第8話・人ならぬ山脈の人
第8話・人ならぬ山脈の人
ハルカ率いるグラムバルドとランヴァールの戦端が開かれるのを回避するためにハルカの撃退を選択したシアナだったが、ランヴァールは約束など守る気などなく、グラムバルドに知人を討たれた兵士で編成された部隊にシアナの援護を命じて、流れで敵を殺させようともくろんだのだ。
混戦から全てを守ろうとあがいたルシアがハルカに負傷させられた為離脱を選択した一同だったが、その間際、流れ矢からシアナを庇いデルモントが死んでしまう。
バルニアの町の宿での相談の結果、ランヴァールでやれることはやったと、グラムバルドを通らずに済む大陸西端の『人ならぬ山脈』からエルティアを目指すことにした。
買い物を済ませ、町を離れようとしていると、首輪を繋がれた黒い翼の少女の姿があった。
先を歩く恰幅のいい男性は商人らしく、周囲の視線が集まる事に機嫌よさげ歩いている。
「あれは…」
「堕天使…ですね。」
「黒い翼と力を失った以外は綺麗な事が多いので、大抵は金持ちの道楽で飼われる事が多いですね。グラムバルドでは術系統や門の研究に使われているとか。」
「そう…ですか…」
セリアスの説明に肩を落としてその姿を見送るシアナ。
「アンタの末路ね。」
「どうしてシアナさんが堕天使にならなきゃいけないんですか?」
「このまま罪状重ねてたら嫌でもなるでしょ。仮にも天使様が戦争に首突っ込んでるんだから。死なせないのも殺さないのも無理ってものでしょ。」
「それはっ…」
いい気味と言わんばかりに楽しそうに語るマスティに食って掛かるも、反論がまともに紡げなくなったフォルトは言葉を止める。
シアナにいたってはマスティを静かに見るだけで否定の一つも口にせず、ただ悲しい空気が流れ、そんな中でもマスティはニヤニヤしたまま…
「ま、そうなったらフォルトが買ってあげたらいいじゃない?セリアスより信用できるしね。」
爆弾発言を放り投げた。
末路を悲惨にしないために、付き従っている女性を『買え』等と言われたフォルトは、頬を染めてマスティとシアナをおろおろと見る。
「いや、あの、そういう問題じゃ…それに…買うって…」
楽しげに笑うのも、『困る』と否定するのも違うと思ったシアナは、なんとも言えないままでフォルトに微笑みだけ返す。
が、否定されなかっただけで十分刺激になったフォルトは、顔を隠すように押さえて俯いた。
「買い手に困るならば此方に来ればいい。」
唐突に割って入った聞きなじみのある声に、一同は構え、ルシアは最前に飛び出す。
人影にまぎれながら前方から姿を見せたのは、ハルカだった。
「ハルカ…」
「グランナイツのイケメンさんも女日照り?趣味悪いわよ。」
ルシアの背後からのマスティの皮肉を意にも介さずハルカはシアナを見る。
「生死問わず…皇帝が見敵必殺と言わなかった以上、貴女には話す意味があるという事。」
皇帝と話すことが目的ならばそれで叶う。
暗にそう示したハルカをマスティは鼻で笑った。
「侵略者の会話提案ほど胡散臭いものは無いわね。」
「大方対人神術の研究材料にでもする気でしょう、貴族の玩具より性質が悪いですね。」
マスティに続けるようにセリアスが告げた言葉に目を細めるハルカ。
だがそれよりも聞きなれない上に穏やかでない単語が引っかかったシアナは、セリアスに険しい顔を向ける。
「対人神術?」
「噂程度ですが、グラムバルドでは堕天使や悪魔を研究に使っているようです。グランナイツの武器も研究成果で生成された金属によるものだとか。」
「貴様一体…やはり逃がす訳にはいかないか。」
淡々と語るセリアスに警戒心をあらわにするハルカ。
ルシアも構え、一触即発の雰囲気の中、ハルカの背後から一つの足音が近づいて来た。
「ここは私に任せて貰いましょう。」
肩を並べるようにしてハルカの隣に立ったのは、ヴァルナートからの逃亡後のルシアが倒したカークだった。
「君は…確かヴァルナート殿の…」
