第3話・英雄という殺戮の先兵
第3話・英雄という殺戮の先兵
木々が減ってきて、森の中からは外れた頃、シスタープレフィアはゆっくりと目を開いた。
それを確認するルシアと目が合う。
「…え、ルシア?」
プレフィアは呆然とルシアの名を呟き、その胸元に抱えられている事に気づいて一気に覚醒する。
「え…えっ?えっ!?わ、私なんで!?」
自身の身体を抱え込むように腕に力をこめるプレフィア。
そんな彼女の動揺をまるで意に介さずにルシアは口を開く。
「落ち着け、起きたなら降ろす。」
「あ、う、うん…」
まるで動揺のないルシアを相手に、一人慌てていたプレフィアは釣られるように冷静になって、丁寧に足から降ろすルシアにあわせて立つ。
そこでようやくルシア以外の姿に目が行ったプレフィアは自分の状況が分からず全員を見回した。
「私…賊の方に捕まって…あの…皆さんは?」
「ヴェノムブレイカーとその邪魔者二人。」
引きずった怒りを隠そうともせずにそう言い放つマスティ。
少し後ろから着いて歩いていたシアナとフォルトはそんな彼女に何も言えなかった。
「ヴェノムブレイカー…毒の牙を壊滅させた二人組…そっか…ルシア、今そんな事を…」
複雑そうに呟いてルシアを見るプレフィア。
シスターとして、人を傷つけているルシアを糾弾すべきか相手が賊だから賛同すべきかで困っているのだ。
だが、その思考は外野により断ち切られる。
「さてと…落ち着いたならアンタにはルシア様のことについて話して貰いましょうか。」
「え?」
ルシアの名を呟いた、マスティの知らない人物。
それはつまり、マスティよりも古い知り合いと言う事になる。マスティが興味を持たない筈がなかった。
ニヤニヤと笑みを浮かべたマスティに寄られ、不思議そうにルシアを見るプレフィア。
「話すな。」
「うー…ルシア様ぁ…」
短く拒絶したルシア。
それに落ち込むマスティを見て、一緒にいる三人ですらルシアの事を殆ど知らない事を察するプレフィア。
千載一遇のチャンスを失ったと言わんばかりのマスティの反応に、プレフィアは少しかわいそうになる。
「悪魔の『めいれい』に素直に従う僧侶って言うのも変だから、女の子の味方しよっかな。」
旧知のルシアへの悪戯の意味もこめたプレフィアの呟き。
彼女にとっては無表情で淡々としているルシアが少しは反応を示すのではと、そう思った程度の悪戯心だったのだが…
「…頼む。」
ルシアは、腰を折って頭を下げてそう言った。
冗談じゃすまないその空気に、マスティも一瞬喜んだ笑顔を消して、プレフィアも驚いて申し訳なさそうにした。
「ごめんなさい、そんなに大事な事だって思わなくて…」
プレフィアは、自身が軽い気持ちで話をしてしまいそうになったことを謝って…
距離を近づけていたシアナの背に広がる四翼を見た。
「…え、て、天使…様?」
「彼は人の死を、戦乱を止める私について行く理由がある、と言いました。そして、戦力として協力すると。貴女もシスターであるなら悪魔について地上での知識程度はお持ちでしょう?対価もなく悪魔が協力を持ち出す事はありえない。」
言ってシアナは翼を消す。
予想もしていなかった事態に頭がついていかない中、プレフィアは真摯にシアナの言葉を聞く。
「人の仔細を勝手に漁る気はありません。ですが、これは聞いておかなければいけません。今はシスターとなった貴女から見て、彼は人や天使に害を成す願いを持つ者ですか?直接でなくても、例えば『闘争が趣味』とか。」
だが、ルシアを疑うものである事に、素直に聞き入れる事が出来なくなった。
けれど、プレフィア自身はシアナの問いかけの理由を、悪魔が警戒すべき者だと言うことは知っている為、ルシアとシアナを見比べるようにして…
「アンタさっきから今までいい加減にしなさいよ!シスターに天使であることを利用して話を聞きだそうなんて何処まで根性腐ってんのよ!!」
マスティが激昂した。
シアナはそんな彼女を前にしても、動揺もなく淡々と告げる。
「仔細を漁るつもりはありませんが、これは聞いておかなければいけません。彼が悪魔である以上は。」
「貴様…っ!」
再燃したマスティとシアナの一触即発の空気を前に、ルシアが拳を握り…
「天使様の事が好きなんじゃないですか?」
プレフィアは笑顔で爆弾発言をして見せた。
硬直。
怒っていたマスティも、凛と立って向かい合っていたシアナも呆けたようにルシアを見る。
ルシアは頭を抑えて首を振った。
「…どうしてそうなる?」
「ルシアは好きな人に少し控えるみたいにずっと着いて、その様子を伺って、困ってたら手伝ったりするくせに自分は悪魔だってぴったりはつかないんですよ。ですから、天使様が道中危険になったら人が危ないかもしれません。」
