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空色の双翼  作者: 黒影翼
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第15話・夢想の小さな意味




第15話・夢想の小さな意味



ルシアが日課の如く様子を見にシアナの眠るはずの部屋に入ると、シアナが立ち上がっていた。


「もう大丈夫か?」


シアナは、部屋に入ったルシアを真っ直ぐに見つめて、首を横に振る。


「…私の偽善に、貴方が付き合う必要なんてありません。泣いていた私をあやしただけと忘れて下さい。」


黒い翼はそのままで、一度折れたはずの瞳に涙はなく、真っ直ぐにそう告げるシアナ。

それを前に、ルシアは溜息を吐いた。


「…俺が約束を違える訳が無い、分かってて考えた説得がソレか?」

「ぅ…あ、貴方がそんな人だって分かってますよ…けど、だからって…」


シアナがもしまだ動くつもりなら、もはや完全に足手纏いにしかなりえない。

それが分かっていながら約束を守らせるなどシアナが望むわけが無かった。


「偽善者じゃない。」

「え?」

「お前は偽善者じゃない、気にするな。」


揺るぎなく断言する、それでいて説得力や理由の類の存在しないルシアの言葉に目を瞬かせるシアナ。

だが、意味を問う前にルシアは踵を返して部屋を出てしまった。


「気にするなって…気にせざるを得ない事ばかりなのは貴方が原因じゃないですか…」


起き上がって動ける今、ぼーっとしてる訳にはいかないと、シアナはルシアの後を追って部屋を出た。


「おぉシアナ!元気そうじゃねぇか!」

「体一つ完成させる期間としては短い筈ですが、思ったより調子がよさそうで何よりです。」


いつものテーブルで食事をしていたエリナとセリアスが揃って笑顔で声をかける。

ルシアはテーブルにはつかず、側の壁に背を預けてシアナを見ていた。

シアナはその姿を認めても、笑顔を返さなかった。


「あの、お話があるのですが、マスティさんは…」

「いるわよ、ちょっと本読んでただけで。」


部屋を埋め尽くす本棚に隠れて見えなかったマスティが姿を見せ、一同が揃う。

マスティがテーブルの傍まで来たところで、シアナは深々と頭を下げた。


「皆さん…本当に申し訳ありませんでした。」

「は?」

「あの白の翼は天使を名乗れる証明ではあったと思います。ですが、ただそれだけで、自分の意思で全てを投げて地上に来た私は堕天使と呼ばれるべき存在。偽りなき存在として交渉にあたるつもりでこの有様…本当に申し訳ありませんでした。」


謝罪を繰り返したシアナだが、しかし顔を上げた彼女に揺らぎはなかった。


「それでも私は、戦争を止めたいと、誰も死なせたくないと思います。今の私に天使としての公正要素は果たせないかもしれませんが、それでもそのために動こうと思います。巻き込み、助けて貰いながら何も返せないまま皆さんと別れることになりますが」

