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空色の双翼  作者: 黒影翼
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第2話・救いようの有無




第2話・救いようの有無




複数の領主が納める領土が連なるランヴァール連合国。

人目を避けて森に向かったところから町の宿に止まっていた四人は、翌朝には宿を発っていた。

今いるのはルートブルグに隣り合うフロリス領。

直近の大きな町という事で、フロリスの領主の住むフロリス本町に向かう事にした。


「あの…シアナさん。」


フォルトが恐る恐るシアナの名を呼ぶ。

『天使様』では偉そうなのと、天使と触れ回って変に目立ったり余計な輩に狙われたりするのを避けるために基本的には翼を隠したまま行動する事にしたシアナ。

当然様付けで呼んでいては変になる為、名前で呼ぶようにと決めて宿を出ていた。


「何ですか?」

「昨日からずっと何も食べていないようですけど、大丈夫なんですか?」


フォルトの問いかけに、シアナは少し驚くと、微笑み返す。


「よく見てますね。」

「え、あ、えっと、変な意味ではなくて…」

「分かってます、ありがとうございます心配してくれて。でも大丈夫です。」


女性の天使であるシアナの返しにまだ少年であるフォルトはしどろもどろになる。

対して、特に意図のなかったシアナはそんな様子がおかしくて笑みのままで礼を告げた。


「天使はそもそも地上のものを摂取しても害にしかならないんだ。」


大丈夫としか言わなかったシアナの補填をするかのようにそう話すルシア。

天使についての話を迷うことなく告げる悪魔に思う所がないわけがなく、あっさりと自身について語ったルシアを見るシアナ。


「…本当に詳しいですね、それも何故かは教えて貰えないんですか?」

「嫌がらせじゃないから答えるものには答える。魔界の知り合いに知識収集が趣味の悪魔が居て教わったものだ。」


今まで通り答えては貰えないと思っていたシアナは、意外にも素直に答えたルシアに少し驚く。


「ルシア様魔界に行ったことがあるんですね?」

「修行にな。」


マスティが今まで知らなかったルシアの話に興味を持って声をかけたが、本当に短く返されて終わってしまった為、どうも広げられずにシアナを睨む。

『何で貴女への答えのほうが長い』と視線だけで言われている気がしたシアナは、マスティから外して視線を道の先に向けた。


(けれど修行って…彼の言う事やる事全部まるで悪魔のそれに見えない…)


悪魔。

欲に傾く…否、その塊のような代物で、代表となる傲慢、憤怒、嫉妬、怠惰、強欲、貪食、色欲の七つの罪を基本に、それぞれの存在が持つ我欲に基づいて行動する。

それが、シアナにあった悪魔の知識だった。


人を救いたいと公言した天使に助力、不殺まで約束し修行なんて面倒ごとをする悪魔など、シアナの概念には存在しなかった。


(それも、彼の言う事が全て本当なら…ううん、そもそも全てを語ってくれてる訳でもない。彼が悪魔なら、たとえ語った全てが本当でも信じては駄目だ。)


シアナがここまで悪魔に疑いを重ねるのには、天使としての毛嫌い以外に訳があった。


悪魔の契約。

それは、是非なく実行される事柄で、当の悪魔ですら縛る代物。

故に悪魔は、文章内にはおいしい話をちらつかせた上で魂や生命力などの対価を人から奪うという手法に長けている。

それにより、自身は労せず、或いは望みと異なる悲劇に嘆く人間を嗤いながら最期にはその心身を喰らう。


それを天使にさせる事が狙いであるのなら、一人飛び出してきたシアナを利用して他の天使にまで迷惑をかけることになりかねない。警戒して当然だった。


「そう言えば…ヴェノムブレイカーについては答えてもらえますか?」

「俺の事だ、悪魔の事を知ってどうする。」


拒むように短く返すルシア。

その反応はシアナの予想通りのものだった。

知識やそれに関する事なら答えてくれるが自分については教えたくない。それが彼の話す基準なのだろうと何となく感じていた。


(マスティさんですら魔界にいた、という事を聞いていないのはそのせいなんだろうな。)


それが想像できていながら、ヴェノムブレイカーと呼ばれていたルシアにそれを聞いたのには訳があった。


「貴方が同行すると言う事は、貴方が受けていた評に私も巻き込まれるという事です。悪魔と行動している、という点についてはフォルトさんにも弁明を手伝って話を進めればこのランヴァールの方々には説明がつくかもしれませんが、貴方の評とそれに関わる方々の事については把握しておきたいんです。」