「ついさっきそうでしたね。」
ルシアとシアナの立ち位置を見てきたように的確なプレフィアの解説。それが、余計に今の発言に信憑性を持たせてしまう。
オマケに、今の今まで他人事のように一切入ってこなかったフォルトの呟きがまるで答え合わせのようになってしまう。
「ルシア…様?」
マスティはこの世の終わりと言わんばかりに、シアナは、自身を守るように身体を抱え、それぞれにルシアを見る。
ルシアはそんな二人を見て首を横に振った。
「違う。だが、シアナが殺されたら俺の目的は遠くなる。確かにそれはさっきみたいに人を殺す可能性になるな。」
「…気をつけます、ですから貴方も。」
「分かっている、約束は守る。」
微妙な空気の中、シアナの質問にある『人を害する可能性』に自分の無事を挙げられて、しかもそれ自体には同意され困惑するシアナ。
蚊帳の外のマスティだったが、さすがにここで割って入る気にはなれず、結局二人を面白くなさげに眺めるだけだった。
そんな中、フォルトがそっとプレフィアに近づいて耳打ちする。
「…わざとふざけました?」
普通に回答するならあの空気で色恋沙汰に繋げる訳がない。
そう考えてのフォルトの問いだったが…
「どうでしょう?でも、仲良く出来たほうがいいですよね。」
わざとならわざとでそれを馬鹿正直に答えるはずもなくぼかして笑うプレフィア。
彼女の悪戯っぽい笑みを見て、フォルトも笑い返した。
(少なくとも…彼女から見て過去のルシアさんに危険で嫌う所はないんだ。だから庇って、天使であるシアナさんと仲良くさせた。シアナさん、大変だから気づいてないだろうけど。)
ルシアの過去や目的を知ること、ではなく、彼が人に仇なす者ではないのだろ知ること。
それだけならこれで十分だろうと言う事はフォルトにも想像が出来た。
町が近づくと、ルシアがピクリと肩を撥ねさせた。
そのまま、町を見据え、目を細める。
「ルシア?どうしま…っ!!!」
「…お前も感じたな?」
力を感じ取る事が出来るルシアとシアナ。
その二人が町から感じ取ったモノ。それは、人だらけの町の中から明らかに別物とわかる力の塊。つまり…
「おそらくは、グランナイツだ。」
ルシアの宣言に、絶望を孕んだ沈黙が降りた。
そんな中、ルシアはシアナを見る。
「フォルトを預け防戦を頼みに行く。それだけが目当てなら無視して別の町へ避難するのが得策だが」
「行きます!兵士の方や領主の親族が殺されるなら止めないと!それに、話をしないと何も変わらない!」
ルシアからの問いが終わらぬうちに返す即答だった。
「進軍をとめるなら、最悪グランナイツを医者送りでも侵攻は遅らせられる。」
「僕も…姿位は見ないと…」
マスティとフォルトも覚悟するように呟きを漏らす。
頷いて、ルシアはプレフィアを見た。
「ただのシスターなら何もせず教会にいろ。押し返せればいいが、軍が来ているなら確実とも言えない。」
「そう…ですね、ごめんなさい。助けて貰ったお礼も何も」
「急ぎだ、もう行く。」
言うだけ言って、ルシアは駆け出した。シアナもその後に続く。
二人の速度を見て、マスティは舌打ちした。
「ち…あいつルシア様について行けるのね!」
「い、急がないと!」
見失ったら追いつけない。着いていけないまでも全力で追おうと二人も駆け出し、プレフィアはその背を見送る。
『ヴェノムブレイカーとその邪魔者二人。』
『彼は人の死を、戦乱を止める私について行く理由がある、と言いました。』
マスティとシアナから聞いた、今のルシアの行動のさわりを振り返り、プレフィアは祈るように手を組む。
(先生…私達は貴方のような誰かの救いになれるんでしょうか…)
直接後を追っても知り合いと思われ巻き込まれる。
それを避けてわざわざ先行してくれたルシア達の気遣いを受け入れ、プレフィアはしばらく四人の無事を祈った。
シアナは四翼を展開しながらルシアを追い、心底感心していた。
(力、だけなら私の全開の方が強いように見える。なら、彼は悪魔としての力以外に、修行すると言っていた通り、鍛えている。)
戦闘なんて存在しない場にいたシアナは一瞬でハルカに倒されたが、四翼はそれなりの力を持つ証。故に、前を走るルシアについて行くのが手一杯なのは、ルシアが悪魔としての力に頼りきりでない事を証明するものだと感じていた。
同時に、悪魔の身で修行していたと言う話に嘘が無い証明にもなる。
(全部本当なら、絶対に悪魔には思えない。なのに、悪魔と名乗りその力を行使している。貴方…本当何のつもりなんですか?)