「言うと思ったけどお断り。」


決別を示そうとしたシアナの言葉を明確に遮ったのは、マスティだった。

シアナからすれば、マスティの評価はルシアを巻き込んでいる善人ぶった中身のない偽物と思われている筈だったのに…


シアナは、空を舞う黒い人影を、思い出した。

ルシアもなく、自身を助けに単独で命を懸けたマスティの姿を。


「アンタが一人で死ぬのは他の人間を殺してもお断り。ちなみに、あんたにそんな私を殺して止める覚悟はある?」

「っ…」


命を救い、願いに敵対するような言を吐くマスティを前に、シアナは言葉に詰まった。

出来るわけが無いが、せずにマスティがついてくれば、自分のせいで人が殺されることに繋がりかねない。

答えが出ずに困っているシアナを前に、マスティが先に息を吐く。


「…ま、ルシア様が嫌がるだろうし気を付けてあげるわよ。ただ、私が死ぬかもしれないのは我慢しなさい。」

「マスティさん…」


お前一人に人の為に命などかけさせない。

詰まる所そういう意味のマスティの優しさとそれ故の最悪の可能性に心を痛めるシアナ。


「まぁ安心してくださいシアナさん。私は死に戦などしませんから。」

「お前微妙に腹立つこと言うなよ…」


セリアスがにこやかに無茶を一蹴した上で、テーブルの上に一枚の紙をを広げた。

地図に幾らかの線が描いてある代物。

エリナは横目でセリアスを咎めながらも、なんだかんだ考えを纏めていたことに笑みをこぼす。


「フェインさんから頂いた地上の情報から現状を整理しました。その上で戦争を止めるための案があるので、お聞き頂いてもよろしいですか?」

「セリアスさん…分かりました、お願いします。」


ある意味普通に何とかする方法を考えたというようなセリアスに感謝しつつ、話を促すシアナ。


「それでは、少々手間ですが、まず三英雄についてから話させて頂きます。」

「三英雄?確かそりゃヴァルナートの奴の呼び名…うん?そーいやグランナイツとは別なのか?」


疑問を口にするエリナに頷くセリアス。


「17年前…ある堕天使がエルティアから飛び立ちました。多数の騎士を犠牲に。凶悪なまでに強力な力を持ち、飛行している為打つ手がほぼなく、どうにかエルティアから追いやった彼女を、三人の英雄が討ち果たしたんです。」

「その一人が…あのヴァルナートと言う訳ですか…」


シアナは表情も見えないほどに黒い鎧を着こんだ男を思い出し、顔を歪める。

人を塵芥のように切り払っていたあの鎧が英雄とされる堕天使狩り。


「三英雄との名が少しだけ知れているのは、肩を並べた戦友を悼む彼が度々慣習のように名乗っているからですが、残る二人を多くの人は把握していません。それは、その二人が伏せられた存在だからなのです。」

「伏せられた?」

「権力者様特有の情報操作ね、吐き気がするわ。」


淡々と語られるセリアスの言葉に、咎人のリーダーだったエリナと野良の救い手として動いていたマスティが分かりやすく悪態をつく。




「語られざる二人の名は…女悪魔マシュアと賢者アーセル=アガルトリア…のちに孤児院を運営していた青年です。」




岩の壁に罅が入る音がした。



誰もが音の方に視線を向ける。

ルシアが一人、自分でやっているのにそれに気づかないほどに驚いた様子で右拳を背後の壁に叩きつけていた。


「ふざけるな…」

「る、ルシア?」

「誰が誰を悼むだと…先生を殺したのはヴァルナートだぞ!!」


一人何も知らないままだったシアナがルシアの怒りがよくわからず目を瞬かせる。


鎧を着こんだ重装兵としか言わなかったルシアだが、炎の中平気で動き回り、英雄の一人とは知らなかったが強力な事は知っていた先生が殺される相手など限られているとも思っていた。


「その条件も全て満たした仮説ですが…堕天使の罪が地上のそれと全く違う事はもはや皆さんご存じですね?その都合の悪い事実が賢者と呼ばれるほどの噂の『先生』に見抜かれる前に始末したのかと。エルティアが食料をちらつかせてグラムバルドに。三英雄の賢者を倒せる人間なんて限られてるでしょうし。」

「っ…」


淡々と語られ、ルシアは俯いて目を閉ざす。

グラムバルドの騎士が国民を守る為に皇帝の指示で。

であるならばあり得る話故に、直接怒りを叩きつけることが出来なくなったのだ。


更に言えば、その後の『現在』も。

新皇帝の勅命にかこつけ敵を皆殺しにするのが、他国権力者の陰謀で同じ道を歩んだ友を死に追いやられた怒りからであるのなら…


「と言う訳で、グラムバルド本城に乗り込み、皇帝に話をつける奇襲説得による停戦を案としたいです。グラムバルドに話がつけば、エルティアの方は『ヴェノムブレイカーとヴァルナートを纏めて相手にしたくなければお前は降りろ』と堕天使の真実を手土産に話せますからね。」


一度は王を暗殺可能な距離に侵入したヴェノムブレイカーと、殆ど三人…下手をするとヴァルナート一人で国を追い込んでいるグランナイツによるエルティアへの『提案』。

それは最早脅迫と言ってよかった。


「そ、それは乱暴が過ぎるのでは…」

「まぁいいんじゃない?堕天使と悪魔をツートップにした救済者、全員助けられれば裏技上等で。」

「ははっ、違いない。」


楽しそうなマスティとエリナに、困った様子のシアナだったが、彼女も否定まではしなかった。

皆を助けられるなら。

それは、その身を捨てる覚悟で地上に降りた時から変わらないものだから。


「そして、貴女が嫌がるのを承知で覚悟して頂きたく思う事が一つ。万一どうしようもなく拒まれた場合に、皇帝、セイン=グラムバルドとヴァルナートを討つ事。」

「それは…」

「正直国の脅威そのものが落ち着けば、エルティアからの殲滅は先の堕天使の話を有識者に放り込んで頼めば止められると言うのが私の見解です。あの変態じじいはともかく、次の王位継承者であるソルクレイヴ=エルティアは武人気質ですが、欲や短気に駆られるタイプではないので。」


