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空色の双翼  作者: 黒影翼
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第9話・悪魔ルシア




第9話・悪魔ルシア




血の滴る斧を手にした、ハルカと同じ衣装に身を包んだ男。

滴る血が誰のものなのか、そんな事は語るまでも無かった。


「…やろぉ…っ!よくも!!」


傍らの両刃斧を手に、全力で振るうエリナ。

斧と斧の衝突に実際に火花が弾けるが、男は微動だにしない。


「なっ…っ!!」


片手で斧を弾き上げるようにして振り上げた男は、両手でその斧を持って、斜めに振りぬく。

咄嗟にとめたエリナだったが、その一撃を止めきれずに尻餅をついた。


「っ…ぐ…こいつ…化物か…」

「グランナイツが一騎、ガント=ベルナレオ。」


ガントと名乗った男は、まるで片手剣でも構えるように自然に脇に巨大な斧を構える。

並の人間なら持つことすら億劫な斧を軽々振るうエリナに尻餅をつかせる一撃を振るうそれは、間違いなく人外の域の力と言ってよかった。

だが、エリナは跳ね起きるように立ち上がると、痺れの残る手で斧を握る。


「それがどうした!仇は必ず…」


立ち上がったエリナの肩を、優しく掴むルシア。

そのまま、そっと彼女をどけたルシアは、ガントと向かいあった。


「ルシア?」


不思議そうに彼の名を呟くシアナに応えず、ルシアは真っ直ぐにガントを見据える。


「…いい加減にしろ。」

「それは此方の台詞だ賊徒。」


ルシアの怒りを短く切って捨てるガント。

両の拳を握り締めたルシアは…




「はああああぁぁぁぁっっ!!!!」




咆哮と共に、黒い翼をはためかせた。





羽と言うよりは噴水のように放たれる黒い力の奔流。両の拳の色を塗りつぶすように盛る黒い力。


「っ…く…こ、コレはっ…」

「む…」


怒りで進み出ようとしていたエリナは、ルシアの力の強大さに押されて後ずさり、寡黙なガントも眉を顰めた。


だが、動揺も一瞬、先同様に斧を振りかぶったガントは、無造作にそれを振るい…


ルシアはそれを、右の正拳で止め、ガントの姿勢を崩した。


そのまま、全力で左の拳を振るうガント。

斧を盾代わりに防いだガントは、しかしその一撃を抑えきれず後退する。


「ぬ…ぅ…ヴァルナートから逃げおおせた訳だ…」


速さならいざ知らず、斧を用いて押し負けると思っていなかったのか、比較的寡黙なガントも苦い表情を隠しきれずにいる。

一方で、ハルカとの戦い以上の力に見える姿にシアナはマスティに視線をやる。


「ルシアはここまで強かったんですか?」

「え?い、いや…私も初めて…」


問いを投げるもルシアを賞賛するマスティですら驚いている有様を見て、シアナは目を細めてルシアの背を、その背からはためく黒翼を見つめる。


と、一発の矢がルシアの背を通りすぎガントの腕目掛けて飛んで行った。

当たったものの、僅かに服に傷を作った程度で止まった矢は床に落ちる。


「さすがグランナイツ…装備も半端じゃありませんね。」

「…狙ってたあんたも大概したたかだけどね。ま、兵も連れずに来た方が悪いわね。」


矢を放ったセリアスが涼しげに呟くのに続くように手を翳すマスティ。

マスティが放った炎を斧の一振りでかき消すガント。

丁度そこにルシアが飛び込んだ。

斧を振り切ったガントのがら空きの胴目掛けて殴りかかるルシア。

だが、予期していたのかガントは斧の柄でルシアの拳を受ける。


(くっ…早く…早く片付けないと…)