改めて感じるルシアの歪さにシアナは戸惑いを強める。
マスティを怒らせるような疑いの数々は、自分が悪魔だからと繰り返しているせいなのはシアナとて分かっていたが、それでも事実のため警戒を緩めるわけには行かない。
(いっそ素直に普通の悪魔なら分かり易いのに…或いは…っ!)
一瞬沸いた思考にシアナは表情を歪めた。
(素直に人間だったなら力を貸して貰えたなんて…私は一体何をしに来たつもりなの?)
人を助けに来たのに、人だったら力を借りられたなんて完全に間の抜けた思考といわざるを得なかった。
そうこうと考えているいる間に、領主の館に近づく二人。
兵士の遺体が転がっていた。
「っ!」
思わず足を止めるシアナ。
気づいた上で、ルシアは見向きもせずに進む。
ルシアの背を見て、地に倒れる事切れた兵士を見て、握った手を振るわせたシアナは、ルシアの後を追った。
(どうして…なんでっ!!)
『人』にとって、兵士が何処かで一人倒れる事は、旅人が知られず殺される事は、見向きするような大事じゃない。
けれど、シアナからみれば、彼等はただ一つ一つ人の命だった。
館の主だろうが大商人だろうが、村の少年少女だろうが、シアナにとっては変わらない。
変わらず尊いモノだと言う事を知っている。
だから…
「ふむ…領主不在と言うのも芸がないものだな、折角出向いたと言うのに。」
シアナには、眼前で、兵士を鎧ごと突き刺した剣でぶら下げている『黒い金属の塊』は、とても正しき者には見えなかった。
「貴方…は…」
「ヴァルナート。グランナイツの一人にして大陸最強の騎士。」
短く、端的に答える真っ黒な金属の塊。
答えてそして、兵士をぶら下げた剣を縦に振りぬき、その遺体を両断する。
「…騎士を名乗るなら、天使の話を聞け。」
「ふむ…そう来たか。賊の言葉に耳を貸す義理はないが、白い翼の天使相手だからな、多少は付き合おうか。」
シアナを庇うようにその前に立っていたルシアは、少し横にずれる。
シアナは、顔の見えないほどの兜を被ったヴァルナートを真っ直ぐに見る。
「私は…戦乱を止めに来ました。貴方達は何故こんな凶行をしているのですか?」
「凶行と来たか、同族を殺しているからそう見えるかもしれんが、地上は勝者が住まう場だ、別段不思議な事もあるまい。」
「何を馬鹿な事を!人まで殺して食べるわけでもないでしょう!それに、訳もなくこんなことしない筈です!!」
当たり前。
そう言わんばかりのヴァルナートの態度にシアナは叫ぶ。
「俺に関しては『皇帝の命故』としか答えれんな。あぁ、その命の一つだが…」
シアナの叫びも何処吹く風とばかりに聞き流したヴァルナートは、剣を…人と同じほどのサイズの大剣をまるで紙切れでも振るうかのように真っ直ぐに振るいシアナに向けて伸ばす。
「戦乱を止める…グラムバルドの妨害を行う天使が現れた場合、生死問わずで連行しろと皇帝から命が下っている。皇帝の話が聞きたければ大人しく捕まれば聞くだけは聞けるだろう。」
「な…っ…」
生死問わず。