賊が知って、怯えるような何か。それが、ヴェノムブレイカーという存在への評。

怯えるだけならいいが、もし賊が目をつける相手だとするなら、最悪今同行している人間の二人を巻き込んでしまいかねない。シアナの危惧はそれだった。


「ちょっと前に大きな賊を片付けたのよ。それが、毒の牙とか言う連中だったからヴェノムブレイカーとか呼ばれてるみたいね。」


内容に納得が出来たからか、マスティがさっぱりと答える。


「賊の方々の報復などは?」

「金銀財宝持ち歩いてるわけじゃないからよっぽど気合入った復讐者じゃない限りルシア様に手向かおうなんて思わないでしょ。」


フォルトの安全も関わるからか、悪態をつくでもなく説明するマスティ。

ヴェノムブレイカーの話を知らなかったフォルトも、改めて驚きをそのままにルシアとマスティを見る。


「お二人とも凄い方なんですね…」

「でしょう。…って言えたらいいんだけど、おあいにく様凄いのはルシア様だけよ。足手纏いにならないのが精一杯…所か、まだなってる気がするわね。」


肩を竦めて告げるマスティ。

だが、フォルトもシアナも謙遜する彼女の自己評価を鵜呑みになどしなかった。

魔法が扱える…氷塊や炎が出せる、程度が普通の術者とするなら、一撃で弓を持つ男を沈黙させたマスティの魔法は、その域は軽く外れている。

鈍器で全力で殴る位の威力が出ないと、そしてそれを正確に当てられないと、人を一撃で昏倒させることなど出来ない。地上の人の力をよく把握していないシアナでも、それが簡単とは思わなかった。


「私だってその辺の賊なら一人二人倒せるとは思うけど、ルシア様ならきっとグランナイツを討てる。」

「ルシアさんが強い事を疑うわけじゃないんですけど…さすがにそれは言いすぎだと…」


まるで自分の事のように生き生きと語るマスティの言葉におずおずと否定を挟むフォルト。


「何よ、アンタもルシア様にけちをつけようって言うの?」

「グランナイツは…父を倒したから…」

「あ、あー…」


すぐさまむっとしたマスティも、亡くなっているフォルトの父の話を持ち出されて何も言えなくなって天井を見上げる。

自身の親族の話で暗くなったことに気づいたフォルトは、慌てた様子で手を振った。


「あ、えと、違うんだ。僕の親だからとかじゃなくて、ルートブルグの家系の関係で父の騎士としての実力を思い知ってる。」

「ルートブルグ領は防波堤の意味を持っている、ランヴァールでは最強の剣士のはずだったな。」


付け加えたルシアの説明に頷くフォルト。

単なる身内びいきではなく、その力を良く知る者としての評価から来る判断。


「どうやって落とされたのか分からないけど、もしグランナイツが一騎打ちであの父を破ってたなら、必然的にそれ以上という事になるから…」


たどたどしく話すフォルト。

グラムバルドとの国境の領主と言うだけでそれなりの人物な筈なのだ。

直接見た訳ではないが、聞きかじりの情報程度ならルシアもマスティも知っている。

治安維持含めて出来る人であったことは間違いなかった。


それが、一夜にして壊滅した。


ルシアにいくら異名や力があったとしても、相対して勝てるなどとは無条件に信じられないのも無理はなかった。


「どの道、出来るならルシアの…力の出番なんてものはないほうがいいんです、最悪私の弓が当てられる状況にだけしていただければ意思を射抜くことが出来るので。」

「お前は戦わないほうがいい。」


一応は自身の目的に同行させている事になるシアナが覚悟を込めて言ったつもりの言葉を一言で切り捨てるルシア。


「そんな事!…分かって…ます。」


一瞬怒鳴りかけたシアナだったが、結局言葉を飲み込んで押し黙ってしまう。

救済に来たものが刃を振るうのを良しとするのは、些か矛盾があった。

ましてシアナは、『誰かを』ではなく『人を』救いに来たと言っているのだから。


「俺に体裁など保つ必要は無い、気にするな。」


なんでもない風に告げたルシアの言葉を聞いても、シアナの表情は浮かないままだった。






連合国と言っても、4つの領全てに必ず城がある訳ではない。

グラムバルドとの国境にして最前線であるルートブルグはともかく、基本的には街中に領主の屋敷と兵の詰所に中隊を持つ程度だった。

グラムバルドが侵攻して来ればひとたまりもない。


「だからって…まさかこんなタイミングで領を離れるなんて…」


フォルトを連れだって話をとフロリス領主の屋敷を訪れた一行は、連合国防衛の為の会議に呼ばれて不在の領主に町の守りを任された部下に事情を聞かされ、マスティは呆れを隠そうともせずに溜息を吐いた。


