第24話・堕天使の叫び
第24話・堕天使の叫び
シアナの悲鳴に更に足を急がせたセインとヴァルナートが見たのは、門としての力の感じられなくなった宝石の砕けた石碑と、その石碑に縋りつくように泣いているシアナの姿だった。
「ちょっと待て…何で…門の移動は出来ないって…」
「恐らく、中から黒の力で悉く此方への道を破壊する事にしたんだろう。門だの道だのと言うが、実際は力の流れ。外から表面だけを砕いても掘り起こすように簡単に治されかねないが、中から順路の悉くを潰せば出口そのものを閉ざせる。」
すっかり何も感じられなくなっている石碑に向かって歩きながら淡々と説明するヴァルナートは、手にした剣を振りかぶり…
直後、両手で剣を握って一閃した。
崩れ落ちたシアナの目の前で斜めに線が入った石碑は、そのまま滑ってずり落ちていく。
「何が三英雄だ…また肝心な場に…」
「貴方は…」
怒りに歪んだ表情で斬れた石碑を睨むヴァルナートの顔を見上げるシアナ。
戦ってルシアを殺していたとしても苦いものは何一つなかったろうが、肝心要の戦うべき場に行けずに他の者へ丸投げしている現状は許しがたいものだったのだ。
本当の敵ならば親族友人躊躇わず斬れるが、ここまで辿った道の全てがあまりにも皮肉に満ちていて…
「どいつもこいつも情けないわね、とっとと準備しなさい。」
一同の背後、出入り口となっている階段から響いた声に、皆は一斉に目を向ける。
そこに立っていたのは、魔性の浸食を受けたマスティだった。
見た目こそ変わらないが悪魔に類するものに変化している筈の彼女は今、グリムネクロスの制作者であるフェインの使い魔に成り下がったはずなのだが…
「準備って…」
「フェイン『さま』がわざわざ門に顔出してくれてるから、アイツを的に私が転移できる。」
「あ…」
厭味ったらしくさまと付けたマスティ。
その顔には動揺はなく、歪められているような感じがない。
ルシアのように、魔性に歪められることなく自分の意思で動けているようだった。
「門が魔界との通り道なら、魔界からルシア様の場所へ行ける。行くわよ。」
「…はいっ!!」
立ち上がったシアナが力強く返事を返す。
「貴方は残って貰おうか、エルティア絡みで何かあった時皇帝が不在では質が悪すぎる。魔界旅行などさせれん。」
「いや、そうは言うが、アーセルとマシュアがいたときですら時間を稼いで逃げ帰ってきた相手に」
「俺が行く。」
いつの間にか、階段にカークが立っていた。
背後からついて来ていたプレフィアがカークの腕を掴む。
「ば、馬鹿言わないで!生きてた方が不思議な状態だったのに戦える訳」
「ルシアはシアナの回復術で動けるんだろう?アイツにできる事が俺にできない筈がない。」
「っ…馬鹿…」
ルシアが認め、魔剣に打ち勝ったカークの魂。
それを示され、プレフィアには止める事が出来なくなった。
「ふん…最初ロクに手も足も出なかったくせに。」
「最初と言うならお前はルシアのオマケに過ぎなかっただろうが。」
見合ったマスティとカークが互いに笑みを浮かべる。
それは『ソコ』から『ココ』へ辿り着くのに何をする必要があるか、体験して知っている二人故の思いから交わす笑みだった。
「行くぞ、あの堕天使の厄介なのは力の底が見えない事だが、継続的に戦えないほどではない、ルシアなら急げば死ぬ前に着く。」
「はいっ!!」
ルシアの救出に力強く頷くシアナを見て、ヴァルナートが薄く笑う。
何故笑われたのか分からずシアナは首を傾げ…
「人間の救出でも平和交渉でもないのに嬉しそうだな、あの朴念仁も随分気に入られたものだ。」
「え…ぁ…」
ニヤニヤを笑うヴァルナート相手に顔を見ていられず視線をさまよわせたシアナはマスティに睨まれる。
「嫌なら置いていくけど?」
「い、いきますっ!行きますからっ!!」
マスティに合わせる顔はないままに、それでもルシアを助けに行くことに迷いはなかった。
突破するために白い天使兵の偶像と戦う。
そのはずだったが、ルシアとマシュアはいきなり窮地に追い込まれていた。
「…ここまで酷いか。」
「なんだよ酷いって!!」
一緒に戦っていてルシアはマシュアの戦闘方に呆れていた。
黒の力を両手に目いっぱい纏った拳を全力で敵を殴り倒す気で振るう。