天使という事を把握した上でそれを命じたという事実を聞かされ、シアナは改めて驚愕する。
ヴァルナートは呆然とするシアナには興味もないのか、顔も見えない兜をルシアに向ける。
「さて…もう良いかね?ヴェノムブレイカー。」
「賊と言っていたな?」
シアナとの会話を勧めたルシアを賊と言ったヴァルナートを、ルシアは睨む。
「賊討伐で賊から金品を奪うハイエナのような真似をしているのだろう?それは国のものだ。」
「ふざけるな、襲われた村や町の人のものだろう。」
「その町村は国のものだ。勝者のな。」
あえて勝者のと付け加えるヴァルナート。
ルシアは彼の指摘そのものが間違いとも、自分が正義とも考えていなかった。
人や町を襲う賊徒を討伐金品を得る。それをハイエナと表現されるのはあながち否定できないと考えていた。
だが…
「人も…と、そう言いたいんだな。」
「当然だ。」
揺ぎ無いヴァルナートの回答に、拳を握り締めるルシア。
これが、シアナについてきただけのルシアですらわざわざ問いを投げた理由だった。
作業のように命を奪い堂々と立つ騎士。人を勝利国の物と言い切る騎士。
そんなものに、賊を討ち倒して来た事を嘲るように言われる筋合いなどルシアにはなかった。
ここにきて初めてルシアから感情を感じ取ったような気がしたシアナは、人をものとするルシアの問いに平然と同意した眼前の騎士を睨む。
「さて…天使、同行して貰えるか?」
「お断りします。」
「だろうな。」
きっぱりと拒絶したシアナの回答を予測していたのか、ヴァルナートはその手の大剣を振り上げて…
空を薙いだ。
落ちて来た雷が大剣によって切り払われ、いつの間にか合流していたマスティが舌打ちした。
「食らって平然と突っ立ってるならともかく、雷叩っ斬る普通?」
「最強の称号は普通の人間は持てんよ少女。」
「あっそ。」
少し離れているからこそ軽口を叩くマスティだったが、その手は軽く震えていた。
手にしているのは大剣、全身を包むのは金属の塊にしか見えないほどの完全な重鎧。
どう見ても普通動けないそれで、ヴァルナートは神速の剣閃を振るって見せたのだ。
一閃、それを見ただけで、フォルトはがたがたと震えていた。
理解が出来たのだ、『あれ』と戦えばどうなるのかが、一目で、一瞬で。
「手向かう敵には死を…天使よ、無事でありたくば動かぬことを薦める。」
言うや否や、ヴァルナートは地を蹴った。
「走るな化物!」
悪態を吐きながら向かい合って構えたルシアは、自身の頭上から振り下ろされる剣をすれ違うように回避しながら踏み込み…
振り下ろされていた大剣は、途中で斬り返されルシアの脇腹に食い込んだ。
横に振りぬかれた斬撃によって吹っ飛ぶルシア。それを横目に、シアナは矢を放った。
兜の隙間、視界を確保する為に開かれている空間目掛けて放たれた矢は…
到達前に、ヴァルナートの左手に掴まれて砕かれた。
「意思の力を穿つ光の矢か…ふむ、『殺し合い』であるならハルカも躊躇わんだろうが、なるほどな。」
(ルシアでも同じ事はできるだろうけど…あの鎧のままで…本当に人間なの?)
