第22話・空色の黒
第22話・空色の黒
数人が並べる程度の石造りの廊下。
玉座に届くそこで、まるで数人で工事や鍛冶でもしているかのような、殆ど途切れない金属の衝撃音が響いていた。
「おおぉっ!!!」
「くっ…」
カークが振るう、殆どきらめきしか見えない剣閃をただ捌き続けるルシア。
力ではヴァルナートの方が上だが、どうせ当たれば死ぬとなると圧倒的に今のカークの方がやりづらかった。
魔の浸食は、身体を喰らい、魂を喰らい作り変える事で成る。
器が脆弱なままで魂を喰えば、身体を書き換える苦を魔自身が味わう必要がある為、そして、その苦行に追い込むことで人の精神をすり減らした方が、壊すのでなく変えるのには楽な手順だからである。
本体はルシアが呆れ、誰も見向きもしないほど普通。
その魂は、どれだけの苦痛と恐怖をもものともしない。
身体が変わって、魔性の浸食を撥ね退ける精神を持ったカークは最早、名実ともに最強格の人間だった。
一手距離をとるルシア。
非力でずっと精鋭に挑んできたのだ、技巧は並大抵では済まない。力も当たれば死ぬレベルとなれば、無理矢理突撃など出来たものではなかった。
「散爪塵!!!」
範囲を潰す、黒の力の散弾攻撃を右手を振るって放つルシア。
捌くも防ぐもできるだろうが、足止め、牽制にはなるだろう。
そこに左拳を以て…
「一閃っ!!!」
「っ!?」
どころではなかった。
カークは短く回りながら振るった剣を以て自身に直撃する弾道を切り払いながらルシアに剣を届かせようとしていた。
咄嗟に、右脇腹に迫る一閃を左手を添えるように止めるルシア。
ヴァルナート全力の斬撃なら止めれず深々と斬られていただろうが、幸い『多少刃が食い込む程度』で済んだ。
「もうカウンターストライクを見切ったか、さすがだなルシア!!」
「っ…馬鹿言うなっ!!!」
振り切ったままだった右拳を乱雑に振って脇腹で止まった剣を殴りつけるルシア。
そのまま踏み込んで膝蹴りを顔面にと迫ったが、剣をとどめずに離れさせたカークはその反動で右肩を前に出し体当たり気味に膝蹴りに肩を合わせた。
肩の方が痛むはずだが、顔面に膝蹴りを放り込む気で跳んだルシアには地に着いたカークより重さが足りず、後退させられる。
直後、切り上げ。
全力で後退したルシアだったが着地直後に剣を振るわれかわし切れず服が裂ける。
(馬鹿げてる…っ…)
カウンターストライク。
技の一つのようにあっさり言い捨てたカークのそれは、厳密な型や何かがある代物ではないと察することが出来た。あるいは、散爪塵相手に見る事が出来たからかもしれないが。
言葉だけなら単純、『攻撃動作を以て回避した』だけ。
今まで、回避してから攻撃してもルシアが防いだからだろう。
だったら、分ける暇がない。なら分けなければいい。
単純だ、言葉だけなら。
「…カーク。」
「なんだ?」
話しかけたルシアに応じるように攻め手を止めるカーク。
いくら通さないことが目的とは言え、回復も早いルシアに時間など与えたくないだろうに、どこまでもカークはカークだった。
「…お前に出来る事は…俺には出来ない。」
「何?」
「自分の力を使いこなせるまで17年、先生のように皆を救おうなんて口にもできずにいた。…手にして一日も経ってない魔剣を使って進もうとしているお前には…全く及んでない。」
カークは憤りから表情を険しくする。
ルシアが情けない返答をする事が、それを追っている身として許せないのだ。
「だが…少しみっともないが、お前が絶対俺に届かない事がある。」
「ほう?」
ルシアが見せた『対抗心』。
それは自身に勝ちたい誇りたいという点を見せる事に他ならず、あしらわれてきたカークは関心を引かれ…
「シアナの力になるのは俺だ、グラムバルドについて戦う事にした結果プレフィアに望まれていないお前と違ってな。」
言いつつ黒の力を迸らせるルシアを前に、カークは力任せに剣を一閃した。
「色ボケ自慢かこの野郎!」
件のプレフィアまでルシアに気を向けている事もあって心底勘に触ったカークは、怒り任せにルシアに斬りかかる。
(お前の望みがプレフィアも先生も望まないものだという話だったんだがな…)