獣の如きそれは、機械的だが戦闘技術を持ち合わせている天使兵には盾や武器で受けられていた。
ルシアは短く動かした片手で武器を払い、開いた隙に踏み込んで顔面を殴りその首を跳ね上げる。
連携か捨て駒のつもりか、そこに迫ってきた別の天使兵の槍を、ギリギリですれ違うように交わしたルシアは今度は蹴りをその胴体に放った。
「武具はともかく本体は黒の力で叩けば倒せる程度だな…何なんだこいつらは…」
「アーセルの奴は天使兵の再生だって言ってたけどな。アイツの部下だったんじゃないかとかなんとか。」
迫る天使兵を武器ごと力任せに吹っ飛ばしたマシュアが適当に告げた言葉に、ルシアは堕天使を見据える。
様子を伺ってはいるが、遠くから混戦になっているルシア達を纏めて攻撃で吹き飛ばすような真似は狙っている様子が見えない。
「奴の元部下…か…」
倒しても彼女の力で再生させられるようで、少しすると立ち直って武器を構える天使兵。
焦る様子がないのは少しずつでも消耗させられればいいと言う判断なのか、彼女の力に際限がないからなのか。
「ちぇ…しょーがない!!!」
ルシアが堕天使を気にかけていると、マシュアの身体から黒の力が迸った。
そのまま、最短距離で堕天使の方向に特攻して全力で拳を振るう。
マシュアは槍を突き立てられながら、腕をぶんぶんと振り回して兵士達の列に穴をあけた。
ルシアは、一気に開かれた穴目掛けて駆ける。
「おかーさんって、子供のお願い聞くものらしいし…こっちを引き受けよっか!!」
ルシアに続くように通り過ぎたマシュアは、振り返って天使兵の群れに向かい合った。
囲みを抜けたルシアは、視線の先にいる堕天使を見やる。
怒りと言うには悲しげな目をしていた堕天使は、静かに右手をルシアに向ける。
直後、立て続けに光の玉が放たれた。
ルシアは、両手を黒の力で満たし、踏みかえながら最短距離で拳を走らせ光の玉を打ち壊す。
「悪魔…」
「あぁ。」
答えるルシアを見て手を止める堕天使。
その姿を見て、ルシアは一呼吸する。
「お前が人間を憎んで、悪魔がソレを止めに来る様にやるせなさがあるなら止めればいい。俺は別に」
「っ…五月蠅いっ!!!」
言い終わるまでも持たず、堕天使は光り輝く剣を手にした。
魔法で構成された力の塊。天使兵達が持つそれらと同じもの。
直線的だが、馴染んだ剣閃をルシアは左拳で受け止める。
「外法の魔法を植え付けられ、人を憎んで使うのがかつての仲間と光の力か…」
答える事はなく、堕天使は剣を乱雑に振るう。
下がってかわしたルシアは、大きく振りぬいたところに踏み込んで拳を突き出した。
直撃したはずだが、ルシアの拳は堕天使の身体で止まっていた。
「障壁か…」
話に聞いていたルシアは、それで驚く事もなく、咄嗟に下がって光の剣をかわす。
両手を構え、黒の力を眼前に…
「錬黒掌!!!」
「っ!?」
最大最強の一撃を切る。
初見の技は、挙動がそうと知らなければ回避まではされ難い。
戦えるらしい堕天使も、ルシアの一撃を前に盾で受けるのがやっとで…
地面も距離もあやふやな空間に、衝撃が響き渡った。
盾を構えたままで固まっている堕天使を見据えるルシア。
盾には、傷一つなかった。
「…まいったな。」
魔剣聖剣の類、それに類するよう目指した武具などならともかく、展開物なら崩せるつもりでいたルシアだが、装備が崩せないとなるとまるで想定外だった。
(思えばヴァルナートの斬撃に超えられたんだったな…)
力を振り回しているだけのマシュアや当時のヴァルナートが『戦えていた』なら、黒の力で瞬間破壊力を目指した一撃なら防御も破れると考えたルシアだったが、無傷でしのがれ甘かったことを悟る。
これ以上の攻撃はない。だから…
ルシアは、小さく笑った。
(自身の全てを以て奴を上回ればいいか。)
カークを思い出して『大した問題じゃない』と断じたルシアは、盾を下げて睨む堕天使と目を合わせた。
痛い。いたい。イタイ。
盾越しにすら痛む腕もそうだが、何よりも錆びた心が痛い。
自分で名前すら忘れた堕天使は、目の前の半魔を眺めて顔を顰めた。
(人間と…悪魔の子供…なのに…)
ルシアの種族事情は、彼女は見ていればなんとなくわかった。
だが、だからこそわからなかった。
マシュアはまだいい、戦いを楽しむ姿は我欲を満たす悪魔のそれだった。