「皆様は賊からフォルト様をお守り出来るお力をお持ちのようで、もしよろしければランヴァールにその力をお貸し」

「すみませんが何処かの国、と言う点で力を振るう予定はないんです。」

「そう…ですか。」


部下の兵士が言い切る前に断るシアナ。

天使の白い翼。

それを見せたからと言って人間なら全てが信じ、敬うとは限らない。

賊に会って既にそれを身をもって知っているシアナに、天使であることを明かすのは主要人物や緊急時に絞ったほうがいいとマスティとルシアは助言していた。

あくまでシアナに同行する、と言う体のため、最終的な決定は本人にさせたが、天使であることを知らなければフォルトをここまで連れ歩いた謎の一団に見える。


「領主を追いかけるか、ここでとりあえず戻りを待つか、会議に呼ばれたって言うなら追えば領主が揃ってる所に顔を出せるけど、フォルトがいなかったら旅の不審者一向何てこの状況で話させて貰えるかしらね?」

「不審者って私は…」

「はは、少なくともフォルト様が認める方と言うのは分かりますよ。」


馬鹿にしたような反応のマスティに天使として抗議しようとしたシアナ。

だが、おおっぴらに名乗るわけにもいかずどうしたものかと口ごもっていると、それを見ていた兵士が笑い声を上げた。


「元々兵の類が少ない中でルートブルグに隣接しているので不安が大きく…旅人の力でもお借りしたい状況でして、すみません。」

「あ、いえ。その…気をつけて。」


攻め落とされる…つまるところ、彼らの命の危機に対して、素直に力を貸すわけにはいかないと言う、シアナにしてみれば受け入れ難い現実に、なんとも言えず申し訳なさそうに返すのが精一杯だった。





入れ違いになることを危惧したのと、ここで全ての用事を済ませられればグラムバルドへの距離が近いことを考えてフロリスの町で領主の帰りを待つことにしたシアナは、地上の今の様子を出来るだけ知ろうと町を動いていた。

と、教会の入り口で不安げに話すシスターの姿を見つけたシアナは、そこに顔を出す。


「どうかしましたか?」

「あ…旅の方ですか?」


剣を腰に差したフォルトや荷袋の類を持っている一同を見て旅人と気づいたシスターは、恐る恐ると言った様子で口を開いた。


「実は…戦争が悪化するならと森に薬草を探しに行ったシスターのプレフィアがまだ戻らないのです。盗賊や、少ないながらに魔物が生息するとすら言われているので心配で…」


不安げに話すシスター。

今となっては戦闘能力もないまま人気のない場に行くなど自殺行為に等しい。

だが、領主すら単独で会議にと町を離れるような状況で、町の護衛に声をかけて同行して貰うという状況を悪化させるような頼みごとなど、非常事態に備えに単独で外に行くようなプレフィアがするわけも無かった。