結局のところ襲撃者を止めると言うのが平和の前提条件だと語るセリアスの言葉を誰も否定できず、さりとてシアナに殺しを命じる可能性については誰も頷けず沈黙が流れ…


「いざとなったら骨の一、二本折って山奥にでも引きずっていけばいい。それは俺がやる。」

「ルシア…」

「俺の力が続く限りは、お前は誰かを殺す可能性など考えなくていい。」


『世間的に』死んだことにする位殺さなくてもできると言い切るルシア。

無茶苦茶だった。

方法論なんて代物ではとうになくなっていたが、それは全てシアナが願った…何が何でも為そうと暗中模索で飛び込んだ願いに型を為すもので…


「ありがとう…ございます…」


俯いて礼を告げるシアナ。

髪に隠れた目元から、一筋の雫が伝うのを、ルシア以外の人間は初めて見た。


「ま、気にすんな。あんたの為っつーか、あんたに見放されたら人間終わりだって思うから協力する気になったんだ。半分はルシアも入ってっから一人で悶えなくていいぜ。」

「私はルシア様が殆どよ。」

「…はい。」


軽口交じりで返すエリナとマスティに目元を拭って顔を起こしたシアナは微笑んだ。


「さてと、方針まとまったかな?なら耳より情報を。」


テーブル側で話す一同の元に、外から帰って来たフェインがにこやかに声をかける。


「フェイン?どういうつもりだ?」

「何人かは『たとえ死んでも』って気だろうけど、僕としては君たちのデータは欲しい所だからね。上手く事が終わったならヴァルナートのデータも取ってみたいし。」


知識の集積と公開を欲求としている探求馬鹿であるフェイン。

そのフェインからして、ここに集まった一同は興味をそそられるものだった。それ故の助力。

理由が分かって、呆れ交じりではあるが頷くルシア。


「この一週間、ヴァルナートはエルティア聖王国の王子様であるソルクレイヴが軍を指揮して湿地帯に押しとどめてる。あの重鎧では橋を転々としないと湿地に沈むし、橋を落とす脅しと遠距離攻撃を併用して彼を機能させずに普通の軍対軍にしてるみたいだね。」

「奴とて騎士、指揮能力はあるだろうが…大半を単騎突撃から解決してきただろうからな、エルティアの王子が優秀なら不可能でもないか。」


戦争は本来個人能力でやるものではない。

ルシアやグランナイツなどの異端に振り回されて来たが、土地と物資に恵まれたエルティアから策がはまれば押しとどめる事は可能だった。


「で、人ならぬ山脈の方だけど…」


当然ながら、それで防げるのは正規ルートのみ。

既に抑えられているランヴァールから繋がる人ならぬ山脈を通るルートなら、中隊、大隊は無理でもグランナイツ率いる小隊程度なら通過可能。

地形を利用し押さえていたエセリアナも壊滅した今森やゲート村付近を防いでも普通の兵士ではハルカやガントを止めるのは至難の業の筈だが…


「聖剣を手にした謎の少年剣士がエセリアナの生き残りの動ける人たちと抑えていて、なんとグランナイツのハルカの突破を一回防いだらしいよ。」


あっけらかんと明かされた事実に、一同は驚いたり微笑んだりしていた。

だが、知識をひけらかすフェインが謎などと言う事にマスティが肩を竦めた。


「それだけ情報抑えられてるのにそこは謎なの?」

「簡単に言うと目と耳の役割をするモノを使役して情報収集してるんだけど、民家やら城やら生き物も辛いへき地やらはちょっとね。」

「それで私達の名前も聞かずに招き入れたのですね。」


大雑把に自身の知識の理由について明かすフェイン。

初対面に何一つ問わなかったフェインについて納得したセリアスの言葉に笑顔で頷くフェイン。


「ごたごたしているなら今のうちに城に乗り込んじまえばいいんじゃねぇか?」

「そうですね、門をくぐってランヴァールに、最低限の補給を済ませて北の山脈を隠れながら…北から一気に城に向かう。グランナイツが攻め手に回っているなら城の雑兵位ならルシアさんとエリナさんなら何とでもできるでしょうし。」