多少なり姿勢が崩れればそれでいいとばかりに詰めて左右の連打に入るルシア。

だが、冷静に斧で受けたガントは、ルシアの腕が伸び切るのにあわせて斧ごと踏み込み、ルシアの体勢を崩させる。


直後、ルシアの頭上から岩が落下してきた。


「がっ…」


ルシアに命中すると同時に砕けて砂のように散っていく岩。

すぐに散るのは自然落石でなく魔法である証。ガントが放った地の魔法だった。

頭から血を流しながら辛うじて踏みとどまったルシアの前で、ガントは斧を振りかぶって…


「テメェは…あたしが倒すんだよ!!!」

「む…」


割り入るように斧を振るったエリナの一撃が、ガントの一閃と衝突してけたたましい音を洞窟内に響かせた。

ルシアの頭上で衝突し、斧が一瞬止まる。

目を見開いたルシアがアッパーで止まっている斧を跳ね上げ、半回転しながら水平に蹴りを繰り出した。

左腕で防いだガントはそれでも止められず吹き飛ばされて洞窟の壁に背中から叩きつけられる。


「…さすがだ、一人ではどうにもならんか。」

「何…っ!!フォルト!!!」

「ぇ…」


慌てて叫んだルシアの声に振り返ったフォルト。

その反対、別の出入り口に続く道から…


「こう幾度も同じ敵と相見えるのは珍しい、ヴェノムブレイカー。」


もう一人のグランナイツ、ハルカが姿を見せた。

尤も傍にいたのは、フォルトとシアナ。


「ハルカ…くっ!天使様はやらせない!!」

「残念だが、今の君では相手にならない。」


咄嗟に構えたフォルトが神速の剣を走らせるが、ハルカの槍が触れるや否やあらぬ方向に逸らされた挙句…


「クリアディバイダー!」


フォルトの脇腹に突き刺さる直前で、槍の尖端は見えない壁に留められていた。


「なるほど、天使シアナ。貴女も伊達に争いを止める気でいるわけではないのですね。」

「偽りなき交渉の礎になれればと思ってはいましたが、力づくで止めるのは不本意です。」

「どちらにしても大した覚悟で…愚かなほど優し過ぎる!!」


一瞬引いたハルカは、袈裟に槍を振るい、突き、全身を回転させ薙ぎ払う三動作を連続で行った。

がむしゃらな連撃ではなく全てが同一箇所に叩き込まれ、シアナの展開した障壁が砕けフォルトの身体を裂いた。


「っ…」

「フォルト!」


グランナイツ相手では並の人間ではいないも同じ、多少腕がいいフォルトでも話にならず、他に前衛のいない一同の全滅は必死で…


「余所見をしている場合か?」

「が…っ!!」


ルシアが傍から聞こえてきた声に目を向ければ、エリナがガントの斧を受けて肩から血を流していた。

明らかに骨まで食い込んでいて重傷だった。


「くそっ!」


咄嗟に攻め手を代わろうとガントに飛び掛るルシア。

対してガントはルシアの一撃を受けて…


ルシアの身体を風の矢が打ち付けた。

今度はハルカの風の魔法。

貫く、には至らない威力だったが、それでも背中の傷から鮮血が舞い…


斧を力任せに振るったガントによって、今度はルシアが壁に叩きつけられた。

背中から壁に叩きつけられ、ずるずると壁に血をなすりつけながらもたれるルシア。


「くっ…」


風の矢を放ったハルカを忌々しげに睨んだマスティは、魔法の雷を放つ。

頭上から瞬きのように振った雷撃は下がったハルカにあっけなく回避された。

発生後はいざ知らず、発生までの魔力の集中発動などの速度は術者による。

錬度は高めでも普通の人間にすぎないマスティにグランナイツを捉えるのは至難の技と言えた。


続けざま矢を放つセリアスだが、それすらあっけなく弾かれ…



「くっ…くくくくく…」



笑い声が、洞窟内に響いた。

一同が静止する。

そして…






「ははははははははははははは!!!」




挿絵(By みてみん)