シスターの中でも更に優しく芯が強いからこそ動けた彼女を心配しているシスター達。

それを見て、マスティは鼻で笑った。


「それで外で話し合い?呆れたシスターね。祈っても無駄とは言え祈ることすらしないでおしゃべりなんて。」

「マスティさん、彼女たちはシスターだから探しにも」

「その薬草探しに行ったシスターは一人だけバトルマニアな訳?」


フォローしようとしたフォルトに対して問いかけるマスティ。

その答えなど聞くまでもないものだ。

一層落ち込んでしまうシスター達を前に…


「わかりました、私達が森に行って見ます。」


シアナが頷いてそう答えた。


「え、よ、よろしいのですか?」

「はい、祈ることは無駄なんかじゃありません、皆さんは無事を祈っていてください。」


実際に天使として祈りを受け取っていた側のシアナは、真摯な祈りに力がある事を知っていたため、自信を以ってそう告げる。


「ちょっと、私達って勝手に」

「俺は元よりシアナの戦力になると約束している、嫌なら町にいればいい。」

「あ、僕も行きます。領こそ違うとは言え僕の国の事ですから。」


シアナが独断で決めてしまった決定に不満を口にしようとしたマスティ。

その声を遮るように、あっさりと同行を宣言するルシア。

それに続くようにして、フォルトも頷いた。

勝手も何もほぼ満場一致の状態で、三人はマスティを見る。


「っ…私も行くわよ!」

「はい、ありがとうございます。」

「笑うなうっとおしい!」


吐き捨てるように言ったマスティに微笑むシアナ。

怒鳴り声を返されたが、それでもシアナは笑顔のままだった。








光も差さぬ森の中、薬草のありそうな…いつもの彼女なら行動するだろうと聞いてきた範囲を捜索する四人。


「魔物…僕は修行しかしてないからよく知らないんですよね。」

「私も悪魔の眷属と言う程度しか…」

「私達はお坊ちゃまや箱入り天使の教育係じゃないんだけど?」


盗賊や魔物が生息すると言われる森である事をふと思い出したフォルトが呟き、シアナが続いた疑問。

二人がマスティを見ると、彼女はあからさまに不機嫌な様子を見せる。


「魔の力で変質したもの…スケルトンやゾンビは遺体、人食い植物は食虫花等が力を持ったものだ。この森は門が近いから出てくるんだろう。」


勝手に行動を決めたシアナへの苛立ちが尾を引いて、ルシアに説明役を任されている事を忘れていたマスティだったが、ルシアが話し始めた事で思い出して顔をしかめる。

だが、さすがにシアナもここまできてこんな些事まで悪魔の嘘を疑うには到らず、彼女は素直にルシアに頭を下げる。


「魔界との門…」


存在自体はシアナも知っていた、地上と魔界を繋ぐ道。

道と言っても物理的なものではなく、力が繋がっているといった形だ。

地上の騒乱を人のせいにしたくなくて、一瞬門をどうにかすればよくなるんじゃないかと考えてしまったシアナは小さく首を振った。


(グラムバルドは門から遠い、そこの人が戦乱を起こしているのなら、魔界の門が原因と言うのは偏見だ。)


偏見。そう思い至った原因であるルシアの顔を見るシアナ。

ルシアは元よりシアナの行動を見ると言った通り、堂々とシアナを見ていたためばっちり目が合った。


(だ、駄目駄目!相手は悪魔!偏見が薄れたとか、感謝とかは駄目なんだから!)