悪魔相手に喧嘩三昧だったエリナが、ルシアと名前を挙げられて笑顔で拳を掌に叩きつける。

方針が定まって、一同はテーブルを立つ。



「…世話になったらフェイン、全部片付いて無事なら報告と渡せる情報を届けに顔を出す。」

「門まで送るよ。」


相変わらず仏頂面のルシアに苦笑ぎみに微笑んだフェインは、先行して梯子から外に出る。

と、外にはサタナスが立っていた。


「お前何故ここに?」

「ふん、荷物を頼まれてな。全く、王を使い走りのように呼び出すか普通?」

「あはは、すみませんサタナス様。」


言うなり、サタナスは両手に持っていた袋を投げる。

慌てるフェインに割って入るように、ルシアがそれを空中でつかみ取った。


「か、勘弁してくださいよ。僕そんなに力ないんですから。」

「悪魔の癖に情けなさ過ぎるわ。」


慌てるフェインに鼻息一つ慣らしたサタナスは、袋を持ったルシアに指を突きつける。


「ルシア、貴様親子揃って私に勝った以上誰にも負けるんじゃないぞ!いいな!!」


拗ねたように飛び立つサタナスの背を見ながら、ルシアは肩を落とす。


「負けるから修行したんだがな…それよりフェイン、これは?」

「あぁ、エリナとセリアスへの餞別だよ。」

「あたしらへの?」


ルシアが袋の口を開くと、弓と斧が一緒くたに入っていた。

エリナは斧を受け取り、刃の傍をノックするように叩く。

地上で金属同士をぶつけても出ないような高い音がした。


「うわ、すっげぇ硬い感触。」

「魔界の特産だからね、弓も同じ素材で弦は伸び縮みが激しい素材だから、引きっぱなしで構えるのは難しいけど、素早く引けてすぐ強く放てる。」

「成程…えーと…」


説明を受けたセリアスが試しにと弓を引いてみる。

直後、腕ごと持って行かれるような感触に思わず矢を離すと直線近い勢いで放たれた矢が狙いをつけていた岩に突き刺さった。


「…これはまた随分とんでもない弓ですね。」

「まぁそれは気にしないでよ。費用はエリナが悪魔とどつきあいしてたときの試合のトトカルチョで稼いだ資金からだからさ。」

「さすが悪魔だな、自由な奴ら。ま、ありがたく使わせてもらうぜ。」


斧を手に呆れるエリナ。

だがその顔は、緩く笑っていてそこまで不機嫌でもなかった。


「では、シアナさんにはこれを。」

「っ、これは…」


フェインから受け取った弓を法衣の内に収めたセリアスは、代わりに今まで使っていた弓をシアナに差し出す。

それは、力を失ったシアナに対してのフォローを意味するが、シアナにとってどういう意味をもつものかは、今更一同が分からない筈がなかった。


他者を殺傷するための罪の塊。それを自分の意思で手にすることに躊躇するシアナ。


今更、彼女が武器を使う使わないで怒ることなどないだろう一同。

そんなことは分かった上で、それでも重い選択だとわかっているからこそ、誰も何も言わない。


シアナは、息を整えて、弓を受け取った。


「私は…誰も死なせたくない。悪魔の力を借り、守りに来たはずの人にまで戦わせて尚、誰も死なせたくない。…それ以外は全て負う気でいないと。」


自身が力を振るう事より、現状で何一つ振るわないことをこそ拒むシアナ。

それを見届け、一同は笑顔で頷いた。


「さて…じゃあここまで…うん?」


いよいよ本当に魔界を去る、その直前。

フェインはふよふよと浮いて傍に寄ってきた目玉に触手が生えたようなものを掴む。

しばらくそれを眺め、一息つくフェイン。


「最後に情報更新。ハルカとガントがヴァルナートに合流しようとしてるみたいだよ。さて、どうするのかな?それじゃ、幸運を。」


面白さ故に手伝ったものの結果自体は他人事のフェインはひらひらと楽しそうに手を振って家に戻っていった。

軽々と、何でもない事のように告げられた情報は、明確に危機を示すものだった。

ヴァルナートだけにやり過ごしているであろうエルティアの騎士団がグランナイツ全部を相手にできる訳もない。


「…急ぐぞ。」


返事も待たずにシアナとマスティの手を取るルシア。

円陣を組むように二人もセリアスとエリナと手を繋ぎ、門を通った。

力場のような力だけのような、奇妙な空間そのものを、歩いているのか進めていないのかも普通の人間にはよくわからないままに進む。


やがて、魔界に渡った島に戻ってきていた。

魔界の禍々しい雰囲気から一転、普通の木々と湖のある島に来れた事に不思議な感覚を覚える人間一同。