狂ったような笑い声と共に、闇が噴き出した。


声も闇も発生源はルシア。

噴き出した闇は洞窟を震わせるほどの代物で、全員が硬直する。


「いいぞ…もっと楽しませろ!!!」


笑いながら、噴き出す禍々しい闇を纏ったルシアは、ガントに向かって飛び掛った。

先程までと同じようなダッシュからの格闘戦法に見えるそれに、ガントは斧を真っ向から振り下ろし…


無造作に振るった腕で斧ごと押し返されたガントがよろめいた所に、ルシアは左手から黒弾を放った。

斧で受けたガント。だが、受けた瞬間に撥ねられたように吹っ飛ばされ、受けた姿勢のままで洞窟の壁に叩きつけられる。


「ぐ…ぅっ!?何…だ!?」

「ガントさん!くっ、はあっ!」


大きく槍を振るって道を開いたハルカが飛び込むようにしてルシアに向かう。

閃光の様な突きを放つハルカだが、ルシアはその槍を無造作に掴み取った。

刃のある槍を適当に鷲掴みにするルシア。だが、その黒い手には傷の一つも無かった。


「弱いんだよ!!」


まるで小物でも投げるかのように、槍ごとハルカを振り回したルシアは、ガントの傍らの壁目掛けて無造作にハルカを投げた。


ハルカが戦士としては細身とは言え、鍛えた人の身体。

そんな重量のものが地面と水平のような勢いで壁に叩きつけられ、洞窟内に嫌な音が響く。


「う…ぁ…」

「何だ…この力は…」


並んでルシアを見据えるグランナイツの二人。

ルシアはそんな二人をつまらなそうに見て…


「大陸最強が聞いて呆れる…雑魚は死ね。」


両手を使って黒弾を作り出した。

先に片手でガントを吹き飛ばした黒き力の塊。

下手をすればそれはこの洞窟すら危険な代物で…



光の矢が、黒弾を掻き消した。



ルシアは構えていた手を下ろし、直立のまま矢の放たれた背後を振り返る。


「シアナ…」


四翼を広げ、強大な光に包まれたシアナが弓を構えていた。


「逃げてください!!早く!!!」

「何を…」

「っ…ああいう方なのです!今は言う通りに!!」


悲鳴近いシアナの…それも、自分達に向けられた時よりも強く感じるシアナの光に、ガントを抱えるようにして脱出を促すハルカ。

首だけ動かして二人をつまらなそうに見送ったルシアは、シアナに視線を戻す。


「四翼の天使か…万全なら多少は面白いんだろうがな!!」

「っ…がっ…」


弓を構えるシアナ目掛けて射線だけを外して殆ど直線に踏み込んだルシアは、シアナの首を掴んで持ち上げる。

黒い手で自身を持ち上げて嗤うルシアを、シアナは力なく見下ろす。


「ルシア…私は…」

「悪魔に命乞いか?」

「私は…貴方を信じます!!負けないで…っ…」


シアナは力なく…

否、拳を握らず弓も消して、それでも、迷いの無い言葉で、ルシアを『信じる』と言い切った。


抵抗の力を入れず、瞳に宿る意志の力だけは揺るがず、ルシアを見るシアナ。


「俺が誰に…負け…」


戦う気の無いままに強さを感じさせるシアナの姿。

首だけ掴んで見上げていたルシアは…

シアナを投げるように放り出し、自分の頭に右拳を叩き付けた。


「ま…っ…ぐっ…く…そ…っ…」


そのまま、殴った拳を押さえ込むように左手を重ね、震えながらうずくまる。


「えほっ…ル、ルシア…」

「くそ…っ!黙れ…俺は…」


何かを押さえ込むように震え続けたルシアの身体から、纏っていた黒い力が収まっていき…やがて、全て無かったように収まった。










エリナがエセリアナの被害の確認に出る間、その場にいるようにだけ言われた一同は、傷の手当等を済ませて輪になって座っていた。


「……すまない、騒がせた。」


謝って頭を下げるルシアにシアナは首を横に振る。


「ただ…聞かせて貰っていいですね?」


責める気は無いが、知る必要はある。

真っ直ぐにルシアを見て告げるシアナに、ルシアは小さく頷いて目を閉じる。


「…アレは禁断症状のようなものだ。」


忌々しげに口にしたルシアの言葉は、これまでルシアを見ていれば多少なり予想できるものだった。


「悪魔らしくない、お前達は俺をそう評していたが、あれは俺の悪魔としての『らしさ』だと思えばいい。欲求はシアナの睨んだ通り『闘争、破壊』。全力を使いすぎればあっという間にさっきのただの暴君に成り果てる。」