慌てて捜索に目を戻したシアナは、沸いた気持ちを油断と戒めた。




「人…だな。」

「ですね。」


森の捜索を続けていると、ルシアが呟きを漏らした。

一瞬遅れてシアナもそれに同意する。

光もろくに刺さない薄暗い森の中、人影を見つけられないフォルトが不思議そうにルシアを見る。


「分かるんですか?」

「見た通り力を使う身だからな。悪魔や天使以外に、高位の魔術師…グランナイツほどの実力者なら近場の力くらいなら感じられるんじゃないか?」


返答に混ざるグランナイツの名。

それはフォルトにとって、父を殺したろう実力ならば同程度の事ができると言う予想。

もし仇討ちなどと対抗する気ならば圧倒的に足りないだろう自分の力に、フォルトは一人拳を握る。


「ん?何だてめぇら?…へへ。」


話しながら気配に近づいていた一同に気づいた男が、四人を値踏みするように見る。

シアナとマスティを見て頬を吊り上げるのを隠すことすらしないその男を見て、マスティは肩を竦めた。


「ベタに賊のほうだったわけね。全く女と見たら見境ないんだから。」

「元来生物は食べて子を成せば生き繋げるからな、無理もない。」


呆れを隠さず挑発したマスティに続くように発したルシアの言葉に、全員がその顔を微妙な表情で見た。


「あの…別に賊のフォローはしなくてもいいと思うんですけど…」

「て、てめぇら舐めやがって…おい!旅の女が二人いるぞ!野郎を殺して追加だ!!」


幼い少年にしか見えないフォルトにすらそんな片付け方をされプライドに火でもついたのか、賊の首魁が叫ぶと近場の洞窟からぞろぞろと人が出てきた。

十数人。規模としては少ないが、声がかかってすぐ飛び出してきた辺り、武器の準備をしたままで警戒はしている程度には警戒心等備わっているのだろう。


「ルシア。」

「約束は守る。お前は非常時まで下がっておけ。」

「あ、は、はい。」


それでも殺さないように、と思い声をかけたシアナだったが、忘れていないとばかりに短く返すとルシアは戦闘体勢を取る。

女が目当てだからか、逃がすと連絡等が行くと判断したか、シアナが動くより先に賊が一斉に動き出した。








結果だけを言うなら一瞬だった。


「…ま、出来のいい賊って言っても、出来が悪くて仕事もなく兵士もやれないから賊なのよね。」


事も無げに言い、マスティは服を掃う。

実際、ルシアが前衛になれば、武器は拳だけで破壊され何も出来ずに終わり、後衛が弓を放っても空中で叩き落とす余裕すらある彼には、その辺の賊など戦力にもならなかった。

魔法を何の邪魔もなく撃てるマスティが囲みを作ろうとする数人を氷塊をぶつけて気絶させると、それで全員倒れて転がるだけになった。


「な、何もん…ま、まさか…ヴェノムブレイカー?」

「賊の有名人になっても嬉しくもなんともないわね。」


目の前で話していたため最初に真っ先に倒された賊が、賊を討つ強者に思い至る。

否定しないマスティによってそれが事実と悟ったのか、賊は倒れたままで突っ伏した。

と、戦闘の間に洞窟に侵入していたシアナが、その背に女性をおぶって洞窟から出てきた。


「シスターさんは無事でした。」

「そうか、よかったな。」


連れ出せた女性が無事であった事を確認して、無表情で良かったと言うルシア。

シアナは、そんなルシアを複雑そうに見る。

本当なら、もう少し嬉しそうにすればいい。嘘なら、よかったなどと言う必要がない。

淡白なら、やっぱり言わないだろうし、自分で悪魔を名乗っているなら変だと思わないのか?

見れば見るほど、ルシアが何なのかシアナは掴みかねていた。


(本当に…分からない…)