殆ど朦朧とする中二世界を移動したシアナは、改めて自身の手を見つめて、握って開いてを繰り返す。


「すみません、やはり私はもう力が使えないみたいです…」

「使えたってそもそも戦う気あんまないでしょうが。アンタがそう言うのだってのは分かってるし、もう謝んな。」

「マスティさん…」


謝罪の方を咎めるマスティ。

思わずその顔を見るシアナだったが、目が合う前に視線をそらされた。


「じゃあすぐに」

「ルシア様はシアナを連れてグラムバルド本城に向かって下さい。」


舟に向かおうとしたところで、マスティがとんでもない提案を切り出した。


「ヴァルナートはエルティア騎士で何とかなってます。ハルカとガントなら…今の私とエリナならきっと。」

「私もカウントして貰っていいですかね。」


肩を竦めるセリアス。

確かに急ぎで事を片付けた方が良い。

それに、進行を抑えないとグラムバルドを止めるも何もない。


「私は、ルシア様の所には後から追いつけますから。」

「いや、だが…」

「任せろ。お前の浮気相手はしっかりあたしが守ってやるさ。」


渋るルシアを前にマスティの頭をくしゃくしゃと撫でたエリナ。

その腕を片腕を振り上げてはねるマスティ。


「なんでそうなる…」


額を抑えて息を吐いたルシアは、一拍置いてシアナを見た。

ルシアはシアナの力になると誓った。故に、行動方針そのものはシアナに任せるという意思表示。

力を失い、人に戦わせる事への負い目が拭えないまま、シアナはそれでもはっきりと頷いた。


「…分かりました、急ぎましょう。」


無理矢理に拳を作って堪えたシアナをみて、マスティは握った拳を上げてシアナの前に見せる。

驚いたように目を見開いたシアナは、微笑み返すと握っていた手の甲をマスティの拳に打ち合わせた。



「さて…じゃ、行くぞシアナ。背中に乗れ。」

「え?せ、背中に?あ、は、はい…」


ルシアの言う通りに背中におぶさったシアナ。その足をしっかりと抱えるように掴んだルシアは北東に向かって駆けだした。


眼前には島を囲む巨大な湖。

ルシアはそこに躊躇なく飛び込んで…水上を駆けた。


腕程ではないが全身で纏う程度にも扱える黒の力。

踏み込むたびに水が爆ぜ、少し穴の開いた水から次の平らな水へと、斜めの階段のように進むルシア。


「あ、あの!?コレ対岸までもつんですか!?」


力場である黒い翼に身体を撫でられるような感覚に身を震わせながら、落ちる訳にはいかないシアナは慣れない肉体で必死にルシアにしがみつく。


「こんなつまらない事で死なせない、離すなよ。」

「は、早めにお願いします…」


攻撃と言うほどではないが、常に全身を強風以上の何かで押し撫でゆすられているシアナは、それだけ言うと後は収まるまではと必死で抱き着く腕に力を込めた。



一方、距離はともかく遮蔽物のあまりない島の端までたどり着き、水上を駆けだした様を眺める事が出来た人間一同は呆然と口を開く。


「…やれやれ、アレで勝てないヴァルナートと組んだグランナイツを何とかすんのか、やってられねぇな。」

「全くですね。」


呆れ交じりの柔らかい笑みを交わすエリナとセリアス。


「そう?なら雑魚はのんびりお茶でも飲んでたら?私一人でエルティア行くから。」

「あんだとこら!誰が雑魚…おいコラ無視すんな!!」


さっさと舟に向かって歩き出すマスティの背を追って駆けだすエリナ。

追いついた所で、マスティの頭を腕で抱え込むエリナと、うっとおしそうに振り払おうとするマスティ。


「…千里の道も一歩から。貴女の幼稚な偽善はそれでもヴェノムブレイカーとエセリアナに届くには十二分。全てが出来ない事は何の意味もない事と同義ではありません。」


シアナがそれで大手を振って喜ぶわけが無い事は承知の上で、ルシアとシアナの見えなくなった方角に微笑みかけるセリアス。


「…ま、私たちが敗走したら王侯貴族に兵士たちは全滅でしょうし、そうならないように頑張りましょうか。」


何はどうあれ続くだろう人の世の反面、殺す相手が死に絶えていなくなったなどと言う結末は誰も望むところではない。

セリアスは振り返ると、いつの間にやら仲良くなっているエリナとマスティの背を追って小走りで駆けだした。



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