真面目に話していても振り回される事が多いと諦め交じりに思いながら、ルシアは振るわれた斬撃に拳を打ち合わせた。
けたたましい音が断続的に響くほどに連続で振るわれる斬撃を辛うじて凌ぐルシア。
防ぎながら無理矢理接近すれば使えるのはせいぜい蹴り位。
しかも、それすらカウンターストライクと称しての攻撃回避を狙うカーク。
何処で何をしても危険は避けられなかった。
狙えるとすれば一つ。
(カウンターストライク…か…)
相手の攻撃動作に対して攻撃動作を行いながら致命を避ける。
切り返しが速すぎる今のカーク相手に届かせる為には、避けてから攻め手に切り替えていては間に合わない。
幸いルシアの方は両拳が使える。回避と言うよりは片方で受けて攻撃動作を止めずに踏み込むだけでいい。
意を決して、ルシアは駆けた。
両手に黒の力を湛えて、剣を見ながら迫る。
カークは、剣を突き出した。
顔面に真っ直ぐ迫るソレを逸らすように左の裏拳を振るいながら、その勢いに乗って右拳を…
迫るそれを、カークは左手でつかみ取った。
ルシアの右手首をつかみ、腕が震えるほどの力でそれを押しとどめるカーク。
硬直も一瞬、左拳の突きに切り替えようと溜めを作るルシア。
だが、カークが動き出す方が早かった。
自身の左腕とルシアの右腕で作った線をくぐるように回転からの一閃を放つカーク。
短い回転からのその一閃はルシアの身体に斜めの斬撃を刻む。
直後、ルシアの左手から放たれた黒弾が無防備なカークの胸元に直撃した。
「っ…はっ…」
よろよろと後退りしたルシアは、右脇腹から左肩に向かって刻まれた傷を閉じるように胸元を鷲掴みにする。
「くそ…ごふっ…く…」
吹き飛ばされたカークは、勢いよく身を起こして立ち上がったが、よろめくとともにせき込んで血を吐き出した。
「っ!!!」
ルシアは傷を振り切って再び駆けだした。
斬撃対打撃での影響は、斬れても致命でなければ失血以外の影響が少ないのに対して振動伝達による各部位の麻痺や衰弱等がある。
ヴァルナートの方が消耗が大きかった理由でもある。
(剣の軌道にだけ警戒して、黒弾のダメージが残っている間にケリをつける!!)
最早相手が人間だとかそんなことはヴァルナート同様にルシアの意識に無かった。
避け辛いようにと突進から腹部目掛けて真っ直ぐに拳を伸ばす。
カークに触れる前に、その身体が回った。
「づぐっ…」
伸びきった右拳。
その内側、ルシアの右脇腹にカークの剣の柄がめり込んでいた。
回転回避から右手の剣の柄による打撃。
カウンターストライク。
駆けた勢いのまま内蔵に届く強打を受けたルシアはそのまま前のめりに倒れる。
ルシアが倒れた状態から前方に転がりながら身を起こすと、カークは追撃できないままに血の塊を吐き捨てていた。
「その状態で…化物かお前は…」
「何かなどどうでもいい…ただ、俺はお前を倒す!!」
振り切るように駆けだすカーク。
間合いに入るなり、がむしゃらに剣を振り回すカーク。
ただただ剣閃と繋ぎを速く鋭く。
動かしやすいままに動かすだけの連撃だが、次の戦法の定まらないうちに仕掛けられた連撃への対応が定まらず直撃を避けて拳で防ぐので一杯になる。
(当たり前だ…俺を超える為に命を懸けて…いや、『使って』いるんだ、安全圏などある訳がない。)
ただ、その為だけに手にした魔剣が食い込んでいた腕からの出血。
それは、どこまで食い込んでいたのか、引きはがしたと言うなら無理矢理体内に張っていた根を引きはがすような苦痛があったはず、そもそも魂は喰おうと牙を突き立てられた筈で、それらが囁く『染めさせれば命を助けて力を上げる』と言う声を、俺が倒すと突っぱねた結果が今のカーク。
その全てがルシアに勝つ為。
ルシアが戦って安全圏などある訳がない。
左拳を前に、右拳を溜めるように立つルシア。
カークは、袈裟斬りで斬りかかる。
防げば切り返すなり拳をかわすなり止めるなりが出来る。
無理矢理踏み込まなければ右どころか左拳すら届かない。
届くとすればただ一つ。
最短距離を短く最速で踏み込んだルシアは、前に構えた手刀で袈裟斬りを振るってきたカークの右腕を叩いた。
ヴァルナートの斬撃や魔剣すら受ける黒の力を纏った手による手刀。
