分かりませんけど、これを。」


言いつつ、プレフィアは一冊の本をマスティに渡す。


「今のが記載されてる本?貴重なんじゃ…」

「命や身体には換えられません。他のシスターからも、天使様とお叱りをくれた怒りっぽくて優しい皮肉屋さんに渡すようにって。」

「…本当にそう言われたとして、それをそのまま言うアンタも大概いい性格してるわ。」


顔を背けて本を受け取ったマスティを見て小さく笑うプレフィア。

笑顔もそのままで、彼女は裏路地の通路を指差す。


「少ない人数で全体に説明とか見張りとか回した上で皆さんを探しているので、出入り口以外は主要な通りしかいないみたいです。この路地をこっちに進めば、目立たずに町を外れられるかと。」

「プレフィアさん…すみません。」

「いえ、気をつぐ…っ!?」


唐突に、マスティが思いっきりプレフィアの腹部を殴る。

特に鍛えているわけでもないプレフィアは、一応打ち方だけは様になっているマスティの一撃で思いっきりおなかを抑えて倒れる。


「ま、マスティさん!?なんで」

「いたぞ!町民を倒している!」

「…あぁ、なるほど。」


シアナが慌てたところで丁度覗き込んだ兵の一人に見つかり、納得するフォルト。


「悪いこと言わないから脅された事にしときなさい。」

「そ、それは…どうも…」


小声で告げて駆け出すマスティに、プレフィアは届くかどうかもわからないままかすれた声を絞り出した。









何度目になるか分からないヴァルナートの斬撃とルシアの拳の衝突。

ぶつかる度に、衝撃と踏みとどまる二人の足跡が周囲に刻まれ、領主館の玄関口ごとその周囲を無残なものに変えていた。


「俺とここまで打ち合うか、ただの悪魔なら一撃で千切れ飛ぶだろうに。」


片手で大剣を玩ぶように揺らすヴァルナートの前で、ルシアは両手から血を流しながら荒い息を吐いていた。


(このままで勝ち目はない…か、ならば!!)


両手に黒い力の塊を作り出すルシア。

それを見て、ヴァルナートは特に動揺することもなく剣を構える。


「おおおぉぉぉっ!!!」

「魔性の力に溺れ、まるで獣だな。ふ…餌はここだぞ、来るがいい。」



楽しげに告げるヴァルナート目掛けて、ルシアは地を蹴った。

左手から、黒弾を形成し…自身の前方に浮かべて、右手に力を籠める。


「む…」

「錬黒掌!!!」


挿絵(By みてみん)

左手で形成した黒弾を掴むように、黒い右の掌底を放つルシア。

大剣の一閃で真っ向から打ち合ったヴァルナート。だが…


「ぬ…うっ!!!」


真っ向から衝突して尚、地面を削りながら後退したが、踏みとどまるヴァルナート。

それを見て、ルシアが顔を歪めた。


(っ…馬鹿な、要塞の金属扉や山や崖の一部を砕く為の技だぞ…)


激しく脈打つ胸の鼓動、渇きを訴える身体。

それを振り切るように大剣ごと押し込んだ自身の右手を握り込んだルシアは、反転、逃亡を開始した。



その背を見て、ヴァルナートは動かない。動かず、そして…



「ふ…ははははは!そうか!そう来るか!全く大したものだ!!」



盛大に笑った。

少しして、マスティ達によって倒された騎士が、報告の為に恐る恐る顔を出す。


「ヴァ、ヴァルナート様…」


ありていに言って及び腰の部下の様子に息吐くヴァルナート。


「天使達は逃がしたようだな、ふっ…全く、グラムバルドの正騎士と言うのも使えんな。」

「も、申し訳ありません!」


少女二人と手負いを逃がした事に平伏するように頭を下げる騎士。

ヴァルナートはその騎士に近づくと、その肩に軽く手をおいた。

軽く、だが覆われた鎧の重さのため、騎士の身体が傾く。


「気にするな、俺も含めてだ。ヴェノムブレイカーを逃がした。」

「な…ヴァ、ヴァルナート様から逃れたのですか!?」

「奴らはフロリス制圧のおまけだ、気に病むな。とりあえずここを機能させるほうに人を集めろ。」

「は、はっ!」


ぼろぼろの領主の館を指して告げたヴァルナートの命を聞き、弾かれたように駆け出す騎士。

その背を見送ると、ヴァルナートは再び笑う。


(あれだけの力を飲まれずに扱うか、ヴェノムブレイカー…ルシア…名ばかりかと思っていたが、中々面白くなりそうだ。)