「全力を…使いすぎれば?」


当初は闘争欲求を満たす為についてきていると考えていたシアナ。

半分当たり、半分外れを意味するようなルシアの言葉に疑問を投げかける。


「我欲を満たそうとする行為はアレに近づいていく。特に力を全力で使えば…」

「あれだけの力があって今まで使わなかったのはそういう事ですか。」


ルシアが最後まで言わなくてもどうなるかはついさっき見たばかりだ。

比較的動揺の少ないセリアスの呟きを最後に沈黙が流れ…


「…ごめんなさい。」


シアナが、深々と頭を下げた。


「私は、今まで貴方が戦えば欲求を発散できているものだと思っていました。だから、貴方が戦うと先陣を切るのに酷い怪我で無ければ嬉しいものなのだと…ですが…」

「だから、気にするな。俺は自身の目的の為にここにいる。それに、これまでお前にとって何でもいい選択での戦いはあったのか?」

「それは…」


ルシアの問いに俯くシアナ。

シアナにとっては、そもそも人と戦う事自体目的としてはならない事。

人の死を止めるためというやむにやまれぬ事情でのみそれを行ってきたが、逆に言えばシアナにとってそれをせざるを得ない時だけだという事。

ルシアが戦った事を謝ると言う事は、見捨てて放置していい事があったと言う宣言に他ならない。



「そりゃ今だろうさ。」



唐突に不機嫌を隠しもしない声が響く。

肩の傷に包帯を巻いたエリナが、斧を片手に現れる。


「被害は?」

「よくもまぁしれっと聞けるもんだね。」


ルシアの問いに怒りすら超越したか、吐き捨てるように返すエリナ。

睨むエリナの視線を意に介さず、ルシアは無言でシアナを見る。


「ここにいた奴は半分以上死んだよ、他も重軽傷で別室で手当中さ。」

「そう…ですか…」


仮にも人を守りに来た身で殺戮に利用されたシアナ。

分かってはいたがエセリアナ首領であるエリナからの被害の申告に、改めて招いた事態を認識して俯くシアナ。


「アンタがこれを自分のせいと思うなら動かなきゃいい。とっとと空に帰っちまえばそれで『アンタのせいで誰も死ななく』なる。」

「っ…」


エリナの言葉に僅かに身を竦ませるシアナ。

自身が原因での人の死を気に病むのなら、動かなければいい。


それを嫌って降りてきて、しかし何もできていない現状。

目に見えて苦痛を隠さない表情のまま、シアナは首を横に振った。


「…できません。」

「はっ…そうかい。それじゃ頑張んな。」


搾り出すように放たれたシアナの言葉を聞いたエリナは荒い息を鳴らして踵を返す。


「あの、どちらへ?」

「手当だよ、器用な方じゃないが無事な手が少ないんだ、いかなきゃしゃーないんでね。」

「手伝います。」


迷いなく告げるシアナを首だけ振り返って睨むエリナ。

だが、シアナがそう告げた瞬間にルシアがその傍らに歩み寄る。


「わっかんない天使と悪魔だね…ま、妨害はしないだろうしあたしよりは器用か。」


言うだけ言うと、エリナは再び歩き出し、シアナとルシアはその後を追った。







直接交戦した者は一撃のもとに葬り去られたが、ガントとハルカが突破を優先したためか、逃げに徹したり魔法で遠方から落とされた者等は重軽傷で済んで洞窟の別室に集まっていた。