「カークです、俺はルシアに対しての自由行動の許可を貰っています。それに此方は勿論、ルシアや天使様としても街中で戦うより此方の提案に乗った方が被害者が少なくて嬉しいだろう?」
どちらにも話を振るカークに、ルシアは疲れたように肩を落とす。
「そんな心配をするならお前が帰れ…まだグラムバルドで成り上がるつもりでいるのか?」
「当然だ、お前に出来て俺に出来ない事などない。」
「…俺なら出来ると?」
「グランナイツになれるだろう?」
「…私は自軍にまで侮られているのか?」
あっさりとルシアを自国最強の騎士と同レベルだと言ってのけるカーク。
確かにそれ自体は戦ったハルカも簡単に否定できないものだったが、さすがに自国の下位騎士に断言されては憤りがあった。
「まぁいい、では君に任せよう。」
だが、カークに後を任せると、ハルカはその場を引き払う。
バルニア市民の幾人かがどうなるのかと遠巻きに眺める中、カークは町の出口を指し示した。
「行くぞルシア、一対一で勝負だ。ハルカ様が引き払ったのだ、お前も天使のお供なら礼を示せ。」
早々に町の出口を目指すカーク。
ルシアは溜息と共に肩を落としながらその後を追って歩き出した。
「あまり感情を見せないルシアが少し嫌そうなのが見てて分かりますね…」
「きっとよっぽどアイツ昔からああなのね…ルシア様にただの人間で勝てる訳ないっ!?」
シアナとマスティが話していると、首だけで振り返ったカークがマスティを怒りをむき出しにした目で睨む。
「マスティ…こいつにそれは余計に面倒になるから止めてくれ。」
「は、はい…」
つくづく普段見せない姿を隠しもせず疲れたようなルシアに頼まれたマスティは、それ以上何も言わずに後に続く事にした。
「行くぞルシア!!」
町を出て向かい合うや否や、他の一同が離れたかも怪しい内に剣を抜いて地を蹴るカーク。
一気に間合いをつめ、袈裟斬りから斬り返しに繋ぐ。
下がってかわしたルシアの服を撫でるような距離を剣先が通りすぎ、構えなおす前にルシアは回し蹴りを放つ。
顔面目掛けて向かってきた足を屈んで避けたカークは、低姿勢からルシアの鳩尾目掛けて突きを放つ。
斜め後方に跳んでかわしたルシアは、カークと向かい合って構えなおした。
「ルシアさんは馬鹿にはしているものの、彼も中々ですね。」
皆で遠巻きに眺める中、セリアスが楽しげにカークを評価する。
「そうですね…僕とマスティさんも一瞬で止められてますし…」
「うぐ…ま、まぁただの正規騎士よりは上みたいだけど…」
格下のように笑っておきながらその実二人共に一瞬で封殺されていた事をフォルトの呟きによって思い出させられたマスティは、馬鹿にしていた自分を振り返って頬を引きつらせる。
外野の声に肩を落としたルシアは、あくまで気付かれを抱えたままカークを見る。
「…何故俺が必要なんだ?」
「貴様こそ何故あの天使に力を貸している!」
どこまでも静かなルシアと熱を隠す気すらないカーク。
一見対象にしか見えない二人だが…
(何となく…似てるみたいですね。)
戦いには間違いないのだが、憎悪から来る殺し合いでない事を感じるシアナ。
勝敗に自身の扱いがかかっているにも関わらず、二人の武闘を落ち着いて見ていられた。
「交換条件だ、必要なくなれば協力する謂れはない。」
「利用しているだけか、哀れだなあの天使も!!」
叫んで斬りかかるカークを前に目を細めたルシアは…
黒い力を称えた左手の甲でその斬撃を防いだ。
「やっと出したか!」
剣をルシアの手から離したカークは、横薙ぎに一閃を振るう。
下がって回避したルシアは、力の塊を弾として右手から打ち出す。
「そんなもの、当たらなければ!!」
すれ違うように回避しながら踏み込んだカークは斬り返すように左からルシアの右脇腹目掛けて剣を振るい…
添えるように翳したルシアの左手がその刃を止めた。
刃を掴んで引き寄せながら、左足を振りぬくルシア。
綺麗に顔面に食らったカークは後方に飛ばされ、後転しながら立ち上がる。
「っ…ぐっ…」