現世の誰一人として届かない身であるヴァルナートは、久しく会えずにいた『敵』に心踊るのを抑えられなかった。











馬を使って追跡されるのを避けるために森に来たのだが、あまりに深くまで行くとルシアが見つけることが出来なくなるという事で、三人は森で休むことにしていた。


「くそっ!何であんな化物がここに来てるのよ!!!」


震える手で拳を握ったマスティは近場の木を殴りつける。

今になって、あのヴァルナートと対峙したと言う事実が身体に恐怖と共に襲い掛かっていたのだ。

それは、フォルトも同様で、脇腹に手を当てながら震えていた。


「人の範疇に無かったですね…ハルカさんもあそこまでの強さではありませんでした。」


ハルカとの一戦を比較するように振り返ったシアナも浮かない表情をしている。

だが、震えや恐怖は感じられないその姿を見て、マスティはシアナを睨む。


「アンタなんで平然としてんのよ、やっぱりルシア様が悪魔だから死んでも平気って訳?」

「ぁ…そう…ですよね…ルシアでも…死ぬんです…よね…」


呆然と呟くシアナ。

今更のように呟くシアナを見て、マスティは溜息を吐いた。


「コイツを逃がす為に命がけの時間稼ぎを引き受けたのかと思うとやってられないわね。アンタ、アレを説得しようとしてるのよ?」

「全ての人があれほど人の死を厭わ」

「それ以上寝ぼけた事言ったら今焼き殺すわよ?」


マスティの言葉に本気の殺意を感じて、シアナは黙り込んだ。

ヴァルナートを英雄にして筆頭として挙げているグラムバルドの起こす戦乱を、犠牲なく止める。

無謀と言うより不可能、とても付き合えた代物ではなかった。


(ルシア様は何でこんな奴のために…ううん、自分の為と言ってたけど…じゃあコイツに一体何を見てるの?)


マスティなりに、多くを語らないルシアの事を感じ取っていたつもりだったが、シアナに何を見たのかが全く分からずに戸惑う。


「多分ルシアは大丈夫だと思います。」

「気休めにもならないわね、根拠でもあるわけ?」

「彼の一撃、私の力でぎりぎり止められましたから。ルシアから感じられる力は私と同じ位…それより強いかもしれないほどです。戦いに縁のない私はともかく、あの力を使えて戦えるなら、条件は同じだと思います。勝つのが無理でも逃げてくる位なら…」