当のルシアは戦いに身をおくものとしてか、息の根を止めたわけではない倒れただけの一団が何をするか分からないからか、周囲を警戒していた。


シスター自体は助けた為、誰ともなく帰路に着こうとして…

ルシアは、動く影を見つけた。

森の奥、洞窟とは別の方向から来たその影は、剣を手にした…


死体だった。


あっけに取られていたフォルトが、そのいたたまれない影を見据えて腰の剣に手をかける。


「魔物?で、でもなんでゾンビ?墓なんて森の中にあるはず…」


道中にした魔物の話から、元になる遺体や何かがなければ沸いて出るものではないはずなのに、遺体が迫ってくる光景に疑問を抱くフォルト。

ルシアは、伏せっている賊を見下ろしながら呟くように問いかける。


「襲った旅人の遺体、放置か埋めたかで済ませてきたな?」


確信に近い問いかけ。

町の傍で、油断した旅人等を襲い、奪い殺しと重ね、その遺体を適当に討ち捨てていたのだろう。

一瞬顔をゆがめた賊は舌打ちした。


「けっ、だったら何だってんだ!国が殺人集団に成り下がってるのに死人の弔いなんざ無意味だろうが!」


ルシアの予想を認める賊を、シアナは悲痛な面持ちで見る。


「同感ね。そういう訳で私はこいつら殺して放置するのを薦めるけど?殺人集団放置はよくないもの。」

「ぐ…こ、このアマ…」


対してすっかり冷めた反応をするマスティ。

皮肉交じりに死を宣告され、他人事なら散々言えた賊も文句を言おうとして、しかしそのマスティの一睨みで黙り込む。

彼女にとってはシアナとルシアの約束がなければ既に殺している相手。殺意、所か何処までも冷たいものだった。


「う、うわああぁぁぁ!?」


唐突に響く悲鳴。

少し離れた場で昏倒していた賊の一人が、自身に振り上げられた剣を目に動けず震えていた。

自らが殺し、捨て置いた人の変質したものに殺されると言う自業自得の末路を前に、特に誰も動かない。




白い翼以外は。




光の矢、闇掃う天使の矢が剣を振り上げる魔物と化した旅人の躯を貫いていた。


「あ…え?」

「な、白い…翼?」


天使としての力を使ったシアナの背には、白い四翼がはためいていた。

天使がいたこと、それに助けられた事。

殺されかけていただけでパニックだった賊にとって、理解の追いつかない事態だった。

対して、翼を背にしたシアナを見て、マスティがわざとらしく盛大な溜息を吐く。


「私はここに、人の死を止めに来たんです。」

「こいつら生かして死人が増えるだけだって発想には…到ってもそれを選ぶって訳ね、本当ばっかみたい。」


兵士にすら明かさなかったのに、何をするか分かったものじゃない賊を前にその翼を展開してまで、人殺しを守ったシアナをみて溜息を吐くマスティ。

それを承知済みのシアナは、しかしそれでも弓を引いた。

それを見た上で、マスティは手を振って腕程の大きさの氷の針を放つ。

気絶した賊に向かっていた躯の一体の頭に氷の針が突き刺さる。


「ま、旅人さん達の弔いにはなるからこれを片付けるのは賛成だけど。」

「すみませんマスティさん。」

「黙れ馬鹿。」


無駄口もそこまでで、シアナが弓を引いた時点でルシアは敵中…躯の群れが向かってきている方向へ駆け出していた。

一人で多くを潰せる戦力であるルシアだが、各所で気絶している者を守るのには近接戦闘は向いていない。


渦中に突撃した…近場を離れたルシア。

つまり主戦力が不在になったのだが、本能的で知能の機能していないだろう躯相手。マスティとシアナの射線を外すと言う程度の判断も出来ずに次々に倒れていった。それと…


「はっ!!」


フォルトも、近づいてきた躯を素早く斬り伏せていた。

兵士と遜色ない…否、並の兵士よりは明らかに鋭い剣閃に、マスティが感心する。


「へぇ…アンタも戦えるのね。」

「父に鍛えられましたから。尤も…人相手には…」


剣を扱う腕が兵士以上の代物なのに、あっさりと付き人を賊に殺され囲まれていた理由。

シアナは胸が痛みながらもそういう気持ちを持っているフォルトに安心のようなものを覚え、対してマスティは肩を竦める。


「それで付き人殺されてたら世話ないわ。」

「…すみません。」

「そう言うのは後でやれ。」


乾いたマスティの一言に落ち込んだフォルトが謝ると、離れていたルシアが戻ってきた。

拳で打ち倒した結果、その手からは腐った肉のような何かの後が滴るように落ちて異臭を放っていた。

フォルトが後ずさりをする中、マスティは静かに荷物から水と布を取り出し、その手を洗い始める。

旅人とて好きで死んだわけでも魔物になったわけでもないし、ルシアだって好きで潰したわけじゃない。言われずともそれに気づいたフォルトは、無言で小さく頭を下げた。

ルシアがこんな事をしている時点で大丈夫だとは思ったが、シアナも一通り周囲を見回し、魔物が残っていないと判断した所で翼と弓を消し、肩の力を抜いた。


「ふうっ…きゃっ!!」

「へへっ…おら!動くんじゃねぇ!!」


一瞬だった。

睨まれて黙っていただけの、傷の浅い賊の一人が起き上がり、シアナを後ろから羽交い絞めにした上でその首にナイフを突きつけていた。

一同が一斉に賊とシアナを見る。