が、ぐらついたカークは剣を杖のように地面に突き刺し、左手で額を押さえた。
「何度も言った筈だ、俺は悪魔だ、お前達とは違うんだ。」
両手に湛える力こそ悪魔の証明のようになっているが、身体能力も並の兵士など凌駕している悪魔。その上修行までしているのだ、むしろ着いていけるハルカや上回ったヴァルナートが規格外なのであって人間の追いつける力ではない。
蹴りが顔面に直撃などすればただの成人のそれでも普通は無事とはいかない。死んでいないだけで評価できると、そのつもりでいるルシアだったが…
「何度も言っている…っ!貴様に出来る事が俺に出来ない筈がない!!」
鼻から血を流したままで気にも留めず、カークは剣を引き抜いて構えた。
ダメージを感じさせず駆けたカークの渾身の一閃。
それを、ルシアは右手で掴んで止めた。
そのまま握りつぶすようにして剣を砕いたルシアは、その拳を引くと一直線に突きを放った。砕かれた剣の柄を盾にしようとしたカークだったが、そのまま柄も砕かれ殴り飛ばされる。
馬にでも蹴られたかのように吹っ飛んだカークは、地面を転がってそのまま動かなくなった。
それを最後まで確認する事無くシアナ達の元に歩きだすルシア。
「ルシア…彼は…」
「知り合いだ、最近は分からな過ぎて俺の方が奴について聞きたくなって来た。」
「そうですか…」
聞かれたくない事柄と言うよりも疲れるから聞かないで欲しいといった様子のルシアにシアナもそれ以上何を言う事も出来ず、一同は当初の予定通り人ならぬ山脈に向かって歩き出した。
ランヴァール連合国南西、もう国の管理内と言えるかも怪しいような山脈の傍。
そこに小さな村がある。
小さな村が…あった。
家は破壊され幾人もの遺体がうち捨てられるかのように転がっている村。
山脈入り前の最後の人の集まる場所だったので、ここで休みを取れるならとった上で山に進もうとしていたのだが、完全に死んでしまった村を眺めて一同はただ呆然としていた。
「これは…一体何がどうなって…」
ぼろぼろの村を眺めて立っているシアナ達の元に、ぼろぼろの服の青年が歩いて来た。
「あ、あぁ…た、旅の方…」
「どうしました!?」
「人ならぬ山脈から賊が…」
「っ…」
治安が乱れれば賊がはびこる。
人を救う為に来たシアナは知っておいたほうがいい流れとして話を聞かされていたものの、村一つ完全に壊滅している様に顔を歪める。
「グラムバルドがランヴァールを荒らしてる今なら暴れても討伐隊が来ないからって…村の生き残りは避難したものの、戻ってくる事はもう…」
青年は村で瓦礫などを漁っていたようで、服の所々…特に靴と手袋が擦り切れたようにボロボロになっていた。
「分かりました、賊は私が止めてきます。」
「ほ、本当ですか!?」
「はい、必ず。」
「言うと思った…」
きっぱりと言い切って頷くシアナ。
その背後で、マスティが溜息をこれ見よがしに漏らした。
村人に少量の食料を置いて山脈に向かった所で、セリアスがいつも通りの飄々とした空気で言葉を紡ぐ。
「…一応言っておきますが、全速で向かっても既に戦火の中にある世界、賊討伐に時間を割くのですか?」
「…私は…人を助ける為に…」
「滅びた村の人一人を賊の脅威から救って国二つ滅ぼします?」
「っ…」
多くの人々を救う。
その為に動くのなら他の雑事を無視して先を急ぐべきだ。
涼しげに語るセリアスの言葉に耐える様に目を閉じるシアナ。
「どうせ賊がいるのも人ならぬ山脈…全部急ぎます。」
「…やれやれ。」
搾り出すように告げて進むシアナに、セリアスは呆れたように肩を竦めた。
人ならぬ山脈。
天高い場所は天使に近い領域と言われ、地図上では尖った高い二つの山がまるで悪魔の角のようにも見える為、その名で呼ばれる山脈だが…
「しかし…凄い危ない山ですね…切り立った場所ばかり…」
「崖と川と斜面で構成されてるみたいね…っと…」
フォルトとマスティがそれぞれに足場に気を使いながら進み、ルシアが先陣を切って時には地形を変えながら進んでいた。