力を感じ取る事が出来るシアナとルシア。

その感覚からの比較の為、マスティにも出鱈目では無い事は何となく判った。

だが、それでも浅いと鼻で笑う。


「達人同士なんていつ何が原因で死ぬか分かったものじゃないわよ。あの英雄様がただの筋肉馬鹿ならそりゃルシア様ならどうとでもできるでしょうけどね。」


自分で言っておきながら、それはないと思うマスティ。

無能のパワー馬鹿が奇襲の雷撃魔法を切り払うなんて馬鹿げた真似を大剣で出来るはずがない。

シアナにしても、自分の矢を掴んで止めた様を見ている。それ以上安心させるような言葉を思いつかなかった。



「っ…誰ですか!?」



シアナが一人叫び、誰の影もない森を見る。

その木の一つの影から、グラムバルドの騎士服を身に纏った青年が姿を見せた。


「人の心配をしている場合か?」


マスティとフォルトが声に応えるように構える。


「ち…雑魚が一人で!」


氷塊を放つマスティ。

騎士の顔面目掛けて放たれたそれは、直前で横に動いたためかわされる。

丁度そこへ飛び込むように、フォルトが斬りかかっていた。


「はっ!」


短く鋭く振るわれた騎士の剣閃が、フォルトの剣と打ち合わされる。

衝撃に一瞬硬直するフォルト。次の瞬間、その足が打たれた。


「っ…」

「フォルトさん!くっ…」


倒れたフォルトを見てシアナは光の弓を引き…


彼は、剣を納めた。


「え?」

「天使の一団は騎士一人とて殺さず脱出したと聞く、ルシアとの用事が終わるまでお前達と殺し合うつもりはない。」


剣を納めた騎士相手に弓を引き続けるわけもなく、シアナも光の弓を消す。


「はっ…町の兵士をゴミみたいに斬り散らして捨て置いてよく言うわ!」

「マスティさん!」


動かないならそのままでもトドメをと言わんばかりのマスティに叫ぶシアナ。

命令ではなく懇願。

非戦に繋がりそうな要因に此方から危害を加えるなどシアナの願いのわけがなく、マスティはともかくルシアはシアナの行動に何か用事がある。

聞きたくはなかったが、それがシアナの方針なら無闇に攻撃は出来ず、マスティはその手を下げた。


「だが…俺もそこの少女と同意見だがな、何故アイツはお前のような偽善者に寄り添っているのか。」

「アイツって…貴方こそあのルシアと知り合いなのですか?ならそれこそ何故殺戮に加わっているのですか?」


真っ直ぐに問いを返すシアナ。

そんな彼女としばらく見つめあい、何かに納得するように騎士は頷いた。


「そういう事か…馬鹿め、まだ幻想に浸っているのかアイツは…」

「ちょっと、ルシア様の何を知ってるのよ?」


一人勝手に理解したような呟きを漏らす騎士。

ルシアの理解、となれば食いつかないわけもなく、マスティが問いかける。

だが、凄むマスティを意にも介さず、騎士は首を横に振った。


「何も聞かされていないと言う事はお前達はルシアにとってそれに値しないと言う事だ。或いはアイツが一人でやりたがっているか…どちらにせよ、今俺から話す事はない。」

「くっ…」


切り捨てるように言われ、マスティは口をつぐんだ。

並ぶに値せず、一人でいたがっている。それはどちらも、マスティが思い知っている事だった。

と、遠くから草を踏み駆けてくる足音が近づいてくる。

音のほうから、一同のもとに急ぐルシアの姿が見えた。


「…む、来たな。」

「お前…カーク?」

「話がある、少し離れるぞ。」


顎で離れるよう示すカークと呼ばれた騎士。

ルシアは無傷のシアナ達と足を押さえているフォルトの様子を見たうえで、カークについていってその場を離れた。


「いやはや、皆さん大変そうですね。」


唐突に聞こえる声に一同は視線を向ける。

森の中から白い外衣で完全に身を包んだ青年がそこにいた。

森を突っ切ってくるにはあまりに異端な様相の青年に、マスティは再び構える。


「千客万来ね…ああもう、望んでもないってのに。」

「おっと、誤解なきように。私はただの吟遊詩人ですよお嬢さん。」

「ただの吟遊詩人がどうしてシアナやルシア様の感知を避けて近づけるわけ?」


マスティの言葉を聞いて、シアナとフォルトはその事実に気づく。

フォルトはともかく、先刻カークの接近に気づいた筈のシアナ自身が驚いている事にマスティは額を押さえた。


「…お人よしプラス大間抜けね、ルシア様と会えなかったらあんたもう死んでるわ絶対。」

「す、すみません…えっと…その衣ですか?」

「さすがに直接見られれば分かりますか。封印系の術が組み込まれたものでして…探査術を避ける術になります。」


饒舌に語る青年は、楽しそうに外衣をはためかせる。

その様子を見て、マスティは肩を竦める。


「身を守る為って訳?そんな目立つ位真っ白で綺麗な服で特殊効果つきなんてかえって賊とかに狙われそうだけどね。」

「これはこれは、ご心配ありがとうございますお嬢さん。」

「寄るな。」


近付こうとする青年を鋭く睨むマスティ。

それを見て、青年は手を広げた。その手には弓が握られていた。


「私はセリアスと申します。見ての通り、自衛程度の腕前はありまして。よければ同伴願えないでしょうか?」

「はぁ?」

「語り部として、今のグラムバルドの動きや情勢を見聞きするためにエルティア聖王国から此方に来たのですが…町でお話を伺う程度のつもりがもうこんな所にグラムバルドの兵士が…」