だが、ルシアの技は間違いなく、何かの為に磨かれたものだとわかった。
その上で、戦う事を楽しんでいるように見えない。
なら何のために?その答えはもう既に…
『お前が人間を憎んで、悪魔がソレを止めに来る様にやるせなさがあるなら止めればいい。俺は別に』
堕天使に、続きは聞けなかった。
『人々を救えれば戦う気なんてない』等と言われてしまえばそれは…
「はああぁぁっ!!」
堕天使は剣を振るいながら強引気味に攻める。
それと言うのも全身の防御幕でも打撃が止まると知った以上、攻め手を緩めない方が渾身の一撃を放り込まれず思考や息つく暇をなくせる為有利と考えたからのもので…
ルシアは、振り下ろされた一撃に合わせるように踏み込んで、背中を堕天使に押し付けた。振り下ろした腕、肘がルシアの肩に引っかかって止まる。
ルシアは、肩に引っかかって伸びた堕天使の腕を両手でつかみ…
「っ!?」
立ったままで思い切り振り下ろした。
逆肘が引っかかった状態で腕を下ろされ、堕天使はルシアを超えて跳ぶ。
頭から落とされた堕天使は、回りながらルシアと向き合った。
「っ…」
『防御壁』で攻撃の全てを防いできた堕天使は、全く別種の痛みに晒らせて震える腕を見る。
「外ならこれで…いや、外なら空から撃たれっぱなしか、言い訳にもならないな。」
重力とか高低差などとは微妙に違う異空間故に腕を折れなかったと思ったルシアだったが、そもそもがそれのない空間だから普通に戦えるのだと思い直す。
冷静に、鍛えて身に着けたもので立つルシア。
「何で…何で悪魔なんかがっ!!!」
そんなルシアを前にしているからこそ、堕天使は叫ばずにいられなかった。
叫びながら、堕天使は光の竜巻を放つ。
迫る竜巻を前に、ルシアは顔を顰めた。
回避は出来ない。黒の力で『部分』は破壊できる。だが、渦は発生源を叩かなければ消しきれない。
斜めに走る竜巻の発生源はその根元。拳が届くわけがない。
「くっ!!」
ルシアは黒の力を纏った両腕を交差させて、光の竜巻に飲み込まれた。
「は…はっ…あらら…やっぱり一人じゃだめかぁ…」
倒しても倒してもよみがえる天使兵に刺された幾本かの光の槍。
それらをそのままに、マシュアは構えて力なく笑った。
「ヴァルに負けたから抱かれたってだけで、親とかよくわかんないケド…なんでかな、うん…元気でよかった。」
自分と同じ力を振るって戦う、ヴァルナートに似たルシアの姿になんでか分からないまま『嬉しい』と思ったマシュアは、黒の力を振り絞るように天使兵の群れと向かい合って…
「寝起きの女を集団で襲おうとは…全く、どうしようもない人形どもだな。」
唐突に声が届く。
直後、天使兵が数人両断されて塵と消えた。
「遊び相手が欲しければ、俺がつきあってやろう。」
天使兵達の背後に居たのはヴァルナートだった。
「…ヴァル?」
「うん?老けたか?多少は無視して欲しいものだがな。」
呆けたように自身を見つめるマシュアに首をかしげて剣を振りかぶったヴァルナートは、大きく踏み込むとともにマシュアに迫っていた天使兵を斬り捨てた。
「ヴァル!あははっ!ねぇねぇルシア!ルシアがねっ!!」
「わかったわかった。相変わらずだなお前は。」
笑いながら迫ってくるマシュアに微笑み返したヴァルナートは、適当に剣を振るう。
マシュアに刺さっていた数本の槍が切断され、光の塵となって掻き消えた。
「…あっちは『アーセル一家』に任せる事になった。だからこの雑魚共は俺が片づけるが…お前は休んでるか?」
「まだ遊ぶっ!!!」
穴の開いた肩や腹から血を流しながら拳を握って笑うマシュアに笑いかけたヴァルナートは、二人を囲む天使兵の集団に視線を移し…
「今の俺について来れるかな?」
錬黒掌すら超えた剣を手に、餌でも狩るように目を細めて笑った。
辛うじて光の竜巻を耐え切ったルシアだが、その場でへたり込む。
堕天使はそんなルシアを前に剣を振り上げ…
迫るカークの剣を受け止めた。
「ふん…みっともない、こんな女一人相手に何を…うん?あぁ、堕天使だからか。」
「お前…何で…」
消耗が過ぎて朦朧とするままに疑問を口にするルシア。
だが、そんなルシアより強く反応をするものがいた。
堕天使。
「人間…なんてっ!!!」
「っと!」
