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かくして少女は捕食者となる

「ん!?」


 それを認識した瞬間、ユイの舌が、上下の歯をこじ開けて侵入してきた。


 爬虫類の性質を持っているからか、明らかに普通よりも長いそれは、ラグナの口内を犯し尽くそうと激しくうごめく。


 性的な興奮は起こらない。むしろ、危険を感じた。


 なぜならこれはキスではなく、捕食だからだ。


「っ、やめ……!」


 なんとか逃れようともがく。が、離れてから一秒も経たないうちに首に腕を回され、あえなく引き戻される。骨をへし折られそうなほどの絞めつけだ。吸いつきも先ほどより強い。〝絶対に逃さない〟という意思を感じる。


「う……ぁ……?」


 不意に、脱力感に襲われた。


 自分の内側から〝何か〟が失われていく。


 体に力が入らない。


 意識がぼやけてくる。


 なんだ、この妙な感覚は……?


「ち、ちょっとユイ!? え、ナニコレ、どうなってんの!?」


 コクトーが慌てふためく。彼女に人間の体があれば助けてもらえただろう。だが刀だ。


「…………」


 苦しい。唇と首が取れそうなくらい痛い。歯を立てられないだけマシと思うべきだろうか。


 いや、このまま死んでしまうかもな……。〝何か〟が減るごとに抵抗しようという気力が薄れていく。そのくせ、眠気だけは強まっていき、やがて目を開けていられなくなった。


 鉄の味がする。強く吸われすぎて出血したのだろう。


 その血さえも舐めとろうと、ユイの舌がさらにうごめいた。


 もう好きにすればいい……


「わー! 真っ青になってる! ぐったりしてる! しっかりしなさいよラグナ!」


「……!」


 危ない、諦めるところだった。


 眠気に負けている場合じゃない。どうにかしてユイから離れないと。一度死んだ身とはいえ、会ったばかりの女に根こそぎ吸い尽くされてミイラになるなんて間抜けな死に方は、それこそ死んでもゴメンだ。


 ラグナは意識に鞭を打つ。


 無理やり思考を回転させる。


 ──刹那、脳は一つの答えを導き出す。


 単純な理屈だ。


 奪われたのなら奪い返せばいい。


 喰われそうなら先に喰ってしまえばいい。


 やられる前にやる。たったそれだけのこと。


 すなわち、反撃だ。


「ぐむぅ!?」


 ユイの舌を、自分のそれで押し返す。唇と歯も強引にこじ開ける。ユイがびくんと震え上がった。甘い吐息をわずかに漏らした。


 余力はすべてここに費やす。失敗したときのことは考えない。ユイが自分にそうしたように、容赦なく、ためらいなく、恥じらいもなくユイの唾液をむさぼる。吸って吸って吸いまくり、そして飲む。


 目論見は成功だった。飲んだ唾液の量に比例して自我がはっきりとしてきた。体中に力がみなぎり、ユイの腕を剥がすこともできた。やはり〝何か〟は唾液を通して搾取されていたらしい。


「んぅう……!」


 しかし、ユイも負けじとむさぼってくる。しまいには腰を両脚でがっちりホールドしてくる。体勢的にいろいろまずいが、色っぽい雰囲気は微塵もない。唾液に含まれた〝何か〟を再び奪われ続ければ、この二本の脚によって上半身と下半身が永遠におさらばするだろう。さしずめ獲物を仕留めるための死のギロチンだ。


 もはや肉食獣の争いと変わりない。勝ったほうが喰い、負けたほうが喰われる。弱肉強食。生きるか死ぬか。このままだと本気でその領域に踏み込む。


「むっ……う!」


 そんなつもりは毛頭ない。


 フルパワーだ。


 女が相手だからと本気を出しきれていなかったが、もはやそれでは埒が明かない。


 ラグナは力の限りユイを喰らった。


 そうして、ユイがたまらず息継ぎをした瞬間、


「──ぷはっ!」


 一気に突き離し、この攻防に終止符を打った。


「はぁっ、っ、はぁ、は……!」


 酸素が足りない。横に転がり、仰向けになって呼吸に使う筋肉を総動員する。


 ふと隣を見れば、ユイも息を荒げていた。しかし、おそらく苦しさではなく興奮によってだろう。ユイは人差し指で唇に残ったラグナの唾液を掬うと、それを艶めかしく舌に擦りつけ、丹念に味わったあと、ごくんと飲み干す。直後、悩ましげなため息が漏れ、未熟なカラダはぶるっと小刻みに震えた。幼い外見に似つかわしくない、扇情的な仕草だった。


「あはっ。ラグナさんのよだれ、すっごくおいしかったです。この上なく魔力の相性がいいみたいですね、私たち」


「はぁ、っ、ンな色っぽい話じゃ、ねえだろ、今のは……!」


「それにしてもいきなり押し倒すだなんて……。しかもあんなに熱烈なキスを……。ラグナさんのケダモノ!」


「おまえにだけは言われたくねえよ!」


「ああ、でも、抑えきれない私の魅力がラグナさんを狂わせてしまったんですよね。可愛すぎてごめんなさい。私のほうこそ気を遣うべきでした」


「そこじゃねえっての!」


「ではではラグナさんの有り余った劣情を甘んじて受け入れましょう。……と言いたいところですが、私とて花も恥じらう年頃の乙女。できることならば然るべき準備を整え、然るべき場所で子作りに励みたいです。無論、ラグナさんの獣欲に応えてここでメチャクチャにされるというのも悪くないですが、今回はどうか私の意見を尊重してください」


「誰もそんなことは言ってないけどな!」


「ご安心を! 竜人族の子作りは命がけですが、本当に死んでしまっては困りますのでそこは一族のみんながケアしてくれますよ。だからそれまではおあずけです。私も我慢しますから、ね?」


「だから……! ……いや、もういい」


 子供を優しく叱る母のように微笑まれ、ラグナは怒る気持ちも失せて前髪を掻き上げた。……もう諦めよう、ユイに話を聞いてもらうのは。


「ラグナ……わたしはとんでもない子をあんたに勧めてしまったのかもしれないわ……」


 コクトーが申し訳なさそうに言う。


「もう手遅れだ。どうすんだ、これ」


「観念してドラゴン探しを続行しましょう。わたしにはわかる。たとえ逃げてもあの妄想少女はストーカーと化すわ」


「洒落にならねえよ……」


 浮気対策として真っ先に殺人を考えるような女だ。逃げたらどんな仕打ちが待っているか想像もしたくない。


「ラグナさん!」


「今度はなん──むぐっ!?」


 戦々恐々としていると、突然ユイが飛びかかってきた。手で口を塞がれた。ユイはそれ以上のことをせず、警戒するように碧眼を左右に振る。


「っ、ユイ?」


 ユイの手を退けて訊く。


「少し黙っててください」


 彼女人差し指を立てて〝しー〟という合図をし、地面に耳を当てた。今更だが、ラグナたちが転んだ部分は比較的乾いていたのであまり服が汚れていなかった。


 しばらくすると、ユイは立ち上がって森の奥のほうを見つめた。


「いきなりどうしたってんだよ」


 ラグナもそれに続き、尻についた土をはたき落としてからコクトーを拾い上げる。包帯が役に立ったようだ。


「あっちのほうから動物の鳴き声……というより悲鳴が聞こえます。それと、血の匂いも」


「それがなんだ? 森なんだからそういうこともあるだろ」


「でも、私たちはまだ一度も野生の動物に出くわしていません。これだけ森を歩いているのにも関わらず、です。何かおかしいと思いませんか?」

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