驚愕と緊張で後ずさるシアナに向く、黒い鎧。
そこに、一冊の本が飛んで来た。
剣の一閃で散らされ、ばらばらとページを撒き散らす本。
直後、その本のページごと炎が燃え盛り、黒き鎧の姿を覆い隠した。
「はっ…英雄様も攻撃力のない投擲には油断したわね。油仕込んだ本の紙束、私程度の炎魔法でも人一人焼き尽くすには」
マスティの言葉は、炎のドームが内側から両断されて消し飛んだ事によって止まった。
僅かな残り火が周囲に散って消えて行く中、ヴァルナートはマスティを見る。
「賊の少女よ、名を聞こう。」
「っ…マスティ=ハーツ…」
普段なら敵からの問いなどまともに答えないだろうマスティ。
だが、ヴァルナートの雰囲気に、そして、絶望的な戦力を目の当たりにして、自然『答えさせられて』いた。
「では…見事だマスティ。この俺にダメージと言えるものを与えた者は久々だ、『熱かった』ぞ。」
言うや否や、ヴァルナートはマスティ目掛けて駆け出した。
間合いに入った瞬間横薙ぎに大剣を振るう。
「くっ!!」
「ちょ…」
マスティの傍らにいたフォルトが、彼女を抱えて思いっきり跳んだ。
なりふり構わないフォルトと共に地面に転がるマスティ。
のしかかるようになったフォルトをすぐにどけられず、マスティはフォルト越しに剣を振り上げたヴァルナートの姿を見…
割り入った白い四翼に視界を塗りつぶされた。
「クリアディバイダーっ!!!」
四翼の天使…シアナの激昂と共に展開される守護障壁。
それが、振り下ろされたヴァルナートの剣を止めた。
「俺の剣を止めるか…無理をしていいのか?」
「私は…誰の味方をしに来たわけではありません…でも!人まで所有物と言い切るような貴方に、二人の命運など絶対に譲りません!!!」
ヴァルナートの剣を押し留めるシアナの障壁。それが罅割れる。
それでも、シアナはその場を動かず…
大剣に、黒い力が衝突し、横に逸れた。
障壁を切ったシアナは、その場に膝から崩れ落ち、黒い力の飛来した先を見る。
ルシアが立っていた。
彼の背から黒い翼のような力の奔流が巻き起こり、その濃さがそれまでよりも強大な力を引き出している事を物語っていた。
崩れ落ちたシアナから興味をなくしたかのように、ヴァルナートはルシアを見据え…
ルシアのほうが駆け出した。
ヴァルナートの間合いに入った所で、大剣が容赦なく振り下ろされる。
ルシアはその一撃を、左拳の甲で横に逸らした。
そのまま、踏み込みから右拳を突き出すルシア。
左手でそれを掴んだヴァルナートは…
地面を削りながら、僅かに押された。
全身の鎧に加えて超重量の大剣。ただの地面は立っているだけでへこむようなその重量で、ルシアの拳を掴んだにも拘らず、地面ごと押されたヴァルナート。
単騎で砦一つを制圧した、この世界に脅威を感じていない自身を、僅かでも押し返したルシア。
「ふ…ふふふ…ははははは!!」
久方ぶりの『敵』との邂逅に、鎧のまま響くだろう事も気にせず、ヴァルナートは盛大に笑う。
「マスティ、二人を頼む。」
「二人って…ぁ…」
ルシアはヴァルナートを無視してマスティに二人を頼む。
消耗したように崩れ落ちたシアナはともかく、フォルトは無傷だと思っていたマスティ。
だが、自分を庇うように抱えて跳んだ際に脇腹を切られていた。
差していた短剣が鞘ごと砕けた上で軽く食い込んでいる傷跡。それがなければ深々と切られて当に死んでいただろう。
「俺はこいつを止める。」
言い切るルシア。
だが、そのルシアも傷を負っている事をマスティは見逃してはいなかった。
ルシアを信奉気味のマスティから見てすら絶望的な、大陸最強の三英雄ヴァルナート。
それでも…
「俺は悪魔だ、自分の為にしか動かない。だから、シアナを頼む。」
「…はい。」
いつも通りのルシアの言葉に、力強く頷いたマスティは、フォルトに肩を貸して立つと、町を出ようと歩を進める。
「ルシア!その…」
自分のためにと言いながら、シアナとの約束を守って戦い、今尚命をかけるルシア。
それでも、悪魔を名乗る彼に何を言ったらいいか、何なら言えるのか、決めかねたシアナは…
「頑張って!!!」
それだけ言うと、マスティと共に逃げだした。
仕切りなおしとばかりに跳んで距離を取るルシアに対し、正眼でなく半身で向かい合うヴァルナート。
適当に振っても家屋すら両断するような破壊力の大剣を、全力で振るうための構え。
「別れはアレでいいのか?」
今更なのを承知でそんな事を口にするヴァルナートを前に、ルシアは背中の黒き翼をはためかせ、両手に力を湛える。
「そうならないように『頑張る』さ。」
シアナの声援を繰り返した。
100人殺せばなんとやら…とはいうものの、ものってどう見るかで変わるなあ…とか思ったり。