力任せに撥ね退けられ、カークは堕天使から離れる。
「着地なのかそうでないのかよくわからんな…奇妙な空間だ。」
「死ねっ!殺すっ!!」
堕天使の全身が、強い光を纏う。
本気ではなかったのか人間に反応してなのか、ルシアの時よりも強い力。
だが、剣を振り上げた堕天使に、光の矢と炎の玉が迫る。
咄嗟に受け止めた堕天使は、カークの先にいる二つの人影を見る。
そして、動かなくなった。
「堕…天使?」
天使の白ではない翼。
堕ちた黒ではない翼。
天より近く人より清く、全てを包む空色の四翼。
「時間は稼いどいてあげるわ、ルシア様は任せたわよ。」
「…はい。」
堕天使がシアナに気を取られて固まっている間に、マスティが堕天使に向かって歩く。
少し離れた位置で三人が対峙する一方、シアナはルシアに近づいて…
その頬をひっぱたいた。
「私だって堕天使だ馬鹿ぁっ!!!」
涙交じりに叫ぶシアナを前に呆然と目を見開いたルシアは、力を抜いて微笑んだ。
「人間…人間っ!!」
光り輝く剣を振るう堕天使を前に、両手で剣を打ち合わせるカークだが、それでも止めきれずにおされ、カークは顔を顰める。
「人間なんかっ!!!」
姿勢を崩して下がったカーク目掛けて思い切り振りかぶった剣を袈裟斬りに振り下ろす堕天使。
「どいつもこいつもっ!!!!」
だが、カークは両手で握った剣を堕天使より先に振るって踏み込み、堕天使の手首に斬撃を放り込んだ。
光に包まれ、目に見えて先より強くなっている堕天使の障壁。
その手首に食い込んだカークの剣が、わずかにだが確かに血を流させていた。
カウンターストライク。
攻撃動作で相手の攻撃を避ける、しくじれば必死確定技。
今回は回避でなく、堕天使の攻撃が強い事を利用してそこに更に斬撃を合わせ、威力を上げたが…
ルシアの黒の力ですら破れないはずの障壁を超えた人間に、堕天使は後退りした。
「っ…え?何…何で…」
疑念の声を漏らす堕天使を睨みつけるカーク。
「天使悪魔人間…いちいち喧しいんだよっ!他の雑魚と何があったか知らんが、そんなものこの俺と一緒にするなっ!」
他を雑魚と一纏めに吐き捨てたカークは、ただ自分を指さして…
「俺はカーク=ライトレイド!世界でただ一人ルシアと肩を並べる男だ!!」
臆面もなくそう言い切った。
「調子に乗るな馬鹿、命がけでかすり傷しかついてない癖に。」
冷たい声と共に飛来した火炎弾を盾で弾く堕天使。
右手からその火球を放ったマスティは、盾を振りぬいた身体目掛けて左手を武器を振り下ろすように一閃し、雷撃を放った。
剣で受けた堕天使は盾をつけた左手で光弾を放つ。
強くなって尚、マスティの力では止めきれない力の塊。
だがマスティは火球を片手に、光弾を横からはたくようにその手を振るった。
「今のは…」
「出来の悪い猿真似よ、ルシア様程じゃないわ。」
「ルシア…様?貴女を変えてるのは、その本じゃ…」
「そう言えばフェインの奴も『何で完全に使役できてないんだ』ってぼやいてたわね。あんたら力の感じでどういう変化したかまで感じられるのね。」
あっさりと言うマスティを目に、堕天使はたじろいだ。
その理由は二人の力そのものではない。
天使悪魔人間と一纏めにして一蹴し、ただ一人ルシアだけを取り上げて肩を並べる事を誇るカーク。
利用でも使用でも畏怖でも従属でもなく、敬意を示すようにルシアを語るマスティ。
天使に祈り、悪魔を討伐、もしくはそれらを利用しようと動く人間。
堕天使の見てきた者達は程度の差はあれ、立ち位置の区切りに従って行動が伴うのが常だった。
この二人の存在そのものが、堕天使がたじろぐ理由だった。
「誰か皆を助けてよ。」
動揺する堕天使を前に笑みを浮かべたマスティが懐かしむように告げた言葉に、怒りをあらわにする堕天使。
「とある堕天使が拷問後に叫んだ頼み事よ。」
人間が今更救いなんか…と言う堕天使が抱いた怒りは、全て行き場を失って狂った。
「…ま、そういう訳だから助けてあげるわ。」
「これをか?」
「ルシア様はシアナ助けたけど。」
「なら俺に出来ない筈がないな。」
根拠の一つもない事を即答するカークに頬を引きつらせるマスティ。
二人を前に肩を震わせた堕天使は…
「誰がそんなものっ!!!」
叫びながら、光の竜巻を放った。