思い切り振り切った訳ではないが、それでも人間の腕一つへし折るには十分だった。
だが、剣を受けなかった上に腕が折れた状態で斬撃が…剣の進行が止まる訳がなく…
ルシアの左肩に、黒の力すら超えて傷をつけてくる魔剣の刃が食い込んでいた。
骨まで届いたそれは左腕を使い物にならなくしたが、折れたカークの手からは剣が滑り落ちた。
「これで…終わりだっ!!!」
ルシアは右拳を固く握り、カークの鳩尾目掛けて放つ。
下方から黒の力を纏って放たれたそれは、カークの左手によって止められた。
無論、受けていたら腕が肘から先まで砕けるだけだ。
カークが止めたのは、ルシアの右肘の内側だった。
伸ばした左腕を掠めるように通った黒い拳がカークの腕の皮を裂く。
だがそれでもしっかりと腕の進行を止めたカークは…
再度袈裟斬りでもするかのように、折れた右腕を畳んで右肘からルシアの顔面に飛び込んだ。
辛うじて鼻先だけは外したルシアが頬に肘を喰らって顔ごとずらされてそのまま地面に転がる。
(こ…いつ…は…)
どうすれば倒せる。と、ルシアはこの先の展望が見えなかった。
はっきり言って、今の一撃は当たれば確実に殺していた。
手加減も何も考えていなかった。それでも、上回られた。
最早手段などわからず…
ルシアは、静かに立ち上がった。
機能する左手で剣を拾っているカークを見る。
(『手段』なんか、ある訳がない。コイツが計算通りで済むことなどないんだから。)
やれることなど一つ。
勝つまで戦う、ただそれだけ。
「っはあっ!!」
「ふっ!!」
慣れない左片手のみで振るわれた剣を右拳で殴るルシア。
さすがに力の差が出てぐらついたカーク目掛けて、左膝を叩きつけるつもりで跳ぶ。
顔面に跳び膝蹴りを放り込まれたカークは後方に浮いて倒れ…
その勢いのまま後方に回転して立ち上がる。そのまま左で突進から突きを放つカーク。
ルシアは黒の力を纏った右手で剣の先端を右に払う。
左腕が使えないルシアは、右腕が使えないカークの胴目掛けて左足で蹴りかかる。
だが、同じことを考えてかがむしゃらにただ振るったか、右足で放ったカークの蹴りと途中で絡んで互いにバランスを崩して尻もちをついた。
互いに立ち上がるルシアとカーク。
腕だけでは打ち負けると思ったのか、全身を回転させながらカークは横薙ぎの一閃を放つ。
ルシアは、右手の甲に動かない左手を乗せて、黒の力を全開にした。
左手から放った力の塊が眼前に浮かぶのを確認したところで右手をわずかに引いたルシアは、その塊を押し込むように右手を突き出した。
無理矢理の錬黒掌。
回転から斬撃の威力を上げようとしたカークだったが、左片手で握っていた片手剣など抑えきれる訳もなく、手の皮を引きはがすように吹っ飛んだ剣は、遥か先の壁に突き刺さった。
硬直も数瞬、拳を握ったルシアは、踏み込みながら最短距離で拳を走らせ、カークの顔面を捕らえる。
直後、左手で腕を掴まれ、ルシアの右脇腹にカークの左足での蹴りが吸い込まれた。
脇腹から、左肩にかけて切り開かれるように下から斬られているルシア。
その右脇腹に蹴りを突き刺され、切り口を押し広げるように傷口が開く。
ルシアは仰向けに倒れ、同時に前から人が倒れる音を聞いた。
「っ…そ…化物め…」
「貴様が…言うな…」
錬黒掌に集約したとはいえ、はたいた程度の最短距離を走らせただけとはいえ、黒の力の残り香を纏った拳を顔面に放り込まれてまだ反撃してきたカークに呆れるルシア。
斜めに切られた上で、斬られた右脇腹の方に二発の強打。
左肩も腕が使えない程度に刃が食い込んだ傷があり、正直人間ならもう死んでいた。
倒れたまま、意識が閉じようとする。
「皇帝は、お前たちの数人を犠牲に、数人を人質に、天使シアナを堕天使討伐に駆り出すつもりだ。」
そんなルシアの耳に、眠っていられない言葉が届いた。
「今日のところは引き分けにしておいてやる…先生の代わりがあの女だと言うなら…守り切ってもう一度俺と戦え…」
とぎれとぎれの言葉が聞こえなくなって、ルシアは身を起こした。
仰向けに倒れたカークは、潰れた鼻から血を流しながら浅い呼吸を辛うじて紡いでいた。
「…代わりじゃない。だが…」
言いながら、ルシアはゆっくりと立ち上がる。