切り立った二つの山に代表するように、周囲も高さの違う槍の如く険しい岩山で、人が通る道も録に作られてはいなかった。
「アンタは飛べるのに何で飛ばないわけ?」
「一応…力の節約です。」
力を使えば飛行も可能とうたっていたシアナだったが、皆と同じように岩山を歩いていた。
ともすれば簡単に足を踏み外して川なりがけ下の岩なりに落ちてぶつかる形状の山、足元の石が崩れた事に息を呑んだセリアスは、近くに手を添えて先にいるルシアを見る。
「この移動のし辛さで山脈…一体どうやって盗賊の根城を探すつもりです?」
不安定極まりない場所で進むどころか根城を探す。
地形を把握していないものにとってはそれは無謀と言わざるを得ない行為に見えるが…
「それは問題ない、俺とシアナは…」
言葉を止めたルシアは、右手に黒弾を作って頭上の物陰を撃った。
破壊の力の塊を叩きつけられた岩の一部がかける。
「う、うわあぁ!!」
見知らぬ男の悲鳴が響いた。
落ちてくる男の服を適当に掴んで落下を止めるルシア。
崖から完全に身体が出た状態で宙ぶらりんにされて震える男。
「…そう言えば力が感知できるんでしたね。」
賊と聞いて来ている一同が男を軽く警戒する中、ルシアはシアナに視線を向ける。
「壊滅させる…わけでもないんだろう?」
「先に話したいです、無謀は承知ですが。」
言われる位ならと言わんばかりに先に自分から無謀と言ってしまうシアナ。
マスティは肩を竦めて構えていた手を下ろした。
「…ま、どっちになってもアジトは知る必要あるわね。」
「と言う訳だ、大人しく案内するなら無闇に危害は加えない。」
掴んでいた男をそっと降ろしたルシアは、持っていた弓だけ取り上げて男に軽く会釈する。
攻撃された挙句死にかけた男は不満そうだったが、それでも逆らえる状況に無く、しぶしぶ頷いた。
山の中腹辺り、少しはなだらかになっている場所にある一つの岩を示す男。
ルシアはそれを持って、力任せに動かした。
「岩で隠した入り口…凝った所ね…」
「だ、誰だてめぇら!」
本来は決まったタイミングなり合図でしか開かない岩を力任せにどけたルシアによって、中の数人が慌しく手持ちの武器を構える。
「話があって来ました、首領の下へ案内していただけないでしょうか?」
そんな中、シアナは真っ先にそう言ってその背に白い翼を展開した。
「なっ…て、天…」
堕天使ならいざ知らず、白い翼の天使を本当に目撃した事の無かった賊は武器を構えたままで硬直する。
仮にも賊相手にまたもあっさり翼を見せるシアナにマスティは頭を抑えた。
「あんたは余程売り物になりたいのね…」
「ですが、偽り策謀が無いと示すのにはこの翼を見せる他無いと…」
「まぁシアナさんらしいかと…」
天使が嘘を吐く筈がない。
賊でもそれを察する事位は出来たのか、武器をしまった男達はばたばたと基地内に駆け込んだ。
少しして、中から戻ってきた男が奥を指し示す。
「…分かった、姉さんの下へ案内する。着いてきな。」
「姉さん?」
言葉通りなら女首領と言う事になるため、少し意外そうにする一同。
だが、それ以上の言葉は無く、さっさと男は奥に進んでしまう。
入り組んだ道を男に続いて進むと、少し広い空間に辿り着いた。
「へぇ…いい気を放つじゃないか、ヴェノムブレイカー。」
寝床を兼ねているのか、布の置かれた岩に座った女がルシアを見て笑みを浮かべた。
傍らにある自身の身長の程の両刃斧を掴んだまま、立ち上がる。
力を込めなくても筋肉の形が分かる身体を惜しげもなく晒した袖なしの装いは、強者である事を雰囲気だけで分からせるものがあった。
「まだ用があるのは俺じゃない。」
あくまでもシアナに同行しているだけのルシアは、一歩引くようにしてシアナを前に促した。
「ランヴァール連合国の村を襲った賊を止めるよう頼まれましたが…貴女達は何故そんな事を?」
「あん?」
シアナの問いかけに目を細めた女は、少しの間を置いて自身の髪を乱すように頭を抑える。