その別室…シアナの手から光が収まると、むき出しに見えていた痛々しい怪我が消えていった。


「っ…はぁっ…」

「ち…くそっ、さすがに天使様には治癒術で勝てないか。」


遅れて担当していた最後の一人を治したマスティが、プレフィアから託された治癒術の載った本を乱雑に閉じながら毒づく。

治癒術だけでどうにもならない怪我にはルシアが包帯等で対処し、手早く片付いた。


「まいったね…まさかルシアまで役に立つとは。」

「一人で鍛えていた時には多少は自分で出来ないと話にならなかったからな。」


あらかたの処置を終えたルシアにエリナが小さく頭を下げる。

応えずるルシアは、怪我を負い、人数…戦力も減ったエセリアナの一同を見回す。


「これからどうする気だ?」


既に一度襲撃を受けて判明している隠れ家、それを人数の減った怪我人で維持する。

それは不可能事と言えた。

エリナは小さく舌打ちすると髪をかき乱しながらぼやくように返す。


「エルティアに降りるしかないかね…一応あっちの人間なんでね。」

「無茶とは言え…やらないとグラムバルドが来れば終わりですしね。」

「サラッと言いやがって…まぁその通りっつー訳で、皆出るよ!」


全滅の未来をあっさりと示すセリアスに毒づいた後、手当を終えた一同に檄を飛ばすエリナ。

それと殆ど同時に、ルシアは勢いよく洞窟の外を見る。

見える筈のない外。

意味の分からない行動に見えた者もいたが、ルシアが力の感知が出来る事を知っていた一行はその意味することに気づく。


「まさか、追撃ですか?」

「分からないが恐らく…だが、グランナイツじゃないな、誰だ…」

「…はっ、とことんふざけやがって!!蹴散らしてやる!!」


憤りをそのままに洞窟の出口向かって駆けだすエリナ。

ルシアはその背を追って踏み出し…


「マスティ、フォルト、シアナを頼む!!」


振り返ってそれだけ言うと今度こそエリナの後を追った。


「頼むって、アイツは別に…ん?」

「シアナさん!?」


先程まで治療をしていたシアナが別にダメージなどある訳がない事を知っているマスティは、焦った様子のフォルトの叫びに目を向ける。

当のシアナは、俯いて動かなかった。

名前が挙がっているにも関わらず反応のない彼女の様子をさすがに訝しむマスティ。


「っ…だ、大丈夫です。行きましょう。」


少しして顔を上げたシアナは、一瞬微笑むとルシアの出先に向かって歩き出した。

傍らにフォルトが心配するように控え、セリアスもそれに続くように歩き出す。


「…ちっ、だから帰れって言うのに…」


苦々しい呟きを漏らして、マスティは後を追うように駆けだした。






洞窟の穴の一つから飛び出したエリナ。

その先、崖を一つ挟んだ別の高い斜面に、一人の人影があった。

老人と中年の中間のような、皺の刻まれた顔で気味の悪い笑みを浮かべている人影、それを見て、エリナは眉を吊り上げる。


「てめぇ…グラムバルドの奴だな。」

「山賊退治に来ましたグラムバルドのザーヴァと申します。と言う訳で、死んでいただけますね?」


エリナの怒りを意にも介さず、適当なそぶりで魔法を放つザーヴァ。

飛来する石の塊。

それを見て、小さく舌打ちしたエリナは、手にした斧を一閃して魔法の石を一刀両断する。


直後、雷撃が続いた。


「がっ…」


避けるも防ぐもできず直撃したエリナがその場に崩れ落ちる。

死ぬ程ではないが、麻痺で動けない所に、とどめとばかりに顔程の火球が放たれて…


黒弾に貫かれて火球が掻き消えた。


「着弾速度の違う魔法で畳みかけたのか、グランナイツほどでないにしろ実力者のようだな。」

「それはどうもヴェノムブレイカールシア様。不完全な黒の力しか使えない癖にお強いようで。」


皺の入った顔を嫌に歪めて笑うザーヴァを睨むルシア。



その横で、衝撃音が響く。



「そっちで勝手に盛り上がってんじゃねぇよ…てめぇらの相手はこのあたしだっ!!」


斧を杖のように岩の足場に叩きつけて立ち上がったエリナは、崖を超えた先のザーヴァに向かって斧を構える。


「それはよしなに…ではこのザーヴァめが地獄の水先案内人を務めさせていただきましょう。」


歪んだ笑みのままザーヴァはそう告げた。










エルティア国境のメティロス砦。

川を挟んで立つ堅牢な砦は、本来攻め寄るものを悉く排除する事が出来る代物の筈だった。

だが、その砦をエルティア最強格の魔法騎士団である白翼騎士団が抑えて尚、その黒は止められなかった。


「馬鹿な…こんな…馬鹿な事が…」


魔法を扱う者を中心に集めた白翼騎士団の長、シルクルーラは眼前の黒の塊に一歩後ずさっていた。

当の黒の塊、ヴァルナートがした事は単純。遠隔狙撃の弓魔法混成部隊の放つ矢と魔法の雨を邪魔になりそうなものだけ剣で薙ぎ払いながら走り、砦の扉を左右斜めの斬撃で六つに分解、正面に立った者を死体に変えながら砦の屋上まで姿を見せたのだ。


「死ぬか降伏するか、好きな方を選ぶがいい。」

「っ、ふざけた事を!!」


両手を構えたシルクルーラは、練り上げた巨大な火球をそのまま真っ直ぐに眼前のヴァルナート目掛けて放った。

片手であっさりと振りぬいた剣の峰で火球をはじくヴァルナート。

明後日の方向へ飛んで行った火球は遠方からヴァルナートを狙っていた兵士の一人に直撃した。


「ああぁああぁぁっ!!!」

「即死しない熱量か、無意味だな。」

「ほざけっ!!!」


追撃を放とうとしたシルクルーラ。

だが、片手を突き出した姿勢のまま動かず…


少しの間をおいて、縦に真っ二つに裂けた彼女は、そのまま原型もとどめず血だまりと肉塊と化した。


「やれやれ…修行どころか暇つぶしもままならぬか…」


面倒と言わんばかりに砦内の残党処理を始めるヴァルナート。

外部は兵士の一団に抑えさせている。それで全部を止められはしないだろうが、戦力としては全壊と呼べる域まで討てる算段だった。


想定通りに事が進み、大体が片付いた頃…


「ほ、報告します!ガント様とハルカ様がエセリアナの殲滅作戦中にヴェノムブレイカー、ルシアに敗走したとの事です!」


早馬によって飛んできた伝令の言葉に、ヴァルナートの動きが止まる。


「…ふっ、はははははは!!」

「ヴァ、ヴァルナート…様?」

「ご苦労、今日は砦で休んで部隊に戻れ。」

「は、はっ!!」


緊張を隠せないまま去っていく伝令は気にも留めず、はるか遠く、人ならぬ山脈の方角を見るヴァルナート。


「あの二人を纏めて退けたか。ルシア…その程度で止まるなよ。」


自身に追いつく可能性の欠片に期待するように、ヴァルナートはしばらく山脈の方角を眺め続けていた。





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