全員を視界に収めた上で数歩分の距離を取れた賊はニヤリと笑う。


「よーし!男だけ…と、言いたいところだが、しょうがねぇから嬢ちゃんもだ。いなくなりな。そうすりゃコイツは殺さねぇよ。」


シアナと、意識のないまま置かれているシスタープレフィア。二人を置いて帰れという要求。

それに対して、マスティはつまらなそうに息を吐いた。


「って…本当馬鹿じゃないの?殺さないかどうかも怪しいし、大人しく言うとおりにしたって美少女天使を高い売り物か遊び道具にするだけでしょ?誰がそんなもの」

「うるせぇっ!」

「っ…」


マスティが言い切らないうちに、賊がシアナを抱える腕と首のナイフに力をこめる。


錯乱し、冷静でもなければ頭も悪く自制心のない賊。

話の筋が通るも通らないもなく今シアナを殺しかねない事に気づいたマスティが小さく舌打ちした。


そんな中…


「…ルシア、気にせずに。」


目を閉じ、懺悔を待つかのように、シアナがそう言った。

シスターを無事連れ帰る、元々そのために来た。

その邪魔になる選択をシアナがするわけもなく、シアナの様子だけでルシアも何をするか決めた。


「分かった。」

「なっ…て、てめぇやめろ!大体コイツに当たるぞ!」

「ルシア様…」


気にせずに。

シアナが告げたとおり、周囲の反応などお構い無しにその右手に力を束ねるルシア。

その背には僅かに赤い、黒き力の奔流が翼のように広がる。


食らったら死ぬ。


そんな力の塊がルシアの手から放たれ、しかし明らかに当たる軌道にないそれを見て、ただの威嚇と賊が嗤い…


「ぶわあぁっ!」


手前の地面に着弾した瞬間、炸裂した力がシアナたちの足元を地面ごと吹き飛ばした。

舞い上げられた賊は、地面に落ちる自身への衝撃を軽くするために両手を使う。


シアナを手放して。


「っ…さすがルシア様!凍て付け変態!!」

「くっ…くそっ!足が…」


横倒しになった瞬間にマスティに足を氷付けにされる賊。

そこにルシアが飛び込んできて…


「あ…がああぁぁぁっ!!!」


ナイフを手にした賊の腕を殴りつけた。

武器を破砕するルシアの拳。肉は潰れ骨が折れる音がはっきりと響いた。


「人は殺しておきながら随分騒がしいな?」

「ひっ…」


歪んだ表情で騒ぐ賊を見下ろすルシア。

その短い悲鳴を無視して、ルシアは拳を振り上げ…



「駄目!」



静止の声に反応して、その手を下ろしたルシアは声の主を見た。

同じく吹き飛ばされ、地面を転がっていたシアナだった。

さすがにナイフを突きつけられたまま腕を動かされて無傷ではなかったのか、首元を押さえながら立ち上がったシアナはルシアを見ながら首を横に振る。


「駄目…です、約束を…」


たどたどしく言葉を紡ぐシアナ。その頬が甲高い音と共に横に逸れた。


歩みよっていたマスティの平手打ちによって。


「アンタふざけんのも大概にしなさいよ?今殺されかけたのを忘れたわけ?人の犠牲者を減らしたいんじゃないの?コイツら生かしておいてどうなるか本気で想像出来ないの?この似非天使が!!!」


マスティの糾弾の内容そのものに、シアナは何一つ返す言葉はなかった。

内容そのものには。けれど…


「それ…でも!私は止めに来たんです!人同士で殺せば解決するなんて何も救われない状況を!!」


それでも、シアナは言葉を曲げなかった。

話にならないとばかりに構えたマスティは、その手に氷塊を作り出す。

狙いは眼前のシアナ。


「アンタの使命なんか知った事か、私が殺す。止めるって言うならアンタも…っ!!」


言いかけて、マスティは言葉を飲み込んだ。

間に割って入り、自身に向かって構えたルシアを見て。


「ルシア…様…」

「強制はしない、俺と戦うかはお前が決めろ。」


ルシアが構えたのは、シアナとの約束故に。それに、ルシアはシアナに用があると公言している。シアナを傷つけるものは、ルシアにとって敵でしかない。

理解して、怒りが渦巻いて、それでもマスティは手を下げて俯いた。


「そんなの…どっちの意味でも無理に決まってるじゃないですか…」


グランナイツを…大陸最強と言われる騎士を倒せるとすら言う位にルシアの実力をよく知っているマスティ。

そんなルシア相手に敵対して勝利などありえないし、そもそもルシアと戦う気などマスティにはない。

分かっていて聞いたルシアは、マスティに軽く頭を下げる。


「すまない。」

「謝らないで下さい、私が自分で決めることですから。」


答えて、マスティは無言でルシアの背後に立つシアナを睨む。

シアナは自身の言った事を覆す気はなかったが、それが原因で明らかにルシアを慕っているマスティに耐え難い経験をさせてしまった事が気がかりで、真っ直ぐその目を見ることが出来なかった。


「寝てる奴が起きたら避難しておけ、他の魔物が発生したら喰われるぞ。」

「あ、は、はい…」


シアナの弓で助けられた賊の一人にそう言うと、ルシアは眠るシスターを抱え上げて歩き出す。

マスティはシアナを睨んだが、ルシアを裏切ってまでどうこうすることもなく、フイと顔を背けて歩き出した。



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