「…あー、待て。まずこっちから聞かせてくれヴェノムブレイカー。」
「ルシアだ。」
「そうかい。んじゃルシア、そこの女、村襲ったって賊相手に本気で話に来る馬鹿なのか?」
「あぁ、騙されないからではなく、その可能性があったとしてもそれを選ぶ。」
理解不能と言わんばかりに横目でシアナを見ながらあくまでルシアに話しかける女。
ルシアも普通の人間なら無理のない反応だと分かっているため、シアナがそういう者である事を伝える。
「…アホか、めまいがしてきた。で、アンタは当然気付いてんだろ?」
「俺の事はいい。」
「お花畑の相手は面倒だからアンタに振ってんだよ、いいから答えな。アンタはあたし等が犯人じゃない事もう感じてんだろ?」
「え?…そうなんですか?」
あくまでシアナ主体に話を進めたがるルシアに対し、その意味が無いと言わんばかりにルシアに問いを投げる女。
犯人じゃないならそもそもの話が違ってくる。
シアナは確認するようにルシアを見て、ルシアはそれに頷いた。
少しの間を置いて、女首領は控えていた賊の男の一人を見る。
「…おい、野郎共!襲撃が来るぞ、備えるよう伝令飛ばしな!!」
「あ?え?へ、へい!!」
鋭い檄を飛ばされ、慌しく男が駆け出す。
その穏やかじゃない内容に、ルシアも眉を顰めた。
「襲撃?」
「さすがにあたしらがここで何をしてるかまで知らないあんた等には想像効かないか。」
立ち上がった女は、自身を親指で指し示して微笑む。
「あたしはエリナ、このエセリアナの首領をやってる。全うな仕事から炙れたはみ出し者を抱えてエルティアに忍び込もうとする連中を片付けたり、偶に傭兵紛いの雇われ出張したりしてる…ま、義賊の先輩様さ。拍手してもいいんだよ。」
ルシアを指して先輩を名乗るエリナ。
ルシアがどういう行動をした結果賊徒と呼ばれているか知っているシアナは、堂々としているエリナに偽りを感じず、それゆえに村が滅びた理由が分からずルシアとエリナを交互に見る。
「え…じゃ、じゃあ何で…」
「そのランヴァールの村にも仕事で人手を貸した事あるし、万一ウチの連中に裏切り者でもいたなら少数だろうけど…それじゃ村一つはね。」
エリナの説明は丸々信じるならどう聞いてもエセリアナが村を潰したという話そのものが偽りになる。
だが実際に崩壊した村を目の当たりにしたシアナは口元に手をあてて考えこむ。
「なら誰が…」
「グラムバルド軍でしょうね。こいつらがいなくなればエルティアにランヴァール経由で侵攻出来る。」
「っ!」
マスティの冷めた言葉に、シアナの体が強張った。
村の安全と平穏の為にと動いた結果、今一番危険なものに乗せられていたという結果、そしてソレが真実なら村を軍が滅ぼした事になる。
悲痛なシアナを前に、自慢げに胸を張ったエリナは笑顔のまま続けた。
「ウチの連中はここでの妨害に慣れてる、小突けば山から落ちてくたばるからね。ま、そいつらには地獄で後悔してもらうさ。」
山を大軍で移動は出来ず、慣れなければ戦闘所か移動も困難な山脈。
見晴らしのいい場所や攻撃し易い場所を把握しているエセリアナの一同の防衛能力にエリナは自信を持っていた。
山の中にある洞窟や穴を繋ぎ複数の出入り口を作り、要所から敵を穿つ事で止める。
平地でいくら修行した軍が来ようと絶対に止められる。
「俺も出る、敵への出口を教えてくれ。」
だが、そんなエリナをよそに、ルシアが自分から戦線に出ると宣言した。
エリナは軽くルシアを睨む。
「あん?あんた等が嵌められたってのに何舐めたこと言ってんだい?」
「来るならグランナイツだ。」
断定口調で言い放ったルシアの言葉に、部屋の空気が凍りついた。
山脈が移動しづらい場所で、故に軍でも容易ではない進軍。
ならばどうするか?単純に、単騎最強の戦力を放りこめばいい。
正規軍と広い場所で真正面からならいざ知らず、ある程度の数なら負けない人間なら問題にならない。
「そういう事だ。」
そしてそれは、部屋に入って来た男の姿によって最悪の形で証明された。
※微修正