そこまで言うと、セリアスはシアナを見る。


「聞けば天使様はグラムバルドを説得しようとお考えのようで。さすがにそれが上手く行くとは思いませんが、同伴できればグラムバルド、ランヴァール両国や、そこに住まう人々について見聞きする事ができそうだと。いかがでしょう?」

「怪しすぎるわ!!」


自分から晒したとはいえ武器と特殊装備を持ったまま寄ってきた吟遊詩人を名乗る正体不明の人間。

マスティの叫びは至極当然のものと言えた。

だが、怪しまれたセリアスは涼しい顔でマスティを見る。


「これは手厳しい。ですが、天使様が承諾してくださるなら決まったようなものですよね?」

「ぐ…」


警戒心の強いマスティだが、無茶を承知で天使に同行している身。

あくまで方向性はシアナが決める代物だ。そして…


「分かりました、危険があることも承知でしたら構いません。」

「…でしょうね。」


人の危険、と言う以外で断る訳がないと言う予想の範疇を外れないシアナの解答にもはや怒る気さえうせたマスティは肩を竦めた。


「…では、怪しすぎる身ですが、しばらくよろしくお願いします。」


営業職のような笑顔のセリアスに対してシアナは微笑んで頷いて…




「勝負しろルシア!!!」




声が響いてきた。

鋭く強い声に物々しい内容。

さすがに放置しておけず、一同は声のした…ルシアとカークの離れたほうへと足を向ける。

会話の声が届かない程度に、それなりに離れていた二人の下に一同が辿り着くと…



カークが、腹部を押さえて地面に転がっていた。


言葉の物々しさを余所に事も無げに片付いているせいかどこか笑い話のような有様で、シアナですら頬が引きつっていた。


「えーと…」

「殺してない、俺に襲い掛かってきて倒れるのはこいつの趣味みたいなものだ、放っておけ。」

「ふ、ふざける…な…俺は…」


悶えるカークを見下ろして、息を吐くマスティ。


「あの化物や他のグランナイツでもない限り、こうなって当たり前よね。焦って損したわ。」


内容が物騒故に慌しく来た一同だったが、ヴァルナート相手に時間稼ぎをして引いて来たルシアが配下の騎士一人に一対一で危険などない。


「では行きましょうか。あ、私の事は道すがら話させていただきますよルシアさん。」


一同は、カークを置いて森を歩き始めた。









倒れたまま、深い呼吸を繰り返すと、カークはゆっくりと起き上がった。


「…くそっ。」


振るった剣を掴まれて腹部を強打される。

順当すぎる瞬殺だった。否、殺されてもいなければ、ルシアのほうはヴァルナートとの激戦後で脇腹と切り傷を幾つも作ったボロボロの拳を伴っての戦闘。


圧倒的な差だった。


無理を言って天使の追跡…ルシアとの勝負に乗り出した身での惨敗。

ヴァルナートへの報告を考えると憂鬱だったし、何より…


(俺はまだ…駄目なのか…)