「守るさ、そう何度も大切なものを壊されてたまるか。」
誰にでもなく呟いて、ルシアは先へ歩き出した。
左右から同時に迫るエリナとフォルト。
同時に受けるのを避ける為、セインはフォルトに斬りかかりながらエリナの斬撃を回避した。
フォルトは両手で持った剣でセインの一撃を止める。
「ふ…ん…持ちこたえるか…」
「あのマスティさんが後を僕らに任せたんだ、負けられない!!」
防いでいた身体から力を抜いたフォルトは、その場で押されるままに回転して横薙ぎを放つ。
両剣の後ろ側で受けるセイン。だが、あまり暇はなかった。
「おらぁっ!!」
頭上に振り下ろされるエリナの斧。
その刃に左手を添えたセインは、そっと逸らして石畳に斧を叩きつけさせる。
いったん二人から距離をとるように引いたセインは、両剣を左右交互に回し始める。
「旋転刃…」
刃を左右で交互に高速回転させながら、セインは駆けた。
迫るは一瞬。
迫るセインを捕らえようとエリナは斧を横薙ぎに払い…
セインは、飛び込みながら横薙ぎを回避しエリナの腕を裂いた。
「ち、浅いか…」
「クロウズクロー!!!」
跳躍回転斬撃ならばと飛び込みながら斜めに回転斬撃を放つフォルト。
だが、その剣は全て空を切った。
「っえ?」
「隙だらけだね。」
着地したフォルトの背後から背を薙ぐセイン。
咄嗟に前方に崩れて避けたフォルトだったが、背中が裂けて血が流れでる。
旋転刃。
高速回転させた両剣の勢いをそのままに利用して移動、旋回攻撃に利用するセインの剣技。
タイミングを間違えれば自分まで切断しかねない両剣の回転使用だが、セインに限ってそんなヘマなどする訳がなかった。
止めない為にと斬りかかってきたエリナの斧をそらしながら踏み込んでそのまま水平蹴りで彼女を吹き飛ばし、体勢を立て直して迫るフォルトの斬撃をただでさえ強力な上に旋回の勢いを込めた強打で斬撃ごと押し返すように吹き飛ばす。
直後、黒弾がセインに向かって真っ直ぐに飛んできた。
距離もあって、多少の驚きだけで剣で掻き消したセイン。
だが、黒弾の飛来よりも、その原因の方がセインには驚きだった。
「ルシア…ストレイジ…」
左腕をだらりと下げ、全身が傷だらけのルシアが入り口に立っていた。
全員が硬直したのも一瞬、唐突に、矢が立て続けに放たれた。
セインは自身に迫るそれらを両剣をまわして撫で斬りにする。
「おらああぁぁっ!!!」
「はああぁぁぁっ!!!」
だが、つられてか否か、エリナとフォルトが全力でセインに迫っていた。
エリナは斧を振り上げ、フォルトは全力で駆け、回転しながら跳躍。
両方同時でカウンターともいかず、どちらも渾身の為受けて止めるも浮かばず、セインは刃が迫った直前で二人から距離をとって後方に跳んだ。
同時に、ルシアは二人を超えるように跳躍してセインに迫る。
「散爪塵!!」
「ち…っ!!!」
とびかかりながら散弾を放つルシア。
後退しながらでそれを両剣を盾に受けたセインがよろめき、ルシアは着地するなり右拳を握って迫る。
「っ…半死人風情が!!!」
それでも、大剣を振るうヴァルナートと違い比較的柔らかく構えて全身で動くセインは、散爪塵を止めた衝撃で振りかぶった剣を溜めに、ルシアめがけて一閃した。
使い物にならない左腕の側から横薙ぎに一閃。
ルシアはその一閃を、右手で掴んで止めた。
傷だらけの右手で黒の力を使い過ぎた今、散爪塵を撃ってまだ残る力などルシアにはない筈だった。
ルシアの身体が空色の光を帯びていた。
「お前が動く限り戦争が終わらないと言うのなら俺は…俺たちはそれを止めに来た!!!」
叫ぶと共に、ルシアは刃を掴んだまま右腕を左腕に寄せるように引いて…
手を離した直後、両剣と一緒に引き寄せたセインの胴体目掛けて踏み込みと同時に右の肘を叩き込んだ。
僅かに浮くように吹っ飛んだセインは、背中から元居た玉座に叩きつけられ、まるで座るかのように玉座に収まったまま、意識を手放した。
ルシアは大きく一息つくと、超えた一同がいる…シアナがいる背後を振り返る。
「戦争はこれで終わりだ…後はコイツを捕まえたまま伝令を…」
ルシアは言葉を終えないままに、石畳の床に倒れ伏した。