ルシアが告げた通り、趣味と言われるほどにカークはルシアに挑んで倒されていた。

グラムバルドの騎士となる程の腕になって、ルシアに挑んでは見たものの、結局こうなった。

それが、カークにとっての最悪だった。


ショックを引きずったまま、フロリスの領主の館に戻ると…


シスターが連れてこられていた。


指揮官のヴァルナートを前にまるで罪人の如く座らされているシスター達。

基本町民に手は出さない方針であるはずなのに、戦闘力皆無のシスターを並べている状況にカークは首をかしげた。


「あの…これは?」

「シスターが天使の逃亡を手引きしたようでな。『手向かった者を全て殺す』のが皇帝の命となっている故に、こうして連行してきた訳だ。」

「私一人です、他のシスターは解放してください。」


その中で、凛とした声で告げる一人のシスター。

それは、マスティの言を聞かずに堂々と彼女達は何もしていないと言ったプレフィアだった。


「プレフィア?」

「貴方…まさか、カーク?」


旧知の知り合いであったカークは、思わぬ再会に驚き呆然とその名を口にし、一方でプレフィアも驚き、その後グラムバルド軍の服に身を包むカークを睨み付けた。


「知り合いの所悪いが、いくつかの案がある。首を刎ねるか、兵にでも遊ばせるか。」

「っ…何が騎士ですか!完全に賊のそれじゃないですか!」


感情を見せずに告げるヴァルナートに激昂するプレフィア。

さすがにカークとしても同感だったが、理由は把握していた為口を挟めずにいた。


逆らうものに死を、と言うのは鎮圧を滞りなく行うための決まり事。恐怖と、逆らわないものへの安心の差が大きいほど、それがスムーズに進む。

故に、容赦のない暴と、平穏を選んだものへの被害を最小限にすることを両方選択しているのだ。


ヴァルナートは顔も見せない重鎧のままで続ける。


「君達の場合我々に武器を以って逆らった訳ではないから問答無用で殺すよりは『マシ』な選択肢を用意したつもりだ。無論、『誇り』で処刑を選ぶのなら、グラムバルド最強の剣を以って応えよう。」


女の非戦闘員相手に、敵兵以外相手の処置以外を用意しただけ。

澱みなきヴァルナートの言葉に、シスター達は震えて身を抱える。

自分一人ならまだしも、背後に他のシスターもいる中で勝手に敵対を口に出来ずに歯噛みするプレフィア。


「…その天使達の情報は?」

「口を割らん。中々強い女だな、お前の知り合いは。」

「では、私がその拷問を引き受けましょう。」


カークの言葉に、プレフィアは無言でカークを見る。


「貴様に任せる必要がないな。天使の追撃に出て敗退して帰って来たのだろう?」

「是非にも。」


ヴァルナートと真っ直ぐ向かい合うカーク。だが、周囲の騎士は気が気ではなかった。

ヴァルナート相手に真っ向からものを喋る人間など、皇帝とグランナイツ以外に見かけたことはないのだ。


静かに、大剣を背から抜くヴァルナート。

それを見てカークも剣を抜いた。


「ま、待て馬鹿何考えてる!」

「何…とは?」

「お、お前敗走したばかりだろうが!ヴァルナート様と剣を構えてどうする気だ!?」


震え気味の騎士が止めるのも気にも留めず、カークはヴァルナートと向かい合う。


「俯いて、頭を下げていてよければ、図太く提案など持ち出しません。口に見合うものを見せろ、と言う意図なら、応えない方が失礼でしょう。」


当然と言わんばかりに答えて、ヴァルナートを前に構えて向かい合うカーク。

少しして二人の身体が動き…

カークの剣が、ヴァルナートの大剣と衝突するのと同時に粉微塵に砕け散った。


その勢いのままに襲った峰打ちが、まるで鞠の如くカークの身体を吹き飛ばし…


「ま…だ…」


地面を転がった末に立ち上がろうとしたカークは、それも出来ずに前のめりに倒れた。

そこまでを見た上で、剣を背に納めたヴァルナートはプレフィアを見る。


「シスタープレフィア。」

「…なんですか?」

「お前といい奴といい、良い出来の集まりだったようだな。」


この状況で褒められて喜ぶ趣味はないと言わんばかりにヴァルナートを睨むプレフィア。


「彼女の処遇をカークに任せる、他のシスター達は丁重に教会に送れ。」

「「はっ!!!」」


鶴の一声。

ヴァルナートの一言で一斉に動き出した騎士達が座らされているシスターを解放し、プレフィアだけを拘束したままで立たせた。


「奴に感謝しておけばどうだ?」

「拷問にかけられる予定なのに出来るわけないでしょう。」

「それもそうか。」


緊張したままのプレフィアを小さく笑ったヴァルナートは、制圧した領主の館に入って行った。

改めるように周囲を見回すプレフィア。

そこには、到底人の戦った痕とは思えぬ惨状が周囲に刻まれていた。

地は抉れ、木や家屋は破壊され、化物が暴れたような有様だった。

人同士の戦いがあったとして、たとえ数が多く残虐な者が集まった所で、血しぶきや遺体が増える事はあっても、地形が変わるようなことはありえない。


これを成したのは、ヴェノムブレイカー…ルシアとヴァルナートだと、プレフィアも聞いている。


明らかに人の域を外れた所業。

プレフィアは、それに人の身で挑んだカークに視線を向ける。


(カーク…貴方は相変わらず…ううん、どうしようもない馬鹿になったのね…)


倒れ付すカークを、残念なものでも見るかのように見下ろした後、プレフィアは全てを諦めたように目を閉じた。




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